第七節 一対の月
その日の、静かな夕刻。
ハルジオンの花が揺れる彼らの家に再び呼ばれた皇子と侍女は、昼と同じように簡素な寝室へ通された。
そこに佇んでいたのは、見事に相対になった鏡のような二人の少女。腰まで届くほどの癖のある長い髪も、端正な顔立ちも、すらりと高い身の丈まで。立ち上がってもなお、相違点は髪の色と瞳の色くらいしか見つけられない。
並んでベットのそばに立つ二人の隣には、困り顔のタクトが座っていた。
「は、はじめまして、昼間はお世話になりました」
青髪の少女が深々と礼をする。いくらか、焦った様子でもあった。礼儀正しいんだなぁ、と感心しながらもアディが会釈で返す。
「はじめまして、私、妹共々お世話にならせていただき感謝しております」
続いて、紫色の方の少女が幾分か余裕のある様子で優雅に礼をする。少しだけ高慢さを感じながらも、アレスも笑顔で応じた。
「はじめまして、僕はエルレイム第二皇子のアレス。よろしくね。」
「アレス様の側近のアディと申します。」
あとからやって来たふたりが名乗る。予めアレスの身分を聞いていたらしいふたりは、そっと優雅に頭を垂れたのみだった。
「こいつらは、俺とタクトの幼馴染。王族だが、特例で下町をうろつく事が許されてる。ちょっと口は悪いが、面倒見のいいやつだ。」
さっきから状況を教えてやっているらしいレオンが口を挟む。アレスが、黄金色のティアラで留めつけた短い金髪を、照れくさそうに触る。不意打ちの褒めに弱いようだ。
「そ、それで、君たちの名前は---」
照れてしまったのがよほど癪だったようで、素早く話題転換を試みると、途端にタクトの表情が真剣なものとなる。
「私は、ルルーです」
蒼髪のほうの少女が、そう名乗る。自信なさげに、消え入るような声で。
「私は、ララー....です。」
ルルーを妹と呼んだ紫の少女までもが、少しだけ疑念的に、言葉を詰まらせた。
「?」
疑問符を浮かべるアディに、タクトが話を切り出す。
「それが....言語、マナー、一般常識、そういった類のものはすべて覚えているようなんだが…」
一度、彼が話を切った。言葉を選ぶように、何度も口を開きかけては閉じる。しばらくそれが繰り返された後、とうとう、静かに真実が告げられた。
「俗に言う、記憶と呼ばれるものがほとんど曖昧になってしまったようだ」
少しだけ、静かな時間が流れる。あまりにも非現実的な記憶障害。確か、レオンが昔聞いた話では、それは---
「記憶喪失、ってやつか」
つぶやくような、さりげない言葉に、アレスが「まさか」と声を上げる。
「そのまさか、のようです」
少しだけ沈んだ声で、ララーが言った。俯いたアメシスト色の瞳には、戸惑いの色が浮かんでいた。
「自分の名前はかろうじて覚えているのですけれど....いえ、これも名前ではないのかもしれません。その他のことは、全く....」
また、沈黙が訪れた。
「ルルーさん、ララーさん、まずはゆっくりお休み下さい。私達も、一度出てゆきますから」
優しい口調で、アディが言う。アレスとレオンもこの時ばかりは同意して、ゆっくり出口に足を向ける。ふたりが退出して、彼女も去ろうとした、その瞬間。
「これから、お世話になると思いますわ。よろしくお願いします」
優美な微笑で手を差し出すララーに、「あ、ああ」と慌ててその手を握るタクト。少し照れているようでもある。
(....あれ?)
その光景を微笑ましいと思ったのに、どこかに引っかかった感情を疑問に思いながらも。彼女はそれを振り払って、木戸を閉めた....。
その後、日も落ちてしまったのでふたりを止めることにしたタクトは(勿論レオンは反対したのだが)、もう一つのゲストルームを解放して、アレスとアディに貸し出したすことになった。
RR(旧版) びふぃずすきん @seima-fe
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