第21話



 えぇぇぇええええ……っ!? という恭祐達の驚愕の叫びをバックに、素早くリンクの準備を始める律。


 自席に深く腰を据え、手慣れた仕草でヘッドセットを装着していく。それと同時に、VRネットワーク上への干渉を始めた。リンクとの双方向アプローチだ。


 ヘッドセットを着けた視界には、暗闇で視野を広げた筐体の視覚と、それに重ねたようにVRネットワーク上の情報が重ねて表示されている。

 通常ではあり得ない、律仕様の、唯一無二のセッティングだ。


 鈍い光の中に落下するような錯覚の後、肉体という枷を解き放たれた。


 思考だけがクリアに電子デバイスを伝わり、何よりも正確に命令を実行してくれる。


 まずは電磁波シールド材で厳重に保管された『ENS』の、何重にもかかった電子ロックを内側から外していく。製作者であり、管理責任者である律のバイタルデータを元に、封印のような鎖が解かれていった。


 第六研究室の片隅にあったドックの扉が、カチャリ、と開く。


 ……真っ暗闇の視界に、光が差した。


「うそ……古くて使う予定のない筐体だ……って、それが『ENS』……!?」


 筐体に備わったマイクから、はたまた研究室内のマイクが拾った音声データから、呟くような依舞樹の声が検出された。しかし感嘆の吐息すら、今の律にはただの情報として積み重ねていくだけのもの。


 今、必要なのは、こんなデータじゃない。


 コンマ数秒もしない、意識の片隅だけの取捨選択で切り捨てる。


 自分が『ENS』とリンクした時の癖だ。

 筐体と、ネットワークと、同調しすぎてしまうのだ。

 深く深く。

 まるで自分の肉体や感情すら、筐体を動かすためのファクターでしかないかのように、いつでも取り出せるデータの一つになってしまう。

 筐体を筐体として扱う恭祐とは、正反対のものだ。


 ――腕回り、脚周り、胴回り、全て違和感なし。


 教習機にリンクした時のような吐き気も、不快感も、寝不足の身体の怠さも何も感じない。むしろ、重たい服を脱ぎ捨てたような爽快感すらある。


 久しぶりの『ENS』の感触を確認し始め、いや、確認するまでもないな、と思い直す。『ENS』は、自分の肉体よりも限界を知り尽くした、もう一つの現実の身体なのだ。


 リンクした瞬間に、全てがわかる。


『問題なさそうだな』


 含み笑いでも聞こえてきそうな、ヒナからのプライベートメッセージが、視界の隅に表示された。

 肉声ではなく、ただの電子データであるというのに、そこには感情の起伏すら感じられる。


 ――またそんなところにいて。悪趣味だな。


『律が久しぶりにENSとリンクするんだ。ここは特等席だぞ?』


 ヒナの昂揚が伝わってくるようだ。


 自分の愛用の筐体が破壊されたというのに、もう綺麗サッパリ忘れたかのように楽し気だ。先ほどまでの恨み節は全て、律を煽動するための戯言だったのかと疑いたくなる。


 一瞬、ヒナに何か反論してやろうと思ったが、


『存分に暴れてくるがいい』


 それより先に行動を促されてしまった。それもそうだと現状を判断し、隔壁の展開された闘技場内の、情報収集を始める。


 ――まだ4台とも稼働している、か。


 筐体に対しては、稼働開始直後の処理を行いつつ、並行してVRネットワーク上の情報を片っ端から処理していく。


 ――外部との通信ソケットを確認。

 ――敵4体のコントロールポイントを掌握。

 ――バイナリデータを全てキャプチャ。

 ――復号化は……バインドの方式を確定させて……。

 ――『ENS』のウォームアップは80%完了。後は歩きながら各パーツを……。


 不審なログが見つかればマーキングし、この不正な侵入者の痕跡となりそうなものは、情報として蓄積していく。相対する敵への先制は忘れずに、自分の状態をベストまで引き上げることにも余念はない。


