第4話 生きるため

「...ん...。」


俺はふと目を覚ました。

酷い夢に心が蝕まれた気がする...。


ぼーっとまわりを見渡すと、見覚えのない部屋に転がされていたことに気がついた。


「どこだ...ここ。」

「ゲイバー。」

「ッ!?」


後ろからの冷めた声に振り向くと、そこに...。


「鈴?」

「倒れたんだよ。案外弱いね、あんた。」


鈴は俺にそう冷たく言い放つと、水の入ったペットボトルを手渡した。


「これ飲んだらさっさとここから出てって。朝までってことになってるから。」

「な...。...ヤったのか...俺達。」


とっさに出た質問に俺自身自分を疑った。


あれだけのものを見聞きしたのに...デリカシーない...というか...人として腐ってる...そう感じた。



「勘弁してよ。ノンケに手を出すほど俺だって金に困ってないよ。」


あ、金!!

「あ、あいつらに...いくら出させたんだ...。」


ってまたこんな…。

出てくる質問は...情けないものばかりで、自分に呆れた。


「いつもの値段だよ...どっかの人のせいで最後までヤレなかったからね。」

「...そうか。」


そしてなぜ『最期までヤラなかった』という言葉に安心してしまったのか...よくわからない。


「早く出てよ。こっちは部屋片付けないといけないんだから。」


「手伝う「いい。...あんたの顔早く記憶から抹消したいから。」...なんだよそれ。」


それだけ嫌われる理由は...考えなくてもわかる。

でも、拒絶のされかたがあまりにひどくて、つい独り言が漏れた。


「...そんなに金が大事かよ...。」

慌てて口を覆ったが、その言葉を聞き逃すほど鈴も馬鹿ではない。


「大事だよ。...孤独死した時の自分用の墓立てなきゃだからね。」


その言葉に、俺の行った行為の惨さと俺への憎悪が伝わってきた。


俺は黙ってその部屋をあとにした。


でも、その日は休みの日ということもあって、家に戻っても特にやることもなかった。


だからまたブラッと外に足を運んでいた。


なんとなく公園で時間をつぶしてみても...朝言われたあの言葉が引っかかる。


...孤独死なんて...あまりに極端過ぎる考えじゃねぇか。


相手なんか、あそこにいればいくらでも見つかるだろうが。


そんなことをモヤモヤ考えるうちにまた夜になった。


俺は昨日の言葉の借りを返したくなって、またあのとおりに足を運んだ。


「足しげくって感じだねー。」

「...あぁ、昨日の...。」


「僕、ケンっていうの。リンちゃんよりいっこ下だけどここでの歴は長いよー。」

「...はぁ。」


「リンちゃんなら昨日行ったバーに飲みいってるよ。行ってみる?」


「あぁ。」

昨日の礼も兼ねて、一文句つけてやりたい。


俺はケンという奴のあとをついてそのバーに足を踏み入れた。


「リンちゃん。お客さんだよ。」


鈴はバーの店員の格好をしてカクテルを客にもてなしていた。


「...は?...あんたか。懲りないね。また倒れたいの?それともネコでも探しに来た?俺はやめてよ、迷惑だから。」


入ってすぐに突き刺される容赦ない言葉に、俺は黙りこくった。


「...何の用?」

「ここ、いいか?」


「もう座ってんじゃん。」

俺は鈴の前を陣取ると言いたいことをぶちまけた。


「お前、孤独死とか言ったよな。」

「そうだね。」


「ここにいれば孤独死とかないだろ。」

「使い古したオナホは捨てられるでしょ?」

「ッ!?」


急に発せられた一言に、二人の周りだけ空気が凍りついたように冷たくなった。

「それとも、壊れた玩具ずっと持ってるの?それの方が変態じゃない?」


「なっ...何言って...。」

「君が学生の時言ったんだよ。"ゲイなんか気持ち悪くてオナホになれるだけ感謝しろ"ってね。」


鈴の放った言葉に、今度は店中の空気が凍りついた。


「...それは...その...。」

「僕の記憶に誤字脱字でもあった?」

「...いや、正確に記憶されてた...な。」


「だろうね。僕はその言葉で今ここにいる。ある意味ありがとう。」


その嫌味しか含まないトゲトゲしい言葉は、俺の心をずたずたに引き裂いていた。


逃げたいのに…尻が張り付いたみたいに動けない…。


「君との記憶は思い出したらキリがないよね。全部ここで話そうか?僕も君も多分すでに出禁だろうし。」


「...場所変えないか...この店に...これ以上...いたくない。」


「ふん...。」


鈴は嘲るように鼻を鳴らすとバーの制服をバサバサと脱いで横のやつに深く頭を下げて店を出ていった。


俺もここにいる理由もなくなって慌ててその後を追うように店を出た。


鈴に着いて歩いていると、鈴はある建物の前で足を止めた。


「...入る?」

「え...ッ!?」

そう言って指を指したのは...ラブホテルの看板だった。


「本当に意気地無くなったね。どうせ就職もハッタリでもかましたんじゃないの?」

「はぁ!?違ぇし。」


「まぁ、誰でも入れる会社だって聞くしね。」

「んだと!?」


あまりな侮辱に俺はつい声を荒らげた。


「僕も奉仕すれば入れるかな。」

「ッ...。」


でもすぐに後悔した。

そうだ...コイツはもう...俺がどう足掻こうが...堕ちてるんだ...。


...俺のせい...で。


「君は僕のお客になってくれるわけ?」

「...え?」


「なら中で話聞いてあげるけど。たとえ懺悔でも。ッ!?」


その一言に俺は鈴の腕をつかんでいた。

「お、俺の部屋に行くからついてきてくれ...頼む。」


なんでこんなふうに鈴に頭を下げたのか...よくわからない。

まるで本能のような...動かされるような感覚で、行動していた。


「...いいよ。」

鈴の声は今までで一番冷めていて...鈴が生きてるのか死んでいるのか不安になるほど鈴の表情は清々しかった。


俺は、自分の部屋に行くまでの道のりを鈴の腕をつかんだまま歩いていた。


そして、鈴を壊したあの頃の自分をただ攻めていた。



俺が高校2年になってクラス替えがあった。


その時に同じクラスになった少し物静かなヤツ...それが鈴への印象だった。


同時の俺はダチとやんちゃするのが楽しくて、教師をいびるのに精を出す...俗に言う不良をしていた。


そんなある日、鈴が俺に話しかけてきた。

「由さん。」

「んあ?」


「プリント提出遅れてます。」

「あ?...あぁ。ほらよ。」


俺は何事もなく白紙のプリントを渡した。

その時にふと鈴の指が俺の指に触れた。


すると、鈴は嬉しそうに顔を綻ばせた。

俺はそれであいつの好意を悟った。

そして毛嫌いした。


...心から、自分と違うやつが怖かった。

...排除しないと...。

俺はその一心で、鈴を傷つけた。


3ヶ月ほどたった頃、鈴は学校に来なくなった。

自主退学をしたと担任が言った。


それを聞いて俺はとっさに、目標の達成を喜んだ。


しかし、それが今となっては...ただの愚かな考えで一人の人間を追い込んだ事実でしかない。

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honeyな彼には針がある 木継 槐 @T-isinomori4263

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