第2ゲーム

『次は、吸血鬼ゲーム!』

 少しの休憩のあと、また脳に声が響き渡った。受容しないといけない現実の針が回り出す。

 そっとプリシスを見たら、びくりと体を震わせて恐怖を隠せないでいた。冒険準備ゲームの終了でゆるみかけていた不安が再起したのかもな。それ以外の理由もあるかもしれないけど。

 強くなったプリシスの恐怖の色は、オレによぎった可能性が高いことを示唆していた。ただでさえおびえているのに、強める事態になるかよ。残酷すぎる。

 冒険準備ゲーム直後の笑顔はまぼろしだったのではと思うほど、プリシスはここに来た頃より縮こまっているようにさえ見えた。

「なにかしら?」

 トゥアリは休憩で心を戻したのか、冒険ゲーム終了直後に感じた鋭さは見られなくなっている。ずっとにらまれたままだったら、精神的に参るから助かる。

 武術の教員免許を持つくらいだから、負けん気が強い性格なのか? 有利な状況で、よりによって今まで自分を苦しめてきた泥に負かされて、悔しい思いをさせたんだ。結果、ゲーム直後は血の気が回ってあんなになった。そう思っておこう。

『吸血鬼と人間のチーム戦ね』

 プリシスの様子は気になるけど、始まってしまったルール説明に耳を傾ける。聞き逃したらゲームで戦えない。聞ける精神状態かわからないプリシスのためにも、オレがルールを把握しないと。プリシスがうっかりルール違反しそうになった際に救うためにも。

『こっちが無作為に吸血鬼を指名する。吸血鬼は襲撃する人を1人選ぶ。襲撃された人は吸血鬼の仲間になる』

「『仲間になる』というのは?」

『役割があるなら、吸血鬼を推測して、そいつが疑われないように誘導するくらいかな。襲撃されても、誰が吸血鬼かはわからないし』

 ざっくりしすぎて、いまいちルールが理解できない。

『誰が吸血鬼か、討論で推測する。討論はウソ自由だよ。多くの疑惑を集めた人は括られる。その状態でターンを終えて、誰も襲撃されなかったら吸血鬼側の負け。吸血鬼側が過半数を超えたら人間側の負け』

 人間と吸血鬼の心理戦、みたいな感じか?

「括るって?」

 気になった不穏な単語を質問する。聞いたらプリシスを怖がらせないかの懸念もあるけど、危惧は早めに解消するほうがいい。

『ゲームの世界観として、そう言ってるだけ。実際はなにもしないよ』

 ここまでのことができる相手なら、括ることもできそうだけど。なにもしないならありがたい。

「途中で吸血鬼が変わることはありますか?」

『ないよ。ずっと同じ』

「襲撃された人は、襲撃できるのですか?」

『できない。襲撃できるのは終始、最初から吸血鬼の人だけ』

 最初から吸血鬼の人が襲撃で仲間を増やして、勝利を狙うってことか。過半数を超えたら終了ということは。

「吸血鬼側が勝利した場合、襲撃された人も欠片がもらえるのか?」

『そー。複数が欠片をゲットできるお初のゲームね』

 吸血鬼側が過半数を超えて終了した場合、欠片を入手できるのは3人?

