第2話 ウスマージャルー将軍

 もとより、ウスマージャルー将軍は夜襲を主張していた。


 オスマン軍の主力はイェニチェリで砲兵だ。平原で砲兵と騎兵が正面衝突すれば、我が騎兵の方に不利である陣形を整える前に夜襲をかけ、オスマン鉄砲隊を壊滅させる。それがウスマージャルーの献策であった。


 ディヤルバクル大守ウスマージャルーは、オスマン軍の戦い方をよく知っている。その通り、オスマン軍の主力は砲兵。騎兵は砲兵に弱い。だが、私は将軍の正当な意見に頷きながらも、何やら心が晴れなかった。


 ヘラート大守シャームルーが声を荒げた。

「言葉を慎め田舎者。これは王と王との戦いぞ。卑劣な手を使って王の名を汚す気か」


 王と王、か。オスマンの王について思いを巡らす。

 <冷酷者ヤヴズ>セリム。父を廃し兄弟を殺し玉座を奪った男。

 そのような者と対等に並べられたことに、不快感がある。


「そなたはどうだ、騎士団長」

 赤き騎士団長タフマースブに問う。タフマースブら赤き騎士は私が王と呼ばれる前からサファヴィー教団に従う者。タフマースブの祖父は私の祖父に仕え、父は私の父に仕えた。タフマースブは、私が生まれた時から傍らにいた。


「恐れながら救世主」

シャー」と号してからも、昔と変わらぬ名で、赤き騎士キジルバシたちは私を呼ぶ。

「私も夜襲が最善かと存じます。夜のうちにオスマン軍を奇襲し、幕舎に水をまくのです」

「水を?」


「はい、水に濡れた火薬は役に立ちませぬ」

 もっともな意見だ。

 <冷酷者>セリム。水に濡れた火薬は貴様の無様な最期に相応しかろう。

 だが……。


 セリムは卑劣な兄弟殺しだ。そのような背教者と戦うために、我らも自らを同じところまで低めねばならぬのか?


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