おまけの後日談 ティーナの過去と現在

「んー!」


 第二小隊、詰所にて。ティーナは隊員が買ってきてくれたケーキに舌鼓を打っていた。風邪で休んでしまった隊員の代わりにティーナが休みを返上して任務に出たので、そのお礼にと買ってきてくれたものだ。


「本当にティーナはケーキが好きだな」


 詰所には幸せそうにケーキを食べるティーナと、書類整理の手を止めてそれを眺めているフェンネルしかいない。二人きりの状況になったのも、隊員たちの作戦のおかげである。


「だって、美味しいです! フェンネル隊長も食べますか?」

「いや、いい。気にせず食べろ」

「はーい!」


 ティーナを見つめるフェンネルの眼差しは柔らかい。隊員たちには決して見せないこんな表情も、二人の関係が変わってから甘さを増している。


「そういえば、フェンネル隊長。私がどうしてケーキが好きか、知ってます?」

「好きな食べ物に理由があるのか?」

「あるんですよ」


 不思議そうな顔をするフェンネルにティーナはふわりと笑う。


「私が対魔獣騎士団に入った時、フェンネル隊長がケーキをご馳走してくださったじゃないですか」

「ああ……そんなこともあったか。懐かしいな」


 フェンネルはその時を思い出すように目を細める。


「だから、私はケーキが大好きなんです! 幸せの味なんですよ」


 ティーナは蕩けるような笑顔で微笑んだ。


 二人の出会いは七年前、フェンネルが対魔獣騎士団でまだ一般隊員だった頃だ。ハイルシュタット王国の東の外れにある小さな村の近くで魔獣の目撃情報が出た。それも、大量に。


 このままでは村が危ない、と、フェンネルたち騎士が急行したところ、森から生臭い血の匂い。間に合わなかったか、と肝が冷えた騎士たちは目にした光景に戦慄することになる。


 一人の幼い少女が返り血をどっさり浴びて魔獣の死体の真ん中に立ち尽くしていたのだから。


「あの時のみなさんの顔ったら。敵が増えたかと思いましたよ」


 あの頃には考えられなかった穏やかな表情でティーナは微笑んだ。


 その少女はティーナだった。騎士たちは表情のないティーナに恐れを感じて近づくことができず固まっていた。そこで一番にティーナに近づいたのはフェンネルだ。


「お前がやったのか?」


 魔獣の死体を踏み越えてティーナの側まで行ったフェンネルが尋ねると、ティーナは冷めた目でこくりと頷いた。


「一人で?」


 もう一度こくりと頷いたティーナを見て、フェンネルは顔をしかめる。


「どうしてそんなことをした。一人でなんて危ないだろう」


 ティーナはやせ細った子供だった。袖から覗く腕は細く、頬もこけている。魔獣の血と同じ色の赤い髪の毛が特徴のティーナは、色の悪い唇を開いた。


「放りこまれたから」


 その一言でフェンネルを含む騎士団の面々は状況を悟る。この村の人間はこの森に魔獣が潜んでいることを知っていた。


 その上で幼い少女をこの森に放り込んだのだ。


 ティーナは村の爪弾きものだった。親のいないティーナは孤児院に住んでいたが、そこはろくなところではなかった。


 孤児院の目的は国からの援助金目当てに能力の優れた者を育て、国の機関に送り込む。就職が成功すれば謝礼が出るからだ。


 反面、能力の優れない者への待遇へは酷いものとなった。頭も悪く、魔法も五大属性でなかったティーナは冷遇の対象だった。


 ティーナはそれを黙っていられる質ではない。反攻するティーナに手を焼いた大人たちは、度々蔵へ閉じ込めるなど扱いの酷さを増した。


 その結果、ティーナは自分の身を守るために防御魔法を上達させていくのだが、どんな強力な魔法を打ち込んでも防いでくるので余計に大人たちの反感を買う結果となる。


 森に魔獣が出たと聞いた時、村の者達はどうにか自分だけでも生き残りたいと誰もが考えた。だが、逃げたくても村の外にも魔獣が生息しているので安易に出ることもできない。そこでティーナの出番だ。


