清純なんてクソくらえ!

黒島気人

第一話

「なんで、いつも清純ぶってんだよ」

 青い空に爽やかな風。そんな美しい光景にまったくもって合わない発言。

 俺の何気ない陰口に、目の前を通った彼女は眼をパチパチさせていた。たまたま俺の目の前を通ったが為に、普段から溜まっていた俺の気持ちが漏れ出て彼女に注がれたのだ。


 彼女に俺はさらに言葉を繋げる。

「俺さ、そういう奴が大嫌いなんだよな」

 目の中の瞳が漆黒の色に染まり、心が闇に蝕まれていく。まるで世界全てが黒く覆われているようなそんな錯覚すら覚えるほどだ。


 俺の持論としては世の中、清純な奴なんて存在しない。


 人間は食物連鎖から逸脱した高次元の生物として名を馳せているが所詮は動物だ。アイツらは本能のままに交尾をし、子供を作る。

 つまり人間も同じなのだ。

 人間も本能では異性の身体を求めて止まないはずだ。特に思春期と呼ばれる時期ならなおさら。

 本能を理性で押さえていて、果たしてそれは清純と言えるのだろうか。答えは否だ。


 それに人間の三大欲求を知っているだろうか。睡眠欲、食欲、性欲。他にも人間を取り巻く環境では様々な欲があるにもかかわらず、三大欲求に性欲が入っている。

 これは人間だれしも性欲を持っているということの証明であると同時に、清純な奴なんていないという証明でもある。

 そこを歩く可愛い女の子や、クラス一のイケメンでさえも夜な夜なホテルのベッドの上で熱い夜を過ごしている可能性も十分にあり得るのだ。

 なのにこいつは……。



「わ、私の事……嫌いなの?」



 彼女は胸の前で手をもじもじさせながら、上目使いで問うてきた。それに俺は間髪入れずに即答する。

「ああ、嫌いだ! お前下ネタすら知らないだろ?」

「しも……ねた……?」

 彼女は可愛らしく首を傾げると、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

「ほらな。子供がどうやってできるか知ってるか?」

 俺は彼女に問うてみる。すると……。


「ん~~~~~~~~~~~~~……………………」

 彼女は黙り込んでしまった。

 まさか知らない奴がいたとは……それから数十秒、彼女はようやく口を開いた。表情から窺うに、自信満々のようだ。

「コウノトリが運んでくる」

 俺は思わず目を丸くした。

 俺の認識は間違いだったようで、彼女は清純ぶっているわけではなく本当に清純な女の子なのかもしれない。


「んなわけあるか! それくらい知ってろよ」

 俺は呆れ顔でツッコミを入れる。

「黒地君はエッチな女の子が……好きなの?」

「……まあ清純な子よりはな」

 彼女の柔らかい声での質問に俺はしばし考えて答えた。

 下手に『エロい子大歓迎!』なんて言ったら社会的に死んでしまいそうだ。だがエロい子の方が、清純ぶってる奴よりは鼻に付かないというのは事実である。

「分かった。じゃあ――」



「――私、エロくなる!」



 …………は?

 一応理解はできた……はずだ。

 この文脈から察するに俺のことが好きなんだろう。否、ほぼ百パーセントの確率で好きなはずだ。自分の身を削るほどに。しかし何故だ、俺と彼女の間には全く接点がないはずなんだが……。

 俺が思考回路をフル回転させていると、顔を真っ赤にした彼女は「だから」と言葉を紡いだ。


「だから、色々教えて?」

「ああ、分かった」

 断れなかった。

 純粋無垢な笑顔でそうお願いされたら無下にするわけにもいかない。なんか罰が当たりそうだ。

 それよりも彼女には好きな人にエロいことを教えてもらうという常識はずれな展開に躊躇いはないのだろうか。

 ホントに清純な奴なんだな。でもやっぱり嫌いだ。つい先ほど『清純ぶってる奴が嫌い』とも取れる発言をしたが、前言撤回だ。


 ――俺は清純全般が嫌いだ。




 俺はごく平凡な高校生である。もちろん平凡である俺に秀でた才能はない。

「黒地くーん! 早速、教えて?」

 そんな俺に駆け寄って来た少女。俺と同じ高校二年生で同じクラスの女子――白山しらやまひかりだ。

 彼女はつい先日――と言っても昨日だが――こんなことを言い出した。

『私エロくなる! だから色々と教えて?』と。


 つまり彼女は早速エロいことを俺に教わりに来たのだ。

 白山光は確かにかわいい女の子だ。幼い顔立ちで、すらりと長く伸びるミルク肌の四肢に、白よりの銀髪ショートヘア。胸が他の子に比べると小さいのが玉に瑕ではあるが、俺のことを好きでいてくれている。

