エピローグ
「ごめんな」
救ってあげられなくて。
一緒に生き残る約束を果たせなくて。
大切な生徒と最後に交わす会話がこれだなんて、オレはなんのために教師になったんだ。
「先生……最後の100」
答えられなかった。
言ったら、プリシスに強い自責を与えてしまう。プリシスは一切悪くないのに、後悔だけを与えてしまう。
オレが最後に100Pを渡さなかったら、オレはマイナスにならなくて、欠片も没収されなくて生き残れた。
だからって、この選択を後悔しない。
大切な生徒の危機を前になにもしないなんてしたくないから。できないから。
迎えた結末がこれでも、自分の命を失う後悔はない。
あるのは、ゲーム中の行動を変えていたら、この結果は防げたのではという後悔。
最初のターンで『全員に300Pずつもらわれたら、オレがマイナスになる』なんて考えないで、オレも誰かにあげていたら?
この結果にはならなかったのかもしれない。
オレがマイナスになっても、オレのポイントは実質オープンだ。ポイントが余った誰かが与えてくれると信じていたら。
浮かぶ後悔は、この状況を変えてはくれない。
「妙ではないですか?」
重苦しい空間に揺らめいたのは、シオン先生の言葉だった。
今にも泣き出しそうなプリシス、現実から目を背けるようによそを向くリナール、かすかに強気がゆるんでるトゥアリは、聞こえているだろうに反応を示さない。
「『1800Pで全員欠片を3個入手できる可能性がある』という前提に、誤りはないのですよね?」
『ないよ』
「でしたら、この状況は不可解に思えるのですが」
シオン先生の発言の意味がわからなかった。
どうにか時間稼ぎをして、オレたちの最期の時間を先延ばしにしようとしてくれているのか?
「なにが言いたいの?」
一見強気な言葉だけど、この状況のせいか、トゥアリの語気はいつもより弱かった。
「ゲームの最終ポイントの公表を願います」
『終わったことじゃん。思ったようにならなかったからって、いちゃもんはよしなよ』
妙なこと? そんなのがあったのか?
敗北と絶望にそまったオレの心は、心当たりを探ろうとはしなかった。なにもしないまま、シオン先生のやりとりに耳を傾ける。
「エオは……ポイントがマイナスになって欠片を失った。プリシスはポイントが足りなくて、欠片を入手できなかったんですよね?」
プリシスを思いやってか、言葉は一瞬にごされた。それがよかったのか、話を聞ける精神状態ではなかったのか、プリシスに変化はない。
『ポイントに関係するから、黙秘』
オレが答えようとしたけど、声が喉を通らなかった。制限されたのか。
「欠片の動きを見るに、少なくともそうだと思えます。それを前提で考えますと」
シオン先生は、ぐるりと一同を見回した。
「どうしてこうなったのでしょう?」
「わかりやすく話したら?」
トゥアリの声に、シオン先生は平静になるように長く息を吐いた。
「僕とエオは、すべてのゲームのポイントがオープンでした。このゲーム開始時のポイントもわかりますよね? 僕は――Pで」
声は一部聞こえなかった。オープンされているとはいえ、制限の対象なのか。
「……各自、計算してください」
シオン先生は口頭で伝えるのを諦めて、言葉を続けた。
「僕はゲーム中、誰からもポイントをもらわれませんでした。全員が僕のポイントを理解していたからだと思われます」
トゥアリは点頭した。
「エオのポイントや欠片の事情も理解しているので、最初のターンではポイントをもらわれました。ここまではわかります。問題は次のターンです」
シオン先生の視線が、プリシスに移る。
「どうしてプリシスから、300Pももらおうと思ったのでしょうか?」
「最初のターンで『200Pを渡している』と推測したからでしょ? それだけの余裕があると思われたのよ」
トゥアリの結論も、オレと同じみたいだ。オレに200Pを贈ったのはプリシスだと、全員が気づいていたのか?
