第3ゲーム
『3つの鍵と5つの錠ゲーム、始めるよ!』
また声が響いてきた。
3種目のゲーム。全員が欠片を3個入手できる、1種目のゲームは1人しか欠片を入手できないルールだった関係上、これが最終ゲームではないとは推測できる。
告げられたゲームの開始に、さっきまで笑みのあったプリシスから不安がにじみ出る。極力そばにいて、恐怖を強めないように配慮した。
『1人ずつランダムに、3色の鍵と5種の穴を持つ錠を配る。それぞれの鍵と錠には効果がある』
「どんな効果?」
『見ればわかるよ』
こんなヤツが開催するゲームだ。悪い効果がなければいいけど。
『自分の持つ鍵を使って、別の人の錠を開ける。その際、その人に1回だけ質問できるよ。同じ人が同じ質問をすること、ウソは禁止ね。明確な答えになるのもNG。NG質問は無効になって、質問権を消失しまーす』
聞き逃さないように、誰もが集中してルールを聞いている。プリシスもこの状況になれてきたのか、強い不安は感じられない。コウモリから解放されたのも強いのかもな。
『使った鍵、錠によってポイントが増減。最終的にポイントがトップだった人が欠片をゲット』
「ここも1人しか欠片を入手できないのか?」
だとしたら、今後の展開が心配になる。本当に全員が欠片を3個入手できる可能性はあるのか? その言葉を信じていいのか?
『同率1位なら、1位全員に欠片をあげちゃうよ』
「『1位の人のポイントが同じ』という意味ですか?」
『そう』
『それならよかった』と手放しで思えるわけがない。
5人全員が同じポイントで終えるなんて、ゲームの内容にもよるだろうけど困難そうだ。そもそも、可能な設定になっているのかも怪しい。
「ゲーム開始時のポイントは全員同じか?」
これが違うなら、同率1位はより困難になる。
『5人全員、0ポイントからスタート』
それでも同率1位というハードルは、そう簡単に安心を作ってはくれない。
『ポイントを明かすのは禁止ね』
協力して同率1位もやりにくくなるな。同率1位の道はどんどん困難に見えてきた。
『全員が鍵を使いきったら終わり。その際のポイントトップが勝者ね』
つまり、3ターンで終了か。
「自分の錠がなくなったらどうなりますか?」
『メリットもデメリットもないよ。同じ人を連続指名して錠を皆無にしても無意味』
錠がなくなったらポイント増減とかはないのか。指名する相手を慎重に選ぶ必要はないな。
『鍵と錠、配るよー。なにを持っているか言うのも、リアクションすんのも禁忌だから』
脳内に赤色の鍵、青色の鍵、緑色の鍵、そして5つの錠がぼわりと浮かんだ。錠の穴は丸、四角、三角、星型、ハートとすべて違う。それぞれに文字も浮かんでいる。
赤色の鍵は『ポイント半減』。青色の鍵は『ポイント倍』。緑色の鍵は『錠所持者の錠穴効果が鍵使用者のみランダムでわかる』。
丸い穴の錠は『錠所持者のポイントが鍵使用者のみわかる』。四角い穴の錠は『誰かのポイントが鍵使用者のみわかる。そのポイントが誰のものかはわからない』。三角の穴の錠は『300Pゲット』。星型の穴の錠は『100Pダウン』。ハートの穴の錠は『200P強奪』。
これが鍵や穴の効果か。鬼畜な内容はない。ひとまず安心だ。
『鍵、錠の効果両方、鍵の使用者に発動するからね。誤解なきように』
三角の穴の錠を開けられても、オレのポイントに変動はないってことだな。
イメージの中に『0P』の文字も見える。今のオレのポイントか。
「うー、ややこしいな」
大量の文字は苦手なのか、リナールは頭を抱えている。
「こんなものもあるのですね」
浮かぶ文字に集中するためか、シオン先生はまぶたを閉じている。
プリシスは不安を想起させたかのように、瞳を小刻みに震わせていた。吸血鬼ゲーム終了時の笑みは、一切見られない。ゲームが始まったせいもあるのか?
「怖い?」
優しく声をかけたら、びくりと動いた体がオレに向いた。恐怖の抜けない瞳にとらえられる。
「大、丈夫です。励み、ましょう」
震えまじりの声だった。指摘はしないで、力強く賛同を返す。この態度で、少しでもプリシスを安心させられるように。
『始めるよー。じゃー……エオから、プリシス、シオン、リナール、トゥアリの順番で』
オレからか。初手が今後の流れを左右するかもしれない。まだルールもなじんでいないし、余計に慎重にならないと。
「まずは、鍵を選ぶんだっけ?」
『そう。相手を先に選んでからでも問題ないけど』
「イメージ? 発話?」
使う鍵の色を相手にバラしてもいいのか。そこすらわからない。
『どっちでも。相手にはどーせ色しかわかんないし』
つまり鍵の色と効果は、それぞれ異なるのか。『ランダム』って言っていたし、そうなるか。
最初に選ぶ鍵。ポイント倍、半減、錠の効果がわかる。どれがいい?
これからどうなるかわからないし、念のためにポイント倍の鍵でポイントゲットを狙ったほうがいいか? 錠にはポイントダウンとか、強奪とかあるし。
「青い鍵を使う」
ポイント倍の効果がある、青い鍵。
『次は誰かを選ぶ。その人に質問をして、開ける錠を選ぶ。イメージすれば、その人の残りの錠が見られるよ。これも発話OK』
「質問してから、別の人の錠を開けるのは?」
『認められない』
質問結果が悪かったら、別の人に変更はできないのか。つまり、誰を選ぶかは慎重に。
初回だし、誰もがいい条件の錠を持っているはず。誰でもいいよな。質問にウソ回答は禁止されているし、全員が信頼に足る返答しかしない。
全員の注目を集めるオレに、不安のまなざしを送っているプリシスを見返す。最初にプリシスを選んで、このゲームになれさせるべきかな。
ウソは禁止で、ウソをついたら『ザシュッと』される。明確な意味は不明だけど、この相手だし、いい意味ではないのは確実。
なれないプリシスが誰かに指定されたら。不安にのまれて、無意識にウソを言う懸念がある。その瞬間に、プリシスは。
だからこそ、最初をもらったオレがプリシスを選ぶべきだ。
「プリシス、いいか?」
「は、はいっ」
声をかけただけにしては、大きめな反応を示された。緊張もあるのか?