 律にとってはただの作業だ。


 何年も、この世界で生きているのだから。


「一条くーん。隔壁とモニター、一部開放するよぅ」


 黒井から、戦闘開始の合図がかかる。


『行ってこい、律』


 ヒナに、背中を叩かれた気がした。




***




 黒い、シャープな形状をした、無性のボディを持つ筐体が、小さく開かれた隔壁から闘技場へと降り立った。


 その華奢すぎるフォルムから、女性型だと云われていた『ENS』。


 理由が分かった、と恭祐は思った。


「あれは、りっちゃんの身体バランスに、良く似てる……」


 闘技筐体として、『闘う』というコンセプトを一切無視したかのような、しなやかすぎる肢体。自然な立ち姿。その重心移動のタイミング……。


 自席のリンクスペースで、ヘッドセットを被ってピクリとも動かない律を見る。


 まるで、分身のようだ。


「あっはっはぁー、さっすがぁ期待の新人クン。良くわかったねぇ、『ENS』のベースが一条くんだって」

「ベースがりっちゃん……って……」

「立ち姿がとても似ているでしょう? そもそも闘技用じゃなかったからねぇー」


 しみじみとした口ぶりで、闘技場が表示されたモニターを見つめる黒井。そのすがめた目からは、何を考えているか読ませてくれない。

 闘技用じゃなかった、りっちゃんをベースにした筐体……?


「う……嘘でしょ……一条が……『ENS』に……!?」


 黒井に聞きたいことはまだ沢山あったが、虚脱したように呆然と立ち尽くしていた青木が、振り絞るような声を出したので、そちらを振り向く。


「あー……、青木さんは知らなかったんですか……?」


 まぁ知ってたらりっちゃんに突っかかってなかったかな、とは思いながら訊ねてみると、案の定で。


「知るわけないじゃん!! そんなの……っ」


 キッと睨みつけられてしまった。可愛い顔をしているからあまり迫力は無いが、この反応を見るに、ここの第六研究室の人間以外に、律のことを正確に知っている人は少なそうだ。

 研究室ごとに特色があるとは知っていたが、ここまで特殊な研究室は無いのだろう。


 瞬きすら惜しいというレベルで、必死にモニターに食い入る依舞樹や御子柴たちの姿を見て、自分も『ENS』の動きをしっかりと見ておこうと視線を前方に戻した。


 モニターに広がる闘技場には、本当に、まるで人体のような自然な歩みで、4体の教習機に近付いていく『ENS』がいる。


 ここからどう戦うのか……。


「恐らく、一瞬だ。1年生は良く見ておけ」

「城ヶ崎室長……」


 同じように隣に立った城ヶ崎が、モニターを見上げながら腕組をした。

 冷静に状況を俯瞰しているようなその立ち居振る舞いは、欠片も『ENS』が不利になることはないという確信を持っているかのようだ。


「動く――……!」


 依舞樹の声にモニターを再度注視すれば、教習機の1体が、明らかに『ENS』を狙って加速度的に近付いていた。


 どう迎え撃つのか……。


 しかし、瞬時に迎撃態勢を取るかと思われた律の動きは、……何も変わらなかった。


 筐体特有の瞬発力で襲い掛かろうとしている教習機。


 まさかそれが見えていない筈ないだろうに、ただ自然に歩みを進める『ENS』。


 まだ……まだ律は動かないのか――……。


 二つの筐体の距離が一瞬でゼロになり……、


「接触っ!」


 そう思った時には、教習機はただ慣性のままに数メートルを通過して……停止した。


「1体目、ロスト」

『ダンプしたデータを渡すから解析始めといて』

「了解です」


 所属員の報告に重ねるように、律が素早く指示を出す。その声は冷静であり、普段を少し硬質にしたような声音だ。

 そして当然のように第六研究室内は、慌ただしく律から送られてきたデータの調査を始める。


「…………今、一条君、何か動いた?」


 無言でモニターを見つめていた依舞樹が、当然のような質問を口にした。


「いえ、私には……」

「……悪いが僕にも、ただちょっと避けただけのようにしか……」


 小さく首を振る奈央と、同じく眉間にシワを寄せる御子柴。

 恭祐にも、本当に僅かに『ENS』の腕が動いたように見えただけで、モニター越しではよく分からなかった。


 答えあぐねて隣をチラリと見てみれば、


「あれは、下肢部の運動回路を切ったな。破壊するのは簡単だが、不正アクセスの痕跡まで消えてしまっては意味がないからだろう。動きを止めて、ネットワーク上から切断させたんだ」


 城ヶ崎が淡々とした解説をくれた。

 が、到底納得できるものではない。


 これまで知っている筐体闘技の、どんな戦法としても聞いたことがないのだ。

 そんな、ネットワーク上から、稼働中の筐体に干渉するリンカーなんて。


 筐体に感覚をリンクしている状態で、それ以外にも意識を残している……?


