Re-cycle

早水一乃

Re-cycle






 ごうんごうん、と何やら得体の知れない装置が凶暴な唸りを上げている。今、俺の視界は360度全てを見渡すことができるし、以前より遠くからの音も拾うことができる。本来ならば、膨大すぎる情報にパニックを起こすところだが、生憎俺にはもうその情報を処理するための脳はない。感覚的に、という言葉は多分間違っているのだが、ともかくあらゆる全てを感覚的に、俺は受け取っていた。何もかもが俺に触れ、そして跡を濁すことなく過ぎ去っていく。


 今の俺はだった。文字通り、どころか字義以上に素っ裸だった。内臓も骨も肉も皮膚もない。生まれたままの姿なんてレベルじゃあない。


 俺は魂そのものだった。


 魂の存在が真に確認されたことは、宗教学者、科学者、哲学者、医者、その他もろもろあらゆる人間を驚天動地の渦に叩き込んだ。今まで信じてきたもののうち大部分が根底からひっくり返される大事件だった。発見者の名は、四方八方からの勢力によって闇に葬られた。しかし運悪くと言うべきか、その事実自体は揉み消される前に世界に知れ渡ってしまった。

 しかしながら人間というのは現金なもので、都合の悪さと有用さでは、結局後者に天秤ががくんと傾いてしまう。魂の存在を渋々認めた学者たちは、次にその事実をどのように活用できるかを我先にと研究し始めた。その結果、魂の物質化、そして加工が可能となる時代がやってきたのである。

 魂という、かつて人間の尊厳の象徴のようだったものが好き勝手にいじり倒されるようになってしばらく経つと、宗教なんてものは少しずつ息絶えていった。今じゃ物好きなごく一部の懐古趣味の好事家が、聖書や祭具なんかの宗教関係の骨董品を蒐集している程度のものだ。そもそも、宗教という言葉が死語になって久しい。

 アダムとイヴを自分たちの手で造れるならば、父なる神など単なる人類の祖先でしかない。そういうことだ。


 で、話をより身近なところに戻そう。


 有用なものを見つけた人間は何をするか? そう、商売だ。


 数ある魂ビジネスソウル・ビズの中で、今最も流行かつ主流なのが、いわゆる「魂のリサイクル」だ。死にたての人間、あるいはもう死にたい人間なんかの魂を、分解・再構築して、全く別の魂に加工する。別のところで、同じように新たにリサイクルされた肉体にその新品の魂を入れ込む。かつての言葉で言えば、再受肉reincarnationというやつだ。しかしそれでは何だか仰々しすぎるということで、再利用recycleと呼ぶのが普通になっている。

完成した人間は、政府や企業の様々な施設で労働力となる場合が多いが、個人的に依頼された場所へ送られることもある。フルカスタム・オーダーメイドのサービスなんていうのもあって、これは特定の魂をリサイクルする過程で、どんな風に加工してどんな肉体に入れ込むかなんていう全ての工程の細かい部分を指定できるものだ。セレブの間じゃかなりの人気らしい。


 もっとも、俺はセレブでもなんでもない一般市民だし、俺の家族にも大富豪はいないので、ただランダムな魂とぐちゃぐちゃにミックスされるのを待っている。

 リサイクル会社は最大手の<ロータス蓮の花社>。宗教の概念が廃れたこのご時世にちゃんちゃらおかしい社名だが、人間は捨て去っても無意識に慣習を引きずっているらしく、社の評判は非常に高い。<ロータス社>では政府向けのボランティア事業も行っていて、身元不明者の魂をリサイクルして政府施設に提供している。大抵は掃除・雑用ロボット代をケチった所に雑用係として回されるが、運が悪ければ実験用のモルモットにされると専らの噂である。だが、自分の意識が消滅した後のことなんか気に病んだって仕方がない。


 ごうんごうん、という音が大きくなってきた。目の前(目はないが)に四角形の巨大なコンテナのような装置が見えてくる。無機質で素っ気も愛想もないシルエットだが、妙に暴力的だ。あれは選別装置だろうか、それとも撹拌かくはん機?

