第4ゲーム
『白翼さんと黒翼さんゲーム、開始!』
高らかな声が響いたのは、少したってのことだった。
これからのゲーム、オレは勝たないようにする。プリシスが、全員が欠片を入手できるように動く。
『お前らはランダムで、同数の白翼か黒翼に分類される。討論して黒翼を見つけ出して、黒翼を全員括れたら白翼側の勝利! チャンスは3回』
聞いた限り、吸血鬼ゲームと似たような感じか?
『黒翼』という単語がコウモリを想起させないか気になって、プリシスを一瞥する。強い不安は感じられない。平気みたいだ。
「括るってのは、表現だけ?」
リナールはそこがひっかかるのか。不穏な単語だもんな。
『そー。実際にはなんもない』
だったら、最初から平和的な表現をしてくれよ。こだわり派なのか?
『特別な役割として、騎士がある。白翼の持主なのに、騎士は黒翼の仲間。騎士は討論後、指定した1人が白翼か黒翼か判別できる』
「知ってどうするんだ?」
『騎士は黒翼の仲間だから、黒翼だとわかったらかばったりとか。討論中のウソは自由ね』
吸血鬼ゲームでは、襲撃された人も吸血鬼が誰かわからなかった。このゲームは、騎士なら黒翼かを判断できる。それが違いか。
『1人でも黒翼や騎士を括っていないとアウト。黒翼と騎士だけをすべて括らないと勝利にならない』
「『複数人を括れる』ということですか?」
『そー。騎士ではない白翼を括っちゃってもアウト。5人全員括りゃ、最初のターンでクリアできんじゃんとか思わないことだね』
無理か。ルールの抜け穴になるかと思ったけど、さすがにふさがれていた。
「黒翼側の勝利が、騎士の勝利なの?」
トゥアリが気になるのは、勝利条件らしい。吸血ゲームでの痛手があるからか? 『欠片が1個もない』ってのも、関係しているんだろうけど。
『白翼側が勝利しても、白翼の騎士の勝利にはならないよ』
となると、黒翼側の人数のほうが多いのか。
「白翼、黒翼、騎士の役割が変わることはありますか?」
『ないよ。最初から不変のまま』
オレが白翼か黒翼によって、流れが変わりそうだ。人数が少ない白翼側につけたらいいけど。仲間の白翼がいる以上、負けのために動きにくい事実は残るな。
せめてプリシスが白翼側でなければいい。……って思うのは、他の3人に失礼か。
『役職、与えるよー!』
じわりと浮かんだのは『お前は白翼』の文字だった。数が少ない白翼に選ばれたのは、ひとまずよかったと思うべきなのか。
『最初の討論、スタート!』
様子をうかがう余裕もなく、開始の鐘が鳴らされた。
「オレは白翼だった」
真っ先にそう伝える。迷いのない発言で『本当に白翼』だと伝わってくれ。
「僕も白翼でした」
シオン先生は微笑して、オレと同じ言葉を放つ。
「私も白翼よ」
トゥアリも、高姿勢な態度を崩さないで続けた。
「うちも白翼」
リナールは片手をあげて、元気に宣言した。
「あたしも、です」
最後に、おずおずとプリシスも主張した。
全員が白翼。当然ながら、この結末か。黒翼が『黒翼だ』と白状するのは、制限されているのかもな。
この中に黒翼、そして白翼を語る騎士がいる。
誰なのかわからないと、こっちもどう動いていいのかわからない。うっかり白翼が勝つ可能性もあるんだ。黒翼と騎士だけ全員を括らないといけないから、吸血鬼ゲームより『うっかり勝利』確率は低くなるだろうけど。
少なくとも、括られる中にオレが含まれたら白翼側が勝利することはない。疑われるように演じるか?
でも、もしプリシスが白翼だったら? 他の3人もいるとはいえ、プリシスを負かすようなことをしたくない。
まずはプリシスの役職を調べてからにするか。3回のチャンスがある。最初から派手に動いたら、鍵ゲームの二の舞だ。
「これだと、誰が黒翼か判断できないな」
ひとまず発言を多くして、多くの疑いを集めればいいか。オレが白翼だと気づいて、黒翼側の人間は括ってくれるかもしれない。
「騎士でもないのか?」
ぐるりと見回して、疑っているとも解釈できる言葉を放つ。矢面に立ったら、括られる確率もあがるはず。白翼側の勝利の回避にもつながるよな?