「だから、妙でしょう?」
眉をひそめたトゥアリに、シオン先生は言葉を続けた。
「エオのポイントと1800Pを考えたら、プリシスの所持ポイントは多くても『700P』と推測できます。そしてエオに200P渡したと考えたなら、プリシスからもらってもいいのは、200Pになるでしょう?」
よく考えれば、そうだ。
700Pの状態から200Pを渡したら、残りは500P。プリシスは欠片を1個必要とするから、余るのは200P。あの状況なら、200Pもらうのが自然だ。
「自分のポイントを忘れたの? 誰かさんのマイナスを加算したら、プリシスは『900P』の可能性があるわよ」
「そうですね。誰かがマイナスポイントを保有していたら、プリシスのポイントは700P以上とも思えます。ですがこの状況で、確信のないまま300Pをもらうのは納得できません」
オレが1100Pだから、プリシスの保有ポイントは最大でも700Pとは限らない。現にシオン先生が-200Pだから、プリシスは900Pの可能性もあったんだ。
こんな単純なことにも気づかなかったなんて、オレの思考力は完全ににぶっていた。
『ゲーム続きだったから仕方ない』とは思えない。命が関係するゲームだったから、それだけでは片づけられない。
オレの判断ミスが、この結果をもらたしたのかもな。本当、抜けだらけの推論しかできていなかった。この結果にもなるか。ふがいなさに冷笑しかできない。
「『誰かが100Pを渡すだろう』って信頼の行動だったんじゃない?」
リナールの声に、シオン先生は首を横に振った。
「まだ1ターン残っています。でしたら200Pをもらって、次のターンに別の人からもらうほうが自然ではないでしょうか?」
次々と発話される可能性は、オレが考えもしなかったことだった。
「300Pをもらわないと、まかなえなかったんでしょ」
「最後に動いたのは、100Pだけでしたよ」
トゥアリの言葉のままだとしたら、最後のターンも誰かから300Pをもらわないと不自然だ。それならプリシスから300Pをもらったのも『合計900P必要だったから仕方なかった』で済ませられる。
本当はプリシスから300Pもらう必要がなかったのに、プリシスから300Pをもらった人がいるってのか?
告げられた可能性に、血脈が騒ぐ。
「どうして、そんなこと」
それしか言えなかった。
1人のミスが共倒れを招きかねないこのゲーム。不用意にそんなことをするとは思えない。
「『プリシスが200Pを渡した人だとは思わなくて、まだ多くのポイントを保持していると誤解した』や、単純な計算ミスならいいんですけど」
「『誰かが意図的にやった』と言いたいの?」
「気になりませんか?」
この中の誰かが、全員が欠片を3個入手できる可能性を放棄して、そんな行動をしたって言うのか? プリシスをおとしいれたって言うのか?
リナールが? トゥアリが? まさか、シオン先生が?
信じたくないのに、浮かんだ可能性はそう簡単に消えてはくれない。
「私は違うわ。変な疑いをかけるのはやめて」
「そう……かな」
迷いがちなリナールの言葉に、トゥアリはねめついた。一瞬ひるんだ様子を見せたけど、リナールは臆さないで言葉を続ける。
「冒険準備ゲームでエオを嫌っていたみたいだし、それで報復――」
「バカ言わないで!」
眉間に刻まれたシワは、鋭い激高をうかがわせる。びくりと体を震わせたリナールは、トゥアリから視線を外した。
「快く思ってはないけど、どうしてプリシスのポイントを奪う行為につながるの!?」
やっぱり嫌われていたのか。そんな気はかすめとれていたから、落胆は少ないけど。
「エオはプリシスを大切にしていから、それで……」
「大切な生徒だから、当然だ」
プリシスでなくても、生徒相手なら誰だって大切にする。誰1人として欠かせない、平等に大切な存在だ。
「だとしても、命に関係するゲームよ? 私がそこまで非道に見える?」
強気な態度を前に、リナールはそれ以上の反論を失った。リナールには非道に見えていたとしても、とても言えはしないだろう。
「2ターン目の行動も気になりますが、それよりもっと気になる点があるでしょう」
仲裁するように介入したシオン先生は、トゥアリににらまれた。その瞳が『わかりやすく言って』と語っているように見える。
「2人の欠片が不足しています」
突きつけられた現実に、プリシスの双眸がいたいけに震えた。長いまつげはぬれていて、感情はすぐにでもあふれ出そうになっている。
「1800Pで全員が欠片を3個入手できるんでしたよね? つまり、誰かが多くポイントを保有しているんですよ」
そうだ。
敗北の空気に思考を放棄していたけど、ルール上はそうだった。
オレは-100Pになって、プリシスは100Pで終わった。つまり、どこかに300Pがある。
「私は違うわよ」
「うちも」
「僕も欠片1個ぶんのポイントで終えました」
全員が、多くポイントを有していない。なのに、この結果になった。300Pはどこに消えた?
