第5ゲーム
『最終ゲーム、はじめるよー!』
見えかけた光明を閉ざしたのは、響いた声だった。
「最終?」
思わず、声が漏れた。まだ欠片を集められていない人がいるのに、最後のゲーム?
「待て、全員が欠片を3個入手できる可能性はあるって言っただろ!?」
冒険準備ゲームは1人だけ、吸血鬼ゲームは最大4人、錠ゲームは同率1位で最大5人、白翼と黒翼ゲームは最大4人。
欠片は全員で15個必要なのに、ここまでで最大14個しか入手できない。そもそも錠ゲームが同率1位が可能な設定だったのか疑問だ。
実際は冒険準備ゲームはオレ1人、吸血鬼ゲームはオレとプリシスとシオン先生、錠ゲームはオレ1人、白翼と黒翼ゲームはプリシスとシオン先生とリナールとトゥアリの合計9個しか入手できていない。
『ゲームに勝利で欠片を1個もらえる』というルール上、リナールとトゥアリにもう可能性はない。
「そうよ! 『全員が欠片を3個入手できる』なんて、これでよく言えたわね!」
告げられたアンフェアに、トゥアリは語気を強めた。赤くそまった顔があふれる激高を表現している。
『騒がない騒がない』
「でもうちとトゥアリは、もうどん底じゃん」
欠片が1個しかないリナールとトゥアリは、他の誰よりも焦りが強かった。
残り1個の欠片でいいプリシスとシオン先生は、このゲームに勝てばいい。でもあと欠片が2個必要なリナールとトゥアリは、勝利しても無意味になる。
『最終ゲームは、特別ルールになるもんでしょ』
焦る2人を楽しむように、ほくそ笑みながら返された。悔しさをにじませるトゥアリの横で、シオン先生が冷静に口を開く。
「全員が欠片を3個入手できる可能性は残されているのですか?」
『そーするよ』
まだ希望は残されているのか? それでもこの相手だ。喜びも、油断もできない。
「本当でしょうね」
トゥアリのいぶかしげな視線はとまらない。唇をかみしめて、なにもない天井を忌まわしげににらんでいる。
『ルールを聞きゃ、わかるって』
幼子をあやすような声を投げられて、トゥアリは拳を握りしめて黙った。
『その名も、ポイントで欠片ゲットチャンス!』
告げられた最終ゲーム。最後のチャンス。
愉快に響いた声に、表情がゆるむ人はいない。
笑みを消した不安げな表情で両手を胸の前で組むプリシス。
首輪に手をそえて不変の態度をほのめかすシオン先生。
平静でいられないのか、視線をちらちらと動かしているリナール。
にらむように強気な視線を天井に刺すトゥアリ。
誰もがそれぞれの表情で、語られる声に耳を傾けている。
『今までのゲーム結果に応じて、お前らにポイントをプレゼント。集めたポイントは欠片に交換! ポイントを集めりゃ複数の欠片を入手できるから、欠片不足にもチャンス!』
「どれだけポイントをもらえるの?」
今のルールならリナールにも理解できたのか、頭を抱える様子はなかった。欠片1個の現状が、余裕を作ってくれないだけか?
欠片の少ないリナールやトゥアリが多くもらえるならいいけど。
『冒険準備ゲームは、最後まで残った1位が500P、2位が300P、3位が100P、4位が0P、5位が-200P』
リナールの動きがとまった。誰よりも早く脱落したリナール。-200Pのスタートだ。
『吸血鬼ゲームは、勝利側が500P、敗北側が-500P』
「マイナスが多くないですか?」
シオン先生の発言は、2連続でマイナスポイントになったリナールを懸念してだよな。欠片が2個必要なのにこれだと、オレも不安になる。
『ゲームとしておもしろくするだけだよ。錠と鍵のゲームは、最後の自分の獲得ポイントがそのまま加算』
待て、オレは600P加算だけど、シオン先生は-1200Pになる。吸血鬼ゲームで500P獲得しているとはいえ、冒険準備ゲームは4位で0Pだ。ポイント、足りるのか?