「ただの白翼だよ」
けらりと笑顔で返すリナール。
「そう聞くそっちが騎士ではないの?」
オレを見るトゥアリの瞳は、この短時間ですっかりいぶかしげに変わっている。想定したままになってくれた。
騎士だとバラすのも制限されているのか、残りの2人も点頭して返すだけだった。
「今の時点で怪しいと思う人を、それぞれ指摘するのはどうかしら?」
「いいんじゃないか?」
トゥアリの意見に、積極的に乗っかる。違和感を覚えられたのか、プリシスに見られているのがわかる。その調子でオレの真意に気づけ。
「私は文句なしのエオ! うまく言えないけど、違和感しかないわ!」
よし、計画に乗ってくれた。
あからさまな言動はしていないのにこの結論に至れるなんて、トゥアリは案外鋭いのか? 自分で思っている以上に、オレが違和感満載だっただけ?
「そう思うなら括ればいいだろ。他の黒翼を見つけられないと無意味だけどな」
あえて怪しさを強める反応を返した。演技はうまくはないから、鈍感でなければ疑念は与えられたと思う。
「これだけの情報で誰が怪しいかなんて決めかねます」
オレを疑っているのはトゥアリだけか? いや、トゥアリが気づけた程度のオレの違和感。シオン先生なら、とっくに気づいているはず。
4個目の欠片の入手を放棄したオレをまだ納得しきれていなくて、この言動になっているのか? オレを心配してくれるのはうれしいけど、自分の欠片を最優先に考えてほしい。
「シオン先生が黒翼だったり? 怪しまれるの防止の発言にも思えますよ」
軽口をたたいたリナールに、シオン先生は肩をすくめて返した。
「否定しても、どうにもできませんよね」
やっぱりこれだけの情報だと決められないのが実情か。プリシスも視線をちらりと動かして、それぞれの真意を探っているように見える。
「そうやってシオン先生に疑惑の目を向けようとするリナールが黒翼だったりして」
怪しまれるためのオレの言葉。おとしいれるようで心苦しいけど、真意は伝わってくれ。
「まさか」
オレの言葉を気にする様子もなく、リナールはおちゃらけて返すだけだった。
『はーい、投票タイム!』
結局まともに討論できないまま、最初の時間を終えてしまった。オレの行動がどう動いたかだな。
『ルールでわかったと思うけど、複数に1票ずつ投票できる。票を集めた上位を括る。投票したい人を好きなだけイメージしてね。票数が同一だったら、決選投票』
複数人に投票できるのか。決選投票があるなら、4人全員に1票投じても無意味だ。流れでオレに票が集まったらいいけど。
「複数を括れるんだよね? 決戦ってなにさ」
ただでさえ丸い瞳をもっと丸くして質問を投げかけたリナール。
複数の人を括る必要があるなら、同一票の人全員を括るのが自然とも考えられる。
『人数的に、4位決定戦とかは必要そーじゃん。それとも決選投票をなくして、票を集めた人全員を括っちゃう?』
5人で1票ずつなら、4位は1票とかになるような。同率4位になる確率は高そうだ。
「ふざけないで! 決選投票するに決まっているわ!」
決選投票をしないで括ったら、4人以上括ることになって勝利はない。『白翼側が勝てなくなる』って意味では、オレにとっては反対する理由はなかったけど。
ここで『決選投票をしなくていい』って意見は、空気を壊す。オレが白翼と主張できるチャンスでもあるけど、トゥアリの怒りもあるし控えよう。
「決選投票を含めた上位3人を括るの?」
小首を傾げるリナールは、どうにかルールを理解しようと励んでいる様子だ。
これを見ると『本当にゲームが得意なのか』とよぎってしまう。単純なルールのゲームが得意だったのか?