 男としては、その気持ちにこたえなくてはならない。そんなことはわかっている。

 だが、それは出来ないのだ。

 なぜなら彼女は清純だから。それさえなければ今にでも飛びつきたいくらいだ。


 何故俺が清純を嫌うようになったのか。そんなことは決まっている。

 俺が『人類みな、汚れている説』というものを掲げているからだ。なぜこんなものを掲げているのか。


 それは中学二年生の頃にさかのぼる必要がある。

 小学生という完全なる子供の世界から、一歩大人への階段を昇る中学生。そんな中学生になってほぼ馴染んできた中学二年。

 この時期、俺のクラスでも一気にカップルが増えた。だが俺のように特に秀でたことがない人間には恋人と呼べる存在は当然できなかった。むしろ友達がいないまであった。


 そんな俺が編み出した唯一の暇つぶし法。それは『アンチテーゼ』いわゆる批判的主張である。

 それを周りのカップルに心の内でぶちまけていた時、俺は自分の中で一つの結論に辿り着いた。


 なぜ人は付き合うのか、なぜ破局したら別の人と付き合おうとするのか、なぜ――人の恋心は長続きしないのか。

 その答えは、人とは先天的にビッチな生き物であるからだ。だから俺は『人類みな、汚れている説』を掲げることにした。

 このとき俺は悪魔に魂を売った、そう言っても過言ではないだろう。


 これが俺――黒地くろち風也ふうやが清純を嫌う理由だ。


 そんな過去回想を終えた俺は黒髪を揺らし、白山と向き合った。

「白山、放課後俺の部屋に来てくれ」

 そう言いながら俺はプリントの切れ端に住所を書き、ひょい、と渡した。

 すると白山は何を思ったのか、頬を真っ赤に染める。


「あ? どうした?」

 彼女の変化を訝しんだ俺は疑問を投げかけた。すると彼女はさらに頬をリンゴの様に染め、今度は耳までもが赤くなる。

「実は……昨日ね、家帰ってから予習しようと思って……」

「予習?」

 俺は思わず眉を寄せた。

「うん……それで検索エンジンで『エロ』とそれに関連する事を色々調べたのを思い出しちゃって……」

 彼女はとうとう恥ずかしさに耐えられなくなったのか、俯いてしまった。そんなことしたらとんでもないものばかり出てくるだろうに。


「アホだな」

「え?」

「まあいい、とりあえず放課後な」

 できれば学校ではあまり話しかけて欲しくなかった。たまたま周りに人がいなかったから良かったものの、俺と彼女の会話が聞かれていたら、まずいことになっていたぞ。だって『エロ』について男女が話してるんだぞ? どう考えてもアウトだ。

 それに今の俺は中学の頃とは違う。今の俺には友達も少なからずいるのだ。

 なんて、一丁前に心配しているが、そんな心配は今回限りである。


「おー、風也」

 俺に一人の男子が寄ってくる。髪は茶髪で、優しそうな顔立ちをしている。

「なんだ、誰かと思ったらお前かよ。雄吾」

 俺に寄ってきて、目の前の空席に腰を下ろした男子の名は坂口雄吾。俺の高一の頃からの友達である。

 俺のセリフに雄吾は大きな笑い声をあげ、

「お前に近づく奴なんて、俺くらいだろ~?」

 ニマニマと笑いながら、俺に顔を寄せてくる。そんな顔してるけど、さらっと俺の痛いところ突いてるよ? その通り、俺の友達は雄吾ただ一人なのだ。


「近いわっ!」

 俺は雄吾の顔面を掴み、押しのけた。

 俺に人が近づかない理由はわかっている。目つきだ。どうやら俺は眼つきがすこぶる悪いらしい。

 何しろ雄吾とのファーストコンタクトは「お前、超眼つき悪いなっ!」だったしな。彼曰く、話せば俺は良い奴らしいが。そこに辿り着くまでが長いのだ。

 その点雄吾はどんな相手にも気後れしないフレンドリーさを持っていてくれて助かった。彼がいなければ間違いなく俺の高校生活は中学と変わらないものになっていただろう。


「で、何話してたんだよ。白山と」

「なんでもない」

 俺はバツが悪そうにそっぽを向いて答えた。だって言えるわけない。今までまったく話したことのない女子を家に呼びました、なんて。

 それにこのことは明日には無かったことになっているのだ。だからこの回答は嘘ではない。真実である。






 そして放課後。

 俺の家の目の前には、銀色の髪を夕焼けに照らされて佇んでいる少女がいた。

「おう白山、待たせちまったな」

 これも俺の作戦の内である。あえて待たせることにより、相手の好感度をできるだけ落とす。

 そして早くお帰りいただこう。

 しかし俺の意図に反して、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「全然待ってないよっ!」



 ――その笑顔はとても眩しく、俺には目がくらみそうなほどの輝きであった。

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