「括るってのは、最初の襲撃がされる前にできるのか?」

『そ。討論、括る、襲撃のくり返し』

 最初に吸血鬼を見つけて括れたら、人間側4人が欠片をもらえる。

 次のターンで括るのに成功したら、人間側3人が欠片をもらえる。

 吸血鬼を括れなかったら、吸血鬼側3人が欠片をもらえる。

 最低でも3人、最高で4人が欠片をもらえる。結構な好条件に思える。

 ただ、この相手だ。誰が欠片を入手するのか、4人入手できるようにするのか計画的に考えないと厳しくなるのかもしれない。

 油断しないで、慎重に運ぶべきだ。

『吸血鬼を決めるよ。誤解できないよーに、文章で出るからね』

 脳に浮かんだのは『お前は人間』の文字だった。オレは人間側か。

 探るために、周囲の様子を探る。特に気にかかる点はない。

 開始してしまったゲームに、不安と恐怖を隠せないプリシス。

 視線をうつむかせてたたずむシオン先生。

 笑みを消して、視線をよそに向けるリナール。

 強気な瞳で、どこか一点を見つめるトゥアリ。

 この中の誰かが、吸血鬼。

『最初の討論、スタート!』

 響いたかけ声とは裏腹に、部屋はしんと静まり返る。

「ここで吸血鬼を括れば……わかっているわよね?」

「4人が欠片を手にできますね」

 全員、その事実には気づいていたか。だからこそ、人間側としては大切な局面。

 吸血鬼側からしても、多くの人に欠片を与えられるのはいいと思う。そう考えると、オレが吸血鬼ならよかったのか。白状して、欠片をあげられたのに。

 いや、直接的な発言はできないんだったっけ。だったら無理か。

 吸血鬼も、それがあるから白状したくでもできないんだよな。ぼかしてなら許容されていたし、それはしてくれるかもしれない。

「月並みだけど、まずは人間か聞くのはどうかしら?」

「なんの情報もないもんね。いいんじゃない?」

 リナールの同意に、オレは賛成する。

「私は、人間よ」

「うちも人間」

「僕も人間です」

「オレも人間だ」

 次々と続いた、人間を主張する声。さすがに白状はできないか。曇る言葉もなかったし、ぼかされた様子もない。

 残されたのは、気がかりな存在。

「プリシス、吸血鬼かしら?」

「――っ」

 トゥアリの問いに、プリシスは過剰な反応を示した。おびえた瞳は、まるで真実を言い当てられてしまったかのようにさえ見えて。

「あら、見つけられちゃった?」

 不敵に笑うトゥアリを嫌うように、プリシスは頭を垂らしてたたずむ。小刻みに震える体で、恐怖をちらつかせてしまったとはわかった。

「違……あたし……人間」

 このゲームを聞いてから危惧はしていたけど、こうなってしまったか。倉皇した態度は、疑惑を向けられても仕方ないと思えるものだった。

「なら、どうしてそんなに焦っているのかしら?」

「怖がっているだけだ!」

 思わず荒らげてしまったオレに、空気が悪くなったように感じた。でも、プリシスの理解を得るためにもこうするしかない。

「さっきはそんな反応、なかったけど?」

 ここにきての、プリシスのこの反応。『吸血鬼に選ばれて困惑しているから』とも思える。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。

 でも、そうではないと思える可能性も、オレは知っていた。

「プリシス、コウモリ苦手だから」

 単語を出しただけで、プリシスがおののいた。すぐにでもあふれそうなほどに、目に涙がたまっている。それだけ苦手な存在。

 暗い洞窟の天井に数多に存在するコウモリに、前ぶれもない羽音に、プリシスはおびえ続けていたんだ。オレもあんな環境に置かれたら、同じトラウマを抱えたと思う。

 オレが発見できるまで、あんな場所でプリシスは1人でいた。消えない恐怖を植えつけるだけの経験だ。オレも、思い出させたくはなかった。

「ごめ……なさい、まだ、苦手、で」

「得手不得手は誰にでもある。気にするな」

 吸血鬼とセットになりがちなコウモリ。プリシスの恐怖の原因だよな。

「全員、人間なの?」

 リナールは理解してくれたのか? ひとまずプリシスに向けられる疑惑は、早急に消したい。疑われるだけでも怖いだろうに、今回はコウモリのトラウマもある。

「そう主張するしかできないのでしょう」

 シオン先生も『白状は無理』と思っていたんだな。

 プリシスの反応の原因を理解してくれた様子の2人と違って、トゥアリはプリシスから視線を外さない。

 自分に向けられる厳しい視線に気づかないまま、プリシスは大きく震え続ける。

「もっと慎重に考えろよ。4人が欠片を手にできる機会だぞ」

 最初のゲームで、大体が表情に出ないタイプなのは想像がついた。となると、プリシス以外の人が『人間だ』とウソをついている可能性もある。

 プリシスだけを疑って真実を見落とすわけにはいかない。

「そうね」

 プリシスの疑惑を消せたかとよぎったのもつかの間、トゥアリの視線は、まっすぐオレに向けられる。

「かばって善人のフリをしているエオは、どうなのかしら?」

『終わりー! 吸血鬼と思った1人に投票! 方法はさっきと同じね』

 悪いタイミングで討論が終わった。

 ここでオレが票を集めたら、4人の欠片入手がふいになる。どうにかオレ以外になってくれたらいいけど。

 オレ以外。

 誰が吸血鬼だ?

