作戦その19 最強騎士コンビをくっつけよう!3

 隊員たちは怒っていた。もちろん、相手はこの期に及んでティーナに想いを伝えないフェンネルに対してだ。


 あの日の以来、ティーナは第二小隊詰所に顔を出さなくなってしまった。療養中だからということもあるが、それだけではないだろうということは誰の目にも明らかだ。


 フェンネルは思い悩んでいるにも関わらず、ティーナの部屋を訪ねたりする様子もない。隊員たちはもう呆れてどうしようともしなかった。


 それから数日後。とうとう医者からティーナの完治の診断がくだされた。晴れて療養は終わり、翌日から職務に復帰するらしい。そんな喜ばしい知らせを聞いても隊員たちは複雑だ。またあの二人のもだもだじれじれを見せられて、いつまで怒らずにいられるかわからなかったから。


 ティーナは夕方に一度詰所に顔を出すことになっている。あの菓子屋の男からの告白の返事をティーナがどうしたかは誰も知らない。いっそのこと受けてしまえばいいんだと思うくらい、隊員たちは憤っていた。


 夕方。何だかんだ理由をつけて訓練を早めに切り上げたフェンネルは詰所に待機している。どう見てもティーナを待っているのだが、そう見せないように普段はしない書類整理などをしていた。フェンネルもティーナと菓子屋の男の恋の行方が気になっているのだろう。


「失礼します」


 とうとう来た。ティーナが気まずそうな顔をしながら詰所に顔を出すと、隊員たちはゴクリと唾を飲む。しかし、たった数日だが、そんなに長い間ティーナの顔を見なかったことのない隊員たちは、すぐに顔を綻ばせて出迎える。


「ティーナ副隊長、おかえりなさい!」

「完治おめでとうございます!」

「ありがとう」


 隊員たちの出迎えを受けた後、ティーナはすぐに視線を奥に向けた。そこには、ティーナが入ってきたことを気がついているだろうにも関わらず、書類から目線を上げないフェンネルの姿がある。


「フェンネル隊長」


 隊員たちは怒り狂いそうになるが、それに気が付かないティーナはおずおずとフェンネルの名前を呼んだ。そこでようやくフェンネルが顔を上げる。


「本日、医者から完治の診断をもらいました。明日から復帰致します」

「そうか」


 「もっと言うことあるだろー!!!」と、隊員たちは心の中で叫ぶ。そっけないフェンネルだが、ティーナはその返事に満足したらしい、一礼して再び隊員たちのところへ戻る。


「明日からまたよろしくね」


 笑顔を向けるティーナに隊員たちは泣きたくなった。何故ティーナばかりがこんなに苦労しないといけないのか。何故、いつまで経ってもフェンネルは男にならないのだろう!?


 あまりに腹の立った隊員はティーナにこう尋ねることで打って出た。


「ところでティーナ副隊長。あの菓子屋の男からのラブレターに返事はしたんですか?」


 ピクリ、とフェンネルが反応を見せたことを目の端で確認する。目線は書類だが、確実に耳はこちらに向いた。


「ああ、えっと……」

「デートはいつになったんですか?」

「もしかして、もうしたとか!?」


 戸惑うティーナに次々と質問を浴びせかける。


「デートはしてないし、返事もまだ……」

「まだ迷っているんですか!?」


 隊員はわざと声を大きくリアクションした。フェンネルに向けて、今だったら間に合うぞ、と。


「明日仕事に復帰したら時間取れなくなりますよ?」

「そうなんだよね、だから……」


 ティーナはもじもじとしながら、


「これから返事、しに行こうかと思って」


 と、言った。


「これから!」


 何とタイムリーなのだろう。隊員はフェンネルを確認するが目線は下げたままだ。しかし、書類をめくる手は止まっている。


「頑張ってくださいね!」

「応援してます!」

「う、うん……」


 隊員たちにはティーナが迷っているのがわかった。たぶん、フェンネルに引き止めてほしいのだ。


 今だ、今しかないですよ、フェンネル隊長!


「それじゃあ、また明日……」

「はい、お疲れ様です!」

「ご武運を!」


 ティーナはゆっくりと歩き、後ろを振り返らないまま詰所を出ていった。その瞬間、殺気立った隊員たちは後ろを振り返る。何を、何をやってるんだこの男は!


「フェンネル隊長!」


 もう我慢の限界だった。今まで黙って見てきた隊員たちだが、もうそうしてはいられない。


「何やってるんですか! 追いかけないと!」


 突然、隊員たちが自分に迫ってくるので、フェンネルは目を見開いて固まった。そんなフェンネルに、普段は口答えをすることがない隊員たちが、鬼気迫る勢いで怒鳴る。


「聞きましたよね!? ティーナ副隊長、告白を受けに行っちゃいますよ!?」

「そうなってからじゃ遅いんですよ!」

「何を……」


 フェンネルは隊員たちのあまりの勢いに身じろぎした。そんなフェンネルに隊員たちは言い放つ。


「フェンネル隊長、ティーナ副隊長のことが好きなんでしょう!!?」


 呆気に取られていたフェンネルだったが、その表情を苦悶に変えて唸るように呟く。


「……だとしたら、どうする」


 絞り出す声は低く、掠れていた。


「俺はいつ死ぬかわからない騎士だ。ティーナを満足に守ることもできない男なんだぞ。それに、十も歳が離れている。こんなおっさんとどうこうなるより、歳が近くて安全な男と一緒になったほうがティーナのためだ」


 隊員たちはその言葉を聞いて震える。震えて、震えて、拳を握って、そして叫んだ。


「だったら何だっていうんですか!?」

「……!?」


 フェンネルは再び唖然として目の前の騎士たちを見つめる。


「そうやって言い訳並べて、何を怖がっているんですか!?」

「自分でティーナ副隊長を守りたいんじゃないんですか!?」

「好きなんでしょう!?」

「男ならちゃんと言ってやってくださいよ! この臆病者!」

「どんなに強いフェンネル隊長より、はっきり気持ちを伝えた菓子屋の男のほうがよっぽど男らしいですね!」

「フェンネル隊長とティーナ副隊長は二人で最強なんです! だったら、これからも二人で守りあっていけばいいじゃないですか!」

「年齢なんてどうでもいいじゃないですか!」

「ティーナ副隊長を失ってもいいんですか!?」

「誰と一緒になるか決めるのはフェンネル隊長じゃなくてティーナ副隊長でしょう!?」

「ティーナ副隊長を幸せにしてあげてくださいよ!」


 もう言いたい放題だった。隊員たちはとても隊長に投げかけるとは思えない言葉であっても自分の言いたいことを次々と投げかける。しかし、それに怒る権利がフェンネルにはない。


 一通り言い終わるとフェンネルは黙ってしまっていた。流石に言い過ぎたか、怒られる──!? 隊員たちがそう思った時のことだった。


「ありがとう」


 ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったフェンネルは一気に駆け出す。荒っぽく扉を開けて瞬く間に走り去って行く。


 その後姿を見た隊員たちは顔を見合わせる。


「うおー!!!」

「がんばれー!!!」


 隊員たちは廊下にまで出て、雄叫びを上げながらフェンネルを送り出した。

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