第14話





 ATRA学園・闘技場。

 ここでは現在、来月6月に開催予定の学内トーナメント戦に向けて、設営準備が始まっていた。


 闘技スペースの片隅に集まったのは、前回のトーナメントで棄権により最下位となった第六研究室の全所属員と、覇者である第一研究室の数名。それと、第六の研究室内で簡単に顔合わせをしただけで連れて来られた、見学希望の恭祐たち一年生もいる。


 と、言っても。成績が芳しくなく、勧誘活動も全くしていない第六に、見学希望の一年生が殺到するはずも無く、律が事前に聞いていた恭祐・依舞樹・奈央と、第一研究室に内定しているらしい御子柴の四人だけだ。


 御子柴は希望の第一に内定して満足だろうに、何故わざわざ第六の見学に来たのか聞いたところ、曰く、第一との違いを肌で感じたいらしい。

 深読みしなくても、常勝チームとダメなチームの差がどこにあるのか見てみたいということだろう。いちいち上から目線な雰囲気が城ヶ崎に似ている。きっと御子柴は第一で上手くやっていけると確信した律である。


 概要説明を受けている恭祐達から視線を外した律は、自らも手元の資料を確認した。

 例年と大きく変わった個所は――……。


 一通り眺めていると、誰かが傍に近付いてくる気配を感じた。


「……さすが第六。一年生まで駆り出すとは、ゲスいな」

「それを見越して自分のところの人員を絞ってきた、第一室長さん程ではないよ」


 手元の設営資料を眺めたまま、視線を交わすことなく隣に立つ城ヶ崎に返事をする。

 周囲は設営に必要な備品の確認をしたり、各方面へ手配する案件の担当決めなどと忙しないが、動いているのはうちの所属員だ。第一からきた数名は、手元の資料を確認しながら、第六のメンバーを効率よく動かすための采配に気を配っている。


「俺たちはボランティア。お前たちのは罰。当然だろう?」


 全くもってその通り。

 正論過ぎて言い返せない。


 トーナメント戦の設営は、基本的に最下位の研究室への罰なのだ。

 トップの研究室には、問題なく闘技会を開催するための保険として監督要請がかかっているに過ぎない。

 絶対王者と称される第一研究室は、設営監督として他の研究室から有り難がられるぐらいに、この設営は慣れたものだ。今日も学園側の指示を加味した自前の手順書を作成し、第六にも配布している。


 そして第六自体も、設営をするのはもう数度目。第一の指揮下に入るのも慣れたものだ。

 第六研究室の代表であるはずの黒井なんて、副室長に全てを任せて居心地良さそうにパイプ椅子に座っている。配られた資料を見ることも無く団扇にするぐらいに呑気なものだ。


「――室長、すいません」


 控えめな声でこちらに寄ってきたのは、第一の所属員。室長である城ヶ崎に何かの相談があったらしい。

 数回のやり取りの後、城ヶ崎が首肯して所属員を返すと、ほのぼのと周囲を眺める黒井の元へ行き、その手から資料を奪い取った。

 団扇代わりにしていたせいで折れ目のついた紙を、無表情で数枚めくると、


「黒井さん。悪いがこのページの通り、観客席全てに長椅子を並べてください」

「はいはい城ヶ崎君。……ふむふむ、結構あるねぇ。了解でーす。第六のみんなぁー、しゅーごー! い・す・は・こ・び、ですよー!」


 城ヶ崎から肉体労働を任された黒井は、笑顔で所属員を呼び集める。


 その声に、嫌そうな顔の第六研究室の所属員が、ダラダラと足を向けた。

 その中には、椅子運びと聞いて士気を落としている恭祐達一年生も含まれている。


「げっ、今回も僕らだけで並べるんですか……?」


 のほほんとした黒井から資料を取り上げ、配置図を確認した所属員の顔が引き攣っている。


 また面倒臭くて大変な作業をまるっと投げられてるんじゃん……という所属員の溜息など黒井は欠片も気付かない。最大一万人の観客を収容できる広さを持つ闘技場なのだ。その各所に長椅子やらテーブルやらあれもこれもと、相当な重労働であることは間違いない。