『おっけー、理解した? したら、さっさと投票しろ』
急かす声に、トゥアリはぴくりと眉を動かした。こらえたのか、言葉には出さなかったけど。
リナールはこめかみに指をそえて、熟考している様子だ。脳にあるのはルールの整理なのか、誰に投票するべきかの思案なのか。
シオン先生も視線を床に落として、珍しく悩んでいる様子だった。複数人を選べるから、考えるべきことも多くなっているんだ。
プリシスは不安げにうつむいたまま、なにをよぎらせているのかつかめない。
オレも、投票しないと。
オレに票が集まらなかったら、このターンで白翼が勝利する可能性も捨てきれない。考えて、白翼らしい人に投票するべきだ。
とは結論づいても、わからないから討論も難航したんだ。あの内容だと、推測すらできない。
トゥアリが『決選投票をやらない』的話の際に声を荒らげたのは、自分が白翼だったから? 黒翼と騎士だけ括らないと、白翼の勝利がないから? いや、白翼と思わせて錯乱させて、黒翼の勝利を狙う黒翼側の可能性もあるか?
思えば、プリシスは明確に『白翼』の単語は使わなかった。『あたしも』と言っただけで。
本当は黒翼だったからか? 黒翼に味方する騎士だったからか?
もしかしたら、そうだったのかもしれない。
今はその可能性に賭けて、シオン先生、リナール、トゥアリに投じよう。
『最初に括られるのは、4票を集めたトゥアリ!』
全員の票を集めたのか。
心外だったのか、トゥアリは眉間にシワを寄せて不快をあらわにした。目立つ発言をするのは、票を集める結果につながりやすいんだな。証明された。
『同率3票のエオ、プリシス、シオンで決選投票! 決選投票は1人1票だけね』
目立つようにふるまったのに、同率がこんなにいるのか。プリシスまでいるし。
「僕たちも参加していいんですか?」
『当然。ただでさえ人数が少ないんだから、休ませる余裕はないよ』
5人しかいない環境で3人を選出するとなったら、4分の3だ。票がばらけないでこうなるのは仕方ないか。
この3人だと、シオン先生だな。さっきプリシスに投じなかったのに、決選投票でいれるってのもおかしいし。
『括られるのは、2票ずつ集めたプリシスとシオンに決定!』
まさかオレが漏れた。結構目立つ行動をしたと思ったのに。それが逆に作用したのか?
括られたのは、プリシスとシオン先生とトゥアリ。この3人が黒翼だったら、オレとリナールの白翼側の勝利になる。リナールにとっては初の欠片だけど、プリシスたちが欠片を入手できないことになる。
リナールには悪いけど、ここはハズレであってほしい。
『最後に騎士のターン。翼を知りたい人を1人イメージね』
これがあるから、次のターンはさっきより実のある討論になると思う。次のターンがあればだけど。
祈る思いで、沈黙の時間をすごす。
リナールは結果が気にかかるのか、視線がちらちらと動いている。欠片を手にできるかの瀬戸際だもんな。『ハズレであれ』と願ったことに心が傷んだ。
この中の誰かが、騎士として誰かの翼を閲覧している。それがどう影響するのか。
『第2ターンの討論、スタート!』
声は、ゲームの続行を告げた。
「間違っていたんだな」
安息の息を吐きつつ発する。
3人の中に、白翼がまじっていた。オレが白翼で、5人という人数の関係上、括られた中の2人は黒翼か騎士だったんだろうけど。
「騎士の人、どんな結果を見たのかしら?」
トゥアリの言葉に返される声はなかった。誰もがうかがうように視線を動かしているだけだ。
言うつもりはない。あるいは言えないのか。
「答えがもらえないなら、討論が進まないよね」
リナールも退屈そうに表情を曇らせる。
騎士が誰を見て、どの翼だったか。教えてもらえたら有益だ。同時に、自身が『黒翼の味方をする騎士』だと明かすことになる諸刃の剣。
『白翼』と知った人をおとしいれて括られるようにする。『黒翼』と知った人を括られないようにする。それが騎士の安全な立ち回りだ。
オレ以外は、欠片を欲している。黒翼側の勝利のために、騎士と明かさないで動くのが自然か。
「一応言うけど、オレは本当に白翼だから」
この主張に意味があるかはわからないけど。言えば言うほど、黒翼っぽく見えるのか? 決選投票で漏れたから、きっと白翼と思われてはいるよな?
