第8話

 デコ助とボルグの二人だけになった闇のなかでは、あの謎の集団と踊り子が巣を張り巡らせて、女郎蜘蛛の如く舌舐めずりして待ち構えているのが思い浮かぶようで、滲む汗も解らぬほどの焦りがあった。

 彼からは微塵も感じれない微笑みがあっても、戦う中から見つけた興奮の方法によるものであったため、表れていない訳ではない。

 デコ助は洞窟の蒸し暑さを額に集めたみたいな汗を垂れ流しにして、今にも意識が飛んでしまうのではないかとヒヤヒヤする足取りには流石に限界か、壁に寄り添って座り込んでしまった。

 彼はその情けない姿に呆れるが、文楽の人形や変面のように表情を変えて両肩を揺さぶり、デコ助の耳元で囁く。


 「よくやった。お前は仲間を探してきてくれないか」


 彼の目線は左に流れる。

 デコ助は目で追うことも出来ない、摩耗してしまった気力の上で立ち上がり、膝に手を乗せながら壁を伝って探索を始めた。

 ドアに気づかず行ってしまうほどであったとともに、外開きの扉であった事を確認したかったのだ。

 彼はドアノブに手を掛け、冷たいノブと熱い手の感覚との狭間を体験しつつ耳を傾けた。

 巡回している者は見当たらなかったということは、部屋に篭っているか待ち伏せている可能性が高く、人間離れしている能力は五感をも干渉し、サンドワームの時には役立たなかった力が発揮できるというもの。

 扉の先には短く掘られた道があり、声が響いてくる。

 彼の嫌いな男の声と引くような泣き声、髪を引っ張られた女性の叫び声。

 呻き声が遠退くや否や次の声が上がり、それが消えれば陽炎を追うみたいに足を伸ばし、彼はいつの間にか広い場所に出ていて、袋状の広間に出てみれば薄明かりの下を動く影が二つ。

 目出し帽を倣って作った麻袋の帽子に尖った先っぽがあって、それを被った長身は身をくねらせて短身に声を掛けた。


 「誰もあやしいのは居なかったな?」


 耳のはやさに驚いて岩陰に隠れて様子を見ることにした彼はかがみ、這いつくばりながら後ろに回って、逆に造られた氷柱を思わせる細い岩の間から覗くと、今度は小さい麻袋が言う。


 「直に女も入ってきやすから、巡回も警戒もバッチリですよ」


 彼の近くで出していい単語ではなかったが、彼が居ることに気づかないくらい警戒が必要な場所にたった二人で居る事が問題なのではないだろうか、と誰かが言って欲しいものだ。

 彼の身体能力は、本能に従って成長した男性の塊。

 何かが外れる音がして、無造作に積み上げられた石の橋が崩れる幻覚と鎖が擦れてぶつかり合う音が彼のもとへ、直接、入ってきた。

 彼はさらに身を奥に詰めて、何をするのかを窺う。

 衝撃はそのすぐ後だったのを彼は覚えていられるのだろうか、と心配してしまう感情すらも今は息を殺し、静かに込み上げてくる胃酸をしまうしか方法はなかった。

 長身は部下と思われる、帽子を被った、横へと伸びる男が数人の裸の女を鎖で繋いで連れてきており、それを奪い取るようにして受けとると、一番前の女の頬をボールか何かを握るようにして掴み、眉を下げてタンを吐き掛ける。

 そしてドミノ倒しよりも振り子と例えるのが正しい、つられて横に倒れる前の数人。

 その中から綺麗な肌をしていて健康そうな女性に目をつけ、髪を引っ張ると顔を自身に向けさせ、手を話すと同時に自然と四つん這いになった体の尻をめがけて踵を入れ、太股を足蹴する。

 それから女性の腕を掴んで体を回転させて、胸が前へやって来た事を確認すると、今度は胸を乱暴に殴り始めたのだ。

 排水口から溢れる水はいつも黒く、汚いイメージを湧かせる。

 もしもそれが具現化して、目の前で顕著に存在を示していたのならば、今ごろは彼の目の前で広がる光景、同然だったであろう。

 汚く啜る音、泣き叫ぶ声、萎縮しながらも手を出したくて堪らない短身の小刻みに震える姿、見るしかない女性の周り。

 どうしても彼には許せない事だった。

 赦すも赦さないもないことだが、赦してやろうと思うのならば、許す事を諦めるのが彼だ。

 強いることで変わるのならば、戦も差別もなかっただろうに。


 「ギャハハハハ、こりゃよく鳴くなあ。あんだけ暗い場所に押し込められていたのに。な……あ?」


 落石の音か。

 長身にはそう捉えれるはずがなかった。

 彼らが居続けているならば、どんな場所なのかの把握は大方、出来ていてもおかしくはなかったからだ。

 偶然の起こる確率を見事に引き当てる、と思いつく能天気が居たものか。

 長身は楽しんでいるところに差されたから気分を害したのだ、彼と同様に。

 短身へと視線を送り、二人が岩陰を怪訝に思ったところにもう一度、今度は鈴を鳴らした。

 バッグの奥に押し込んでおいた唯一の装飾品。

 それを捨てる日がやって来た事を悲しく思うのが当たり前だが、女々しい事は言っていられない。


 「見てこい」


 白々しく物を言うのは定番とも言える決まり文句だ。

 短身は女性を一人ひとり横目で見ながら、幼い足取りを思わす、動き回るのが苦手そうな動きを見せながら駆けていく。

 言動からも判る通り、岩陰には回り込む必要がある。つまりは、彼の怒りを隠さずにいれる訳だ。


 「アアッ!」


 一瞬で響く悲鳴。

 長身は再び女性に手を掛けようとしていたがその手を戻し、舌打ちをしてから下を履くと、壁に立て掛けてあった剣を片手に、ゆったりとした助走から入って駆け出した。

 それは鳥が蝶でも見ているみたいだったろう。

 松明の炎が揺れ、驚いて目玉が飛び出した顔をゆったりと、せせらぐ川の如く、サラサラとしたものが玉を先に作って流れていた。

 脳みそは、かき混ぜられてはいない。

 意識がある内の抵抗が一番安心できない、と彼は飛び出した折の体勢とは違う、振りかぶる動きを見せる。


「ふんっ…!」


 空気が肺に入る勢いを隠すためか、力を込めるためかは定かではないが、首をハネる事実に変わりなかった。

 断面は脊椎を上手く切れておらず、肉体から骨が生えたみたいになっている。

これを見て、恐怖しない女はいない。

 太った男を殺し、血のついた剣を振って血を払い、女性たちに向けてこう言う。


「今から外に出れば間に合うはずだ、行け」


 冷静に考えれば、これは死んでこいと言っているも同然であったが、あり得る考えには可能性を掛ける他なかった。

 女性たちは彼に鎖を切ってもらい、死体がみっつもある光景を思い出さないよう、みんな、彼を避けて通っていく。

 例え、悲しくても堪えるべき場所で堪えれたならば解って貰える。

 彼は避けられた痛みより、先を行ったデコ助を優先して、ここを出た。

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