「あっ……!」

「どうした見嶋」


 研究室内でパソコンに向かっていた所属員が声を上げた。

 全体を見ていた萩原がすぐに確認する。


「あー……一条さんが、こっちのコントロールにまで干渉してきました」

「……気にしないで作業を続けろ」


 ネットワークに繋がっていると、こうやってすぐ調子に乗る……とボヤく萩原。それに見嶋も同意の苦笑を見せて別の端末を触り始めた。


 いやいやいや、それって普通なの!? とツッコミたい気持ちを何とか飲み込む。

 『リンク』という、五感全てを筐体へ預け渡した状態なのに、そこからVRネットワークを介して研究室内にまで、律のコントロールが逆流してきているのだ。

 こんな異常なスキル、リンカーなら疑問に思って当たり前じゃ……とは思うも、第六の正式なリンカーは萩原先輩だけなのを思い出す。彼女の機械オンチさを考えると、出来る人には出来る、という程度にしか考えていないのかもしれない。


「…………」


 第六は変人の巣窟だから……という事にして、深く考えるのは後回しだ。


 今は、それどころじゃない状況なのだから。


「――次は3体同時!?」


 モニター越しに見える光景に、室内の誰もが静まり返った。


 まずは2体が『ENS』の注意を引くように、ヒット&アウェイのような中途半端な接近を繰り返した。そしてその隙に周り込んで背後を取った筐体と共に、3体が一斉に『ENS』へと強襲する。

 集束点の中心で立ち尽くす『ENS』。


 背後の敵は見えているのか……!?


 後ろ、と叫ぼうかと一瞬躊躇した、その時には、数歩バックステップをした『ENS』が、背後から接近した教習機を、した。


 一切振り返ったりしていなかった。

 なのに、正確に背後の教習機にワンタッチした『ENS』は、カクンと膝から力が抜けたように地面を滑った敵機を、大きくジャンプしてやり過ごす。


 音も無く、黒いしなやかな獣のように。


 そしてそのまま流れるように、両サイドから近付いてきた教習機2体に、同時に軽く手を付いた――。


「3体とも、ロスト。闘技場内、稼働中の教習機はありません」

『引き続き必要なデータだけ落としていくから、誰か教習機の回収をお願い』

「了解しました」


 一瞬で制圧された闘技場。


 4体の教習機が地に伏せる中、傷一つ無い美しい筐体が、悠然と歩いている。


 優美なまでの、この場の支配者。


 教習機と、ブラッシュアップされた闘技筐体では、大人と子供ぐらい性能が違うのはわかっていた。

 だが、それでも、ここまで次元が違うとは思っていなかった。


 闘いにすら、ならなかったのだ。


 己にも、リンカーとしての自負がそれなりにはあったというのに、この『ENS』に勝てる可能性を一切見出せない。

 城ヶ崎の『ナイトレコード』には、王者の実力を感じた。

 今の『ENS』には、一種の畏怖を感じている自分に気付いて、笑いが込み上げそうになる。


「……後ろなんて、まったく見てなかったぞ……」


 律は自身の筐体が傷つかないようにしか、立ち回っていなかった。

 背後の敵を確認するために振り返る動作すら、余計なものと切り捨てていたのだ。


 どうやって見えていない敵に対して、あんな正確に、コンマ数秒の攻防が出来たのか。


「振り返るまでもない。それだけだろう」


 隣から聞こえた、冷静すぎる物言いは城ヶ崎だ。

 腕を組んでこちらの反応を試すような表情に、思わずムッとして、続きを促すように視線をやる。


「……まぁ、そうなるな……。闘技場内のVRネットワークを掌握しているのが、一条だからだ。別に、『ENS』の視覚から確認しなくても、闘技場内をモニターしている映像や熱源センサー、更に言えば、見ればいい」

