第5話 白皙の王子

 オスマンの追撃部隊が平原に姿を見せたのはそのすぐ後のことであった。

 王旗を高らかに掲げ、私はオスマン軍に向かって呼びかける。


「我が名はシャー・イスマーイール アッラーの神秘なり

 我は世に来たれり 

 我はアリーなり アリーは我なり」


 なるべく多くの兵を引きつけねば。

 包囲されぬように退却しながら、桟道に誘い込めば寡兵でも勝算は十分にある。


「聖戦の士よ歓喜せよ 預言者の封印は解けり

 真実の前に跪け」


 私の詩に誘われるように、イェニチェリたちが桟道に足を踏み入れる。

 その時、オスマン軍の布陣が変わった。指揮官らしき若者が私の前に進み出る。


 歳は二十歳ばかり。肩の辺りでふわりと揺れる金の髪、淡いみどりの目。西欧人の血を色濃く感じさせるところを見ると、白人奴隷出身の騎士であろうか。血統よりも能力を重んじるオスマン朝の高官の多くは白人奴隷出身である。

 青年が片手を挙げて制すと、イェニチェリらは銃を下ろした。


「黒髪の騎士よ、そなたの名は?」

 私の目をまっすぐに見て問う。何を今更。

「私はシャー・イスマーイール。サファヴィーの王にして無謬の救世主」

 青年は軽く笑う。知性と品位、そして微かな愛嬌を備えた声が私の言葉を否定する。


「私はシャー・イスマーイールの顔を知らぬ。だが、漆黒の髪に碧の目、闇の如き美貌は地上に並ぶ者なしと聞く。

 そなたを見ていると、そのシャーにまみえているようだ。そなたの名を知りたい、騎士よ」

「何を言っている、シャー・イスマーイールはそなたの目の前にいる。そなたこそ誰だ?」


「我が名はスレイマン。スルタン・セリムの独り子だ」

 スレイマン王子。<冷酷者>の息子にしては明朗な声で答えた。

 スルタンの子は白人奴隷を母として生まれることが多い。それ故、金の髪に白皙の肌はオスマンの王族には珍しくない。


「そうか、そなたがスレイマン王子。剣を取れ。私を討ち損ねれば、そなたの父は許すまい」

「シャー・イスマーイールは父の本隊が追撃中だ」

 私の言葉を打ち消すようにスレイマンが言う。

「何?」


「主君を逃がすためおとりとなるその忠誠心は見事だ、騎士よ。

 だが、あれほどに堂々と名乗れば、逆に自らが囮であることを父に知られてしまう」

 愕然とする私に、スレイマンは諭すように続ける。


「王は東の道だろう?騎士よそなたは誠実すぎる。そなたの戦いには、誰かを守ろうとする者の美しさがある。

 だが、策としては、その美しさは隠さねばならなかった」


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