 さっさと立ち去った城ヶ崎は、既に所属員に対して新たな指示を投げているらしい。

 整然と作業に当たる第一研究室の面々は、仮想化ネットワークの調整や客席前の電磁ネットの起動確認、モニターやカメラのチェックなど、てきぱきと作業を進めている。

 それに対して第六は椅子運び……。


 あえて言うまでも無い。頭脳労働担当と肉体労働担当で完全に分けられている。

 適材適所、ということだろうか。


「この役を譲ってくれるなんて城ヶ崎クンも優しいよねぇー」


 うんうん、と独特の間延びした口調で一人頷く黒井。所属員が胡乱な視線を向けているが、完全に気付かないスルースキルを常態発動している。


 室長がこれで成り立っているのだろうか、と引き気味の恭祐たちに何かフォローしようと考えて……すぐに諦めた。簡単にボロが出る無駄なことは止めよう。


 くるりと振り返った黒井は、所在無げに立ち尽くす一年生に向かい、オーバーリアクション気味で手を上げた。


「はぁーい、一年生集まってー。リンクしに行くよー」


「「「……はい?」」」


「普通に運ぶなんて無理に決まってるじゃーん。ココは闘技場なんだから練習を兼ねて筐体で運ぶよー。意外とこういう細かい作業がいい訓練になるんだからねー」


 上手い事言ってるけど、筐体を使ってでもしないと終わらないのだ。それが分かっている所属員は淡々と作業分担を始めている。


 雑用ということであまり気乗りしていなかった恭祐達は、筐体を動かせるという話を聞いてテンションが上がったようだ。それは楽しそうだと目を輝かせている。


 その反応に満足した黒井は得意気にへらっと笑い、ひ弱そうな身体で再度くるんとターンすると、傍でクールに資料を確認する腹心に声を掛けた。


「いくちゃーん、一年生のフォローよろしくぅ」

「……依久です」

「えぇー、いくちゃんの方が可愛いのにねぇ。名前が男の子っぽいからって、そんなカッコよくならなくてもー」

「黒井さんにも一般的な美意識があったんですね、安心しました」

「…………ん?」

「では第六は各自安全にリンクして、一年生は教習機を貸し出しますので付いて来て下さい」

「……ん? んん?」


 黒井の無駄な絡みを顔色一つ変えずに相手する副室長の萩原。彫刻のような美貌は一切曇らない。


 しかし。あの返しは如何だろうか。


 まるでカッコイイのは当然だと言わんばかりの発言だが、萩原が言うと嫌味にも冗談にも聞こえないから恐ろしい。格好いいのは客観的事実で、それを肯定することを躊躇わないところが萩原だ。黒井なんて完全に固まってしまっているではないか。


「一条、あなたもですよ」

「え、俺も?」

「一年生じゃないんですか?」

「……その通りです」


 そう言って颯爽と歩き出す様は文句無しに男前で、萩原の事を知らなかった御子柴からは「え、女性……?」という決まり文句がポロリ。

 事前に伝えておいた依舞樹でさえ、若干ぽーっとした熱い眼差しだ。


「か、かっけー……。この人が、あの、萩原先輩……」


 鋭い視線に無造作にカットされたショートヘア、スタイルの良さが伺えるすらりと長い手足にスレンダーなボディ。多くの生徒と同様にツナギを着ているものだから、女性特有の身体の丸みは見えない。


 この見た目と、副室長という肩書き、エースリンカーとしての実力を含めると、第六研究室の副室長・萩原依久は完全に男だ。


「言われないと気付かない、っていうか言われてもわかんないねぇ」

「はい……憧れますわね……」

「おや、奈央ちゃんもカッコイイ女を目指したりしちゃうの?」

「わざわざおっしゃらなくても、似合わないのはわかってますわよ」


 迫力ある奈央の冷めた一瞥で、簡単に黙らせられた恭祐。

 助けを求めるように依舞樹に目線で合図を送っているが、こっちはこっちで完全に萩原しか見えていない。


 アイドルでも追いかけるように目を離さない依舞樹に、恭祐がニヤリと笑う。


「おいおいー、依舞樹にゃ高嶺の花すぎるぜー?」

「なっ! 何の話だよ!」

「またまたご冗談を。頭の先から首元、腰、太もも、足首と嘗め回すように観察してたじゃないですかー」


「エロい目で見てたんじゃねーよ! 純粋にあの人の骨格を観察してたんだってば。石膏で形取らせてもらって3Dプリンター使ったら、結構簡単に芸術的な筐体が出来るんじゃないかなぁって。でも萩原先輩の美しさはあの滑らかな皮膚も含まれてるから、あの皮膚細胞をどうにか培養できれば人口表皮として――……」


「……ごめん、エロい目の方が健全だったわ……」


「そうそう、やっぱり目だよね。あの凛々しい雰囲気の八割は目元だよ。闘技筐体じゃ軽量化のためにも頭部に無駄な機能はのっけてないけど、瞼とかも再現出来れば――……」


「誰かっ、この子を止めてっ。りっちゃん!」

「……そういえば、昔同じことを黒井さんが萩原にお願いして、服脱がそうとしてブッ飛ばされた事を思い出した。あの時はワンパンで肋骨三本だったなぁ……」


 その後の研究室運営が非常にめんどくさかった記憶がある。

 何だかんだ言って、黒井は第六の要なのだと実感した瞬間だった。


「何ソレほんと怖い……」


 恭祐の歩みが鈍くなったのは見間違いではないだろう。


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