 討論のほとんどがプリシスの話で終わって、情報を集められなかった。

 全員が人間だと言った。白状はできないように制御されていたんだろうな。

 プリシスはコウモリを思い出しておびえただけだよな? 直感だけど、そう思える。コウモリ以外の恐怖や不安は感じなかった。

 残ったのは、3人。

 トゥアリは真っ先に『最初で吸血鬼を括れば、4人が欠片を入手できる』と語った。自身が人間だったからこその発言? 吸血鬼の疑惑を抱かれないため?

 考えても、あれだけの情報で推測なんてできない。心理学でも習っていたら、なにかわかったのか? 生徒たちとの関係にも使えそうだし、勉強すればよかった。

 後悔しても遅い。今考えるべきは、誰に投票するかだ。

 4人が欠片を入手する道を最初に言ったトゥアリは、今回は外そう。

 こんな状況だと、ウソがバレないように発言を控えたくなる心理がありそうだ。あの空気で真っ先に発言できたのは、自身が人間だったからとも思える。

 残りは、シオン先生とリナール。

 前のゲームであそこまで言い負かされたリナールが、すらりとウソをつけるのか? まだ人柄はわからないから、確信は持てないけど。

 シオン先生は『人間と主張するしかない』と話した。白状できない懺悔があったからじゃないか?

 心苦しいけど、シオン先生に票を投じた。

『集計完了! 2票集めたプリシスを括りまーす!』

「――っ」

 プリシスの表情が恐怖にそまった。守れなかった。

 集まったのは2票か。誰か2人は、別人に投票してくれたんだな。

『襲撃タイム! 吸血鬼は、襲撃したい人を1人イメージして選ぶ。襲撃された人は血のイメージが浮かぶけど、リアクションしないでね』

 プリシスを心配する余裕なく、声が続く。

 吸血鬼の襲撃。オレが被害にあう可能性もあるんだよな。リアクションが禁止なら、気を強く持たないと。うっかり反応したら、どうされるかわからない。

 プリシスは反応してしまいそうで不安はよぎるけど。吸血鬼も空気を読んで、プリシスは狙わないでいてくれるよな? そもそも、括られた人は被害にあわないのか?

「襲撃されたことは秘密なの?」

『襲撃された側は吸血鬼の仲間になるからね。身分を隠して、人間を錯乱するのさ!』

 誰が吸血鬼かは教えてはもらえないんだよな。その状態で錯乱って、どうすればいいんだ。吸血鬼と疑われる態度をしてターンを稼ぐとかか?

