mission 31

ライブの会場を前に、俺は護衛を受けた事を酷く後悔した。

そして肝心のやる気は、建物を見た瞬間に喪失した。

それだけの大きさをしたものだった。

溜め息が出てくるが、吐いたところで状況が変わらないのは分かっている。

だが、なんで護衛なんてしなければならないのだろう……



「あの、空君? ……溜め息なんかついてどうしたの?」



申し訳なさそうに俺の表情を伺いながらも、心配をしてくる今回の護衛対象こと、浅乃 亜美。

今の彼女は、命すら狙われていると言うのに、悲観する事なく、他人の心配まで出来るほど肝が据わっている。



「……もうダメだ。諦めよう」


「ええッ!? いきなりどうしちゃったの?」


「冗談だ」


「良かった……」



隣にいる彼女の表情が驚いたり、安心して胸を撫で下ろしたりと、コロコロと変わる。

冗談を真に受けてしまう彼女に、俺は頭を掻いて誤魔化すぐらいしか出来ない。

あまり感情が無いと、冗談すら本気に取られかねないのを覚えておく事にする。



「しかし、大きいな……」


「今頃私の凄さに気付いてくれたのかな?」



亜美は得意げに俺にアピールをしてくる。

自分の凄さを分かってもらえたと思っているのだろうが、違う。



「素直にめんどくさいと思っただけだ」


「うーん……、そこはお世辞でも凄いねとか言って欲しかったかな……」


「なら期待するだけ無駄だな」


「なんで君が得意げに言うのかな……」


「今日はリハーサルなんだろ? 一緒に行動する必要は__」


「必要あるの!」



良いように扱われている気がするが……いや、気のせいでは無いな。

彼女は最大限に俺を利用し、ストーカーを遠ざけたい筈だ。

だが、先日の状況を見る限り、実行犯の方は大したことない。

それこそ普通の警察で止められる。

問題は犯人に動機を与えた人物。

ある程度検討を付けているが、この考えが合っているとは思えない。

正直、こう言った事にはあまり首を突っ込みたくはないんだが……



「ほらっ、怖気付かないで行こうよ!」


「おい、引っ張るな」


「大丈夫! 今日はリハーサル。お客さんはいないよ!」



俺の手を引く彼女は止まってなどくれない。

俺は大丈夫とは思えない……



* * * * *



今回の護衛する事になるライブ会場は、千葉県にある会場で、数万人規模の人を収容できる。

言い方を変えるのであれば、失敗すれば俺は数万人の前で姿を晒す事になる。

これが相手の策略であるのなら、策にハマったと見るべきか。



この国に来てからと言うもの、難易度の高いものばかりをこなしている。

ハイジャックしかり、デパートジャックしかり……

そして、今回のライブ会場での護衛。

無関係な一般人が多数な為、銃は極力使えない。

その状況下で数万人の中から実行犯と、裏からそそのかした奴を捕らえる、もしくは抹殺しなければならない。



「君が亜美の護衛だね」


「ああ」



スーツを纏った堅い雰囲気の男が俺を値踏みするかのように、眼鏡の奥の瞳が光る。

正直、この視線は嫌いだ。

彼にとっては俺は明らかな異物で、排除したい気持ちも理解できる。

だが、こっちも仕事。

諦めるのだから、あちらにも我慢とか諦めるとかしてもらいたい。



「亜美。本当にこんなので大丈夫なのか?」


「大丈夫もなにも、彼の実績を見たなら分かるはずです。見た目はどうであれ、実力は本物!」


「あのなぁ、亜美。マネージャーとして言わせて貰うと、君という商品にこのような泥を塗りたくはない」


「空君は泥じゃない! 私は私なの、商品とかやめて」


「だが、彼は男だ。良からぬ噂もあるんだ。それに同年の男女は認められない!」


「ぐぬぬっ!」


「最も良い警備の者が居るはずだよ」



だからって本人の目の前でそう言うやり取りはやめて貰いたい。

マネージャーと言った彼の目は明らかに俺を、そこら辺にいるような子供と同列の扱いだ。

俺が亜美と同じ制服、学生程度と理由で舐めるのであれば、それを脱いで戦闘服になる。

鞄に突っ込んでいる中から引っ張り出して、上だけでも着替えればそれなりな姿だ。

慣れ親しんだ黒い|戦闘服(コンバットスーツ)。

