作戦その19 最強騎士コンビをくっつけよう!4

 ティーナは町へ向けてぼんやりと歩いていた。いつも機敏なティーナも、考え事をしていれば足は遅くなる。


 フェンネルの性格を熟知しているティーナはあそこで止めてくれることも、気にかけてくれることもしないことはわかっていたつもりだ。それでもやっぱりショックではある。


 療養中、ベッドの上で散々考えた。フェンネルのことを好きでい続けるかどうか。そこで考え抜いて一つの結論を出したから、今こうして菓子屋へ向かっているというのに、フェンネルを前にしたらその気持ちが萎んでしまう。


 気持ちを強く持たなければとティーナは思った。だけど、いろいろなことがあって、少し自信を失ってしまっている。


「ティーナっ!!」


 思い浮かべていた人の声が聞こえて、ティーナはくるりと振り返った。そこには、遠くからティーナに向けて一目散に駆けてくるフェンネルの姿が見える。


「フェンネル隊長……?」


 フェンネルは普段通りの俊足で瞬く間にティーナの目の前にやってきた。息は荒く、だいぶ長い距離を走ってきたことがわかる。ティーナはフェンネルが自分を追って駆けてくる理由は一つしか考えつかない。


「緊急招集ですか!?」


 瞬時に頭を仕事モードに切り替えたティーナは姿勢を正す。


「団長室ですよね、行きましょう!」


 そう言ってスタスタと来た道を戻ろうとするティーナの腕を未だに呼吸が整わないフェンネルが掴んで止めた。


「待て……! 緊急招集じゃない」

「え、違うんですか?」


 ティーナは足を止めてきょとんとする。


「じゃあ何ですか? あ、もしかして町へ行くついでに買ってきてほしいものでもありましたか?」

「ティーナ……」


 フェンネルはティーナが「告白の返事をすると出かけて行った女を追いかける男=止めに来た」と、当たり前のように理解するだろうと思っていたのだが、見当違いだった。それは、ティーナが鈍感だからか、それとも自分の日頃の行いが悪いのか。


 どちらでもいい、今は関係ないとフェンネルは頭を振る。息もようやく整った。


「ティーナ」


 フェンネルはティーナの腕を掴んだまま見下ろす。要領を得ないティーナは不思議そうな顔をして首を傾げている。


 十六の頃から成長を見てきたティーナは、出会った時とは何もかもが変わった。全てを諦めたような冷たい目で世界を見ていた少女。一緒にいることで感情が豊かになり、どんどん女性らしくなっていった。


 何の力もない自分が拾った少女。どうしても幸せにしたくて、自分なりに考えてきた。ティーナはどうしたら幸せになるのかと。


 出した結論にいつも自分はいなかった。年の差もそう、常に危険を伴う仕事もそう。


 だけど、本当は誰よりもフェンネル自身がティーナを幸せにしたかった。そう望むことはティーナの幸せではないとずっと蓋をしてきただけで。


 蓋をしておけると思っていた。だけど、もう蓋をしておけないほど、フェンネルの気持ちは大きくなってしまった。


「菓子屋の男のところへなんか行くな」

「……へ?」


 ティーナにとって予想していなかった発言だったらしい。素っ頓狂な声を上げた。


「仕事の間だけじゃなく、女としてもずっと俺の側にいろ」


 告白だとは夢にも思っていないらしい。ティーナは口を開けて、何度も瞬きをしながらフェンネルに言われた言葉の意味を咀嚼する。


「愛してる、ティーナ」


 ティーナは目を大きく見開いた。どんなに鈍感なティーナでもわかる。今、自分は告白されているのだと。一番言われたかった言葉を、一番言ってほしかった人に言ってもらっているのだと。


 口をパクパクとさせたティーナは何かを口にしたいのに何も声が出てこない。顔だけはみるみる内に自分の髪の毛と同じくらい赤くなった。


 そんなティーナを見てもフェンネルは「冗談だ」と、笑うこともせず、真剣な顔のままだ。そのことでティーナはこれは嘘ではないのだと理解することができた。


「フェンネル……たいちょう」


 拙い口調で名前を呼んだティーナは、今度は目を赤くさせた。溜まっていく涙をフェンネルが手で拭う。


「告白を、受けにいくつもりなのか?」


 フェンネルはそう静かに尋ねた。口調は静かでも、表情は揺れている。


「俺は嫌だ。ティーナが行くというなら、俺を倒してから行くんだな。俺は全力で相手をする」


 そう強がってみせても、表情が頼りない。だけど、本気で戦ったとしても、今のフェンネルには敵わないだろうとティーナは思った。


「告白は断りに行くつもりだったんです」

「断りに……?」

「はい」


 ティーナはフェンネルの手を自分からぎゅっと握って微笑んだ。


「でも、ティーナ。この前俺に『好きにします!』って言ったろ?」

「言いましたけど、告白を受けるとは言ってませんよ」

「なんで……」


 フェンネルの瞳に熱が宿る。答えなんて、聞かなくてもわかっている。


「私もフェンネル隊長のことが大好きだからですよ」

「ティーナ……」


 ティーナは実に女性らしくふわりと微笑んだ。


「フェンネル隊長はおわかりだと思ってましたけど」

「わかるわけないだろ、そんなもんは」


 フェンネルはふいっと横を向く。


「だいたい俺とティーナは年も離れてるし……」

「フェンネル隊長」

「……?」


 フェンネルの言葉を遮ったティーナが一気に距離を詰める。そして背伸びをすると、フェンネルの頬にちゅっと口付けた。


「ティ、ティーナ……!」

「もう一生離れませんからね!」


 ティーナはくすくすといたずらっ子の表情で笑った。


「おおおおお!!!!」

「フェンネル隊長!!!」

「ティーナ副隊長ー!!!」


 突然背後から雄叫びが聞こえて、二人はぎょっとして振り返る。見ると、泣きながら走ってくる第二小隊の隊員たちだった。


「お、お前ら……!」

「おめでとうございます!!!」

「ようやく、ようやくですか!」

「やったー!!!」


 いつの間にか覗かれていたことをフェンネルが咎める隙も与えず、隊員たちはあっという間に二人を囲んだ。


「よし、胴上げだ!」

「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて!」

「これが落ち着いていられますか!」

「どれだけ俺たちがやきもきしたと思ってるんです!?」

「おい、やめろ!」

「よーし!」


 二人の制止も無視して、隊員たちはフェンネルを担ぎ上げる。


「バンザーイ! バンザーイ!」


「うわっ!」


 フェンネルは宙を舞う。狂ったように祝う隊員たちと、慌てるフェンネルを見て、ティーナは吹き出した。


「あはははは」

「ティーナ! 笑ってないで助けろ!」

「助ける必要なんてないですよ、ティーナ副隊長!」

「そうそう、フェンネル隊長がどれだけティーナ副隊長を不安にさせたか!」

「ふふふ、そうだね」

「おい……」

「ばんざーい!」


 その胴上げは隊員たちが飽きるまで続けられたのだった。

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