「ポイントが消える条件でも隠されていたのか?」
『ないよ。ちゃんと合計1800Pのまま終了』
300Pは消えていない。なのに、全員がポイントを多く有していない?
「誰かが『意図的に』必要もないポイントを奪ったとしか考えられないわけね」
強気に放たれた、冷酷な真実。
「誰がそんなことを……」
疑いたくなのに、視線がシオン先生に、リナールに、トゥアリに動く。
この中の誰かがプリシスのポイントを奪って、プリシスが欠片を入手できないようにした?
最終ターンが残されていたから、プリシスに挽回できるチャンスは残されていた。とはいえ、プリシスの性格だ。恐怖で、混乱で、もらうべき相手を間違えたら殺す構図になる事実に、ポイントをもらう選択を選べないとは考えられる。
『いたずら』とか『ゲームをもりあげたい』とかの軽い理由では済まされない行動だ。
誰もポイントを多く有していないと語る以上、計算ミスとかのうっかりの可能性も消えた。
誰かが、確実に、意図して。
この結果を、作った。
「全員の協力がないとクリアが不可能なゲーム内容でした。その前提が崩れた以上、ノーコンテストにしていただきたいのですが?」
ゲームのやり直し、あるいは別のゲームで欠片の入手を狙う。
そんなの、できるのか?
誰かが意図的にこのゲームを壊したんだ。そんな人がいるとわかった状況で、今までみたいに協力して欠片の入手を狙えるのか?
「裏切り者がいるんでしょ!? そいつをあぶりだすのが先よ!」
信じたくないけど、裏切り者と思しき存在はいると確定に近い材料がそろった。理由はわからないけど、プリシスをおとしいれるような行為をした。
今のゲームが無効になったとして、裏切り者がいる以上、またプリシスが危機に陥るかもしれない。
うつむいて震えたまま動かないプリシス。プリシスに立ちはだかる脅威があるなら、オレは全力で排除しないといけない。
「オレも、賛成だ。悪しき心を持つ人がいるなら、まずそいつを排除すべきだ」
プリシスのためにも、全員がそろって生き残るためにも。
裏切り者には、退散してもらわないといけない。
「待って、本当にそんなのがいると思っているの?」
リナールだけは困惑をのぞかせた。さっきのトゥアリの態度が響いているのか、どこかおどおどとしている。
「300Pを余計に持っているのに言わないのよ? 意図でしかないわ」
この中の誰かが300Pを余分に保有しているのに、言わないでいる。その事実が、裏切り者の証拠だ。
『了解。スペシャルステージとして許可』
響いた言葉。
これが本当にラストチャンスなのかもしれない。
『ルールは今のゲームで、必要な欠片以上のポイントを持つ正体をつかむこと。明かせたら、必要な数の欠片を全員にあげるよ』
全員に助かるチャンスはあるのか。裏切り者がいたとしても見殺しにはしたくないから、その処置には助かる。
『今のゲームの最終獲得ポイントの発言は許可する。自由に討論して、見つけりゃいいよ。チャンスは当然1回ね』
最後の言葉に、室内が静まり返る。
『当然』の言葉に偽りはない。
300Pを余分に持っている可能性があるのは、実質シオン先生、リナール、トゥアリの3人だけだ。今までみたいに2回や3回のチャンスがあったら、総当たりに近い感覚で当てられる。
「私は600Pよ」
口を切ったのは、強気を崩さないトゥアリだった。欠片を2個必要としていたから、そうなる。
「うちも600Pだったよ」
続けられたゲームに、笑顔なく不安を見せるリナール。欠片を2個必要としていたから、600Pが自然だ。
「僕は300Pでした」
シオン先生は欠片を1個必要としていたから、他の2人より必要としていたポイントも少ない。
「オレは……-100Pだったよ」
関係ないとは思うけど、この流れでオレだけ言わないのも裏切っている気がして。小さく放った。
プリシスの顔が向いたのがかすめたけど、直視はできなかった。プリシスがもらった100Pの正体だって気づかれた、かな。
「あたしは……100P、でした」
流れに続いた、プリシスの弱々しい声。想定したままの保有だ。オレが贈った100Pだ。
