mission 30

「な、何故分かったんだよッ!?」



振り返った先にいたのは、恐らく今回の敵。

大人しそうな雰囲気、歳は20歳前後。

痩せ型であまり筋肉はついていない。

だが、敵意の中に僅かながら狂気が混じっている。



「あれだけの敵意を向ければ直ぐに気付く」


「嘘だ……さっきの会話じゃ、そんな素振り見せて、ない」


「見せたらバレるだろ」



当たり前の事に気付かないのを見ると、周りが見えてないと言うべきか。

客観的に状況を判断してないのを見るに、素人で恐らく一般人。

だが、敵意の中にある狂気の嫌なベタ付きは本物だ。

ここで刃物を持って暴れられると、一般人が犠牲になりかねない。



「お前の目的は何だ?」



だからこそ、目的を直接問うしかない。

余計な事を言えば、歪んだ解釈をされかねない。

いきなりの俺の態度に、狼狽えている。



「お、お前が悪いんだからな! 俺のあ、亜美ちゃんを奪いやがって……」



名前を知っているのは、彼女の公式情報を見たからなのか、それとも自力なのか。

もし本名と芸名が乖離しているのなら、コイツは中々の強敵になる。

それだけの情報収集能力を持っていることになるのだから。

だが、俺がやってるのはあくまで護衛であり、奪う事には繋がらない。

だからか、その発言に違和感を感じた。



「奪う?」


「本当、の亜美ちゃんを、知ってる、のは僕だけなんだ」



狂気には寒気を覚える。殺意とは全く違う、感情。

戦場では、殺し合いという狂気に呑まれておかしくなる事はあっても、自ら狂気を放つ事は決してない。

だが、彼の目に宿るモノは凄まじさすら感じる事ができる。

その目は決して一般人が抱くようなモノではない。

目の前の男の性格を予測して考えれば、表立っての行動は控える筈だ。気が小さいのだから。

実際、今の今まで行動に起こしたのは脅迫文の一回。

何故今になっての行動なのか。

それが疑問から、ある疑惑に繋がる。



「お前は本当に知っているのか? 誰かに教えて貰ったとは言わないよな?」


「違う!」



目が左右に二回泳ぐ。確定だ。

明らかに日本人である事と、決定打に繋がる情報がない以上は殺す訳にはいかない。

こんな気の小さい奴が脅迫など出来るはずがない。

誰か後ろで糸引く存在を明らかにしなければ、彼女は永遠と恐怖に囚われる。

今の俺にコイツは殺せない。

捕まえたとしても、今の状態では少し不味いか。



「分かった。大人しく帰って、彼女に近付かなければ何もしない。それで満足だろう?」


「…………」



聞き間違いが無ければ、『歳下な癖に』とほぼ聞こえない音量で呟いた。

彼にとっては俺は気に入らない存在だ。



「それとも、今ここで決着を付けるか?」



だからこそ半ば脅しになる言葉をぶつける。

ここで勝負を仕掛けるのなら、その程度の駒だ。

捕まえたところで情報を抜ける可能性は極めて低い。

優秀ならばここで一度引く。



「チッ………」



明らかな舌打ちと共に去っていく。

少しは理性を働かせる頭は持っているようだ。

彼の姿が見えなくなると携帯を取り出してある番号にかける。

二回のコール音が聞こえた後、そいつは電話に出た。



『ハイ、ハーイ! ソラちゃん、何の用かしら?』



もう既に頭が痛い。

野太いのに何故、声を作るのか……



「少し調べて欲しい事がある。素性を調べて欲しい。写真は後で送る」


『あら、お急ぎ? ちょっとだけ高くつくわよ』



この察しの良さ。

だから俺はコイツとの関係を切れない。

声は酷くても腕だけは確かなのだ。



「金なら心配しなくていい。期間はなるべく早くで頼む」



ビジネスな関係上、こう言ったモノはとても重要だ。

これを疎かにすれば、手痛い目に遭うこともあれば、そのまま命を落とす事もある。

情報とは、どこに置いても重要な要素の一つだ。

だからここは妥協などしない。



『了解したわ。それより一つ聞いていいかしら?」


「手短に頼む」


『今、その国で不穏な動きがあるの。ソラちゃん、何か知ってるの?』



このハッカーも気付いてるとなると、相当な動きがあるようだ。

疑惑であるアレの予想が正しいのなら……



「ああ、多分だが俺の行動に合わせて行動してる筈だ。予想が正しければ、『不知火』と名乗る」


『あらら、あなたも大変なのね』


「察してくれて助かるよ」


『後は任せない!』



凄く張り切った声の後、プツリと通話が切れる。

流暢な英語で会話する俺を、不思議そうな目で見てくる学生達に背を向け、その場を去る。


裏から手を引くには、詰めが甘い。

だから俺なんかに気付かれる。

いや、ハッカーにも気付かれている時点で三流だ。

問題は一つ、亜美が行うライブまでの時間は殆ど無いという事。

相応の対応の準備をしなければ、大ごとになる。

不知火か……同じ苗字を持つ彼等は厄介な相手だ。

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