リナールも、2ゲームで-700Pになっている。錠ゲームで1位のオレが600Pだったから、錠ゲームでマイナスを脱していないのは確実。
『白翼と黒翼ゲームは、勝利側が500P、敗北側が-500P』
これでシオン先生のマイナスポイントは幾分減らせる。でもマイナスのままである以上、欠片を入手できないんじゃないか?
リナールも500P獲得できるけど、錠と鍵ゲームの獲得ポイントがわからないから、プラスに転じたのかは判断できない。
「勝者が多くポイントを獲得できています。欠片を入手できないままでは?」
このままだと、シオン先生だけでなく他の人もポイントが足りなくて、欠片を入手できない。
欠片が3個あるオレは、実質ポイントは不要だ。オレが欠片を入手できたのは、ゲームに勝てたということ。
なのに勝者が多くポイントを手にする、このルール。やっぱり全員に欠片を3個入手させる気なんてなかったのか?
『そのポイントを使ってするのが、ポイント贈与ゲーム!』
ポイントを贈与できるのか? それなら、欠片を入手させられる?
『自分のポイントを指定の誰かに渡す。あるいは、指定したヤツのポイントを無条件でもらえる。どっちも1回の最大は300Pまでね。マイナスは禁止。誰も指定しないでポイントを動かさないのはアリ』
『-100P渡す』とか『-100Pもらう』とかは無理ってことか。
『-100P渡す』だと、指定した相手のポイントが100P減るのか? 相手のポイントをもらうのと同じ意味になるんだよな?
『-100Pもらう』だと、自分のポイントが100P減るのか? 自分のポイントをあげるのと同じ意味になるんだよな?
ややこしくなるだけのこと、する人はいないだろうな。ルールで禁止されているなら、できやしないけど。
「指定した相手の保有ポイントがマイナスだった場合はどうなりますか?」
シオン先生自身のポイントがマイナスなのが気になっているんだな。全員が計算できているだろうから、選ばれはしないだろうけど。
他にマイナスポイントの人がいる可能性もある以上、聞いても損はない情報だ。
『関係ないよ。選ばれたヤツはマイナスになるけど、もらったヤツはちゃんと加算される』
『相手がマイナスだったから、ポイントももらえない』とはならないのか。一見良心的だけど、マイナスポイントがかさんだ人のことを考えると、さけるべきだ。
『全員の選択が終わったら、ポイントが動く。動いたポイントはわかるけど、誰がもらったかはクローズだよ。開始時のポイントもクローズで、聞くのは禁止ね』
開始時のポイントは推測するしかないのか。
鍵と錠ゲームで中間順位を明かさなかったのは、このためか。オレとシオン先生のポイントはわかるけど、他の3人は推測するしかない、
「誰がどれだけのポイントをもらったのかは、わかるのか?」
それがわかったら、その人のポイントの推理材料にできるかもしれない。
『エオから100Pもらわれた、エオに100P渡されたって感じで伝える。誰がもらったか、誰から渡されたかだけをふせるよ』
つまりわからないのは、開始時のポイントと誰がポイントをもらったのか、誰にポイントを渡されたかの3点か。
「指定できるのは1人だけですか? 『3名から100Pずつ』のような指定は可能ですか?」
『指名できるのは、1ターンに1人だけ。1人に渡して、別の1人からもらうとかも禁止。1ターンでできるのは、渡すかもらうかだけ。指定できる相手も1人。ポイントは0~300Pの間で指定。理解した?』
簡潔にまとめられたんだろうけど、リナールは目を細めて床を凝視している。ルールの羅列はやっぱり苦手なのか?