 首を傾げている間に(首はないが)、その装置は俺をすっぽりと呑み込んだ。その瞬間、あらゆるところから思考の嵐が吹きつけてきた。


 嫌、怖い、まだ死にたくない、まだ私でいたい。

 うるさいなあ、とっとと終わってくんねえかなあ。

 昨日の夕飯は何じゃったかのう。

 おい、俺の思考に入ってくるな、邪魔をするなよ。

 生まれ変わったら今度こそセレブになりたいわ。


 俺と、何十、何百もの他の魂が、竜巻のように装置の中で猛回転していた。魂の端っこが他の誰かの端っことぶつかり、少しばかり混ざりかけ、また離れていく。酔いそうだ。凄まじい勢いに、ここでバラバラにされるのかと思いきや、しばらくの後に俺は再び装置の外へ吐き出された。

 しかし、今度は1人ではなかった。隙間のない小さな箱のようなものに、他の2つの魂と一緒に詰められている。


 誰? そこにいるのは?

 知らねえよ、さっきので自分のことなんか全部忘れちまったよ。


 まだ性別という概念が通用するのなら、それは女と男の魂のようだった。


 性別もぐちゃぐちゃにされてしまうの? 生まれ変わるならまた女が良かったのに。

 女も男もクソもあるかよ。みぃんなスムージーになりゃあ一緒さ。

 ああ、まともなところへ行きたいわ。せめて前よりまともなところへ。

 女ってやつは、死んでもそんなことばっかり考えてやがるのか。


 俺たちは運ばれていく。次は何をされるのだろうか? きっと、今度こそこの三人の魂がミックスされてしまうのだろう。

 魂のリサイクルの詳細については、どこも企業秘密で一般市民には知らされていない。加工の方法も会社によって違うらしい。加工前の性別の割合が、女の言うように単純に加工後に影響するのかどうかも、実のところよく分からない。


 ああ!


 別の装置に3人まとめて放り込まれ、女が叫び声を上げた。さっきよりも緩やかな回転だが、やっぱり俺たちはぐるぐるとシチューのようにかき混ぜられる。時折電気信号のようなぴりっとした刺激が装置の中を走った。


 私、やっぱりこんなところ、うるさい、死んだら一緒、もう嫌、次は、俺、いい人生、狂ってしまいそう、俺は、こんな風に、私、終わる、分からない、混ざる、俺、私、おれたち、わたしたち、おまえ、あなた、じぶん、じぶんとは、たましい、ひとつ、しんでいきかえっていきかえっていきかえっていきかえっていきかえってつぎもつぎもそのつぎもずっとつぎもずっとずっとずっとずっとずっとぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる――






 ビーッ、とけたたましいアラーム音が鳴り、第3区画セクターの全ての装置が緊急停止した。監視室で暇を持て余していた作業員が慌ててラインへ出て来る。作業員は結合機コンパウンダーのモニターを覗き込み、「結合エラー:適合不可cannot be adapted」の文字を確認すると、深い溜息を吐いた。タッチパネルを操作すると、20秒ほどの低い唸りの後に機械の側面が開く。作業員はその中から小さな箱を取り出すと、「適合不可魂」と書かれたコンテナに無造作に放り込んだ。コンテナには同じような箱が山のように積み上げられている。再び結合機を操作すると、やがて第3区画の装置はまた動き始める。作業員は保護マスクの内側で欠伸をし、ガラス張りの監視室へと戻っていった。


処理室ディスポーザル、誰か出られるか? ああ、そろそろ適合不可魂エラーが増えてきた。そっちへ送るからラボの肥やしにしてやってくれ。ぐちゃぐちゃのまま綺麗に混ざることもできずにどうしようもなくなった奴らを引っぺ剥がせるようになれば無駄なゴミも出なくなるんだがな。ま、今後の研究に期待ってとこか。ああ、それじゃあ頼むよ」






 ――おかしいおかしいぞおかしいわいつまでこのままなの? ぜんぶなくなるんじゃなかったのか? みんなまざってべつのたましいになっておわりじゃなかったのか? いやだきもちわるいやめておかしくなりそう、こんなぐちゃぐちゃのままいたくない! とっととりさいくるしてくれ、はやくきえてなくなりたい! おねがいだおねがいおねがいよ、きもちわるいきもちわるい、こんなことならしにたくなかった、りさいくるなんてごめんだころしてくれ! はやくはやくもういやだおかしくなりそうだくるってしまうしにたいしにたいしにたいつぎなんていらないたすけてたすけてたすけて――






「この魂は……ふむ、女一人に男二人か。丁度いい、女を等分に分けて男と結合させて、性別操作のサンプルを増やすか。ああ、いや……しばらくこのまま放置して、混濁した魂をそのまま肉体に入れたらどうなるかテストしよう。この前の実験では覚醒した瞬間に発狂して自殺してしまったからな……今度はきちんと拘束してから覚醒させなければ。まったく、手間をかけさせる奴らめ」

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