暗い環境においては最も迷彩効果を発揮する。

そして、明るい環境ならば異物感や威圧感を与えられる。

防弾効果も、5.56mmなら一発なら止めてくれるぐらいはある。



「おい」


「なんだ?」



会話を途中で切った事を面白く思わない顔をする彼に近付き、ネクタイを引っ張る。

身長は変わらない。

彼の耳元へ顔を近づけて、あまり得意では無いが、出来るだけ声を低く、威圧するように演技をする。



「そもそも、"こんな"奴に頼むしか無い状況を作ったのはお前達だ」



誰が、好き好んで護衛しなければならない……

お前達が対処していたのであれば、それこそ、こんな事などしなくて済んだ。

それに前回のデパートでの戦闘とは訳が違う。

最初に巻き込まれたハイジャックでも味わった、絶望感。

チェスや将棋に例えるなら、今回もほぼ詰みが確定している。

詰みを回避する為に必要な要素はほぼ無い。

まるで砂漠の砂金探しだ。

|社長(あのひと)に命令されなければいま直ぐに放り出したと自覚しているぐらいには詰んでいる。

ネクタイを掴む腕に力を込める。



「最初に忠告する。俺はこれを依頼として受けてはいない。これがどう言う意味なのか少しは考えろ」


「なんだと……っ」



感情があまり無い中でこう言った演技は不得意だ。

顔はきっと無表情だろう。

だから耳元で、抑揚を調整しながら怒気を孕んだ声っぽく威圧する。



「俺は失敗しても痛くも痒くない。経歴に傷が付かず、放り出そうが問題無い。お前がやるべき事は、せいぜい見捨てられないように媚び諂うことだけだ」



正直、嘘だらけだ。

依頼として受けてなくても、俺が失敗すれば経歴に傷が付くし、放り出せば、あの人の逆鱗に触れる……

だから詰んでるんだ……

悟られないようにネクタイを離すと、力が抜けた彼はへたり込んで、俺を怯えた目で見てくる。

これで、こんな奴程度から関わるとヤバイ奴ぐらいにイメージは変わった筈だ。

勝率を上げるために余計な真似だけはしないでほしい。



「わ、分かった。文句は言わないし、邪魔もしない」


「それでいい」



脅しはあまり好きじゃない。

だが、舐められるのはあの人が許さない。

彼はゆっくりと立ち上がると、部屋を後にする。

彼には悪いと思うが、俺はあの人だけには逆らえないんだ。



「君、カッコイイね。それにイイ肉体」



どこから現れたのか、ジャージを身に纏い、ピンク色の髪をポニーテールに纏めた女が近寄って来た。

コンバットスーツの前を開けていたからか、手を腹筋へと伸ばしてくる。

インナーを着ているとは言え、知らない奴に触れられるほど優しくはない。

伸ばしてくる腕を掴む。



「誰だ、気安く触れるな」


「あ、亜美ぃ……この人、聞いてたよりも怖いよ……」



感情は出してなかったが、怯えた為に掴む手を離す。

ピンク色の女は亜美の背後へと隠れると、肩から顔を覗かせて俺を威嚇してくる。



「大丈夫、怖くないよ。不器用なだけだよ」


「そ、そう?」



疑った顔で俺を見てくる。

肩から顔を覗かせる姿は巣穴から顔を出すミーアキャットのようだと思っていると、更に3人が部屋へと入ってきた。

ピンク女と同様に、姿はジャージだ。

それもメーカーはバラバラ、1人は上下でメーカーが違う。

汗の跡がある事から、運動の後な事は分かるが……

金髪の泣きぼくろが俺のコンバットスーツに触れながら、驚いている。



「凄い! これ本物?」


「……おい」



今度は長身のオレンジが俺の身長を確かめている。



「背はマネージャーと同じぐらい? ちょっと高いかな?」


「…おい」



極め付けが俺の荷物にある、ベレッタを興味深そうに眺める青色。



「この銃、本物かな?」


「良い加減にしろ!」



* * * * *



5人とマネージャー1人を呼び戻して椅子に座らせたが、俺は頭を抱えたくなった。

それに、亜美からどこまで俺の情報が漏れているのか確認しなければならない。



「それで、お前は俺の事を喋ったのか?」



その顔には聞かれたくなかったのか、冷や汗が流れている。



「えっとね……3年前に助けくれた事と、その時の姿がカッコ良かったって事、凄く強かった事と、今回、ストーカーから守ってくる事、かな……」