まさかオレに指名されるとは思っていなかったか? 極力プリシスをゲームから離して、そっとしておくと思われていたのかもな。オレの真意には気づいていなさそうだ。
ぎこちなく体を動かすプリシスに、小さく笑って点頭する。安心しろ、悪意はない。そう伝わるように。
オレと同じ構成の5つの錠が脳に浮かぶ。これがプリシスの錠。
質問か。
直接的なのは禁止だったから『ポイントが得られる穴は?』とかは無理だよな。それ以外で、ポイントが稼げる穴を推定できる質問。
プリシスを見る。
不安を隠せない瞳は、オレをまっすぐと見つめている。
『勝って』と言ってくれて、オレを信頼してくれた。そんなプリシスだ。
「オレに開けてほしい錠は?」
この質問で、ポイントの稼げる穴を見つけられるはずだ。
小さく瞠目したプリシスは、瞳を小刻みにころころ動かした。錠に浮かぶ文字を探っているんだと思う。
「丸い穴、です」
オレに選んでほしい穴。それはポイントがもらえる穴だと思っていい。
「なら、丸い穴を開ける」
声と同時に、脳内の丸い穴の錠に青い鍵が刺さる。緊張が走る中、錠前が開いた。
『500P獲得』の文字が浮かぶ。その隣に青い鍵が表示されて『鍵効果 ポイント倍』の文字と『×2』と表示された。隅の『0P』の表示が『1000P』になる。
プリシスの丸い穴は『500Pゲット』だったのか。1000P獲得か。ポイント倍化の鍵を使ってよかった。
プリシスの口元は、かすかにゆるんでいた。オレのポイントゲットに安心しているのか?
改めて、オレの錠を見る。500Pゲットどころか、500Pの数値すらない。数値は人によって違うのか。
この条件だと、相手のポイントがわかる効果を駆使しても同率1位が狙えるのか微妙だ。同率1位は困難だな。
それでも、諦めたくはない。推測すれば、可能性はあるかもしれない。全員のやりとりも見逃さないようにしよう。
『次、プリシス。同じ流れで』
「はい……」
気弱な返事をしたプリシスは、うかがうように見回した。誰を選ぶかを決めてから、鍵を選択するのか?
「……先生、いいですか?」
不安げな瞳は、オレでとまった。
「了解」
相手になるから、少しでも早くゲームになれてくれ。
「あ……鍵は、青色を使います」
オレをじっと見るプリシスの脳には、オレの持つ5つの錠が浮かんでいるんだろう。
「えと……安全な穴を教えてほしい、です」
安全な穴か。
オレは1000Pあるし、プリシスに少しでもポイントを稼いでほしい。同率1位のためにも、ポイントは欠かせない。
となると、300Pゲットの三角の穴だな。
『違うよ』
声になる寸前、脳内に響いた。ルール説明とかで散々聞いてきた声と同じだ。
『他に安全なの、あるでしょ?』
『どうして?』と聞きたいけど、声にはならなかった。
プリシスはぽつりとたたずんでいるだけだった。おびえが強くなっていないから、この声はオレにだけ聞こえているのか?
横目で見ても、シオン先生たちに気にかかる様子はない。シオン先生たちだと、声程度で反応しなくなっていそうだけど。
『ポイントをゲットしたら、他の人に恨まれちゃうかもしれないよ? 安全とは言えないなぁ』
声に出せなくても、相手には伝わっているのか。とことん支配されてやがる。
ポイントゲット系はいけないのかよ。
『そう。ポイントの増減のない穴を答えるのが正解』
ポイント増減のない穴。
穴所持者のポイントがわかる丸い穴。誰かのポイントがわかる四角い穴の2つだ。
プリシスは、オレの答えに従って穴を開けるよな。
『該当する穴はない』と答えようとしても、さっきみたいに声にとめられる。
ポイントをあげたいのに、できないなんて。
「……四角だよ」
悔しいけど、そう言うしかない。支配された状況では、ルールに逆らえない。
オレのポイントを教えられる丸い穴は、同率1位を狙う過程で使える。プリシスはオレのポイントを把握できているから、丸い穴はまだ残すべきだ。倍加の鍵を使ったことは知らないだろうけど、オレの1000Pを今把握してもプリシスの役には立てないと思う。
「では、四角を開けます」
オレのイメージから、四角い穴の錠が消えた。
丸い穴を開けさせて、オレに1000Pあると知らせて安心させるほうがプリシスにはよかったか? よぎったけど、もう遅い。
拍子抜けしたようなプリシスを前に、内心謝罪をするしかなかった。
「僕は、青い鍵を使います。トゥアリさん、いいですか?」
「どうぞ」
シオン先生のターンで、オレは完全なる傍観者になった。ポイントの流れが一切わからない。表情だけでどれだけ探れるか。
「質問です。選ばれたくない穴はありますか?」
ポイントダウンをさける狙いか? 全員0Pのまま終わらせられるなら、それがよかったんだろうな。5つの錠の3つにポイント増減効果がある以上、できない。
「……三角、かしら」
オレが答えるなら、ポイントダウンとか、強奪系の穴だな。トゥアリが選んだのも、きっとそれ系だよな。
「そうですね。では……丸い穴を開けさせていただきます」
脳内で広がるイメージは、どんな光景なのか。笑みを絶やさなかったシオン先生を前に、結果はうかがえない。
「ついにきた、うちの番」
回ってきたターンに、リナールは両手で頭をかいた。ルール説明の際から、弱った様子を見せていた。1個も欠片を手にできていない焦りもあるのか?
「緑っ! 緑を使うよ」
ご丁寧に、鍵を持つような仕草を見せた。余裕、あったのか? ころころ動く様子は、どっちなのか真意をつかませない。
「誰にしようかな……」
見定めるような視線に1回もトゥアリが入らなかったように見えたのは、気のせいだったのか。
「よし、素直そうなプリシスに決めた!」
指名されて、プリシスの体は反応を示した。緊張を隠せていない。
オレ以外の人を初めて相手にするプリシス。今までのゲームでも積極的な発言はしてこなかったから、実質初絡みとも言える。
緊張しすぎるなよ。うっかりウソを言うなよ。静観を装うオレの内心は、消えない心配が駆けめぐる。
「えっと……ポイントがもらえる穴はある?」
リナールはよく考えないで行動しているのか? さっきのオレの質問と行動で『ポイントがもらえる穴は既にない』ってわかるだろ。もっと慎重に動いてくれよ。
無策としか思えないリナールの行動を前に、同率1位がまた遠ざかったように感じられた。
「あり、ます」
たどたどしいプリシスの返答で、思考は遮られる。
オレがさっき選んだのに、ポイントゲットの穴がまだある?
