作戦は……
「ふんふんふーん」
二人が両想いになってから一ヶ月程の時が経ったある日のこと。第二小隊詰所で調子の外れた鼻歌が聴こえてきて、隊員が見るとティーナが上機嫌でニヤニヤとしている。
恋人同士になったとは言っても隊員たちの目には特段の変化は見て取れていなかった。しかし、きっとフェンネルが恥ずかしがって隊員たちの前では見せないようにしているのだろうし、こうしてティーナの機嫌がいいのだから上手くいっているのだろう、と温かく見守っている。
「ティーナ副隊長、何かいいことでもあったのですか?」
ただ、二人のことをずっと見守ってきた隊員たちはその後が気になる。今ならフェンネルもいないし、いいか、と思い尋ねた。
「あ、そう見える?」
ティーナはまるで聞かれるのを待っていたかのように穏やかな表情で頬を緩ませる。ティーナは近頃、めきめきと女性らしさを増していた。この分だと、町のファンの人気が別の人物に向くのも時間の問題かもしれない。
「あのね、昨日聞いちゃったんだけどね……」
うふふと笑いながらティーナは打ち明ける。こんなに幸せそうなんだから、たまには惚気を聞くのもいいかと隊員が耳を傾けると──
「ユウリがね、ノルスをデートに誘ったんですって!」
「……はぁ?」
ティーナは予想外のことを口にした。てっきりフェンネルとの惚気だと思ったのに、ユウリ?
「今度のノルスのお休みにね、この前連れて行ってくれたお店に二人で行きたいって勇気を出して誘ったみたいなの。そしたら、ノルスがいいよって言ってくれたみたいで!」
「……はぁ」
隊員たちは、何故自分たちが別の隊の恋の話を聞かなくてはならないのかと混乱してくる。自分たちは第二小隊の最強騎士コンビの惚気話を聞いたつもりだったのだが。
「ノルスも鈍そうだからあんまり意味をわかってないと思うけど、断らなかったってことは悪くないってことよね? 今後のユウリの頑張り次第で……」
「あの、ティーナ副隊長?」
話が長くなりそうだったので隊員が遮った。教えてくれないのなら、自分から聞くのみだ。
「ティーナ副隊長はどうなんですか?」
「どうって?」
「フェンネル隊長と、デートとか!」
「ええ!?」
ティーナは意外そうな顔をした後、照れたように赤くなった頬を手で覆った。おお! 見たかったのはそういう反応ですよ! さあ、ご自分の惚気話をどうぞ!
「えっと……実はこの前のフェンネル隊長のお休みの日にね。その、夜に……」
おお! 隊員はワクワクしながら照れた様子のティーナを見つめる。
「自主練に付き合ってもらったの!」
「……はぁ!?」
意外な発言に、副隊長に言うにはいささか失礼なイントネーションの聞き返しをしてしまった。ティーナはまったく気にする様子もなく、嬉しそうに続ける。
「ほら、療養で少し身体がなまってしまっていたから、実戦の感覚を取り戻したかったのよ。だから、相手をお願いしたの」
「えっと……それは、二人で剣を交わしあったということですか?」
「そうなの! やっぱりフェンネル隊長は強いね。私じゃ全然敵わない」
ティーナは瞳をキラキラと輝かせているが、隊員たちが聞きたいのはそういうことではない。
「それで、自主練の後はどうされたんですか?」
「自主練の後って?」
「食事に行ったとか、そういうことは?」
「ああ、食堂で一緒に夕飯を食べたよ」
「食堂って寮のですよね……?」
「うん」
もちろん! とでも言いたげに当たり前のように肯定した。隊員たちはがっくりする。それは自分たちが聞きたい惚気話ではない!
「ティーナ副隊長。他には最近二人で町へ出た、とかいうことはないんですか?」
「ないよ」
「ええ……」
隊員たちは項垂れる。ティーナだけがきょとんとしたままだ。
「じゃあ、ストレートにお尋ねしますが、お二人がお付き合いを始めてから、フェンネル隊長と手を繋いだりとか、スキンシップをなさったことは!?」
「おお……!」
隊員の一人がストレートに聞きたかったことを切り込んでいって、他の隊員たちからは「よくやった!」の意味の歓声が上がる。ティーナは流石に耳を赤らめるが、
「な、ないよ! そんなこと!」
と、否定した。
「な……ない、ですと?」
「うん」
隊員たちは絶望した。いや、むしろドン引きだ。
二人がくっついてから早一ヶ月。それだけの期間、いい年の恋人同士が毎日のように顔を合わせておきながら、何の進展もないなんて!
「フェンネル隊長め……!」
「あの人は……!!!」
隊員たちは怒りで顔をこわばらせていく。ティーナだけが要領を得ない顔をしている。
「よし、作戦続行だ!」
「次は二人に恋人同士っぽくなってもらうぞ!」
「おー!!!」
「えぇ!?」
第二小隊の面々はうんざり半分、楽しさ半分の顔をしながら拳を突き上げた。彼らの苦労の日々はまだまだ続きそうである。
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