ポイントは不足していそうだし、どうにかここで欠片を入手してもらわないと。本人もわかっているからこそ、ここまで熟考するんだよな。
プリシスは、にじませる不安は案外小さい。ゲーム続きでなれたのか、必要な欠片はあと1個の自分の状況が心を楽にしているのか。
『ヒントとして、5人のポイントを加算したら1800Pになるとだけ教えてやる』
「マイナスも加算した数値ですか?」
『そー。500Pと-200Pがいたら、合計値は300Pになる感じ』
1800P。オレは合計1100Pだから……オレだけで結構なポイントを有している。勝利し続けたから当然か。オレのポイントが欠片を左右しそうだ。
『欠片は6個必要だから……300Pで欠片と交換してあげる。温情措置ね』
こんな状況を作っておきながら『温情措置』と言われても、ありがたみもない。でも全員が生き残れる可能性を残してくれたんだ。全力で生かすしかない。
『言い忘れてた。ポイントがマイナスになったら、欠片没収ね』
告げられた言葉に、心臓が反応した。
「どうして……欠片は奪われないって」
プリシスの声は、痛々しいほどに震えていた。
『最終ゲームは特別ルールになるって言ったじゃん』
声は愉快に笑う。大きく顔をうつむかせるプリシスを前に、唇をかんだ。白翼と黒翼ゲームでの行動があるから、自責を感じさせたのか?
「先生……」
泣き出しそうな瞳にとらわれる。
オレは、どこにいるかもわからない声の主をにらみつけた。
「それが『4個以上入手しても役に立つ』の正体か」
すべてはこのゲームのため。『マイナスポイントになっても盾になる』って意味だったのか。
『4個目以降は300Pとして加算する予定だった。不要なルールになっちゃったけど』
ポイントになっていたのなら、このゲームで使えた。勝利を放棄したオレは間違っていたのか?
いや、オレが負けたから、4人が欠片を入手できたんだ。あの状況でオレが勝利しても、入手できた欠片は1個。あの判断は間違っていない。プリシスが責任を感じる必要はない。
「……大丈夫だ、気にするな」
小さく震えるプリシスに、優しく声をかける。
自責のせいで行動をやめてしまったら、オレからポイントをもらうのを迷ってしまったら。プリシスが欠片を入手できなくなる。プリシスが生き残れなくなる。
「でも、あたし……」
「オレのポイント、計算できるだろ?」
かくかくとオレに顔を向けたプリシス。瞳からあふれそうな感情が、プリシスの心痛を物語る。
「マイナスポイントにはならないから、安心しろ」
欠片を没収できる条件が『保有ポイントがマイナスになる』だけなら。オレは安全だ。そう信じて、生きるために動いてくれ。
晴れない表情のまま、オレを見続けるプリシス。
「あ、の……」
たどたどしく言葉が放たれたけど、それ以上は続けられなかった。少しの間のあと、プリシスの視線はシオン先生たちに移って。
「先生を……守って、ください」
オレではない、他の人にした懇願。
自分の保有ポイントがわかっているオレだから、マイナスならないように動ける。オレのポイントは実質オープンだから、条件は全員が同じだ。
オレからポイントをもらう際、オレがマイナスにならないように配慮できる。心配しなくても平気なはず。
「わかってるよっ!」
拳を握って、リナールは心意気を見せた。
「自分の身は自分で守りなさい」
トゥアリは強気な言葉を返す。マイナスになったら、自分でポイントをもらって防げってことか?
オレの欠片が没収されるようなことがあったら、プリシスに消えない後悔を作ってしまう。行動するのが怖くなって、ますます内気な性格になってしまうかもしれない。プリシスのためにも、もらっても安全そうな人がいるなら、やるしかないのか。
「全員の選択後にポイントが動くなら、皆さんがどれだけポイントをもらうのかも推理して行動しないといけませんね」
そうか。オレは1100Pスタートだけど、4人全員に300Pずつもらわれたら、-100Pになる。全員が配慮してオレから200Pもらったら、欠片の入手に響く。
誰がどれだけポイントを欲していて、誰からどれだけポイントをもらうのが安全なのか。全員が慎重に考えないといけない。
1人でも誤ったら、欠片を入手できなくなるかもしれない。オレのポイントがマイナスになるかもしれない。
誰もが誰もを殺せるし、誰もが誰もを救える。鍵と錠ゲームみたいなミスは許されない。
『チャンスは3回。一応言っとくけど、全員が欠片を3個入手できる道筋はあるからね』
全員が欠片を入手できる道はある。ポイントがマイナスになったら、欠片を没収される。
天国か地獄か、なのか。
ここで誰か1人でも欠片を3個入手できない結果になったら、生き残れても強い後悔を残す。天国以外の道は選べない。
『最初のターン開始。誰にポイントをいくら渡すか、もしくは誰からポイントをいくらもらうかイメージして』
3回のチャンスを1回でもふいにしたら、全員が欠片を3個入手できる可能性を閉ざしてしまうのかもしれない。いい加減な選択はできない。慎重に考えないと。
それそれが必要なポイントは?