「消えたわ。誰かがウソをついているのね」
ウソ。その意味は、冒険準備ゲームや吸血鬼ゲームのウソとは違う。
ゲームのためではなく、自身の保身のためのウソ。
「シオン先生は……違う」
小さく発したオレに、トゥアリの強い視線が飛ぶ。
「どうして? 納得できる理由があって言っているのかしら?」
『顔見知りをかばった』って思われたんだろうな。それもあるけど、違うと思える情報がある。
「シオン先生もオレ同様、実質ポイントがオープンだった」
錠ゲームは最下位で、名前とポイントが明かされた。だから最後のゲーム開始時のポイントは-200Pだとは、誰もがわかっていた。
「最初のターンでオレから300Pをもらって、100P。問題のターンでプリシスから300Pをもらったとしたら、今のポイントは400Pになるだろ」
「なにがおかしいの? 余分に持っているのが今の焦点よ」
「それなら、あと200Pはどこだ?」
所在がわからなくなったのは、300P。もしシオン先生がプリシスから300Pをもらったんだとしたら、計算があわない。
「最後のターンで動いたのは100P。仮にそれがシオン先生だったとしても、まだ100Pが不明。そうなると、裏切り者は少なくとも2人いることなるだろ」
1回のターンで指定できる人が1人である以上、最終ターンで1人ずつから100Pをもらうこともできない。つまり、シオン先生は多くても『500P』しか所持できない。
シオン先生が200Pを余分に保有していて、残りの100Pをもう1人の裏切り者が持っているのか。
シオン先生が100Pを余分に持っているんだとしたら、残りの2人が100Pずつ余分に有している可能性すら出てしまう。
「さすがにそれは……ないだろ」
裏切り者がいるんだとしても、せめて1人であってほしい。希望的観測だ。
「つまり、私かリナールが裏切り者って言いたいのね」
怒りをあらわにした言葉に、なにも返せなかった。
そう言っているのも同然だけど、面と向かって『そうだ』なんて言えない。言いたくない。
裏切り者なんかいてほしくないのが本意だから。
「トゥアリ……やっぱりそうなの?」
「ふざけないで! 私にそんなのする理由がある!?」
口論の種は、オレがまいてしまったようなものだ。
言いたくはないけど、裏切り者がいるならリナールかトゥアリのどちらかしか考えられない。
さっき語った『シオン先生だと計算があわない』推測もあるけど、それ以上にシオン先生が裏切って、プリシスを危機におとしいれるような人だとは思えなかった。
シオン先生はいつでもおだやかで、冷静で。ただ優しいだけでなくて、厳しさもあって。教師として見習うべき点の多い、憧れの人だ。
「このゲームは、ウソをついてもいいルールですか?」
口論を遮るように、シオン先生の言葉が響く。オレの心に、多くの生徒たちの心に届いてきた、伸びやかな声。
「誰かがウソをついているから、こんな状況になったんでしょ!?」
「ですから、ウソをつけるルールなのかを聞いているのです」
「どういう意味さ」
突然のシオン先生の疑問には、オレだけでなく他の2人も意図がわからなかったらしい。
「今までのルール説明でいちいち『ウソは自由』と言われました。明らかにウソが必要なゲームなのに、どうして伝えたのでしょう? 気になりませんでしたか?」
冒険準備ゲームは、渡されたのが悪い品だったら、脱落しないようにウソをつく必要がある。事実、オレもウソをついた。
吸血鬼ゲームも自身が吸血鬼と言ったら、すぐに括られて終わり。
白翼と黒翼ゲームも自身がどっちに属するのか言ったら、ゲームとして成立しなくなる。
「ゲーム前の説明で『ウソは禁止』と言ったので、そのようにしたのでしょうけど。でしたら、どうしてゲーム前の説明で『ウソは禁止』を言う必要があったのでしょう」
「なにが言いたいのかしら?」
「今のゲームのルール説明で『ウソは自由』とありませんでした。つまり今は、ゲーム前の説明の『ウソは禁止』が適用された状態ですよね?」
シオン先生の言葉は、今の状況と大きく外れていた。今は、ウソがつけない?
