第11話 詩人

「スレイマン王子、珈琲カフヴェは飲まれるか?」


 客人に飲み物を勧めず、私一人珈琲を飲んでいたことに気付き、声をかける。

「ええ、しかし王が珈琲とは少し意外ですね」

「王は酒浸りだと、コンスタンティノープルでも噂か?」

 私が日にどれだけの珈琲を飲んでいるかを知れば、それもまた口さがなき民の噂の種となるだろうが。


 だが、それには答えず、スレイマンは唐突に話を変える。

「王はハターイーという詩人をご存じですか?」

「知らぬな」

 嘘だ。知らぬはずがない。ハターイーはアラビア語で罪人。

 私は政務を投げ出し、喪服を纏って離宮の奥深き部屋に籠もり、罪人ハターイーの名で詩を書き続けた。誰に見せるためでもない。酒も珈琲も私の苦しみを癒やしてくれぬから、ただ書いたまでだ。無造作に置いていたそれを誰かが書き写し、ガズヴィーンの離宮の中で読まれていることは知っていた。だが。


「コンスタンティノープルの人々の心を魅了する謎の詩人です」

 コーランのように美しく製本された詩集を見せるスレイマン。まさかそのように広く読まれているとは思っていなかったので流石に驚いた。

 だが、知らぬ顔で言う。

「さて?コンスタンティノープルなど私には遠き世界だ」

 実際、この部屋から出ることすら殆どないのだから。


「王子よ、先ほどから一体何なのだ?用件ならば朝議の間で済んだであろう」

「そうだ、朝議の間といえば」

 スレイマンの話はまた別のところに飛ぶ。

「タフマースブ王子に謁見いたしました」

「だから何なのだ」

 この聡明な王子は、人の反応を見ながらわざと焦らすようなところがある。

「まだ幼きながら、母君に似ておられますね」

 そうだ、そして伯父であるかの赤き騎士に。かの者のようになって欲しくてつけた名だ。

 王子が生まれた頃、私の友はまだ側にいた…。


「ハターイーの魅力を語るとすればですね」

 スレイマンの話はまた飛躍した。ハターイーがどうしたというのだ。

「磁力を持つのですよ、かの人の詩は。読者は磁石ムクナトゥスに引きつけられる鉄砂のようにハターイーの詩に引き寄せられ、離れられない」

「そして、羅針盤すら北を指さない」苦笑して私は言う。タジルーがそのようなことを言っていた。そして。


「スレイマン王子、そなた、チャルディラーンで羅針盤がどうのと言っていたな」

「チャルディラーン。そうです、それなのです、私がお会いしたかった理由は」

 スレイマンの話はまたどこかに飛躍しそうだ。


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