「先生は白翼……なんですか?」
向けられたプリシスに光る、不安に震える瞳。弱々しい中に決意をかすめとれた。
「そうだよ」
「……騎士も白翼、なんですよね? 先生は……騎士、なんじゃないですか?」
突然の言葉に、心臓が跳ねた。
核心をつかれたわけではないのに、予想外のことを意外な人に言われたら驚きもする。今まで積極的な発言をしなかったのに、どうしたんだ?
「あら、反旗?」
おもしろそうにくすりと笑うトゥアリをよそに、オレはプリシスから視線を離せなくなっていた。うるおった瞳はまっすぐオレを見続けて、訴えかけるような心すら感じる。
「それを言ったら、全員騎士疑惑だよ?」
白翼でも騎士と疑われるなら、そうなる。リナールの言葉を聞いても、プリシスはオレから視線を外さなかった。
「いえっ……先生は騎士、です。直感で……そう思うんですっ」
主張を曲げないプリシスを前に、よぎった。
プリシスが欠片を手にするためにも、オレをおとしいれても構わない。一緒に生きて帰ろう。
あの約束が、プリシスを動かしてこの言葉を言わせているんだ。
2ターン目に動き始めるなんて、遅いぞ。今になって行動を始めた理由があるのか?
その前に、プリシスの翼はどっちだ?
オレが騎士だと疑ってかかる理由。
オレを括って、勝利を狙っている? 白翼のオレを括ったら、白翼の勝利にはつながらない。
不安を隠せないながらもまっすぐオレを見る瞳には、確信に近い感情をかすめとれた。
オレを騎士に転がせば、プリシスは勝てるとでも言いたそうな。
プリシスは、黒翼側?
黒翼側のプリシスが、オレを騎士と決めつけているとしたら?
わかった。
プリシスが騎士なんだ。
さっきのターン終わりに、オレの翼を見たんだ。オレが白翼だと確信して、生き残る約束のためにこの行動をさせたんだ。
白翼のオレが括られたら、白翼側が勝利することはない。プリシスのいる黒翼側が勝利して、欠片を手にできる。
仲間の白翼には申し訳ないけど、黒翼側が勝利したら3人が欠片を入手できる。白翼側より勝者が多い。選ぶ道が決まった。
「直感で言われてもな」
どう返すせば疑われるかわからなくて、曖昧に返す。
「ごめん、なさい」
「いや、いいんだけどさ」
しゅんとしたプリシスに、優しく弁解する。本人からしたら決死の言葉だっただろうし、もっとおだやかに返すべきだった。
シオン先生も、心配を送るようにプリシスを見つめた。言葉こそないけど、プリシスらしからぬ発言に内心は驚いているのか?
「直感を信じるにしても、他に黒翼がいるんだよね? わからないと、どうにもできないよ」
くりっとした瞳を動かして語るリナール。プリシスが騎士なら、残った3人が黒翼と白翼。誰になるんだ? リナールはどっちだ?
「私は白翼よ。私を括ったから、さっきは失敗したの。さっきと同じ2人で、私をエオに変えたらクリアできるんじゃないかしら?」
「あたしは……違う」
絶え絶えのプリシスの反論は、ウソをつく罪悪感からか。
騎士のプリシスは本来、括るべき存在だ。でもこの流れは、使える。
「そう思うなら、それで投票すればいいだろ」
売り言葉に買い言葉を装って返す。
「あら、いいのかしら?」
トゥアリに向けられた、勝ち誇った笑み。
さっきの決選投票でオレにいれたのは、トゥアリだったのかもな。最後に逃した悔しさが、この態度につながっているのかもしれない、
「後悔するのは、そっちだからな」
白翼のオレも一緒に括られたら、白翼側が勝利することはない。プリシスに勝利を、欠片をあげられる。
プリシスの『違う』の言葉を踏みにじっているようで、もう1人の白翼の欠片の入手機会を壊すことになって心は痛むけど、勝利のためだから腹を括るしかない。
「白翼側の意見を言わせていただきますと、それはやってほしくはないのですが」
「なら、誰が黒翼だとお思いになって?」
トゥアリの責めに、シオン先生は困ったように視線を泳がせた。
「僕以外の誰か、としかわかりません」
『はーい、投票だよー!』
ここにきての投票タイム。
この流れ、どう投票に影響するか。プリシスの言葉の意味に、他の人は気づいたのか。
気づいたとしたら、白翼の人はオレに票はいれないよな。でも黒翼がオレに投じると考えると、オレが括られるのは必至。
