第7話 銃声

 そのとき無数の銃声がチャルディラーン平原に轟いた。

 私は目を見開いてスレイマンを見る。

 スレイマンは悔しげに首を振って目を逸らす。

 この場に発砲した者は居らぬ。あの音はもっと遠く…

 東の道…… セリムの大砲…… タフマースブ…… 殲滅……


 決して繋げたくない言葉が、頭の中で文を成そうとする。

 ならぬ、ならぬ。そのようなことが……。

 涙が止めどなく流れる。

 それを拭うこともなく、馬上で空を仰ぐ。

 友よ、友よ、私の友よ、答えてくれ。


 八月の青き空が、くらく曇る。

 風が、空が、私に語る。

 地の上に、私がアルカダーシュと呼んだただ一人はもういないのだと。


 オスマン・サファヴィー両軍とも途方に暮れたように動かない。


 オスマンの王子よ、早く私の心臓を撃て。

 過ちなきは神のみ、私は北斗星ではない。

 私は、自らを北斗星だと思い込んだ罪人。

 私の驕りと甘さがタフマースブを、多くの者を死に追いやった。

 スレイマン、英知の王ソロモンの名を持つ者よ、そなたの裁きは正しい。


 ……裁き?


 違う。三日月刀シャムシールを構え、スレイマンに向き直る。

「スレイマン、私を裁くはそなたにはあらず

 イェニチェリらよ銃を下ろせ」


 私の気迫に押されたイェニチェリが銃を下ろす。

 部下が自分ではなく私の命に従ったことにスレイマンも動揺の色を見せる。


「すべてを裁くものはアッラー

 恐れを知るものは神の前にひれ伏せ

 神よ、御心ならば我に力を与えたまえ」


 私の声と共に激しい雷雨がチャルディラーン平原を覆う。

 砲兵と騎兵の優劣は完全に逆転した。

 ――水に濡れた火薬は役に立ちませぬ

 タフマースブの声が甦る。


「許し給え、救世主」怯えたイェニチェリたちがひれ伏す。

 私が雷雨を呼んだわけではない。

 神は空に雨の色を見せた。私はそれを告げたにすぎぬ。


「それでも神はシャーに味方しておりませぬな」

 スレイマンが皮肉な口調で言う。

 その通りだ。今頃になって雨が降って何になろう。

 天文官の誰もが予測しなかった雨だ。

 それが何故今なのだ。あと一刻でも早ければタフマースブは……。

 雨が頬を伝う。流れ続ける涙を覆うように。

「だが、私は神の罰を待つ罪人。神ならぬ者の裁きは受けぬ」


「サファヴィーの騎士たちよ

 シャー・イスマーイールが神の名において命ず

 命を捨てるなかれ 退くは恥にあらず」


 イェニチェリは歩兵隊。その主たる武器は鉄砲。

 我ら騎兵が雨の中、追撃を振り切るのは困難なことではない。

 スレイマンも我らを追わず、一礼して戦場を離れた。


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