第15話



 依久の先導の下、闘技場の端にある第六研究室のドッグに入った。ここは普段の講義で利用している整備室とは違い、所属員が各々陣取っているスペースが各所にあったり、第六所有の筐体が所狭しと並んでいる。

 各研究室共に、機密情報の塊の場所である。


 第六も例に漏れず、萩原専属機である『FY03』だったり、他の所属員が製作を進めている筐体が室内を大きく占拠している。

 普段は数少ない所属員が入り浸っているが、今日だけは設営の為に、全員が駆り出されていて静かだ。


 電気を点け、少し待っていろ、と奥に入っていった萩原を待ち、手持無沙汰な一年生たちは興味津々で周囲を見渡している。


「あ。これ『FY03』でしょ。さっきの萩原先輩の」

「おおお! 調整中なの? かっけぇぇぇええ!」

「あああ依舞樹! 触ったら殺されるから気を付けてね」


 恭祐が見つけた『FY03』に駆け寄る依舞樹を見て、すかさず釘をさす。依舞樹は教習機で前科有りだから気が抜けない。


 『FY03』専用の作業場所になっている一角に全員が集まり、筐体を眺める。

 いつ見ても完成度の高い筐体バランスだ。

 黒井が謎の伝手で入手した、超高純度金属をメインフレームに使った、超重量型の筐体だ。それ故リンカーは、重い肢体を闘いに耐えうるスピードで稼働させるために、脊髄反射レベルの反応速度求められる。

 それをクリアしているのが、萩原だ。

 この筐体の特性を生かし、相手の攻撃に耐えてカウンターでフルパワーを放つ、カウンター型の泥臭い戦闘スタイルを主軸にしている。


 今は次の闘技会に向けて、黒井や見嶋などの『FY03』担当班が調整を行っているところだ。

 各部位を固定して安置し、コアである胸部を開いて何本ものケーブル類を機器に繋いでいる。


「綺麗な筐体ですわね……」

「外観からしてブラッシュアップ度がわかるな。他に置かれている筐体とは、見るからに性能の差を感じる」


 騒いでいる二人とは異なり、落ち着いて会話する奈央と御子柴の感想に、だろうねー、と同意する。


「萩原機とは違って、あっちは数合わせ用……って言ったら怒られるけど……。まぁ作ってもすぐ壊されちゃう可哀想なコ達なんです」

「えーっ。なんで壊されちゃうのん?」

「……負けるとわかっていても、戦わねばならぬ時があるのです……」

「闘技会かー……。そっかー、負けるってことは、どっか壊れるってことだもんなぁー」

「負ける前提というところが、負けるべくして負けているチームである所以だと思うんだが?」


 恭祐のあっさりした感想と違い、御子柴のコメントは色々と胸が痛い。


「えぇっと……もしかしたら勝つ可能性のある、製作途中の筐体達です」


 聞き苦しい言い直しは、みんな黙ってスルー。

 そんな気はしてました……。


「あれ。こっちは?」


 更に奥を覗き込んだ依舞樹が声を上げた。

 そこには、特殊なドックに固定され、金属ケースで隠されている筐体があった。一部が強化ガラスとなっていて中が見えるのだが、筐体は全身が電磁波シールド材で覆われていて、全く形状が不明だ。


 他にドッグに固定されている筐体達とは違い、何故かそれだけは非常に厳重に管理されていた。


「……あぁ、過去の遺物。闘技に使う予定もないし、改修予定も無いからしまってあるんだ」

「ふーん。使わなくなった筐体かぁ……。お、こっちは教習機じゃん」


 すぐに興味を無くした恭祐は、その隣で無造作に安置されている教習機の山を見つける。


「あーっ、これってこの前みんなで直したヤツじゃん。なんでココにあんの?」


 自分が手を加えた筐体はパッと見ただけでわかるのだろう、同じように近付いてきた依舞樹が不思議そうに教習機を見つめた。


 明らかに作業途中のまま放置されているソレらは、律からすると若干もう見たくも無い塊だったりするのだが、これから先暫くは、ここが律の拠点となるだろう。


「あー……セキュリティ強化の為にこっちに運び込んだんだよねぇ。学内トーナメントも始まるから、そろそろ整備室も明け渡さないといけなくて……」

「あら、こちらも宮坂講師の依頼で……?」

「違う違う、これは別件。ATRA側から第六研究室に依頼されてる案件なんだけど、何故か俺の仕事みたいな……。いや、他にもやる事は色々あるんだけどね。……まぁ最近一番教習機に慣れてるのは俺だからってさ……」


 コイツひたすら教習機の整備しかしてないのでは……という疑惑の目に反論しようとしたが、具体的に何をしているのか思い返してみても、特に胸を張って言えるようなものは無かった。