疑問は、自分の錠を見て解決する。ポイント強奪の穴をそう呼んでいるだけか。
「どれかなー……よし、ハートに決めた!」
笑顔の宣言のあと、リナールの動きがとまった。表情は変わらないけど、視線がよそに飛ぶ。錠を開けた結果に集中しているのか?
「赤い鍵。リナール、最もポイントが高い穴は?」
急かすような言葉に、リナールは動きを再開した。リナールには笑顔があって、悪い結果ではなかったと推定できる。
トゥアリがしたのは決定的な質問ではともよぎったけど、発言できた以上、ルール上は問題ないのか?
「それは……丸、のようです」
トゥアリ相手だからか、リナールの表情や口調はかすかに曇っている。ちらちら様子をうかがうような視線は、厳しい上司に呼び出しを食らった部下のようだ。
「丸を開けるわ」
瞬間、トゥアリの眉がぴくりと動いた。続いて、リナールに鋭い視線を向ける。逃れるように、リナールは素早く視線をそらした。
なにか、あったのか?
『次のターン、スタート!』
疑問を解消できないまま、オレの番が回ってきた。2人の様子は気にかかるけど、今は自分のことに集中だ。
オレはどうすればいい?
オレが手にした1000P。
プリシスは、オレからはポイントを入手できなかった。リナールに強奪の穴を開けられて、マイナスになっているかもしれない。
トゥアリの様子を見る限り、いい結果だったとは思えない。
オレの1000Pって、もしかして稼ぎすぎ? シオン先生やリナールのポイントは推測できないから、確信はないけど。
今回のターンは念のため、ポイントが増減しないように心がけよう。
残った鍵は、ポイント半減の赤い鍵と、穴の効果がわかる緑の鍵。赤い鍵を使うか。
「赤い鍵を使うよ」
誰を選んで、どんな質問をして、どの穴を選ぶか。重要な選択だ。
ポイントゲットの穴が残されていないプリシスなら安全だけど。既に2回選ばれているし、少し休ませるべきか?
リナールとの様子を見る限り、一応なれてはくれたみたいだったし。無理をさせるのもよくないよな。
プリシスを選び続けて錠をなくさせて、完全に標的から外させる道もあるけど。残り2ターンで、オレが相手を選べるチャンスは2回。プリシスの錠は3つ。
このターンで誰もプリシスを選ばなかったら、最終ターンでオレが選んでも錠は残り1つにしかならない。この賭けに出るより、今回は休ませるほうが賢明だ。
「シオン先生、お願いします」
大切な局面だし、ここは信頼できる人に預けよう。
「わかりました」
ウソを認められていない状況とはいえ、見知った相手のほうが安心して信頼できる。精神衛生上もいい。
シオン先生相手なら、プリシスが見ていて感じる不安も小さくなりそうだし。やわらかに笑うシオン先生は、オレにも安心を届けてくれる。
次は質問。
さっきのトゥアリの質問を見るに、いけるのか?
「ポイントが変動しない穴は、どれですか?」
発言は制限されないで空間に羽ばたけた。
この質問をすることで『オレはポイントを必要としないほどに稼げた』と伝えられるかもしれない。
「ハートです」
この質問が通るなら、ポイント半減の鍵を残すべきだったか?
いや、最終ターンでポイントをさげる必要に迫られたら、半減鍵は足カセになった。この鍵を選んで、間違いはなかったはず。
「では、ハートの穴を開けさせていただきます」
錠の結果は『穴所持者のポイントがわかる』だった。ただ鍵の半減効果のせいで表示はされなかった。ポイント増減以外でも、鍵の効果は発動するのか。半減効果の鍵が1つしかないから、ポイント関係以外の錠を開けたら実質無効になるのかよ。そこは運ってわけか。
でも狙いのまま、ポイントの変動はなし。あとは残りのターンで、全員がポイントを稼いでくれるを祈るだけ。
ポイントを稼いでくれ。
エールを送る意味で向けた視線に、プリシスはぴっと背筋を伸ばした。まだ不安は抜けきっていないけど、少しずつしっかりできてきている。
「あ……シオン先生、いいですか? 赤い鍵、で」
オレと同じ相手を指定したのは、偶然だったのか。成長した様子を見せたかっただけ? 連続でオレを指定するのは、申し訳なさを感じたのか?
「よろしくお願いします」
やわらかな笑みに、プリシスの緊張も少しはほぐれた様子だった。シオン先生相手に安心できるのは、プリシスも同じ。人当たりのよさも、シオン先生を尊敬する要素の1つだ。
「え……あの、四角い穴を選んでいいですか?」
質問に達するまで、少し間が開いた。おびえた様子は弱かったけど、オレみたいに声にとめられていたりしたのか?
「申し訳ありませんが、承諾はしにくいです」
四角は選んでほしくないのか。どんな効果だったんだ? ポイントゲット系ではないとは推測できるけど。
ポイントダウンだったら、もっとハッキリ断るよな?
ポイント強奪か? プリシスにポイントは与えられるけど、自分のポイントはさがるから、その答えに合致する。
ポイントの増減がない穴だとしても、稼がないと同率1位になれないという意味では反対の理由になる。
確定はできないけど、絞れはした。
「丸い穴、を開けます」
シオン先生が小さく口を開いたけど、なにも発しなかった。声が制御されただけかもしれない。
錠を開けたプリシスの表情は、かすかに曇った。よくない穴を選んだのか?
最初のターンで、オレからポイントを稼げなかったプリシス。そして今、錠を開けて晴れない顔を見せた。
少なくとも、ポイントは稼げなかった。シオン先生の回答と考えると、ポイントダウン系は免れたとも思えるけど。
オレの1000Pとの開きは大きいように感じられる。次が最後のターンなのに、このままの流れはやばいか?
