第3話 幼き教主

 サファヴィー教団の急速な発展は、蛮勇によるものではない。


 サファヴィー教は神に帰依する者イスラームには変わりないが、神の神秘を具現化することに重きを置く。神の姿が見えるとすれば、それは美しいもののはずだ。教主の息子として生まれた私が、神の美にふさわしき容姿かたちを備えていたことを、信徒たちは神に感謝した。幼かった私にはそれが嬉しかった。


 しかし、容姿かたち美しき者が美しいとは限らないということを、母の死と共に知った。


 母の弟、白羊朝アク・コユンルの王アルワンドが、姉の弔問と称して教団の天幕に現れた。

 10歳だった私は驚いた。鏡の中に映る自分が、そのまま大人になったような艶やかな黒髪に、碧の目の美しい青年。だが、その美しい容姿かたちには言いしれぬおぞましさを感じた。


 その夜、アルワンドは天幕に奇襲をかけ、私の父を殺した。

 サファヴィー教団との同盟がもはや不要となったのか、足かせとなったのか。

 タフマースブの父を殺し、天幕を焼き払い許多あまたの信徒を殺した。

 そもそも、若く健康だった母が急死したのは何故だったのか。


 サファヴィー教団幹部の生き残りは子どもたちだけになった。

 教主たる私の務めはアルワンドを倒し、父や信徒たちの仇を討つこと。アルワンドが我らの天幕に火を放ったようにタブリーズを炎に包み、信徒たちを殺したように、アルワンドの家族とタブリーズに住むものを皆殺しにする。


 幼く残酷な復讐心に駆られた私を制したのがタフマースブだった。亜麻色の髪の少年は悲しげに言った。

 ――救世主は美しく優しいお方。しかし、それは私たちだけに見せるお顔ですか?

 アルワンドを恐れ憎む人がいるように、誰かが救世主を恐れ憎むなら、私は悲しい。

 救世主はその美しきさまによって人を魅了なさいませ。

 亜麻色の髪の少年は、「赤き騎士団キジルバシ」の帽子フェズを繕いながら言った。

 美しき様というのが、アルワンドに生き写しのこのかおのことでないことは明らかだ。

 壊滅した「赤き騎士団」を再建しようと奔走していたタフマースブは語った。


 ――この帽子フェズを見たものが、流された血の赤ではなく、勇気の赤だと思うように、私は生きるのです。

 そして私の髪を撫でる。

 ――この黒髪は、安らかな眠りをもたらす闇。人々が救世主の前に安らぎを見るように。


 アルワンドを破り、タブリーズに入城したのは13歳の時だった。

 タブリーズの城門は内側から開いた。

 特に何か策を弄したわけではない。行く先々で、出会う人々にただ誠実に接した。

 コーランの教えを実行しただけのことだ。

 そして、タブリーズの民はアルワンドではなく私を求めた。


 今とて同じではないか。<冷酷者>セリムが恐怖によって威圧するなら、我らは堂々たる美しさで敵を魅了し、勝利すればよい。今までもずっとそうして勝ってきた。

 我らの戦いに、誰かの無様さなど要らぬ。


「シャー・イスマーイールが神の名において命ず。

 攻撃は明朝、日の出と共に」


 タフマースブの険しい表情を見ないようにしながら私は続けた。


「我は無謬の救世主。アリーの生き姿。

 正しきものは我に従い、悪しきものは我が前に滅ぶ。

 戦いの地はチャルディラーン。背教者セリムに死を。

 誇り高きサファヴィーの戦士たちよ、我に続け」


 夜明けと共に、私の人生初の負け戦が始まった。

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