欠片は1個300P。
欠片を1個必要とするプリシスとシオン先生が300P。欠片を2個必要とするリナールとトゥアリが600Pで終えるようにしないといけない。オレは最後の時点で1Pでも有していたら、誰かしらが欠片を入手できなくなる。
所持する1100Pを、オレはどうするべきだ?
誰に渡す? どれだけ渡す?
そのためにはまず、全員の現在の保有ポイントを推測しないと。
プリシスは冒険準備ゲームで3位だったから100P、吸血鬼ゲームで500P、錠ゲームは不明で、白翼と黒翼ゲームでは500P。不明な錠ゲームを無視して加算したら1100P。オレが1100Pで、このゲームの全員の合計が1800Pだから、錠ゲームでは少なくとも-400Pだった。やっぱりマイナスで終えていたか。
シオン先生は冒険準備ゲームで4位で0P、吸血鬼ゲームで500P、錠ゲームで-1200P、白翼と黒翼ゲームで500P。合計-200Pだ。今現在、唯一ポイントがオープンになっている存在だ。
リナールは冒険準備ゲームで5位で-200P、吸血鬼ゲームで-500P、錠ゲームは不明で、白翼と黒翼ゲームでは500P。不明な錠ゲームを無視して加算したら-200P。
トゥアリは冒険準備ゲームで2位で300P、吸血鬼ゲームで-500P、錠ゲームは不明で、白翼と黒翼ゲームでは500P。不明な錠ゲームを無視して加算したら300P。錠ゲームの最終ターン直前に-900Pだったことを考えると、錠ゲームをマイナスで終えた可能性は高いか?
オレが1100Pで、このゲームの全員の合計ポイントは1800P。つまり4人の今の合計ポイントは700Pってことだよな? 獲得ポイントがオープンな冒険準備、吸血鬼、白翼と黒翼ゲームの結果とあわせて考えたら、錠ゲームでの最終ポイントもある程度は推定できるのか?
錠ゲームでプリシスは、常に曇った表情だった。いい結果は得られてなさそうに思えて気がかりだ。
錠ゲームのトゥアリの-900Pも気になる。最終ターン直前で、あのマイナス。最後の錠を開けた際も喜んだ様子はなかったし、マイナスのまま終えているかもしれない。
仮にトゥアリが-900Pのまま終わっていたら、現在のトゥアリのポイントは-600P。欠片を2個入手する必要があるから、1200P必要になる。残された合計ポイントは600P。
これだと『1800Pで全員欠片を3個入手できる』というルールに反する。誰かが多くポイントを有している可能性もあるけど。
欠片入手に500P必要なシオン先生を加えると、残った合計ポイントは100Pになる。プリシスが1個、リナールが2個欠片を欲するのに、残ったポイントが少なすぎる。
プリシスとリナールは、100Pで欠片を3個にできる状態なのか?
プリシスは錠ゲーム以外の結果はよかったし、必要なポイントも300Pで済む。欠片を1個入手できるだけのポイントを保持している可能性は考えられる。
リナールはどのゲームの結果もよくなくて、錠ゲームを無視した合計ポイントは-200P。仮に今、100Pで欠片を2個入手できるポイントになっているとしたら、錠ゲームで800P獲得していないといけない。でも錠ゲームは、オレが600Pで1位だった。リナールは今、100Pで欠片を3個にできるポイントではないとは推測できる。
となると、トゥアリは錠ゲームで-900Pで終えていない、それ以上にはできていたってことか。
考えても、動かすべきポイントを確定する情報にはならない。ポイントがオープンなシオン先生を軸に考えよう。
シオン先生は現在-200P。欠片を1個入手するのに500P必要だ。
残された合計ポイントは1300Pで、必要な欠片は5個。
誰が正の値のポイントを有しているんだ? 可能性が高そうなのはプリシスか?
