第20話 大団円
客席の照明が消え、ざわついていた観客たちがシーンと静まり返った広大な会場の中央、土盛の上にスポットライトが当たって、頭に包帯を巻いた姿の桂小五郎がマイクを持って現れた。会長も命がけだな……と、甚五郎は思いながらモニターを覗く。
「お待たせいたしました…これより、第1回幕末人斬り王者決定戦を、開催いたします!」
一瞬の間を空けて小五郎の腕が闇の一角を指し示す。
「青の角、佐幕派代表、元新選組一番隊隊長、沖田総司!」
憂い顔の沖田総司が、テーマソング「麗しさは罪」にのって、静かに登場する。浅草ギャル達の黄色い歓声が、一際高く場内に響いた。ゆっくりと土盛に上がり、軽く踏みしめて足場を確かめている。
「赤の角、元土佐勤王党、岡田"人斬り"以蔵!」
イゾーが、名手・北斎が手掛けた漫画映画のテーマソング「餡饅頭男」の陽気な拍子にのって走り出て来た。眩いスポットに眼を細め、きょろきょろと辺りを見回していたが、総司を見つけると笑顔になった。
「両者真剣にて勝負の事、勝者が敗者の首を斬り落すことによって勝敗を決する。勝者は、斬首・獄門の刑を一等減じて切腹とする。両者、位置について、礼!……始め!」
静寂の時が流れる。やがて総司が静かに抜刀して正眼に構える。
イゾーはまだ抜かない。総司は下段に変える。
イゾーがスタスタと近づいて来る。総司は動かない。
一瞬交錯する二人、イゾーの抜打ちを総司が弾いた。
イゾーは、一旦離れて再び刀を鞘に納めた。
「総司なら……受け止めてくれると思ってた……」
二人の戦いが始まる。華麗に舞い鋭く襲う総司の剣……
稲妻のように閃き、翻るイゾーの剣。
二本の刀が生き物のように互いを求めて絡み合い、
離れてはいとおしそうに振り返る。
幾度目かに鍔迫り合いとなった。
緊張の中、みつめあった二人の顔が、やがて静かに解ける。
菊一文字と肥前忠広が地に落ちた。
二人は互いを堅く抱きしめる。
頬に流れるのは血の涙だ。
「この勝負没収!掛かれ!」
桂の声が響いた。取り方が津波のように押し寄せる。
棒と盾を持った取り方の群れと戦うのは二人の剣鬼。
宙を舞い、翻り、寄せては代えす波の様な取り方と、
戯れるように縦横無尽に暴れまくる。
兜虫社中の「田舎道」が聞こえてくる。
「田舎道」
田舎道 連れてけ おいらの家(うち)へ
仰ぎ見る おっかあの山 連れてけ 田舎道
町にあこがれ 田舎を捨てて
人斬り包丁 振り回し
転げて落とした 人生の
黄昏に 振り返る
田舎道 連れてけ おっかあの胸に
帰れない おいらの眼に
にじんだ 田舎道
遂に新政府軍の鉄砲隊が火を吹いた。
会場を静寂が支配する。
身体のあちこちに被弾した総司とイゾーがにっこり笑い、むき合った。
「総司!」
「イゾー!」
互いの剣で胸を深々と貫く。
二人は、抱き合っているかのような体勢で立ったまま絶命した。
しばしの静寂の後、無伴奏の歌声が聞こえて来る。
それは、カウンターテナーで歌われるシェイクスピアの有名作品風の一節。
「ふたり~二つの無垢な魂に~」
あの夜 二人は
互いの こころ むすびあい
夜空の果てまで ふたり
行くことを 誓ってた
あれから 二人は
変わらぬ 想い 抱きしめて
夜空に輝く 星に
なることを 願ってた
毒々しいまでに派手な衣裳に身を包み、妖艶な女妖怪の如き化粧を施した女形が、美輪明宏の如く、毅然かつセクシーに登場した。女形は、唄いながらイゾーと総司とを静かに横たえ、その手をつながせ、瞼を閉じさせた。
「皆さんは今、二つの無垢な魂の亡骸を見たはずです。勤王も佐幕もない、汚れない愛の姿を…私は、元新選組局長、近藤勇です。」
会場がどよめいた。
「新政府軍に捕まり、板橋の宿で処刑されることになりました。けれど"おかまの首を斬る刀は持ちあわせておらぬ。"と言われ、裁ち鋏でペニスを切り取られ、"近藤勇の不要品なり"と高札を立てて街道に曝されました。なんたる恥辱、なんたる暴虐な仕打ちでしょう…けれど、私は怒りと激痛の中で決意しました。舌をかんで死ぬのはたやすいこと、けれど、この争いの一方に加担して、多くの人の命を奪って来た私が、こんな事で、この程度の苦しみで死んでいって良いのだろうか。私には為すべき事があるのではないか?生きよう。明日はわからないけれど、生きてゆこう。そしてこのような無惨な戦いが、二度と起こらない世の中にして行こう……まもなく、0時0分、新しい時代、明治時代がやってきます。その時代を私たちはどんな時代にするのでしょうか?もう二度と、こんな若者たちの……」