「緑の鍵で……エオ、よろしいですか?」
「はい」
プリシスは気にかかるけど、どうもしてあげられないのがもどかしい。今できるのは、最後のターンに向けて全員のポイントを探ること。
「質問は……そうですね。ポイントが増える穴はありますか?」
ポイントを欲しているのか? それにしては外れた質問だ。
最初のターンで客観的には『プリシスにポイントゲットの穴を開けられた』と見えただろ。それでもオレを選んで、わざわざこの質問をするなんて。
プリシスの様子を見て、プリシスが開けたのはポイントゲット系の穴ではない。オレはまだポイントゲット系の穴が残っていると判断したのか?
「あります」
答えたオレは、ぴくりとプリシスに見られた。困惑をにじませる表情を前に、自らの失敗がよぎる。しまった、プリシスに誤解を与えたか?
オレから聞いた安全な穴を開けたのに、ポイントを手にできなかったプリシス。
オレの手元には、まだポイントがゲットできる穴がある事実。
『オレに裏切られた』と思わせたか?
ちらりと視線を送ったら、プリシスはうつむいて床を見ていた。なにかしらの思うところは与えてしまったな。『強奪系の錠が残っているんだ』と自己解決してくれたらいいけど。
「星の穴を開けさせていただきます」
危惧するオレの脳内から、100Pダウンの星の穴の錠が消えた。
ポイントを欲していたシオン先生に、100Pダウン。半減効果の鍵だったらマイナス50Pで済むけど、ハンパな数値になったら同率1位がより困難になりそうだ。
変わらないシオン先生の表情には、一体どれだけポイントが表示されているんだ?
「もー、またうち? わかんない! 青い鍵でトゥアリに突撃だよ」
トゥアリを選ぶとは意外だ。この行動に出るほど、リナールの脳はオーバーヒート状態か?
「少しは考えなさいよ」
あきれたトゥアリの発言には賛同だ。同率1位が困難そうなゲーム内容だけど、放棄してほしくはない。どうにか同率1位になれないか、模索の道を歩んでほしい。
「専門外。じゃあねー……ポイントダウン、残っている?」
リナールは完全に思考を放棄したのか、聞き届ける様子はなかった。落胆して諦めたようにはまでは見えないから、所持ポイントは悪くはないのか?
「残っているわ」
ぶっきらぼうな返事に、リナールはまぶたを閉じて指で空中を指した。一定のリズムで4点を移動する指は、どの錠を開けるかを天に託しているみたいだ。
「決めた! 三角!」
指がとまると同時に、高らかに叫んだ。無計画にしか見えない行動が奇跡を呼んでくれればいいんだか。
これにはさすがのシオン先生からも笑顔が消えた。元担任として、思う節もあったのか?
「どうなっても知らないわよ」
錠を開けたリナールは、視線を空中に投げたままぼんやりととまった。喜びも落胆もない表情。どんな効果だったんだ?
所持ポイントを探りたいのに、最初のターンからリナールの結果はかすみとれない。反応が薄いからには、良くも悪くもなかったのか?
相手を見届けたトゥアリはため息を吐いて、出直すように向き直った。
「青い鍵でプリシス。四角い穴は、ポイントゲットの穴かしら?」
とぎれなかった言葉を前に、プリシスはあたふたとした。急だったからか、不安は強まらなかったみたいだ。他の人に指名されていた効果もあったのか?
「えっと、あの……」
パクパクと口は動かされるけど、声にはならない。少しの間のあと。
「答えられない、です」
トゥアリの強い視線から逃れるように、瞳をよそに向けての言葉だった。
答えられない。
直接的な質問だったし、答えられないように操作されたのか?
満足いく結果を得られなかったせいか、トゥアリの眉はぴくりとつりあがる。
「四角でいいわ」
プリシスは小さく口を開けたけど、言葉にはならなかった。
結果を見届けたトゥアリに、大きな変化はない。軽く唇をかんだ様子だけはうかがえた。
最初のターンといい、トゥアリの様子も気にかかる。いいポイントを得られていないように感じてしまう。
次はオレか。
全員の結果はよくなさそうだし、ポイントをさげにかかるべきか?
『最終ターンを前に、特別発表!』
脳内に声が響いた。一同を見る限り、全員に聞こえてるみたいだ。
『今の時点での最高ポイント、最低ポイントを教えちゃうよ』
「なによ」
トゥアリは強気な態度だったけど、眉間のシワが深くなって。焦りを感じられたのは気のせいか?
『最後の指針になるでしょ? 完全クローズなんて、もりあがりに欠けるし』
少しでもわかるならありがたい。1000Pをどうするかが決められる。
『まず最高ポイントは……1000P!』
オレだ。今までの様子を見るに、同率1位がいるのかも怪しい。
にらむように最高ポイントを聞いたトゥアリを見るに、トゥアリのポイントはやっぱりよくないのか?
『そして残念最下位なポイントは……』
ここが重要だ。800Pとかなら、オレは現状維持でも、同率1位は狙えるかもしれない。どれだけポイントをさげるべきかの指針になる。
『驚異の-900P!』
予想をはるかに下回る数値に、思わず息をのみかけた。
この中の誰かが、そんなポイントになってしまっている? 今までの様子を見るに、誰だとしても納得はできる。
いや、重大なのは誰がマイナスなのかではない。この開きすぎたポイント差をどう縮めるかだ。
最後のターンにして、このポイント差。最初からカスミのようだった同率1位の夢が、どんどん遠くなっていく。
ここから立て直しは可能か?
-900Pの人は誰かの500Pゲットの錠と倍効果鍵を使って、やっとマイナスから抜け出して100Pになる。その間にオレがポイントをさげて、強奪もされれば可能性は皆無ではない?
どんな確率であれ、やるしかない。
最後のターン。オレは全力でポイントを減らす。
「緑の鍵を使うよ」
最後の選択。前のターンで半減の鍵を消費してよかった。残していたら、減らせるポイントも半減になっていた。ミスのようだった判断に救われた。
でも『錠所持者の錠穴効果をランダムでわかる』緑の鍵を最後まで残しても、意味ないんじゃないか? 前のターンで使ったら、判明した錠の効果を見て『さける』とか『開ける』とかの判断ができたよな。
オレは、最初のターンから判断を誤っていたのか? ポイントゲットより、緑の鍵で探るべきだった。
無意味な後悔から切り替えて。次は、誰を選ぶか。
強奪ではない、ポイントダウンが残っていそうな人。
強奪が残っていなさそうな人がいい。オレのポイントが増えるだけでなく、相手のポイントも奪ったら、状況は悪くなるだけだ。
プリシスはどうだ? オレがポイントゲットの穴を開けたから、もう残っていないはずだ。ただ、強奪が残ってる可能性は否定はできないか?