 『教習機整備係』という不名誉な称号は、甘んじて受け入れるしかないのか……。


 八割以上話を聞き流している恭祐とは違い、御子柴は興味深げに顎に手をやった。


「……そうか。そういう依頼も研究室の仕事になるのか。あまり有益には思えないんだが、何か特典が――?」

「――無いな」


 御子柴の疑問符に被せる様に、凛とした中世的な声が響いた。

 萩原だ。

 いつの間に戻ってきたのだろうか、リモート操作用の端末を操作しながら大股に歩み寄ってくる。


「第六は研究室の中でも特殊だからな。そういう仕事も研究室の重要課題として扱われているだけだ。……御子柴、だったか。第一には依頼されないから安心するといい」

「……なぜ第六にだけ、このような仕事が振られるのかお聞きしても?」


 一瞬その迫力に躊躇ったような御子柴だったが、控えめに問いかける。


 しかし、そんな御子柴の配慮を一刀に伏せるのが萩原だ。


「答える必要性を感じないな」


 取りつく島の無い完璧な切り捨て方で御子柴を視界から消した萩原は、優雅にも見える流れるような動作で自身の作業を始めてしまった。

 御子柴は一瞬あっけにとられたような顔をしたが、すぐに苦々しい表情で立ち尽くす。

 恭祐達も、萩原の清々しいまでの自己完結っぷりに、どうフォローしていいのか躊躇ったまま。


 さすがに酷いだろう、と律が御子柴に声を掛けようとするが、


「せめて、各研究室ごとに特色がある、ぐらい言ってやれ」


 教習機の更に奥、保管庫の手前の乱雑に物が置かれた場所から、聞きなれた平坦調な声がした。

 物に埋もれているらしく、若干声が籠っているが、あれは間違いなくヒナだ。


 機材しか置かれていないと思っていた場所が、ガシャガシャと音を立てて動き出し、呆然と見つめる恭祐達の前に、毛布の塊が現れた。


「おや、そんなところにいたんですか」

「ヒナはいつもココにいるが?」


 萩原の冷たい一瞥を、同じく無表情で返すヒナ。もそもそと毛布から這い出て、乱れた服装を直している。いつもはふわふわに梳られたボリュームのある髪も、今は寝癖のせいで大変悲惨だ。


「え、ヒナちゃん、そんなトコにいたの?」

「おお、ようやく来たか下僕共。我が研究室の手となり足となり働くがよい」


 恭祐のもっともな問いを華麗にスルーしたヒナは、寝起きのダルそうな顔のまま尊大過ぎる言葉を言い放つ。

 そして目を擦りながら、洗面台のある奥の部屋へと引っ込んでしまった……。きっとこれから身支度をするのだろう。


 ヒナが扉の向こうに消えてしまうと、何故か周囲の視線が律に集まる。


「……えーっと。……まぁこうやって、研究室を寝床にする奴もいるんです。ね、萩原?」

「馬鹿ですから」

「……えーっと。……どこかのブラック企業みたいに、無駄に忙しい研究室ってわけじゃないよ?」

「ここの入退室ログでは、24時間の在室率が、ほぼ100%で出ていましたね」

「…………」


 第六研究室のイメージアップを試みても、何故か味方のはずの萩原からの援護射撃は、見事に律を撃墜している。なぜだろう。


「…………さ。椅子運びを始めようか」


 もう会話は諦めてさっさと作業を始めるべく、周りを促す。

 うちの研究室、今年は新人獲得出来るのかな……と嘆息し、そういえば俺が一年生じゃん、と脳内ツッコミで自爆した律だった。






「設営を闘技筐体で行うが、一年は全員リンク。問題がある者は?」


 萩原の統制の下、設営の為の準備が始まった。


 恭祐・依舞樹・奈央・御子柴、それから律の五人が萩原の周りに集まり、その周囲では協調性の無い第六の所属員が、好き勝手に教習機のブート準備をしている。


 『全員リンク』という指定を受けて、依舞樹が控えめに手を上げた。


「あーのー……、ハードデザイン志望なので、リンクは殆どやったことないんですけど」

「構わない。細かい作業が出来なくとも、とりあえず闘技エリアに入るなら筐体で入ってほしい。これは事故防止だ。攻撃性の無い実習筐体でも、誤って人にぶつかれば大怪我、最悪死に至らしめる可能性もある。だから、まだ慣れていないうちは筐体と生身の人間での共同作業は行わない」


 萩原が淡々と注意事項を説明していく。

 それを真剣に聞き入る恭祐達。


 殆どは入学してからこれまでで、耳にタコが出来るほど聞き飽きた内容だろう。しかしその分重要だ。どんなスポーツにでもルールはあり、何かを誤ると大事故が起こる可能性があるのと一緒。