俺の3年前の一部の行動……、亜美と関わった時の行動が漏れていると……

あの謎のハッカーに調べて貰った情報によれば、テレビ局で銃を持った凶悪犯の鎮圧した時、らしい。

死者15人を出した事だけを覚えている。

……ここからストーカーに漏れたのでは無いかと疑いたくなる。

どう見ても、スーツ以外は口が軽そうな見てくれをしてる。

絶対外部に漏らしてそうだ。

溜め息を吐くと、6人はオロオロした。



「もう良い……漏れたのなら仕方ない」


「許して、くれる?」


「苦情は入れさせて貰う」


「よ、良かったぁ」



許したつもりはないのに、喜ぶのはどうかと思う。

その安堵の笑みに、これ以上追求するのも馬鹿らしく感じる。

が、今後も情報が漏れるのは避けたい以上は、釘を刺しておく必要がある。



「次情報を漏らしたら容赦しない」


「すみませんでした……」



全員が頭を下げる姿は、流石日本だなと実感する。

これが日本外なら、自分の非を認めず、責任を擦りつけにくる者もいる。それを思えば随分マシだ。

立ちがって武器を身に付け、準備を整える。



「これ以上、時間を無駄にしたくは無い。会場を下見してくる」



これ以上は、双方の時間を無駄にしてしまう。

本当に死人が出る事になるのは避けたい。

だから出来るだけ、別の情報を収集しなければいけない。

部屋を出て行こうとすると、亜美が呼び止める。



「待って、空君!」


「まだ何か?」


「近くにいてくれる、よね?」



その姿は不安や恐怖が混じってどうした良いのか分からないと語っているように感じた。

デパートでは、並ならぬ精神を持っていると思っていたが、あれは彼女なりの強がりなのだろう。

彼女は、賢い。相手が普通のストーカーでは無いと気付いている。

下手をすれば殺されてしまうとの覚悟も持っている。

正直、敵が分からない以上は絶対守れるとは言えない。

だが、護衛対象を安心させるのも護衛の役割である。



「安心しろ。失敗はしない」



会場を見ながら、彼女を守るのは少々難易度が高いな。



* * * * *



彼がいなくなった後、まるで嵐が過ぎ去ってしまったかの様に楽屋が静まり返った。

ピンク色の綺麗な髪をポニーテールで纏めている|姫崎(ひめはき) |初桃(うぶは)ちゃんこと姫ちゃんは、私を覗く様に見た。

凄く申し訳なさそうで、気まずそうに声を掛けてくれる。



「……行っちゃったね」


「うん」


「大丈夫だよね?」


「うん、大丈夫だよ」



私は頷くことしか出来ない。

私と同学年の姫ちゃんは、グループの中でも凄く仲が良い。

由奈ちゃん以外ではもっと信頼できる子。

だから、空君の事を語った事は何回もある。

姫ちゃんが心配するのは痛いほど分かっている。



「と言うかあの人! 私達眼中に無いって顔してたんですけど! 超ムカつくー!」



気まずそうな顔から一転、彼に素っ気なくされた事に腹を立てて、頬を膨らませている。



「これでも、顔だって悪くないし! 見てくれはかなり良い方だと自覚あるのに! 何アイツ、もしかして男にしか興味無いの!?」


「たぶん、そんな事ない……と思うよ?」



否定出来ないな……

誰も興味無いってカンジはするんだけど、イマイチ掴めない。

話した事もある私を少しも覚えてなかった時は流石にショックだった。



「多分あいつ、私達のこと色で覚えてそう。私の髪、藍色だし」



いつも上下別々のジャージを着てる|麻結(まゆ)ちゃんが、楽屋にある鏡を見ながらとんでも無い事を言った。

しかもこっちはもっと否定出来ない……

皆んなが入ってきた時の空くんの、凄く面倒くさそうな顔を覚えいる。



「じゃあ、私は金髪だから黄色?」


「それだと私赤だよ……」



|杏香(きょうか)ちゃんと、|紅葉(もみじ)ちゃんの2人も鏡を見て、納得のいかない表情をしてる。

もし麻結ちゃんの言葉通りなら、私は黒になって、姫ちゃんはピンク色になる。

由奈ちゃんが聞いたら、特撮の戦隊モノって言うんだろうな。

あまり納得できないし、嫌だな……

けど、彼の事だから名前を教えても覚えようとしてくれないし、どうしたら良いんだろう?