「この場にウソをついている人がいないの?」
ウソをつくのが禁止された状況でウソをついたら、発言をとめられるとか、無残な結果になるかになるんじゃないか? なのに、それがない。
誰もウソをついてないのに、300Pが消えたって言うのか?
「また幻の6人目の登場かしら?」
「もしかして……鍵穴の効果がまだ残っているのではないですか?」
放たれたシオン先生の言葉に、トゥアリはぴくりと反応した。
「ポイント、ですか?」
錠ゲームの効果と言っても、思いつくのはそれしかなかった。
「錠の効果ですよ。エオにはありませんでしたか?」
オレの錠はポイントゲット、ポイントダウン、ポイント強奪、穴所持者のポイントがわかる、誰かのポイントがわかるの5つ。ひっかかる点はない。
「僕には『ウソを1回許可する』の錠がありました」
シオン先生のまさかの返しに、息をのんだ。そんな効果があったのか?
錠の効果は全員同じで、ポイントだけランダムなのかと思っていた。全員が完全なランダムだったんだ。
「それを開けた人が……」
この場所でウソをつける、裏切り者。
聞いたオレに、シオン先生は小さく首を横に振った。
「幸いなことに、僕の三角の錠は開けられることはありませんでした」
三角の穴がウソを許可する効果だったのか。質問の受け答えで開けられないように作為していたんだ。
でもシオン先生の錠が開けられていないなら、どうなるんだ?
「誰かの錠に、その効果はありましたか?」
投げられた言葉にゆっくり手をあげたのは、トゥアリだった。冷ややかさを秘めた瞳の先には、言葉なくたたずむリナールがいた。
「開けられたわ。リナールに、2ターン目に」
2ターン目。リナールは考えを放棄した様子で、適当に開ける錠を選んでいた。それが、ウソを許可する効果だった?
「トゥアリが『開けられたくない錠』として話していたので、そうではないかとはよぎってましたが。当たっていたのですね」
「驚いたよ。あんな効果もあるんだね」
けろりと笑うリナールが、ウソをついて裏切った?
信じたくないけど、ウソをつけるのはこの状況でリナールしかいなくて。
「しらばっくれないで! リナール以外にいないわ!」
トゥアリの怒号にも、リナールは身じろぎすらしなかった。冒険準備ゲームで論破されて沈んでた際とは、違いすぎる態度。
「確認。今この状況、ウソは許可されている?」
『残念。禁止だよ』
届いた声に、リナールは笑みをこぼした。
「じゃあどうしようもできないね。『他にウソを許可する穴を開けた人がいるんだ』って反論しても、誰もウソをつけないし」
「認めるのね?」
「否定はできないよ。もう、ウソつけないもん。使いきっちゃった」
あくまでも軽く、けろりと返される言葉。それは今までのリナールと同じように見えて。
「どうしてこんなことしたんだよ!」
プリシスをおとしいれるようなことを、危険にさらすようなことを。
「どこから説明すればいいやら」
「真実を聞くのは、あとでもいいでしょう。リナールが300Pを多く保有しているのですか?」
「そんなのどうでもい――」
声を荒らげたトゥアリに、シオン先生は首を横に振った。
「ゲームのクリア条件、お忘れですか?」
その言葉を前に、リナールはさみしげに笑った。
「シオン先生にはかなわないや」
そして、表情を変えてオレたちを見る。
「ご名答。うちは300P多く持っている。本当の所持ポイントは900Pだよ」
クリア条件が、静かに満たされた。
『終わりか』
脳に響いた声は、さっきまでとは違うぽつりとしたものだった。愉快さを消していて、別人のようにさえ感じられる。
「約束よ! 解放なさい!」
言葉なくたたずむリナールが、気になった。
今まで明るくふるまっていたリナールが、こんなことをした理由。