錠ゲームでいい表情はしていなかったけど、他のゲームの成績はいい。3種のゲームで1100Pを獲得している。
錠ゲームでも、オレからはポイント変動がない錠を開けたから、残りの2回のターンで1100Pを帳消しする錠を開けていなければ現ポイントもマイナスではないはず。
プリシスはもしかしたら、ポイントを渡さなくてもいいだけのポイントを有しているのか?
とはいっても、まだ確信はない。
このゲームの最初のターン、どう動くべきか。
いや、オレ以外の人も動くんだよな?
『全員が選び終わったら』と言っていたから、オレが渡した相手が、オレからポイントをもらう可能性もある。
全員から300Pをもらわれるだけで、オレは-100Pになる。欠片没収の危機だ。
オレが1100P有すると知られているから、オレは集中してもらわれるよな。見越して、最初のターンは誰にも渡さないでおこう。
1ターンで1人しか指定できないルールがある。『オレが渡してくれる』と悠長に待たないはず。欠片のために、自ら動くよな。
『終わり! ポイントはどー動いたかな~』
オレの選択があっていてほしい。
正直、ゲーム続きで脳が疲れていて、さっきの推論があっているのかすら判断できない。算術は元々得意ではないし、単純なミスを犯していないか気がかりだ。
『エオから300P、300P、300Pがもらわれました~』
想定したままだ。オレからポイントをもらっていった。あげなくて正解、だったよな?
残されたオレのポイントは200P。でも、もらわなくて平気な人もいたのか? 300P以外だったから、今の流れで言われなかっただけ?
『最後に、エオに200P渡されました~』
驚きの結果に、オレは顔をあげた。
オレに200Pが付与された? 誰から?
オレは欠片を3個所持していて、ポイントもマイナスではなかった。
驚きを感じたのはオレだけではなかったのか、リナールやトゥアリも視線が揺らいでいる。シオン先生は冷静なままだったけど、小さく動く瞳は偵察のように感じられる。
探るオレの瞳は、オレをまっすぐ見るプリシスでとまる。不安の残る表情ながらも、たたえられた小さなほほ笑みで理解した。
この200Pは、プリシスからだったんだ。
プリシスも欠片を1個入手する必要があるから、300Pが必要だ。それでもポイントをくれた。つまり、500P以上有していたんだ。
『200P』というハンパな数値であるからには、500Pを所持していたのか? 今後を考えて、500P以上あるけど、200Pにとどめただけ?
プリシスにポイントの余裕があるなら、オレがもらわれるポイントは最大でも3人から300Pずつで900Pになって、マイナスにはならなかったんだけどな。白翼と黒翼ゲームの贖罪か?
