第4話
三
訓練場は、野球場のようなドーム型の施設だ。
校舎から少し離れた場所に立地しているのは、もちろん騒音対策。研究室からも訓練場からも、日常的に工事のような音が聞こえ、本格的な闘技が始まれば爆発音も聞こえるからだ。
訓練場の中は、床が白いタイルということ以外は一般的なスタジアムと同等だ。
筐体が自由に動けるようサッカーグラウンド大の何もないスペースが確保されており、左右に整備室と制御室のセットが一つずつ。第一~第八研究室の専用ドック、そして中央管制室が設けられており、残りは見学用の観覧席になっている。
律たちが観覧スペースに入ると、既に到着していた他の一年生が、強化ガラスの前に集まっていた。
皆が見ているのは訓練場の中央で動く筐体。
どこかの研究室が、製作した筐体の運動性能を確かめているようだ。
その証拠に、まだ外装どころか中のケーブルまで剥き出しの筐体は、一部のパーツがガムテープで貼り付けられているような状態である。筐体から伸びる数本のケーブルは電源を確保するためものだろう、バッテリーは入れてないらしい。
周囲には年季の入ったツナギの学生がバインダーやノートPCを持ち、筐体に対して一つずつテストを実施しているのが見て取れる。
テキパキとした指示に合わせて筐体が動いていく作業風景は、ここにいる全員がこれから目指す姿である。
「うわぁーすげっ。ちゃんと動いてるぜー」
依舞樹が目を輝かせて筐体を見つめる。先程ヤンキーに絡まれたことなど全く気にしてないようだ。恭祐や奈央も周囲を物珍しく観察しているが、既に珍しさの欠片もない律とヒナは大人しく3人に付いていくだけ。
「いいなぁー楽しそう。早く自分の筐体作ってあんなことしたいぜぇーっ! なー、一条君、この施設って俺らも自由に使えんの?」
「勿論。訓練場は予約しとけば個人で使えるよ。制御室が二つあるから、同じタイミングで二組まで使えるんだ。空いてる時間があったらだいたいどっかの研究室が予約入れてるなぁー。もしかしたら今日の講義中は、あそこの研究室と一緒かもね」
「ほぇー。そーなんだ」
「個人でも使えるのは良いですね。……因みに、あちらはどこの方々でしょう?」
奈央が控えめに目線だけで、作業をしている上級生を指す。どこの方々、というのは研究室の種類を問う言葉だ。
現在の筐体闘技科には、第一研究室~第八研究室までが稼働している。
研究室毎に特色があり、あらゆる場面で研究室単位の行動をするため、学年や講義単位での区分ではなく、研究室区分で自分の所属を考えることが多い。なので、どの研究室がどんな分野に力を入れていて、どんな人がいるのか、あの人はどこの所属で専攻は何なのか、などの情報には敏感だ。
「あれは……第一かな。室長も副室長もいないみたいだけど」
「第一研究室ですか。城ヶ崎室長が有名ですわよね、既に実業団からの引き合いもあるとか」
「えっ、学生闘技の常勝で有名な城ヶ崎貴紀?」
依舞樹の驚いた声に奈央が頷く。
第一研究室とは、ただの記号的な区分だけではなく、学生闘技分野では一目おかれるチームの名称だ。
その第一研究室を率いる室長が、城ヶ崎貴紀。リンカーとしての技術なら、既に実業団レベルの実力を持っている。
長身に眼鏡の知的な雰囲気、冷静でストイックな立ち姿から、非常に女性ファンの多い人だ。第一研究室が出る闘技は黄色い声援に派手なウチワが目立つ。
城ヶ崎専用の筐体は、人型としては鋭利過ぎるフォルムをしている。脚部が長く、胴回りは限界まで軽量化され、細い腕は相手の攻撃をいなすことに特化している。脆い胴体は、絶対にその間合いまで敵を寄せ付けない、という城ヶ崎の実力から施された専用カスタマイズだ。
藍色でカラーリングされた筐体の登録名は『ナイトレコード』。
「『ナイトレコード』かっけぇよなー。『ENS』が女性型筐体の代表なら、男性型筐体の理想形は『ナイトレコード』だな」
「ちょっと前は『ウォード8』も良かったけどねぇ」
恭祐の言う『ウォード8』とは、『ナイトレコード』が出てくるまでは最強と言われていた筐体だ。
その筐体も、第一研究室のメンバーが開発・リンクをしていたものだ。噂では実業団チームに所属している当時の開発チームが再び集まり、今度は次世代筐体『ウォード9』を実業団向けに開発中らしい。『ウォード』シリーズのファンは、今か今かと登場を待っている状態だ。
「『ウォード』シリーズはあの渋さが堪んねーよな。これぞ男のロマンって感じのフォルムがまた痺れるぜぇー」
「それに比べて女性型は、『ENS』が強烈過ぎて、肩を並べる筐体がなかなか出てこないねぇ」
恭祐が新たに出した筐体の名前に、依舞樹が更に興奮したように首を縦に振った。
「それそれ! 『ENS』! あの完成された美しさに加えて負けなし。そうそうあんな凄ぇ筐体は出てこねぇよ」
「しかも開発者もリンカーも何一つ公開されてないっていう神秘さも人気に拍車をかけてるよねぇ。まぁ企業間で抗争中だったんだから、情報が回らないのは当たり前かいな?」