「敵の、視覚を……!?」

「闘技会と違って、何のルールもないんだ。一条は、出来ることを普通にやっただけだろう。……一般的な『出来る』ラインを簡単に飛び越えてやがるが、な」


 だからムカつくんだ、と小さく零した城ヶ崎。普段の大人びた表情が、苦虫を噛み潰したようで、何だか少しの親近感がわく。

 リンカーという生き物は、基本的に闘争心の塊だ。自分が一番強くありたいのだ。


 一瞬見えた城ヶ崎の素顔だったが、直ぐに顔を引き締め、第一室長の顔に戻る。


「さぁ、残務処理だ。早めに闘技場を解放しよう。……一条! 原因か要因は明確にできたんだろうな」

『ん、あぁ……、干渉型のワームは外部アクセスの口を閉じたし、第六のローカル端末もネットワーク上から隔離した。原因箇所は遮断したから、とりあえず問題ない』

「……ワームの感染源について、見当はついているのか?」

『今から探る』

「さっさとしろよ」

『えー……手伝ってくれないわけ……?』


 憎まれ口を叩きながらも、お互いを認め合っているとわかるやり取りだ。

 学生闘技会で、その名を欲しいままにしている第一の王様と、その人がこんなにも評価している友人が隣にいた。


 ――ここに来てよかった。こんなに色んな、強いやつがいる……。


「『ENS』戻りまーす、ドック準備ー」

「念の為、装甲のチェックいきます」

「排熱気を付けろよー」


 欲しいデータが取り終わったのか、静か過ぎる足取りで戻ってくる『ENS』。


 ふらふらーっと吸い寄せられるように、依舞樹や奈央、御子柴、そして青木までもが、専用ドックの前で待機し始めた。

 まるで出待ちだ。


 ……もし、自分が第六研究室に入れたら、この強く美しい筐体を日常的に見る事が出来るのだろうか。


 未だリンクスペースに深く座る律を見る。

 ヘッドセットで表情は全く見えないが、今の瞬間にも膨大な量の情報を処理しているのだろう。

 普段ヒナちゃんに弄ばれている律の、その頭の中では、今どんな思考が展開されているのか。


 これから始まる学生生活を考えて、高揚で口元が緩んでしまいそうだった。




***




 一方、『ENS』をドックに固定した律は、VRネットワークにリンクしたまま、今回の不正アクセスの原因を探っていた。


 つい先日のハッキング騒動では、起動シーケンスのセキュリティホールを突かれて、外部から侵入されていた。この部分は全教習機で対応済みだ。他に律の気付いていなかった穴があったのか、それともいつの間にか感染したワームによって、新たに仕掛けられたのか……。


 だがどう辿っても、ワームの感染源は第六研究室のパソコンでしかあり得なかった。


 誰かが第六研究室のパソコンに、ワームを持ち込んだのだ。それもごくごく最近。


 一番古い痕跡が確認出来たのは……、


 ――外部メモリ……。


 その時ふと、昨日気になった納品書の受け渡しの光景が蘇る。


 金井が取り出し、萩原がパソコンに差した、USBメモリ……。


「~~だから脳筋はほどほどにしてって言ってたじゃんっっ!」


 思わずリンクを切断して頭を抱える。

 あの時ちゃんと注意出来ていたら……いや、ヒナに攻撃を喰らわなければ……なんて、不毛な後悔で頭がぐるぐるだ。


「どした、りっちゃん?」


 律の嘆きを聞いた恭祐が、リクライニングチェアの背もたれから覗き込んできた。

 依舞樹たちは、というと、『ENS』のドック前で楽しそうに騒いでいる。

 その横で、重機を使って颯爽と教習機を回収している萩原を見つけてしまい、思わず恨みがましい視線になってしまった。


「……あー……感染源が、分かった……」

「うっそ、どこどこ」


 興味津々の恭祐越しに、萩原には無言の圧力をかけてみる。が、……まぁ無駄か……。


「――ちょっとぉー、うちのいくちゃんを変な目で見ないでくれるー?」

「黒井さん……」

「いくちゃんに言いつけちゃうよぉー?」


 なんて恐ろしい冤罪を……じゃなくて。


「あんたが甘々だから、萩原があんなポンコツになっちゃったんじゃないんですかっ!」

「えぇー。それを僕のせいにしちゃうー?」

「絶対に、あのUSBメモリが元凶なんですよっ」


 昨日アクセスのあった外部記録媒体といえば、製作所の金井が持ってきたUSBメモリぐらいしか思い当たらない。あのタイミングで、他に律が気付かないうちに何かを繋げていたら別だが、順当に考えて、あのUSBメモリだろう。