いや、違うか。ポイントがオープンなオレにポイントを預けたら、計算してポイントをもらいやすくなると考えたのか。
よくやってくれた。
笑顔を返したら、プリシスから少し不安が消えたように見えた。
『2回目のチャンス、開始』
また思考の時間が始まる。
オレの今の所持ポイントは400P。さっきのペースでもらわれたら、オレは-500Pになる。
全員が計算はしているだろうけど、厄介なのが『結果は最後に一斉オープン』のルール。
3人が『誰かが遠慮する』と判断して300Pをもらう選択をしたら、オレはマイナスに。
遠慮したら、自分が欠片を入手できなくなる可能性がある。
オレ以外にポイントが余っていそうな人からもらうにしろ、それが誰なのか、何ポイントまでなら平気なのかも考えないといけない。もし他の人もその考えで動いていたら、ポイントをもらわれた人がポイント不足になる可能性もある。
残り2回のチャンス。きっと様子見できる余裕もない。
誰か1人でもミスをしたら、とり返しのつかない事態になる。これはそんなゲームだ。
「質問は許可されないのか?」
『このゲームで質問なんて、明確な答えみたいなもんでしょ。禁止』
そうだよな。質問するとしたら『何ポイントほしいか』『今の所持ポイントは』とかの決定的な内容だ。ぼかして『現所持ポイントは300P以上か?』とかにしても、このゲームでは有益な情報源。
質問なし。推測だけ。
ここでもわかるのは、ポイントがオープンなシオン先生だけだ。-200Pで、オレから300Pもらったと推測できるから、今は100P。次に欲するのは200Pだ。
プリシスがオレに200P渡したとすると、少なくともプリシスはこのゲーム開始時に500Pは有していた。
このゲーム開始時のオレのポイントは1100Pで、全員の合計は1800P。これにプリシスの500Pを加味すると、残ったポイントは200P。
リナールか、トゥアリがこの200Pを保有していた? プリシスが500P以上有していた可能性もあるけど。
どちらにしろ、300Pをもらったとはいえ、リナールもトゥアリも欠片を3個にするには足りないポイントだとは推測できる。
オレからもらうのか、推測して、他の人からもらうのか。
このターン、オレはどう動けばいい?
前のターン同様、誰にも渡さないでいるべき?
もし誰からもポイントをもらわれなかったら。
最後のターンで400Pを消費しないと、全員が欠片を3個入手の道は閉ざされる。
最後のターンで急いで誰かにポイントをあげて、誰かからポイントをもらわれたら。オレはマイナスの危機。
思い返すと、リナールは計算が苦手そうだった。錠ゲームも途中から放り投げたような態度で。このゲームも早々と思考を放棄して、オレの400Pをもらいにかかるんじゃないか?
獲得ポイントが不明な錠ゲームをのぞいたリナールのポイント合計値は-200P。オレから300Pをもらって、100Pになったとして。欠片のためにあと500P必要だから、そう動く可能性は考えられる。
今回もオレは、ポイントを誰にも与えないでおこう。
『そこまで。結果はどーなったかな』
オレからポイントをもらう人の数、どれだけのポイントをもらうのかが、最終ターンを大きく動かすよな。
ここでオレがマイナスポイントになる可能性もある。否応なしに緊張も高まって、固唾をのんだ。
『エオから300Pもらわれたよ~』
この時点で、オレは残り100P。100P以上は失えない。
オレからもらう人が続くのか、ここで終わりになるのか。
『エオから200Pもらわれたよ~』
最悪の事実に、身が震えた。プリシスの息をのむ声も、どこかハッキリ聞こえた。
これでオレは-100P。このまま終わったら、欠片が奪われる。
200Pという内容上、これはシオン先生か? ちらりとうかがったら、思いつめた表情をかすめとれた。
この200Pがシオン先生だったからなのか、計算できたオレのポイント不足を思ってなのか。そこまではまだわからない。
『エオに200P渡されたよ~』
続けられたのは、窮地を救う言葉だった。
-100Pになったオレに送られた200P。これでオレは100Pになる。欠片が奪われる危険はひとまず去った。
オレに渡された200P。
ちらりとプリシスを見たら、かすかにほころぶ口元があった。一瞬マイナスになったせいか、その瞳には涙が浮かんでいる。
この反応、今回もプリシスから渡されたと思っていいのか? 命拾いした。
『最後に、プリシスから300Pもらわれたよ~』
響いた声に、プリシスはひどく戦慄した。
浮かんでいた涙は急速にひいて、その顔は蒼白にそまりあがる。
考えなくても、わかった。
ポイントが、足りなくなったんだ。
『最後のチャンス開始。どうなるかな~』
愉快に響いた声に、焦る余裕すらなかった。プリシスから目が離せない。
この様子を見る限り、200P以下になったのには間違えないよな?
瞠目したまま蒼白にそまる顔は、とても正常とは思えない。あの様子で、今の状況を冷静に考えられるか?