「どうしてプリシスを狙った?」
それがわからない。
プリシスは恨まれるタイプでもないし、2人は顔見知りでもなさそうだった。
「理由はない。シオン先生以外なら、誰でもよかった」
そんな理由で狙ったのかよ。プリシスがどれだけ怖い思いをしたと思っているんだ。
プリシスが恨みを買っているわけではなかったって意味では安心だけど、無作為な選出には憤りしかない。
「私でもよかったと言うの!?」
「シオン先生を狙わなかったのは?」
単純に『元担任だから、傷つけたくない』とかではない、そう思えた。
「逆。シオン先生が狙いだったから、シオン先生を狙わなかったの」
「それは……どうしてですか?」
当然の疑問だ。シオン先生が狙いなのに、シオン先生は狙わない。
言葉がそもそも矛盾しているし、元担任のシオン先生を狙う理由がわからない。
『命を粗末にしてはいけません』
脳に声が響く。
『シオン先生から、ずっと言われてきた。どんな人であろうと命は大切で、平等でないといけないって』
オレもシオン先生から何度も聞いた。博愛主義者で、軽々しく『死ね』と言った生徒に厳しく叱っているのを見たことは1度だけではない。
「誰だって、自分の命が大切に決まってるじゃん」
続けられたのは、リナールの言葉。明るさを消した弱々しい笑みは、どんな感情を物語っているのか。
「特殊な状況下に置かれたら、きっと自分だけを考えて行動するに決まっている」
「まさかそれで……」
発したトゥアリに、リナールはふわりとした笑みを向けた。
「この状況でなら、シオン先生の本心がわかると思った」
「リナール……仲間だったのか?」
『そー。学園の同級生。部活仲間』
最後の裏切りだけでなく、最初からリナールは裏切り者だったのか。
「元教え子、教師仲間のエオ、顔見知り程度の生徒のプリシス、一切面識がないトゥアリを集めて、どこからが切り捨てラインになるのかもわかるようにしてね」
教師仲間であったなら、オレでなくても誰でも構わなかった。シオン先生以外は、事実上の無作為だったのか。それだけでプリシスがまきこまれるなんて。
「魔法空間と、監視システムと、首輪を作って準備を進めて。ターゲットをとらえて」
「とらえた方法は? リナールみたいな人に、私が負けるわけがないわ」
戦術の教員免許を持つプライドが騒いだのか、トゥアリの声には怒気すら感じる。
「時間停止魔法」
あっさり放たれた言葉は、それこそ場の空気をとめたように思えた。
「なっ……」
トゥアリの驚きも当然だ。時間をとめる魔法なんて超高度で、使える人は限られる。
「周囲の時間をとめて、その隙に前後の記憶を消して魔法空間に送ったの」
リナール自身は『特別なことは言ってない』と言わんばかりに淡々と言葉を続ける。
「そんな魔法が使えるの!?」
トゥアリに詰められたリナールは、けらりと笑った。
「うちの力と違うよ。装備を開発して、それに頼っただけ」
「ついにそんな装備まで作れるようになったのですね」
シオン先生は大きな驚きを見せてない。
「ほめてくれる?」
「学生時代から、リナールたちの開発力はすばらしかったです。ですが、こんなことに使うなんて間違っています」
おだやかな口調の中に眠る厳しさにリナールも気づいたのか、表情からゆるみが消えた。
「どうして才能をもっと有意義に使えないのですか」
「うちはゆーいぎに思えたけどなぁ」
ぼやいたリナールの頭頂部に、シオン先生の手が乗せられる。
「反省なさい」
「どうしてリナールもここに来たんだ?」
監視できる環境があるなら、傍観者でいればいい。シオン先生の元教え子も、他の誰かをつかまえれば済む。
「楽しそうじゃん」
あっさりとした答え。本当にそれだけでここに来たのか?