シオン先生は? 変動しない穴をオレが選んで、プリシスにも丸い穴を選ばれた。その際の2人の反応は晴れなかったから、いい穴ではなかったんだと思う。そう考えると、ポイントゲット系の穴は残っているか? 危険だ。
リナールは? 1回しか選ばれていなくて、まだ4つの錠が残っている。唯一開けたトゥアリは、その際の反応がひっかかる。悪い結果だったように感じる。ポイントダウン系は残っていないかもしれない。
トゥアリは? そうだ、シオン先生が『選ばれたくない穴』を質問していた。ポイントダウン系じゃないか?
まとまりかけた思考は、とぎれた。選ばれたくない穴と言われた三角の穴がなかったから。
さっきのリナールの適当選択で開けれられていたんだ。見えかけた光明が閉ざされる。
いや、開けたリナールは特に暗い表情にはなっていなかったよな? 選ばれたくなかった三角は強奪とかで、まだポイントダウンは残っているかもしれない。
強奪が残っていなくて、ポイントダウンがありそうなら。今の状況に最適だ。
「トゥアリ」
意を決して、その名を呼ぶ。
最後の選択似、否応なく緊張が走る。
「ポイントダウンの錠は……ある?」
『どれ?』と聞きたかったけど、防がれるよな。無効になるより、情報を得られるほうがいい。
「あるわ」
よかった。これで『ない』と返されたら、今までの思考はなんだったんだと落胆するしかない。
選べる錠は3つ。
四角い穴、星型の穴、ハートの穴。
どれがポイントダウンだ?
オレのポイントダウンは星型。そう考えると、星型はないか?
でもトゥアリは、冒険準備ゲームで3連続で泥になった運の持ち主だ。確率論は信用できない。
待て、ポイントダウンって、純粋なポイントダウンだよな? 強奪をポイントダウンって呼んでいるわけではないよな?
悩み出したらとまらない。どれだけ考えても、確信は得られるとは思えない。もっとストレートな質問をすればよかった。もう直感だ。
「星だ!」
オレと同じ星型に、純粋なポイントダウンが眠っていてくれ!
祈るオレの脳で、星型の錠が開けられて。表示されたのは『錠の所持者のポイントがわかる』だった。
3択に失敗。
これにはさすがに落胆を隠さずにはいられない。
残りの4人で、-900Pをオレと同率の1000Pにできるのか? それだけでなく、他の3人も1000Pを目指さないといけないのに。
『無理』がよぎったオレの脳に表示されたのは。
『トゥアリのハートの穴の錠の効果は200Pゲット』という表示。緑の鍵の効果か。
ポイントゲット、残っていたか。ハートを開けなくてよかった。危うく1200Pに伸ばすところだった。
ただの直感だったけど、さけられた自分をほめたくもなる。
小さな安心をくるんだ心に『-900P』の文字が浮かびあがった。
トゥアリの星型の錠の効果は『錠の所持者のポイントがわかる』だったんだ。この効果が発動したんだ。
-900P。
つまりこれは、トゥアリのポイント。
トゥアリが最下位だった!?
強気な態度を崩さないトゥアリに、そんな事情があるってのか? 『オレがトゥアリのポイントを知った』と周囲に悟られないための演技か?
最初のターンで不穏な態度をのぞかせたトゥアリ。あの際にここまでのポイントになる結果があったのか?
いや、トゥアリは『最もポイントが高いのは』と質問していたよな? どうして、この結果になる?
最も高い。もしかして『マイナス効果が高い錠』を答えられたのか? 『稼げるポイントが高い』とは聞いていない。可能性はある。
オレだってプリシスに『安全な錠』を聞かれた際、制御されてポイントゲット系を答えられなかった。リナールも圧があって、そう答えざるを得なかった可能性はある。
次のターンでトゥアリがポイントゲットを欲したのは、前のターンでのマイナスをどうにか埋めたかったから?
推測できたところで、もうどうにもできない。
すべての鍵を消費したオレにできるのは、オレが指名された際にポイントゲットや強奪の錠が選ばれるようにするだけ。
誰からも指名されなかったら『1000Pに追いついてくれ』と祈るしかできない。
「緑の鍵を……」
最後の選択を迷っているのか、プリシスはちらちらと周囲を見た。思い返すと、使う鍵の色の順番、プリシスと同じだったなとどうでもいいことがよぎった。
プリシスも今までの反応を見る限り、いい結果ではなさそうだ。最後に稼げることを祈るしかない。
オレは強奪錠を開けられるしか、ポイントをさげる方法がない。倍鍵で開けられたら、強奪されるポイントも400Pになるのか?
だとしたら、オレは600Pにできる。トゥアリが1500Pを稼げたら、同率1位にはなれる。
そんなにうまくいくか、だよな。
1回で1500Pを稼ぐには、1500Pの錠があるか、750Pの錠に倍の鍵を使うしかない。そんな高ポイント、ハンパな数値の錠はあるのか?
信じて、祈るしかない。
「リナールさん、いいですか?」
見知った人でない相手を指名するなんて、意外だ。人なつこいリナールなら、恐怖を感じないでいられるのか?
先の見えない結果を、固唾をのんで見守る。
「はーい」
最後の選択で、プリシスに笑顔が戻りますように。どこにいるのかもわからない神に、祈りを捧げる。
「……ポイントがもらえる穴はありますか?」
聞くからには、ポイントが少ないんだよな。『オレと同率1000Pではない』と確信できる質問だ。
「あるよ」
よかった、希望はつながった。
リナールに残された錠は四角の穴、三角の穴、星型の穴、ハートの穴の4つ。最低でも4分の1。
大丈夫だ。品行方正なプリシスだ。神に見放されないで、ポイントを得られる錠を選べる。
「三角……で、お願いします」
意を決したかのように、プリシスはきつくまぶたを閉じた。
プリシスが最後の鍵を使って、三角の穴の錠を開ける。
オレは祈る面持ちで見つめ続けたけど……プリシスの表情がゆるむことはなかった。
ゆっくりと開けられたプリシスのまぶたの奥の瞳は、かすかに曇っている。
『いい結果ではなかった』と推測できてしまった。『ポイントを得られなかった』とも見えてしまう。最悪、ポイントを失った可能性も。
倍になる鍵を使っていたら、最下位になった可能性すら考えられる。
貴重な最後のターン。全員で同率1位はぐんと遠のいた。
プリシスはオレ以上に落胆していると思う。このゲームでの欠片の入手が絶望的になって、恐怖がふつふつとわいているかもしれない。
オレがもっと計画的に動けていたら、こんな表情をさせないで済んだかもしれないのに。もどかしさのまま、両の拳を握りしめた。
「赤い鍵を。リナール、聞いてもいいですか?」
「はい」
シオン先生の前では、リナールの表情はきりっとする。生徒としての感覚が消えないのか?