「弁論中止!CMだ。その目障りな死体もわらわせろ!どけてしまえ!」
スタジオのモニターから公共広告が流れ始めた。
「どういうことよ!わらわせないで!誰にこの子たちをどかす権利があるの!説明しなさいよ!」
二階席のバルコニーに岩倉具視、伊藤博文、大久保利通、明治の元勲たちが現れた。大久保が口を開く。
「男同士が情を交わすのはソドミーといってな、西洋では禁じられた罪なのだ。もはや、EDO時代ではない。衆道、陰間茶屋等は一切禁止とし、取り締まる!あんな汚らしい死体など電波に乗せられるものか。」
伊藤も頷いた。
「衆道がもてはやされたのは、島国で人口にも限りがあったからだ。これからは旧約聖書にあるように"生めよ、増やせよ、地に満てよ"だ。広く海外に雄飛し、世界に冠たる大日本帝国になるのだ。」
「何よ!おかしいじゃない!あんたたち、明治維新ってのは天皇に天下を取らせて仏教をやめ、カムイ信心に戻すって事じゃなかったの?そのために戦ってた庶民はどうなるの?死んでった人たちは!日本を西洋人の国にするつもり!」
岩倉が、大久保に耳打ちをした。
「カムイ信心などでは一神教の西洋国家には認めてもらえぬ。これからの神道は欧米のような国家体制のための宗教に作り替えねばならぬのだ。何より、現在の急務は日本を近代国家にする事だ。やがて日本がアジアの、世界の指導者、盟主になる。そのためにも、日本が野蛮な国では無いと毛唐に認めさせなくてはならないのだ!」
「そのために魂を、日本人の魂を売ってもいいの!大体、宗教ってのは人間の為にあるんでしょう!違うの!この子たちが汚ならしいって!その眼は節穴なの!この哀しさが美しさがわからないの!これが人間なのよ!人間の、ありのままを愛してくれない神様なんていらないわよ!」
十字砲火の轟音が再度会場に響き、今度は近藤を昏倒させた。
「総司…イゾー…我ら、死すとも…自由は、死せず…」
時代と寝た男、稀代の芸能者、ジョニー近藤は闇の中に倒れた。
突然、声が会場に満ちる。
「人斬りの時代は終わった
大地に累々たる屍を踏み越え
天空に満ちる嘆きの声をかき消し
轟々たる凱歌を道連れにして
混沌たる黎明の輝きに包まれながら
新しい時代が……やって来る」
音楽が鳴り響き、鼻の高い異人の外交官たちと胸元露わな日本の貴婦人たちのダンスが会場になだれ込む。
「さよならEDO時代」
頬伝う 涙のしずくに
映って 見えるのは
手と手をつなぎ 見つめあう
あのころの僕らの フォトグラフ
けんかもした(馬鹿騒ぎも)
おだやかな(日々もあった)
陽の光(やさしく 僕らを)
照らしていた(あの頃は)
さよなら さよならEDO時代
さよなら EDO時代 これからは
あなたの時代
演奏がドラムロールだけになると、一同はフリーズした。スポットライトの当たった場所の土盛を掻き分けて、死んでも死にきれなかった竜馬が地獄の底からやって来た。
「ひのもとの、日本の革命は成ったのか!!」
絶叫空しく竜馬は十字砲火を浴びて倒れた。
会場奥の巨大な扉が観音開きに開いて、ビートルズのアルバム"サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド"のジャケット写真の如き壮麗な軍服を着せられた、身長2m45cmはあろうかという巨大な若い男=明治天皇が闇を払って出現した。
彼の行く手には竜馬の死体がある。天皇は一瞬のためらいの後に、竜馬を踏みつけた。鈍い嫌な音がした。日米修好通商条約成立を記念して来日していたジミ・ヘンドリックスが、エレキギター一本で紡ぎ出す壮大な「君が代」のメロディーが重く流れ、停まっていた時が流れはじめる。竜馬を踏み越し、場内の人波をモーゼの様に割って、天皇は会場を横切って出て行った。全ては闇に閉ざされてゆく…
と、「君が代」は消え、幾万の星が流れ落ちるように
幕末という時代が地平線の彼方へと消え去って行った。
その場にいた観客たちが会場を出て
空しい気持ちで空を見上げると
巨大な物が空に浮かんで灯りに照らされていた
鶴の印を描いた巨大な飛行船の上から流れた
かつて『世界の坂本』が唯一吹き込んだヒット曲が
幸せは雲の上にしかないと歌っていた
[終]
万延元年のビートルズ β版 @piyokichi_k
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