第2話 拾ってあげる
買ってきた肉まんを渡すと、彼女はおずおずと受け取った。私は自分用に買ってきたあんまんを隣で齧る。
「肉まんとかあんまんって。」
「うん。」
「食べるとなんか、ほっとするよね。」
「……うん。ありがとう。」
「いいよ、別に。」
名前を聞くと、彼女は、葵、と答えた。
「いい名前だね。」
「……そうかな。」
「うん。あなたの雰囲気に合ってる。」
「お母さんが、付けてくれたの。」
「そっか。」
お母さん、と発音する時だけ、少し微笑んだ気がした。それを見て私は、この子のお母さん、この子の創造主について考えた。まだ冷える春の夜に、コンビニ前でひとりでいる彼女の、母親。そのことを知っていても、知らないでいても、それは罪なように思えた。思えたが、それは彼女が母親を思い出しただろう時にした笑顔で、帳消しになるような気もした。子供にとっての母親、とは、そういうものだ。そう、私にも、確かに、…………
「そっちは?」
「え?」
考え込んでいた所為で、一瞬話しかけられたことに気が付かなかった。私は私の創造主の記憶から、今のコンビニ前まで戻された。目の前には、こちらを向いた彼女がいて、夜の色で見つめられていた。咄嗟に目を逸らす。
「……ごめん、何?」
「そっちの、名前。」
「…………薫。」
彼女は、確かめるように、かおる、と呟いた。彼女に初めて呼ばれた名前は、それだけできゃらきゃらと色彩を帯びた気がした。
それからもぽつりぽつりとたわいの無い話をした。明日の天気とか、星座の話とか、そんな、本人自身のことにはなにも関わらないような下らない話を。気がつくと空は白み、私たちは夜と朝の境にいた。
「そろそろ帰るよ。」
「……うん。」
「葵も、帰らなきゃ。」
「…………わたし、」
帰れない、と彼女は零した。さっきまで話していた時の色彩なんて失われた、空虚な声だった。
「じゃあ、帰らなくていいよ」
と、咄嗟に言ってしまったのは、そんな声聞いていられない、と思ったからだ。そう思っただけで、別段なにも考えていなかったし、そんなことを言った自分にも驚いた。
それでも、顔を上げた彼女が、驚きと、そして少しの期待を混ぜたような表情をしていたから、もう後戻りはできなかった。
「拾ってあげる。」
深夜のコンビニで、女子高生を拾った。 つがる @applekamosirenai
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