 筐体の操作も、車を運転するのと同じように、車側に不具合があっても、運転する側が誤った操作をしても、大変危険であることは言うまでもない。


 それを改めて頭に入れる。


「実際、ここでも昔、大きな事故があったんだ。四年以上前になるから、私も実際に知っているわけじゃないが、リンカーや作業員に複数の負傷者が出た大惨事だったらしい」

「四年以上前というと……それはもしかして、企業抗争の?」

「……まぁ、そういうことだな。学生闘技会なんかで、大きな事故はまだ発生したことないから安心するといい。が、気は抜くなよ」


 神妙な顔で頷く恭祐達。実際にこの場で事故があったなんて聞けば、嫌でも気は引き締まるだろう。


「ま、怪我さえなければそれでいい。使うのは教習機だからな。転倒なんかで筐体を破損したとしても、気にするな。……『教習機整備係』が直すだろ」

「おいおい待て待て」

「りっちゃんって本当に『教習機整備係』なの?」

「んなわけないでしょ。絶対に壊さないでよ、ほんと頼みます」


 萩原の適当すぎる無茶ぶりに、思わず懇願してしまった。そんな気軽に壊されたら本気で涙が出ると思う。いや、絶対泣く。泣くしかない。


 何故かワクワクしている依舞樹を見てしまい、背筋がぞわりとしたのは何のフラグだろう。……本当に恐ろしい子……。


「ではわたくしは辞退させていただきたいです。裏方として、リンクの準備をお手伝いさせてください」

「それならば僕も。リンクに適性が皆無なことは自覚しています。無駄に壊すより、こちらの作業補助をします」


 奈央と御子柴は、プログラマーとしての適性方面で手伝ってくれるようだ。

 そもそもリンクを専攻し、それを極めようとしているリンカー以外が、そう簡単に軽作業に従事できる筈がない。


 だからまぁ、この二人の判断は尤もなのだが、


「……いいのか? リンクは楽しいぞ?」


 リンカーである萩原からすると、せっかく遊べるのに勿体無い……と残念感が露わだ。


 苦笑しつつもそれを上手く断った二人は、まったりとリンクの準備を進めている第六所属員の元へと向かう。


「じゃ、俺もそっちで――」


 と律も続こうとしたが……。


「貴方も一年生では?」


 素早く萩原に腕を取られる。リンカーとして鍛えているだけあって、がっちりと掴まれてしまうと、『もやし』な律では簡単には抜け出せない。


「…………教習機、嫌い」

「さっさとリンクスペースへどうぞ。五秒以内に行かないと、このパソコンを叩き割りますよ」

「~~鬼っっ! てかそれサーバだし! 中には、萩原のデータも入ってるんだからね!」

「……じゃあコレにします」

「それは黒井さんのNASでしょ! 室長会議の資料とかも入ってるよ!」

「……どれ壊しましょう?」

「壊すなよ! 行けばいいんだろ、行けばーーっ!」


 頓珍漢な萩原との会話に心が折れ、捨て台詞を吐きながらリンクスペースへと向かう。

 後ろで腹を抱えて笑いながらついてくる恭祐達。萩原の、その見た目とのギャップがツボに嵌ったのだろう。


「あはははは! 萩原先輩って、すげぇ面白い人なんじゃん。意外意外ー」


 涼しい顔の萩原と、不貞腐れている俺を見比べて言う恭祐。

 その見た目に反した面白さが、この研究室の地雷源でもあるんだよ……。

 若干げっそりとしながら、未だ楽しそうにしている恭祐にボソリと告げる。


「……萩原ってさ、俗に言う『脳筋』だから。ほんとリンク馬鹿だから。リンク以外はポンコツなんだよ……」

「え、そーなのん? でも副室長じゃん」

「だって萩原しか立候補しなかったんだもん。したい人がやりたいことを好きな様にやるのが、うちの研究室の方針です」

「うわ、すっげ自由な感じだねー」

「おかげで自由人だらけだよ」

「りっちゃん筆頭に?」

「俺は逆に雁字搦めだよっ!! ……逃げていい?」

「俺と依舞樹だけで椅子運びが終わると思ってんの?」


 ルンルンと萩原の後を追いかける依舞樹を見て、何とも言えない気持ちになる。


「……諦めたらそこで試合終了ですよ……」

「それ後ろ向きで言うセリフじゃねーし!」


 恭祐の小気味良い返しに笑いながら、どうやったら逃げられるかなぁと、ボンヤリ考える。


 が、それを読まれていたのか、直ぐに前方から萩原の鋭い視線が飛んできて、慌ててリンクスペースへと走り寄ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る