結果はどうであれ、オレも投票には参加しないと。
黒翼側であるプリシス以外の、シオン先生、リナール、トゥアリに投票。最終ターンもこれで進めたら、黒翼側のプリシスたちを勝たせられるはず。
『結果は、4票集めたエオ、プリシス、リナール!』
よし、括られた。これでこのターンも勝利は訪れない。プリシスたちの勝利まで、あと1ターン。
『騎士の時間だよー』
プリシスに視線を送る。次は誰を調べるんだ? プリシスの視線が一瞬トゥアリに動いたのは、そんな意味だったのか。
『きたよ、最後のターン! 白翼の運命やいかに!?』
わかっていたけど、回ってきたターンに安心する。
最後。ここをしのげたら、プリシスたちに欠片を与えられる。オレの疑念がぬぐえないようにふるまうのが賢明だ。
「少し、いいですか?」
真っ先に発話したシオン先生に、視線が集まる。
「なにかしら?」
「3人を括るのは、白翼に不利なルールに思えます。ヒントもなしに、チャンスもたった3回です」
負けることしか考えていなかったけど、よく考えるとそうかもな。
吸血鬼ゲームは括るのは1人だったから、最大でも5回で正解にたどりつけた。でも今回、括るべき人は5人中3人。当てられる確率は吸血鬼ゲームよりぐっとさがる。
「今まで何回、黒翼や騎士を括れていたかの公表を願えませんか?」
それは主催者に当てた言葉だった。こんな意見をするからには、シオン先生は本当に白翼なのか?
『知りたいの?』
「ぜひ、お願いします」
白翼側の勝利には必要な情報。だからか、プリシスの表情は一瞬暗くなったように見えた。
『知らないほーがいーかもよ』
返されたのは、含みのある言葉だった。
「吸血鬼ゲームとは違うのよ。それくらいしてはもらわないと勝てるわけがないわ」
「最後だし、ヒントちょうだいよ」
トゥアリとリナールも続く。白翼だからこそなのか、白翼を装っての同意なのか。この中に2人の黒翼がいるのに、演技力を前に推測はできない。
『わがままだなぁ。わかった、黒翼だけなら教えてもいいよ』
「ありがとうございます」
こんな相手にも笑顔でお礼を言えるなんて、シオン先生らしい。低姿勢な態度に出ることで、相手の機嫌を損ねないようにしているのかもな。
オレとしては悔しいけど、荒らげたって魔法を使われるだけ。わかっているから、なにもできない。シオン先生だって同じ気持ち。悔しくても耐えているんだ。
『黒翼を括れた回数は……1回、だよ!』
告げられた言葉に、思わず声が漏れかけた。
1回。それだけ?
最初に括られたのは、プリシスとシオン先生とトゥアリ。
次のターンで括られたのは、オレとプリシスとリナール。
「おかしい、だろ」
全員が1回以上括られている。それなのに『黒翼が括られたのは1回』なんて、計算があわない。
『だから言ったのに』
愉快な笑い声が脳に響く。
困惑は同じなのか、全員の視線がちらちらとうかがうように動いている。
冷静に考えよう。
白翼と黒翼、黒翼の仲間の騎士がいる。
今までで全員1回以上括られているのに、黒翼が括られた回数は1回。
オレは白翼、プリシスは騎士だからカウントはされない。
シオン先生やリナール、トゥアリが黒翼だったとしたら、1回の計算はあう。だけど、もう1人の黒翼は誰になる?
「そういうことでしたか」
混乱の沈黙を破ったのは、変わらない冷静さのシオン先生の声だった。
「なにかわかったの?」
この謎にも、困惑だけで思考する様子を見せなかったリナールが、ぱっと顔をあげてシオン先生を見た。
「白翼と黒翼の数は同数、でしたよね?」
『そうだよ』
最初のルールで、そんなことを言っていたな。
反復されたルールで、オレもつながった。
「だから『同数』か」
『何人』という指定ではなく、同数という単語を使った。
「えー……と、どういうこと?」
錠ゲームといい、頭を使うのは苦手なのか、リナールはあっさり答えを求めた。自分で考えることすらしていない印象だ。
「同数の白翼と黒翼がいる。残りが騎士」
シオン先生の発言でオレもこの結果にたどりつけたのに、オレが説明してもいいのか。
よぎったけど、シオン先生はリナールを見守っているだけから、オレが続けてもいいんだよな?