「でも他の筐体の情報はそれなりに出てなかった? アルバテル側なんてリンカーがアイドルみたいな扱いだったぜ」
「ATRA陣営のリンカーも相当なウデだったし、企業抗争に勝った功績者として名前ぐらい出したって良さそうなのにな。徹底してるよ、ホント」
「なー。ATRAの企業研究室も近いし、見れる機会あったりしないかなぁ。あのバランスのいい肢体と滑らかな関節稼働、作り込まれ過ぎた美しさ。俺もあんなボディが作りたいぜー」
「あの完成度をお蔵入りするなんて、絶対すっごい秘密があるんだろうなー」
少年のようにニヤリと笑う恭祐。
依舞樹と奈央もそれに同意し、当時の情勢を加味したお互いの仮説を論じ始めた。
筐体に詳しい人間にとって、それだけ『ENS』は謎のある興味深い筐体なのだ。強さが全てのバロメータとも言える筐体闘技で、期間は短いとはいえ唯一の不敗筐体だったのだから当たり前だろう。
しかし律だけは微妙な表情で否定する。
「いやぁ、特に意味は無いんじゃない? ほら、ここの上層部も結構適当だし。皆が面白がるような凄いことなんてないって」
「えぇーそうかね? 俺の予想としては『ENS』はATRAの決戦兵器として……」
「なんだよ決戦って。ないない、もう古い筐体をわざわざ表には出さないって」
「えー、りっちゃん夢が無いなぁー」
恭祐が口を尖らせて反発するが、律は、ENSなぁー……とどこか濁した口調だ。
「尖った性能でもあったらなぁ……。今の主流の筐体は、どこかしら特化した強みを持ってるから息が長いけど、目立って特徴的なポイントが無いのが残念だったよね。まぁリンカーが筐体の性能を最大限引き出せてなかっただけかもしれないけど……。ってかそもそも勝手に女性型とか言ってるけど、男性型かも――「おい、あまり勝手を言うなよ」……しれない……え?」
男性型かもしれないだろ、と続けようとした律の言葉は、壁際に立っていた新入生に阻まれた。
腕を組んで軽く壁に凭れているその男子生徒は、律を睨むように目線は鋭い。清潔感のある短髪に、制服をきっちり隙無く着込んでいる。
「あ、新入生代表」
失礼にも依舞樹が指を差して声を上げた。今度も素早く奈央がその指を叩き落とす。
新入生代表と呼ばれた男子生徒は一連の流れに不快そうに眉を寄せた。あからさまな溜息を吐くと再度見下すような視線でこちらを見た。
「御子柴だ。一条君だっけ、君入学式にいなかったようだから教えてあげるけど、僕が新入生代表の挨拶をしたんだ」
「あぁ、それは見てなくてごめ――」
「だから新入生を代表して注意しよう。『ENS』の否定的な発言は止めたほうがいい。あの筐体は世界的にも価値のある存在だ。企業抗争からは、まだ、四年しか経っていない。下手な発言はアルバテル派の残党と思われるぞ。留年だか何か知らないが、ちょっと長くATRAにいるからといって調子に乗らないことだな」
御子柴は律の反応は一切無視し、硬質的に注意という名の釘をさす。
明らかに非友好的な雰囲気で言いたいことを言ってしまうと鼻を鳴らして立ち去った。
その後ろ姿を無言のまま目で追う律。
その表情は如何とも表現し難い複雑さだ。
「………………ぇ?」
ちょっとの間の後、力無く疑問の声を上げる。
片手を顎にやり、言われた言葉の意味を考えながら思いっきり頭を下げた。
「んん? あれ、何の話してたっけ? 筐体の話だよね? ……今の何?」
頭上に『?』マークが大量表示中の律。
突然割り込まれてよくわからない釘を刺されてしまった。リアクションに困りすぎてカタコトになりそうだ。
「ま、ENSの悪口言うなってこった」
ポンッと恭祐に肩を叩かれるが心外だ。
「いや、今の別に悪口じゃないって。普通の筐体談義でしょ?」
「ヒナちゃんや。何か一言どうぞ」
「情報に疎い奴は情報に死ぬ。そういうことだな」
「え、なに、これから俺は死ぬの?」
「御子柴の中では既に抹殺されているだろう」
「それって酷くない?」
ヒナは無表情をベースに口元だけニヤリと笑う不気味な笑顔で、首をちょんっと斬るジェスチャーをしている。
クビですか、そうですか。
「あ。先生きた」
「あら、本当ですわね。行きましょう」
そんな不毛な会話にノってこなかった依舞樹と奈央は、完全に話は終わりとばかりに、ちょうど入室してきた宮坂講師の元へ足を向け始める。
「え、俺の話題これで終わり? なんていう不完全燃焼」
「りっちゃん行くぞー」
「まじで。皆俺のことは投げっぱなし系?」
「おーいそこ、集合しろー。始めるぞー」
ツナギに、履き潰したスニーカー、という学生並みの恰好の宮坂が号令をかけると、ガラスにへばり付いていた生徒達もぞろぞろと集合する。
「…………」
数瞬、身の置き所の無さに、どうしようかと考えた律であった。
しかし誰からもフォローが期待できない事を悟ると、色々なものを嘆息一つで済ませ、恭祐達の元へと歩いていく。
「よーし、これで全員かー?」
集まったことを確認した宮坂は、「さてと」と前振りをし、授業の説明を始めた。
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