 孤児院の大人はティーナを森へ放り込むことに決めた。魔獣も餌があれば黙る。対魔獣騎士団が到着するまでの時間稼ぎとしてティーナを使うことにしたのだ。


 ティーナは逆らわなかった。村が世界のすべてだったティーナは、既に自分の人生に絶望していた。死ぬ時が来たというなら、それはそれでいいかもしれない、と。


「でも、死ねなかったんですよね」


 ケーキを食べ終えたティーナはナプキンで口を拭いながら苦笑いをする。


「いざ魔獣が目の前に現れたら、反射的に抵抗してしまったんですよ」


 自分を守る術しか知らなかったティーナだったが、それでは魔力が切れてしまう。時間稼ぎに、と持たされた剣を、見よう見まねで振り回し魔獣を倒していった。


 そうしてすべて倒し終わった後に、フェンネルたちが到着したというわけだ。


「もう少し早く助けに行ければよかったんだが」


 七年も前のことを申し訳なさそうに言うフェンネルに対してティーナはクスリと笑う。


「いえ、フェンネル隊長はちゃんと私を助けてくれましたよ」


 大方の魔獣はティーナが倒してしまっていたので、騎士団の仕事は楽なものだった。そうして一日の滞在の後、村を後にしようとした騎士団の元へティーナがやってきた。


 濁った瞳でじっと見つめるだけのティーナに声をかけたのはまたしてもフェンネルだ。


「戦う覚悟はあるか?」


 まだ十六の少女に何を言うのだろうかと騎士たちも注目する中、ティーナはただフェンネルを見つめ続けている。


「お前が望むなら、騎士団に入れてやってもいい」


 訓練も積んでいない女を騎士団に入団させるなんて、何を言い出すのかと騎士たちが慌てて止めようとした。それを収えたのはティーナの涙。ティーナは強い瞳でフェンネルを見つめながら、一滴の涙を落とした。感情の見えないティーナの涙が騎士たちの目に美しく映ったのだ。


「訓練は厳しい。実戦で死ぬ可能性もある。すべてを捨てる覚悟でついてくるか?」

「元々私には何もない」


 透き通った声でそう答えた少女はフェンネルに、


「私を連れて行って」


 と、頼んだ。


「お前、名前は?」

「ティーナ」

「ティーナか。俺はフェンネルだ」


 あの日のことをティーナは忘れることがない。自分を救ってくれたフェンネルの温かい手の記憶は、今でもティーナの胸の中心にある。だからこそ、ティーナは表情を取り戻すことができたのだ。


 対魔獣騎士団の訓練生として入団したティーナは厳しい訓練を受けた。戦闘要員としての女性の騎士は珍しかったが、戦闘センスは光るものがあり、男たちに混じってもひけを取らない。


 だから、半年後にフェンネルが第二小隊の隊長となり、ティーナを訓練生から引き抜いて隊員として入れた時も、影で不満は上がっても誰も文句は言えなかった。第二小隊に入った後のティーナはフェンネルと抜群のコンビネーションを発揮し、みるみるうちに戦果を上げる。


「七年なんてあっという間ですね」


 それぞれこの七年間を思い出し、無言になっていた後にティーナがぽつりとそう言った。


「騎士になったこと、後悔してないか?」

「後悔なんて」


 ティーナは笑顔で即座に否定する。


「遅かれ早かれ私はあの村で死ぬ運命でした。それを、自分の力で生き残るチャンスをくれたのはフェンネル隊長ですから」

「でも、俺じゃなくて貴族にでも拾われていたら、また違った人生が待っていただろうに」

「貴族があんな小汚い娘なんか拾うわけがありませんよ」


 フェンネルが騎士団に誘ったことでティーナの人生は変わった。まだ少女だったティーナを戦いの世界に入れた。フェンネルがティーナの無邪気なところや女性らしい一面を見る度、その選択が本当に正しかったのかと不安に思っているのだ。


「それに、フェンネル隊長とずっと一緒にいられますから」

「ティーナ……」


 頬を赤らめて微笑むティーナを見て、フェンネルはたまらず立ち上がった。側まで寄って、頭を優しく撫でる。ティーナは心地よさそうに目を伏せた。


 そんなティーナを見て、フェンネルは身を屈め──


「フェンネル! いるかい!? ……あ」


 クロルドが勢い良く部屋に入ってきて、フェンネルはパッとティーナから身を離した。


「……何だよ」

「ごめんごめん、お邪魔だったみたいだね。また時間を改めて──」

「別に何もねえよ!」


 フェンネルはどこまでもタイミングの悪い男なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強騎士コンビはどう見ても両想いなので、早くくっついてもらいたい 弓原もい @Moi3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