 そういえば、納品書をスキャンしたのは青木だと言っていた。

 であれば、青木がUSBメモリの出所を知っているのだろうか。


 『ENS』のドック前で、所属員と会話しつつ、チラチラと萩原を見つめている青木。友好的な間柄じゃないが、確認しておいたほうがいいだろう。


 手慰みに持っていたヘッドセットをデスクに放りだし、席を立つ。


「ちょっと、聞いてく……る――……っ」

「おい、りっちゃんっ!」

「――っ、っととと……ごめん、フラついた」


 一歩踏み出したまま、立ち眩みと共に傾いだ身体を、傍にいた恭祐に支えられた。


 『ENS』とのリンク後は、筐体と肉体の齟齬に適応するまで時間がかかるのを、完全に失念していた。筐体での自由過ぎる動きに同調してしまうと、切断した時、肉体の不自由さに頭が追い付かない。


 そのせいで身体が上手く動かず、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまった。


「え。大丈夫、りっちゃん。リンクしたから気持ち悪いの? 吐く?」

「んー……」

「どうした一条。……またリンクで酔ったのか?」


 心配そうな恭祐の声に反応したのか、城ヶ崎までもが近付いてきた。

 どちらの言葉も正確ではないが、心配は有難く受け取っておく。


 わざわざ、『ENS』では吐き気も拒絶反応も全然無い代わりに、リンク後は暫く動けなくなる、なんて言う必要もないのだ。余計な心配をかけるぐらいなら、まとめてリンク酔いした、ということにしておいた方がいい。


「ん、大丈夫、ちょい待って……」


 背中をさすってくれる恭祐に、だからリンクは苦手なのだ、と改めて思う。


 


「おんやぁー? ……またいつものアレかい?」


 自身のパソコンで、収集したデータを楽しそうに見ていた黒井が、ひょっこりと顔を出した。


「はいはぁい、一条くんはこっち座ってぇー。……そうだ、城ヶ崎くんは他の室長たちに情報共有をお願い出来るー? けっこうせっつかれちゃっててさぁー。……あ。新人クンは青木くん呼んで来てぇー」


 のんびりした口調ながらも、普段の5割増しでしっかりと指示を出す黒井。


 城ヶ崎が連絡用にその場を離れ、恭祐が青木を呼びに行くのを視界の端に入れつつ、元の椅子にゆっくりと座りなおした。


 大きく吐息を零し、身体の力を抜く。


 痺れた様に怠い全身。

 自身の肉体なのに、どこか乖離しているような、不思議な感覚に襲われる。


「反動、酷くなってなぁい? 鈍ったぁ?」

「違います。一気に叩き潰したかったんで、ちょっと張り切りすぎました」

「ふぅん。……大事にしてよねぇ」


 楽しそうにこちらを観察してくる黒井の双眸を、チラリと見返す。


「寝てていいよぉ? 大事な室長様に無理させられませんからぁー」

「欠片も思ってないことをどうもありがとございます」

「……まぁ恐らく青木くんは、何も知らないと思うけどねぇ……。僕が聞いといてあげよう」


 恭祐に先導されてやってくる、気まずそうな青木を確認して、少しの間だけ瞼を閉じる。

 黒井に任せていいのか悩ましいと思いながらも、一度感じた疲労感は誤魔化せない。


「……は、室長代理が請け負ってあげる約束でしょう?」


 その代わりに、と続いた言葉は、夢だったのか現実だったのか。


 寝不足と溜まっていた疲労のせいで、意識を保っていられなかった。


 眠りに落ちる間際、ヒナに会いに行かないと……ということだけは、思った気がする。

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