「うんうん」
「翼がわかる特別な能力がある騎士は、1人しかいないって思いこんでいた」
特別な能力を持つ人が多くいたら、ゲームバランスが悪くなる。その感情が、無意識に騎士の人数を最小に絞っていたんだ。
そこまで言ってようやくわかったのか、リナールはかすかに瞠目した。
「え……じゃあ、騎士は」
プリシスもわかっていなかったのか、驚きの声を漏らした。案外、にぶかったのか?
「黒翼は1人しかいなかった。騎士が3人いたんだよ」
それなら『黒翼は1回しか括れていない』の説明がつく。
白翼はオレ1人、黒翼は1人、騎士が3人いた。つまり、括るべき存在は4人いた。なのに今まで3人しか括っていなかったから、クリアにならなかった。
「『複数人に投票できる』と言っていましたが、ルールで『上位3人を括る』とは言っていませんでした。このためだったのですね」
思い返せば、そうだった。ぼかした表現をして、気づかれないようにしていたんだ。
他の4人はどう思ったかわからないけど、オレは括るべき4人はわかった。
だからこそ、オレは言う。
「オレは、騎士ではない白翼だ」
白翼はオレしかいないなら、白翼側の敗北に一切のデメリットはない。
オレの真意は伝わったよな?
『投票だよ!』
この時間。オレは、誰にいれればいい?
オレ以外の全員が黒翼側とわかった以上、誰を選んでも当たりだ。誰にもいれないってのはできないのか? オレに投票できるなら、それが早いだろうけど。
できる、のか? 今まで『できない』とばかり思って、やりもしなかったけど。冒険準備ゲームでリナールは自身に投票できていた。だったら、このゲームだって。
オレに票を投じるイメージをしたら、はじかれなかった。
できた、のか。最初からやればよかった。
残りを、どうするかだな。
……待て、複数人に投票できると言われたけど、複数人に投票しろとは言われていない。1票だけでも問題ないんじゃないか?
そうなる、よな。よし、オレは投票を終える!
『結果は……』
「待って」
投票結果を告げようとした声を遮る。真意が読めなかったのか、プリシスの視線がぴくりと向けられた。
「最後に括るのは、上位1人だけにしてくれ」
『上位3人を括る』というルールがなかったから、この願いは届くよな。
『いーの?』
「いいよな?」
一応、確認をとる。勝手な行動は輪を乱すし。
「先生が望むなら……いい、です」
まだ真意はつかめていない様子だけど、プリシスはオレを信頼してくれたみたいだ。
「賛成よ」
「うちもそれで」
当然ながら賛成を得られた。仮に1位がオレでなくても、黒翼側が4人いるとわかった今。誰が括られようと黒翼側の勝利だもんな。
「……エオの考えなら、尊重します」
完全な納得を見せないながらも、シオン先生も賛同をくれた。
これで黒翼側の勝利。4人が欠片を入手できる。
『結果はー……ぶっちぎりの票を集めたエオ!』
よかった、真意は伝わっていた。
心の重荷がおりて、笑みが漏れる。プリシスは言いたげな様子でオレを見ていたけど、言葉には出さなかった。
『最後だし、騎士のターンは省略』
ここまできたら、誰が黒翼なのかは問題ではないもんな。
『残念ながら、エオは黒翼ではなかったみたいだ。黒翼側の勝利!』
終わった安息と、勝たせてあげられた喜びのまま拍手をする。
「おめでとう」
「なんか……ごめんよ」
リナールに軽く頭をさげられた。垂れた眉からは、小さな罪悪感を感じさせる。
「4人が勝てて、よかったよ」
これはオレの本心だ。4ゲーム目にして、やっと最高の結果を得られた。
「ごめんなさい、あたし……」
駆け寄ったプリシスの瞳には、涙が浮かんでいる。『騎士』と疑ったことが心に刺さっているんだ。
「勝ってくれてうれしいよ。約束を守ってくれて、ありがとな」
プリシスにも、本心を伝える。こう言えば、罪悪感を少しは消せるだろうし。功を奏したのか、プリシスの口角がかすかにあがった。
「こんなことをしていただいて、申し訳ないです」
シオン先生からも言葉を投げられた。たたえられる笑みはなくて、本当に申し訳なさが伝わる。
「救いあうのは当然です」