「――」
プリシスに声をかけようとしたけど、言葉にならなかった。制御されているのか、オレの精神状態のせいなのか。
心配はあるけど、考えないと。プリシスのためにも、全員を救うためにも。最後のターンをどう動くか、考えないと。
どうしてこうなった?
錠ゲーム以外の合計ポイントは1100Pになるプリシスだから、もらっても問題ないだけ有していると思われたのか?
オレに200Pあげたのがプリシスだと推測できて、あげる余裕があるならもらってもいいと思われた?
プリシスはそう思われるとは想定しないで連続でオレにポイントをあげて、ポイント不足になった?
考えても仕方ない。今はどうやってこの状況を切り抜けるかだ。
切り抜ける? 最終ターンだぞ。最後のゲームだぞ。オレは100Pしかないんだぞ。
どうすればいい? どうしたら最善だ? プリシスを、全員を救う道はあるのか?
プリシスの状況を推測しよう。
錠ゲーム以外のプリシスの合計ポイントは1100P。
全員の合計が1800Pで、開始時のオレのポイントが1100P。プリシスのこのゲーム開始時のポイントは、多くても700P。
欠片を1個必要とするプリシスは、300Pあればいい。
このゲームの最初のターン、次のターンでオレに200Pずつ渡してくれたのも、プリシスだと思う。合計400P渡すだけの余裕があった。
となると、ゲーム開始時のプリシスのポイントは700Pで確定する。
オレに200Pずつ2回渡して、最終ターンをなにもしないで終わらせたら、プリシスは300P残して終わるはずだった。
なのに300Pをもらわれて、プリシスの計画は崩れた。
つまり、今のプリシスの保有ポイントは0P。
100Pだけのオレだと、救えない。
もどかしい。プリシスの状況がわかっているのに、救えないなんて。
それでも、オレが今できる最善は。
プリシスに100Pあげる。それしかないんだ。
『終了。最後の結果発表だよ』
誰かこの状況に気づいて、プリシスに200Pを渡してやってくれ。
ただ祈るしかない。震えるプリシスを前に、たったそれだけしかできない。無力だ。
『エオから100Pをもらわれた~』
これでオレの所持ポイントは0Pになった。続く言葉は、わかっている。
『最後に、プリシスに100Pが渡されたよ~』
オレにばっと顔を向けたプリシス。絶望にそまったその口元が、かすかに動いたように見えた。
これはオレだ。
これでオレは-100P。欠片を没収されて、すべてが終わる。
誰かから200Pをもらうこともしなかったプリシスも、100Pのまま。
誰からもらうのが安全なのか、考えられなかったのかもしれない。判断を誤ったら、自分の手で殺すようなものだ。欠片をもらわれた混乱で、頭が回らなかったのもあったんだろうな。
どうして誰も、プリシスに200Pを渡してくれなかったんだ。
虚無感のまま天を仰ぐ。そこにあるのは、今のオレの心を具現化したような真っ白な天井だけだった。
『お待ちかねの欠片交換タイム!』
プリシスも100Pで終わって、欠片を入手できない。
ポイントの不足を知っていたのに、救えなかった。
大切な生徒の命を、救えなかった。
無力、だな。
ふがいなさすぎて、笑みすらこぼれてきた。
『首の首輪を確認!』
シオン先生の首輪に、1個の欠片が輝いた。これで3個。シオン先生は生き残れた。
リナールの首輪に、2個の欠片が輝いた。これで3個。リナールも生き残れた。
トゥアリの首輪に、2個の欠片が輝いた。これで3個。トゥアリも生き残れた。
3人の生存が確定したのに、喜びはわいてくれなかった。『おめでとう』の言葉すら、発する気力がない。
シオン先生たちも、3個集まった欠片を前に喜色を見せることはない。
場に漂う、重苦しい空気の理由。視線を、プリシスの首に移す。
プリシスの首輪に、新たな欠片が輝くことはない。
「先生っ」
声をあげたプリシスが見る先がわかって、オレは自らの首輪に手をそえる。さっきまであったでっぱりがない。くぼみに変わっている。
オレの首輪から、欠片が消えた。
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