「勝てる自信はありますか?」
シオン先生の質問は、このゲームとは関係ないと思える内容だった。最後のターンなのに、どうしてこんなことを聞くんだ?
もしかしてシオン先生も1000Pを所持していて、ポイントを増減させたくないのか?
だとしても、現状維持を狙える質問をするはずだ。シオン先生らしくない。オレには想定もできない考えがあるのか? シオン先生だから、そうだよな。
「……それは、今? 全体ですか?」
困惑のせいか、リナールの口調はかすかに曇った。表情にも、迷いがかすめとれるように感じられる。
「このゲーム全体で、です。最初のゲームといい、吸血鬼ゲームといい、今回といい、おざなりにしすぎではありませんか?」
思い返すと、そうだった。
最初のゲームではトゥアリに論破されて、自らに票を投じるように言って、リナール自身も自らに票を投じた。
吸血鬼ゲームではトゥアリを連続で襲撃して、人間側が勝てるように図った。その際に『ゲームは得意だから、以降のゲームがある』と言っていたのに、今この状態。
続くゲームがどんな内容かわからないから、仕方なかったとも思える。けど、だからこそ1戦1戦を大切にするべきではないか?
「いやー、かないませんね」
リナールは、ほろりと笑みをこぼした。
「全部、理想論ですよ。うちの勝利の裏で誰かが負けるのは嫌です。『ゲームが得意だからいける』ってのも、本心ではありますけど。苦手なゲームもあって」
「誰かさんのせいで私は負けたけど?」
リナールをにらむ目は冷ややかだ。トゥアリからはまだ、吸血鬼ゲームの恨みは抜けてないみたいだ。
「ごめんね。冒険準備の面があるから、でしゃばるなよ的な?」
トゥアリににらまれたのに、リナールは笑みを変えない。
リナールはリナールで、泥に言い負かされた恨みが再燃したのか? したたかな面もあるんだな。やられっぱなしは悔しかったのか?
「『全員で勝てればいいな』って思いは、ちゃんとありますよ」
シオン先生を向いて返された笑みに、シオン先生も微笑を返した。
「そうでしたか」
シオン先生の笑みにいつものやわらかさ以外が感じられたのは、リナールの勝利を危惧してだったのか? 欠片を1個も入手できてないリナール。心配にもなるよな。
オレだって、プリシスの欠片の数が気がかりなんだ。欠片が1個もないリナール相手だと、オレ以上の煩慮を感じるはずだ。
「気にしすぎですね」
欠片のない事実をリナール自身は重大に感じていないのか、表情が大きく沈むことはない。消えない明るさが強がりでないならいいけど。
「……ハートを、開けさせていただきます」
シオン先生の最後の開錠。どんな結果だったのか。相変わらず動かない表情で、予想すらできなかった。
リナールは満足げに笑っているから、悪い錠は選ばなかったのか?
「うちの番だね。赤い鍵、エオに使うよ!」
オレか。傍観者から参加者に戻れた。ポイントを減らせるチャンスだ。有効に使わないと。
「どれを開ければいい?」
リナールからの質問は、オレに選択を丸投げする内容だった。正直、今の状況だとありがたい。
「ハートを希望する」
200P強奪のハートの穴。オレのポイントを減らせる、最後のチャンス。選ばせても、リナールに損はない。
「はいはーい、ハートオープン」
オレの脳のイメージから、ハートの穴の錠が消える。同時に『-200P』と表示された。その隣にすぐ『×2』も浮かぶ。
リナールは、倍の鍵を使ったんだ。奪われるポイントも倍になったんだ。
考えられる最高の結末に、笑みがこぼれた。
オレのポイントの『1000P』の表示が『600P』になる。最後にさげられた。
でも曇っていたプリシスの表情、-900Pのトゥアリがいる。同率1位はさすがに困難か?
リナールが200Pだったなら、オレから400P強奪してオレと同じ600Pになれた。
でもオレが600Pになったことで、そもそもオレが1位でなくなった可能性もあるのか。
「緑の鍵」
残されたトゥアリで、すべてが決まる。
このターンで指名されていなかったトゥアリは、-900Pから動いていない。オレと同率ポイントになるには、1500Pが必要だ。そんな高ポイント、稼げるのか。
「シオン、安全な穴はどれかしら?」
質問に、シオン先生は一瞬視線を泳がせた。少しの間のあと、口を開く。
「……今は、ないですね」
今は。含みのある言葉だ。シオン先生のことだから、意味があるんだと思う。
最後の選択。
他の人はトゥアリの所持ポイントを知らない。誰がどれだけのポイントを有しているのかもわからない状況だ。トゥアリが1000Pを稼いだトップの可能性も考えないといけない。
同率1位を狙うには、1位の人にはポイントを稼いでほしくはない。ポイントゲットを伝えるのが安全なのかすら判断できない。
逆にトゥアリが-900Pの可能性を考えたら、ポイントダウン系は危険。
だからシオン先生は『安全な穴はない』と答えるしかなかった。つまりは『ポイントが動かない穴は残されていなかった』ってことだよな。
1つは前のターンでオレが開けたっけ。プリシスも、オレに続いて開けていた。その際にプリシスが開けたのが、それ系の効果だったのか? だからシオン先生には、ポイントが動かない『安全な』錠が残されていなかった。そう推理すると自然だ。
「四角を、開けるわ」
ターンを終えるトゥアリの声が、室内に静かに響く。
変わらない2人の表情が物語る結果は、予想できなかった。
『終了! 結果を教えるよ!』
開けられなかった錠のイメージが消えて、残された『600P』の表示が際立った。
聞きたくもあるけど、知るのが怖くもあった。
600Pの結果はどうなのか。ずっと暗い表情だったプリシスはどうだったのか。-900Pのトゥアリはどうなったのか。
プリシスは、恐怖をこらえるようにきつくまぶたを閉じてうつむいた。その様子だけで、オレの不安もあおられる。
妙な緊張に襲われた室内に響いたのは。
『第1位は! 600Pを獲得したエオ!』
呼ばれた名前に、背後から突き飛ばされたかのように心臓が反応した。
1位は、オレ。中間発表から変えられなかった順位。
最初にポイントを稼ぎすぎたのか。最終ターンで鍵を使う際に減らせなかったのが痛手になったか。
よぎる感情は、想起した可能性で切られる。
オレ以外に、同じポイントはいたのか? 同率1位になれたのか? 見回したけど、反応を見せる人はいない。
ほころびを見せてオレに向くプリシス。
場の空気を変えない、音のない拍手で祝福をくれるシオン先生。
笑顔で点頭して結果を受容するリナール。眉をひそめたトゥアリ。
言わなかったからには、オレだけだったのか。全員が欠片を入手できるチャンスは消えた。
『最下位のポイントも発表するよ!』
「順位は教えてくれないの?」
リナールの質問もわかる。一般的に、中間の順位から発表されるものではないのか? 1位か最下位かでハラハラってイメージがある。
『公開されるのは、1位のポイントと最下位のポイントだけ。真ん中のポイントとか、それが誰なのかは秘密』
これ系のゲームで、全員の順位が明かされないなんてアリかよ。もやっとしたまま終わるだろ。指摘したくはなるけど、ルールなら反論できない。
『最下位は、脅威の-1200Pだったシオン!』
届いた声に、戦慄した。
シオン先生はおだやかに結果を聞くだけで、変わらないたたずまいを守ったまま。驚いているのは、オレをはじめとした周囲の人だけ。
シオン先生が最下位? しかも-1200P?
