終わりは始まり
抗って、抗って、抗って……。
時間のない世界に漂っている気分が続いた。時間がないのに継続の概念があることに失笑している自分の意識があった。ふわふわとこの世のものでもなくあの世のものでもない空間を往く。
誰かが悲しんでいる気配がした。それは爽ではありえないが、俺にとって大切な人であると意識が俺に告げた。俺を待つ人はまだあの日常に存在するという事実に気づいた。
ーー母さん。
一向に定職を持とうとしないニートの俺に、辛抱強く接してくれた。女手ひとつで俺を育ててくれた。
時間のない世界だから、未だ来たらずの未来も意識は捉えた。笑っている俺と、オーディオ機器があった。俺はやったことのないはずのベースを高そうなデスクチェアに座りながら弾き、鼻歌でそのベースラインに合うメロディを考えていた。
音符が脳を駆け巡った。今なら、爽が死んだその悲しみすら、音楽という崇高な試みに昇華させられる気がした。もう、俺は迷わなかった。ただ一筋に、肉体に戻りたいと願った。
まぶたが、開かれた。一拍遅れて、光が広がった。すぅ、と息を吐いて、吸った。背を向けて切り花を活けていた母が、躊躇ったのちに振り返った。
母が息を飲むのがわかった。次の瞬間には、抱き締められていた。
知らぬ間に、自分のまぶたも濡れた。
リュウ・レフレスカンテという名義で初めて作った曲が、ボーカロイドのコノハナサクヤで大ヒットした。
ニコニコ動画、YouTubeでの再生数は合わせて十万回に及び、深い闇のなかに僅かながら希望を持たせる作風と評価された。ローカルテレビ局の深夜アニメの作曲を依頼され即座に受けた。
原作となる漫画を何回も読み込んだ。声優がアフレコをするのを見せてもらった。原作者に会わせてもらい、期待していると言われたときに、肩にズシンと重みを感じた。
三ヶ月かかってできた曲を聴いてもらうときなどは、前日に胃潰瘍になり病室で感想を聞く羽目になった。
評価は上々だった。いくつか注文をつけられたが、それほど難しい仕事ではなかった。
アニメが放送された日は、ツイッターに張り付いて反応を見た。中には心ない中傷もあったが、プロになるには避けられないと覚悟はしていたので読み飛ばす。
空目したかと思い目を見開いたのは、「爽(さやか)@sayaka」というアカウントを見つけたからだった。
『琉のこの曲、好きだな』
先行配信されたiTunesのリンクに、そんな言葉が添えられていた。
「リュウ・レフレスカンテ」から「琉」を導ける人には限りがある。そのうちの誰かのイタズラか、単なる変換ミスの重なった偶然かも知れない。それでも、俺はどこかで不思議な想像を信じた。
俺は、爽と歩みながら、これからも曲を書き続ける。
君のくれた力を信じて。
『完』
焦点の定まらぬ目でありがとうと言われるよりも、あなたの冷たい唇をただ貪りたかった。 春瀬由衣 @haruse_tanuki
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