数えきれないほどお世話になったシオン先生に恩返しができてよかった。本当は、こんな場所で済ませたくなかったけど。少しでも成長した姿を見せて、教師として指導してくれたシオン先生を安心させられるようになろう。
「でも、このルールはどうなの? 黒翼側だったからいいけど、納得できる内容ではないわ」
トゥアリだけは、他のことが気になっている様子だ。今回のゲームのルールか。オレ以外の人が白翼側だったら、理不尽にしか感じられなかったよな。
「ルール上は問題はないと思います。『同数の白翼と黒翼』を、こちらが勝手に解釈しただけなので」
「だとしても! 上位3人が括られる以上、そう思わせにかかっているわ!」
「そこだけど、な」
声を荒らげたトゥアリと対比のように小さく漏らして、リナールを横目で見る。
「こっちがそう指定したんじゃないか?」
「してないわよ!」
親の敵のようにトゥアリににらまれて、内心萎縮する。オレではないからな。この流れで名指しするのは心苦しいけど。
「リナール……が」
「うぇっ!? してないしてない!」
リナールからしても意外だったのか、明らかに困惑を見せて両手をばたばたと振った。トゥアリの鋭い眼光にとらわれて、動きは石化したかのようにとまったけど。
「リナールさ、ルール説明の際に『決選投票を含めた上位3人を括るのか』って聞いただろ?」
「えー……と、記憶にございませ――」
「しっかり話しなさい!」
ごまかそうとしたリナールの声は、トゥアリに喝破された。苦手意識がちらついたのか、リナールの体はゼリーのように震えている。
「あったと言われたら、認めるしかなかったり……?」
自信はなさそうだから、本当に覚えていないのか? 難解なルールが苦手なだけでなく、記憶力もゆるいのか? 無意識での質問だと、記憶にも残りにくいか。
「返された声が『おっけー』だったんだよな」
文脈的に『リナールがルールを理解したか確認した返事』にも思える。でも、隠されたもう1つの意味があったんじゃないか?
「『上位3人を括ることに同意した』って意味の『おっけー』だったんじゃないか?」
それなら上位3人が括られたことも説明できる。他に上位3人を括る理由になるようなことは思い当たらない。
「完全、うちのせいですか!?」
示された可能性に、リナールは目を白黒させた。
「余計なことをっ――」
「ごめんなさいごめんなさいっ」
トゥアリに強くにらみつけられて小さくなる姿は、とても痛々しい。トゥアリの前では言うべきではなかった、か?
言うべきタイミングを間違えたかとよぎったオレの前で、プリシス、シオン先生、リナール、トゥアリの首輪に欠片が輝いた。
「あっ……」
首輪に手をそえて、プリシスは2個目の欠片の感触を確認した。
「先生っ」
はずんだ声が耳に届く。その瞳にあるうるおいは、不安や恐怖からのものではない。自然に作られたほころびは、オレにも安心を届けてくれる。
「あと1個、だな」
プリシスも生存の道に近づけた。あと1個。ゴールは手の届く場所にある。
「先生のおかげ、です。本当に……ごめんなさい」
その謝罪は、さっきのゲームでの行動からだよな。驚きはしたけど、怒ってはいないよ。
「この調子で、オレをハメ続けろ」
明るく笑って、軽口を返す。少しはなごめたのか、プリシスから小さく笑いが漏れた。
「自己犠牲はよくないですよ」
オレに注意したシオン先生の首輪にも、2個の欠片の輝きがある。
「プリシスが生き残ってくれるんです。自己を犠牲になんてしていません」
生徒のために動くのが教師のつとめ。そこに払う犠牲なんてない。
「心配、ありがとうございます。次のゲームも全力で動きますから」
一気に4人が欠片を入手できた。この調子で進められたら、全員が欠片を3個入手できる。
プリシスとシオン先生が残り1個、リナールとトゥアリは残り2個の欠片を集めればいい。
3個の欠片を集められた人は、不足した人に協力できる。より集めやすくなる。
きっと、全員助かる。
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