「ゲームを思いのままに動かしたい、もありますよね?」
「バレてた?」
ぽつりと笑うリナール。
「冒険準備ゲームであっさり降参しましたし、次のゲームでも連続襲撃という行動。違和感を覚えるに足るものでしたよ」
オレは『リナールはこんな人なのか』と思って、深く気に留めなかった。リナールを知っていたシオン先生だからこそ、感じられた違和感だ。
「これだけの魔法空間を作れる人は、そういません。その場にいるリナール。違和感のある行動。僕にリナールたちの犯行だと気づいてほしかったのですか?」
『わかって戦ってたの?』
まさか、そうだったのか? リナールが内通していると気づいていたのか?
錠ゲームでのリナールにした質問を筆頭に、シオン先生は違和感のある行動があった。それらすべて、リナールに抱いた疑念からだったのか?
「よぎりはしましたよ」
「だったら、その時点で言いなさいよ!」
トゥアリの怒りも納得だ。指摘したら、ゲームなんか続けないで済んで解放されたかもしれないのに。
「確信がないのに疑うのは、よくありません。余計なことをしなければ命の危機もないので、証拠をつかむまでは控えるべきと思いました」
気づいていないフリをすることで、相手がボロを出すのを待っていたのか? 疑いたくないから動きたくなかった思いもあるのか?
「証拠なんて吐かせればいいでしょ!」
「ねー、誰がコイツ選んだの? うちがどれだけちびったと?」
トゥアリを指して放たれた言葉に、脳に小さな笑い声が響いた。
「もっと積極的に探る道もありましたが、やりすぎると僕が疑われてしまいますからね」
「慎重派ですね」
シオン先生に笑いかけるリナール。
「自分も他人も大切にするのは、生き物として当然の本能ですよ」
「最後までシオン先生は、自分のために他者を売りはしなかった。これが本当の本心なのかな」
「当然です。いかなる瞬間であっても命は大切で、平等です」
迷いのないシオン先生の言葉に、リナールは力なく笑った。
『もし3個しかない欠片を奪いあうゲームだったら、シオン先生はどうした?』
シオン先生は考える仕草すら見せずに、即答した。
「全員が生き残れる道を模索しますよ」
奪いあうことはしない。誰かに欠片を譲ることもしない。他人の命も、自分の命も平等に大切にする。シオン先生らしい回答。
『そうなっちゃうか』
脳に響くから笑いは、なぜかうれしそうだった。
オレたちは全員、無傷で解放された。空間から離れると同時に、全員の首輪も欠片も消えた。空間内だけで有効な装備だったらしい。
長い間あの空間にいたような気がしたけど、実際は数時間しかたっていなかった。
長時間拘束されていたら行方不明騒ぎになって、プリシスの親にまで迷惑をかけていただろうな。でもいつもの帰りより遅くなった事実はあるから、オレがプリシスを家まで送った。真実を言うのははばかれて『仕事を手伝ってもらっていたら、こんな時間になってしまった』と伝えた。
精神的な疲労は大きかったけど、全員ケガも後遺症もなかった。プリシスはトラウマにならないか心配だったけど、数日で日常に戻ってくれた。
リナールと仲間からは謝罪がされて、シオン先生からも元教え子の不行き届きを謝られた。
事態を起こしたリナールとその仲間は、後日シオン先生にきつく叱られたとか。シオン先生の言葉がなによりも効くと思って、オレは参加しなかった。トゥアリは『直接感情をぶつけたい』とうずうずしていたから、行動に移したのかもしれないけど。
本来なら、犯罪者になってもおかしくない事件だったんだと思う。実際、通報したら告訴できたよな。
それでもオレたちは、それをしなかった。リナールやシオン先生に強く頼まれたわけではない。
結局全員、無傷だったから。
欠片を3個集めたら生き残れる条件で、全員が欠片を3個入手できる可能性を最後まで残してくれた。
あるいは、最初からオレたちを殺すつもりなんてなかったのかもしれない。
あれだけのことができるリナールだ。今回の件は、巨大な実験につきあってやったと解釈してやるから。技術を、世界の役に立つ方向に生かせ。
それがリナールたちに与えた償いだ。
リナールとまた会う機会があったら、優れた技術者になってくれていると信じて。
閉鎖空間を脱するための3のコト 我闘亜々亜 @GatoAaA
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