第一章   一幕 世界の変動




 いつからだったか、

 僕、冬月詩音が過ぎ去る日々を憂鬱に思うようになったのは、

 いったい、

 いつからだったか。



     ◆



 目が覚めると、そこには見慣れた自身の部屋の天井が視界いっぱいに映った。

 窓から差し込む日の光のまぶしさに、僕は目をひそめながら体を起こす。

 

 「朝、か.......」


 そんなことを呟き、僕は静かにベッドから起き上がる。

 その後に、僕はタンスへと手をかけ制服の類を取り出し、そして着替えた。

 

 「さて、と」


 服をさっさと着替え、僕は部屋の扉へと手を伸ばす。

 

 

 リビングに着けば、すでに朝食の用意は終わっていた。

 椅子に座るは、妹の未来一人のみ。

 朝早くにでも両親は仕事へと家を出たのだろう。


 「おはよう」

 「.............」


 僕の挨拶に返事は返ってこなかった。

 けれどもそれも慣れたこと。

 気にすることなく逆さに置かれた茶碗に、しゃもじでごはんを盛った。

 

 「いただきます」


 箸を手に持ち、おかずとごはんを交互に口へと放り込む。

 

 「.............」


 食べ始めた僕と入れ替わるようにして、未来が席を立った。

 そんな未来を横目に、僕は食事を進めた。





 家を出ると、どこか不安を身に覚えた。

 どこかいつもと違う淀んだ空気が体に合わず、吐き気すら覚える。

 けれども原因もわからず、僕は何もできなかった。


 体にだるさを感じながら登校すること数分。

 路上に転がる人の姿があった。

 流れ出るかのように噴き出る赤い液体が、そこらに広がる。

 ほのかに香る鉄の臭いが、僕の鼻をだんだんと曲げていく。

 ..........その転がる人は、明らかに死んでいた。

 

 「ひっ、ひぃ!?」


 後ろへと勢いよく倒れ尻もちをつく。 

 べちゃり、とそんな音を立てて手のひらが血で濡れ、白い制服が跳ねたしぶきで赤く染まる。

 

 何故、人が死んでいるのか。

 何故、ここで死んだのか。


 そんな疑問が頭に浮かぶも、今現状にてそれを深く追求することはできなかった。

 

 「な、なんで」


 そんななかも、周りの人たちは気にすることもなく通り過ぎていく。

 青ざめた顔をしているのは僕だけだった。

 

 「そ、そうだ、け、警察に」


 あわただしくも携帯を手に持つ。

 そのまま規定の番号にかけ、応答を待つ。


 『はい、こちら***警察署です。どうしましたか?』


 やがてコール音が切れると同時に、女性の声が聞こえて来た。

 

 「人が死んでるんですっ!」


 僕は叫んだ。

 

 『殺人ですか?』


 その質問に答えるため、死体の外傷を恐る恐る見る。

 そして見つけたのは、胸に刺さったナイフだった。

 深々と差し込まれたナイフは、柄の部分にまで達しそうなものだった。


 「ナ、ナイフが刺さってます」

 『そうですか。では―――』


 ここで僕は安堵した。

 やはり何もおかしくないんだと思いたかった。


 『切りますね?』

 「...........えっ。場所とか聞かなくていいのですか?」


 一拍、そう一拍置いて、その返事は返ってきた。


 『場所、ですか? まず第一に殺人だとしましても、何故警察署に電話をしたのですか? 私たち警察の仕事は、ただ道案内などをするだけですよ? どうして死んだ人たちのために働かなくてはいけないのですか』


 そんな返事が。


 「だって、警察ですよね? 人々を守る.........」

 『何を言っているのですか、あなたは。もう切りますね? これ以上まだ何かあるのでしたら、どうぞご友人の方々とでもお話しください。........では』

 「えっ、ちょっとまっ」

 

 ぷつり、と音が鳴り続くようにして、ツーと耳元で鳴り響く。

 

 「どうなっちゃったんだよ」

 

 電話の切れた携帯を、じっと見つめ、ぐっと握りしめ、そんなことを呟いた。

 

 「あぁ、そうか...........」


 ..............世界は、狂ってしまったんだ。


 と、この時の僕は、そう考えた。

 それ以外の言葉では現状を表せられないと、思ったからだ。


 残酷で、非道で、そんな世の中になったんだ。

 

 けれども一見すれば、それは皆が平等であることも同じ。

 何故なら、殺人を犯しても問題ない。

 つまりは、犯罪者として扱われることもない。

 

 これは、ある意味僕が望んだ世界だった。

 そしてある意味、僕が嫌った世界だった。



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無色の世界に、僕だけの一時の記憶と感情 樋泉 葉白井 @tokiizumi

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