-900Pだったトゥアリを下回る数値。
「どうして……いつ?」
困惑を隠しきれないリナール。
それもそうだ。リナールにゲームと関係ない質問をしたシオン先生は、余裕があるようにさえ見えた。リナールもそう思っていたのか?
逆、だったのか? 低すぎるポイントを前に諦めて、あんな質問をしたのか? シオン先生が棄権まがいのことをするなんて考えたくないけど。
シオン先生も-900Pで、自身だけが最下位だと思ってその行動をさせた? 最下位からしたら、1位の1000Pとの開きは絶望的だったのか?
オレが錠の相手をした際にシオン先生は『100Pダウン』の錠を開けた。その際もポイントアップする穴を聞いていた。初回からポイントはマイナスになっていたのか?
「運が悪かったようですね」
本当にそれだけで、ここまでのポイントになってしまった。冷静なシオン先生がこんな結末になるなんて思わなかった。
せめてオレが最初に倍の鍵を使わなかったら、もっと違う結果を生んでいたかもしれない。最初のターンは探るだけにしておくべきだった。
後悔しても、もう遅い。
それでも『オレがもう少し計画的に動いていたら、同率1位ができたかもしれないのに』の感情は消えてはくれない。
「おめでとうございます」
プリシスが、オレを見て笑った。1位になった事実にかと思ったけど、想起して首輪にふれる。
「3個、集まりましたね」
オレの首輪から、くぼみが消えていた。3個のでっぱりが確認できる。
欠片を3個、集められた。つまりオレは、生存できる道を確保できた。
それでも喜びや安心はなかった。
「よかった……」
胸をなでおろして、誰に向けるでもない声を漏らしたプリシス。
「ひとまず、安心できますね」
シオン先生も、曇りのない喜色を見せてくれる。
「ちゃんと3個集められるルールにはなってんだね」
リナールもオレを見て、小さく点頭している。
オレを祝福してくれる目の前の人。
欠片が1個しかないプリシスとシオン先生。欠片が1個もないリナールとトゥアリ。
とても喜べる状況ではない。
「エオは、3個の欠片を集めました。解放していただけませんか?」
シオン先生が提案したのは、意外な内容だった。欠片を3個集めて命が保障されたオレは、脱出を許される、のか?
一足早くこの状況から脱するなんて、罪悪感すらある。でも脱出して、この状況を作り出した存在を見つけたら、欠片に関係なく助けられるのか?
プリシスを残すのは心配だけど、シオン先生がいるから平気だ。オレよりも頼れるし、力になってくれる。
『欠片に関係なく、ゲームには最後まで参加してもらうよ』
見えかけた新たな道は、あっさりふさがれた。
「どうして? メリットないじゃん」
欠片の譲渡が許されないなら、続くゲームでオレが欠片を入手したら無意味になる。足カセにしかなれない。こんなオレにゲームを続けろと?
『4個以上入手しても、役に立つ場面はあるよ』
欠片は4個以上、手にできる? 譲渡は禁止なのに、どうして役に立つ場面があるんだ?
今後のゲームで、欠片を失うことがあるから、とか?
「欠片を奪われる可能性は?」
『ないよ』
奪われる可能性を危惧して、4個以上入手する必要もない。だとしたら、どんな理由で?