「決めた、亜美に振り向かせてやる為に本気出しちゃうんだから!」


「姫ちゃん、いつも本気じゃないとダメだよ?」


「ぐっ、今のは言葉のあや!」


「そうね。彼を振り向かせるのは燃えるわ」



みんなやる気に溢れている。

私も頑張んなきゃ!



* * * * *



アリーナ会場の天井付近。

そこは鉄骨の骨組みで構成され、人など普通立ち入る事は出来ない。

むしろ普通じゃなくてもこんな場所に来れない。

逆に言えば、人が最も来ない場所だ。

下のステージの上では5人がダンスの確認をしているらしい。

俺に気付いている様子も無く、立ち位置とかの確認をスタッフと打ち合わせる会話が耳に入ってくる。

明日から3日間の日程で行う予定のライブ。

その期間に敵が来るのは確定的である。

数日前の実行犯が来るのか、別の奴が姿を見せるのか……、正直分からない事が多い。

3日の中で来るであろう観客リストの名簿で、性別と年齢で絞っても数千人いる状況では、犯人の特定など不可能。

ライブ日程の間、俺は多分だがここで見張ることになる。

必要であれば、上からの狙撃、もしくはワイヤーを使って落下し対処の2択。

下では銃は無関係な民間人にあたる為に、ほぼ使えない。

ナイフでの近接戦が望ましい。

しかし、上からならば無茶をすれば狙撃は可能である。

だからこの落ちたら死ぬ高さの鉄骨の上で、距離を測るレーザー機器を使って距離を測定する。

これは全て大事な情報だ。弾丸とは重力で落下する。

だが、調べたところで勝率を上げるための保険に過ぎない。

立ち位置の確認を終えたのか、亜美は上にいる俺に顔を向けて笑ってくる。

しかも、彼女以外は気付いてはいない。

誰にも言っていない筈なのに、どうして見つかったのだろうか? 少々怖いな。



「?」



衛星電話に着信が入り、太いアンテナを回してから電話に出る。

その人物は俺をこの国に放り出した張本人。

最も恐るべき人物である。



『私だ。定時連絡を寄越さないとは良い度胸をしているな?』



開口一番でこれである。

ほぼと言うより、完全に脅しだ。

この様子だと、俺が山室一に手を貸した事は抜けていると見て良い。



「……ボス。以前、一々定時連絡するなと言ったのはあんただ……」


『余計な事はするなとは言わないが、何かやるのであれば先に言え』



確実にバレてるな。どこ経由だろうか?



『エイジャックが、お前にしてはあり得ない行動をしてると連絡があった。当然、調べてある』



アイツか……

俺を師匠とか呼ぶ、よく分からない謎の奴。

人種どころか、年齢も名前すらも謎。

年齢に関してはほぼ一緒だと思うが、それ以外は謎だ。

それに所属する部隊は違う。アイツは確か普通の部隊だ。

俺が把握できる筈がない。

それにしても一体どうやって俺の情報を調べた?

まさか……日本に……



『災難だと言ってやるが、無用心だと忠告する。お前の行動一つで存在がバレるのは分かっているな?』


「はい、ボス。重々承知している。ですが、そんなヘマをするなら俺は死んでいます」


『よく言った。褒めてやろう。首脳会談には私も着く』



ボスが日本に来る。

となると、今回の仕事には第三次の火種がある。

俺の行動一つで燃え上がるとか勘弁して貰いたい……

日本に来るボスの目的はそれの阻止だ。

その為に俺をここに放り込んだのも肯けるし、この難易度の高さに納得がいく。

ボスの目的は一つ。世界のあり方を変えさせない事。

その為に俺達は従う。だから、どんな状況であっても俺は戦う。



『他のメンバーと別部隊も数人、既に入っている。お前も私の優秀な駒として相応しい行動を取れ。今回は、各国に見せるには丁度良いデモンストレーションだ。お前の実力を見せる事に意味がある。失敗は許さん! 裏を引くものを抹殺出来なくても情報は掴め、良いな?』


「イエス、マム!」



直ぐに電話が切れてしまう。

あの女、本当に俺にも世界にも妥協も容赦もないな。

しばらく目出しバラクラバとガスマスクで任務だ……

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