「4個以上集めて、なにかに使えるのですか?」
しようとした質問を、先にシオン先生にされた。気になるのは一緒なんだな。
『秘密』
「そんな言葉だけで、オレにゲームの参加を続けろって言うのか?」
ゲームの内容によっては、オレが欠片を入手しないように動くことができないかもしれない。
そうなったら全員の欠片を、命を奪うのと同等だ。そんなの、したくない。
『うるさいなー。魔法、使うよ』
返された声に、言葉をつぐむ。
すっかり前に感じるけど、今でも鮮明に残る雷鳴の威力。あれを使われたら、有事にしかならない。
大きく体を震わせたプリシスが横目にかすめた。悔しいけど、これ以上の反論はできない。
「……わかった、ゲームには参加する」
皆の足カセにならないようにする。そうしないといけない。
『つまりね、エオの生存は残念ながら確定。欠片を入手しても、無意味にはならない。これでOK?』
オレは生き残れる。4個以上の欠片を入手しても無意味にはならない。その理由は不明。言葉を復唱しても、光明は見つけられない。
「オレが4個以上の欠片を入手しないと、別の誰かが欠片を3個手にするのは不可能になる。もしくはオレが欠片を4個以上入手したら、別の誰かが欠片を3個入手できなくなることは?」
鍵のゲームでのミスがあったから、慎重にはなる。
オレのせいで誰かが被害をこうむるなんて起こってほしくない。
『ないよ』
つまりオレが4個目の欠片を入手しなくても、誰かに迷惑をかけることはない。4個目以上の欠片がどう役立つのかはわからないけど、譲渡が認められていない以上、入手する必要はない。
オレの生存は確定。
そうなったら、オレがやることは決まっている。
声との会話を終えて、視線をプリシスに向ける。
「プリシス」
さっきの『魔法を使う』が響いたのか、表情には少しの不安が感じられる。この顔を、曇りのない笑顔に戻すためにも。
「はいっ」
マジメに名前を呼んだせいか、プリシスの返事は少しうわずった。
「次からのゲーム、オレを好きなだけ利用して、おとしいれて構わない」
プリシスの瞳が、かすかに瞠目する。
「そんなっ……できません」
「欠片を2個集めないといけないだろ。オレにプリシスを見殺しにさせないでくれ」
軽く唇をかんだプリシスは、迷うように視線をふるふると動かした。欠片を3個入手したオレ相手でも、そう返してくれるなんて。本当に心優しいな。
「全員が有利に運ぶように、全力をつくすよ」
プリシスだけではなく、シオン先生にも死んでほしくはない。リナールやトゥアリだって同じだ。知らない間柄だったけど、死を無関心ではいられない。
「いいの?」
「安全を祈っているよ」
子犬のような瞳を見せたリナールに、笑顔で返す。
「ありがたき幸せっ」
リナールはあがめるような仕草を見せた。コミカルな所作は、さっきまでかけひきをしていたとは思えない空気を作る。はりつめた空気が嫌いなタイプなのかもな。
「当然の決断よね」
トゥアリは『さも当然』を体現して高圧的に放った。
「その判断でよろしいのですか?」
オレの言葉に苦諫したのは、シオン先生だった。
「なにが、ですか?」
オレの行動に気にかかる点があったのか? オレは間違ったことをしているとは思えない。この状況なら、誰でもこうすると思う。
「4個目の欠片がどう役に立つのか不明な以上、集め続けるほうが安全ではないですか?」
「なに言っているの!? 私たちはどうなってもいいの!?」
放たれた言葉は、トゥアリの感情を荒立たせた。欠片が1個もないんだから、当然の反応だよな。
4個目の欠片の価値。わからないから、集める必要はない。全員の安全に配慮するほうがいい。これがオレの思い。
でもシオン先生は違うんだ。4個目の欠片の価値がわからないからこそ、集めるべきだと思っている。
そう、なのかもしれない。オレの判断は、あとあと後悔することになるのかもしれない。
「心配、ありがとうございます。でもオレの思いは変わりません」
4個目以降の欠片を集める道を選んで、全員が欠片を集められない結末になったら。
そっちのほうが、より強い後悔を生む。そんなの考えなくても目に見える。
だから、この道を選ぶ。迷いも後悔もしない。
「……命を大切にしてくださいね」
かろうじて納得はできたのか、シオン先生は弱々しく返してくれた。
「オレの生存は確定ですよ」
さっき、声にそう言われた。大丈夫だ。オレは4個目の欠片を手にしなくても、悪い状況に落ちたりはしない。
「そうよ。私のために動きなさい」
この状況でも変わらないトゥアリの強気は、ある意味強みだな。精神力の強さが感じられる。
「本当、余計なこと言って。エオの意見が変わったらどうするつもりだったの?」
トゥアリの視線は、すぐにシオン先生に移る。責めたい感情がとまらないみたいだ。
「思ったままに口にしただけですよ」
教育実習生のトゥアリからしたら、シオン先生は教師として大先輩なのに。この態度を貫くんだもんな。本当、肝が据わってやがる。
学園に戻ってもシオン先生にこの態度だったら、トゥアリは様々な意味で学園の注目をあびそうだ。
シオン先生の理解を得られたところで、視線をプリシスに戻す。
「オレは……プリシスと生きて帰りたいから。頼むな」
プリシスの揺れる瞳は変わらない。欠片のためとはいえ、他人を出し抜くのに強い抵抗があるのか? 優しいプリシスらしいな。
「オレはゲーム中、何回かウソもついているし……気にしないでやっちゃっていいよ」
自分でネタにするのは心が痛む。冒険準備の罪悪感がいまだに抜けない。でもプリシスの抵抗を弱める材料になるなら、この罪悪感も無用にはならない。
「それは……気にしていません」
今の状況だと、恨んでおとしいれてくれるほうがよかったんだけどな。プリシスの性格上、そう簡単に責めるほうには転ばないか。
「さっきのゲームでも、質問に外れた返しをしちゃったし」
プリシスに安全な穴を聞かれた際、オレはポイントゲットの穴を答えられなかった。そのあと『ポイントゲットできる穴はあるか』の質問に『ある』と答えたオレに、裏切られたと思わせてしまったかもしれない。
「驚きはしました。けど、仕方ないルールだったんだと思っています」
理解はしてくれてたんだ。ミゾができなくてよかった。
「それだよ」
ポイントゲットの穴を答えたかったのに、それができなかった。ルールの制約に阻まれた。
「欠片を得るためにオレを利用するのは、必須のルールだ」
プリシスだけでなく、リナール先生たちも欠片を必要としている。3種のゲームが終わった今、残されたゲームは多くても6種。
オレが勝利したら、欠片を入手できる貴重な機会を奪ってしまう。
なにに使えるかわからない4個目の欠片なんかいらない。全力でオレを利用してくれ。
「だからプリシスも気兼ねなくやってくれ」
生き残るために必要な手段。
『やられたらやり返せ』ではないけど、こう言えば少しでも迷いが消せるかと思った。『お互いさま』ってほうが、プリシスには通じたか?
「でも……先生」
完全に迷いが消えないプリシスを前に、最後の言葉をかける。
「一緒に、生き残ろう」
まっすぐと伝える。
他に代わりのいない、唯一無二の生徒。
生徒の安全のために、笑顔のために励むのは教師のつとめ。
プリシスから不安を消して、心からの笑顔をさせてあげられるように。その笑顔を未来永劫続けられるように。
光り輝く未来を、とだえさせない。
強い信念が伝わったのか、プリシスは渋々ながら首をコクリと動かしてくれた。
「先生と、生き残りたいです」
「オレもだ」
大切な生徒をこんな形で失いたくない。守るためなら、オレはどんな目にあっても構わない。
安全な場所で高みの見物なんてしない。できやしない。
オレができること、オレだからできることを全力で。
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