『襲撃開始!』

 空間を無言が襲う。今ここで、誰かが誰かを襲撃している。プリシスが吸血鬼だったら、襲撃は実行されない。

 妙な緊張感を感じているのは、オレだけではないと思う。

『残念ながら、被害者が出ちゃったね』

 沈黙を破ったのは、ゲームの続行を告げる声だった。漏れ聞こえる呼気は、決して安息のものではない。

『次の討論、スタート!』

 あっさりと開始されたラウンド。

 おびえたままのプリシスに視線を移す。吸血鬼を括るのには失敗した。それはつまり。

「これでプリシスの疑惑が晴れたな」

 プリシスが吸血鬼なら、襲撃される人も出なくてゲームが終わっていた。でも、こうして続いている。プリシスは潔白だ。

 優しく声をかけても、プリシスのおびえは消えなかった。吸血鬼ゲームが続く以上、この不安はのぞけないな。

「残されたのは3人ね」

「4人、ですよ」

 シオン先生の声にも、トゥアリは強気な態度を崩さなかった。このゲームでプリシスは、トゥアリに言われることはなくなったし、ひとまず安心していいかな。

「私は人間だもの」

 変わらない主張。自分の立場はわかっているから、3人と言いたいのもわかる。でも他人からすれば、疑惑の対象でしかない。

「人間を主張するより、他に有意義な討論はないのか?」

 自分の立場の主張は、最初のターンでやった。その結果がこれだ。吸血鬼選択に失敗して、4人が欠片を手にできるチャンスを逃した。

 プリシスに怖い思いをさせただけだ。プリシスが吸血鬼ではないなら、人間だ。人間側が勝てるように励まないと。

 括られた際に襲撃されて、吸血鬼側になった可能性も否定はできないけど。おびえたプリシスを襲撃するような人はいないと信じる。

「どうしてさっきプリシスをかばったのかしら? どんな理由で?」

「原因を知っていたからだ」

 仮にトラウマを知らなかったとしても、担任としてかばう選択はした。不安に襲われた生徒を静観するなんて、教職者の道に反する。

「どうかしらね。次は怪しいエオを括るべきかしら?」

 次の狙いは、完全にオレに移ったらしい。責める視線はオレを疑っているからなのか、冒険準備ゲームの敗北が想起でもしたのか。

「決めつけるのはよくないよ。被害者を推測するのはどう?」

「そんなのしてどうするの? 吸血鬼を括らないと意味がないのよ」

「『選択肢を絞る』って意味では、無意味とは言えないんじゃないか?」

 吸血鬼を推理ではなく、別の方角から責めるのもアリだ。

「話をそらす気ね。エオが吸血鬼なんでしょう?」

「オレは人間だ」

 この主張は意味をなさないのに、疑惑を晴らすためにも言うしかない。

 このままだと最初のターンと同じだ。推測に足る情報を得られないまま、投票に移ってしまう。

「やめましょう」

 無意味な口論をとめたのは、シオン先生だった。

「実質、これが最終ターンですよ。もっと慎重になるべきです」

 吸血鬼側が過半数になったら終了。今回の括りに失敗したら、襲撃を最後に人間側の敗北が確定する。人間側2人が欠片を入手できなくなる。

 この流れだと、オレは括りの危機か? 括られている際に襲撃されないなら、オレは人間側として敗北を迎える。

 『吸血鬼側3人が欠片を入手できる』という事実があるとはいえ。残されたもう1人の人間が気になる。

 プリシスが吸血鬼でないと確定すると同時に、人間だと判明した。襲撃された可能性を考えると、吸血鬼側に変わった可能性もあるけど。括られていても襲撃されるのか?

「『エオが怪しい』ってのは、疑問だな。さっきは本当にプリシスの事情を説明しただけでしょ?」

 出された名前で、意識の世界から戻される。

「今度はリナールがかばうのかしら?」

「本心を言っているだけ。仮にエオが吸血鬼だったとして、まだ人間のプリシスを擁護する理由はある?」

 最初のターン。まだ吸血鬼と人間しかいない状態だ。かばう理由なんてない。

「プリシスを襲撃して、今後のターンの関係に疑念を抱かれないようにするためでしょう?」

『はいはーい、そこまで! 投票だよ!』

 またしても悪い流れで終わった。このままオレに票が集まったら、人間側の敗北が確定する。

 ここで人間が勝利しても、吸血鬼側が勝利しても、欠片を入手できる人は3人なのには変わりない。

 それでも考えて、慎重に投票しよう。オレの1票が結末を変えるかもしれないんだ。全員の今後の欠片を左右するかもしれないんだ。

 シオン先生か、リナールか、トゥアリか。

 誰が吸血鬼だ?

 さっきと同じ、シオン先生に票を投じるか? でも前回は、2票でプリシスが括られた。シオン先生にいれた人が、オレ以外にいなかったんだよな。誰もシオン先生を怪しんでいなかったのか? さっきの推理は考えすぎだったのかもな。

 そうなると、リナールとトゥアリ。

 オレをかばってくれたリナールと、ひたすらに疑いにかかったトゥアリ。

 正直オレは、強く疑われるほどに怪しい行動をしたとは思っていない。オレに集中を集めることで、トゥアリは自身に疑いの目が刺さるのをさけたかったんじゃないか? それなら、最初のターンでプリシスに疑惑を向けたのも説明がつく。

 思い返すと、トゥアリは疑いの発言をたしなめられるばかりで自身が吸血鬼ではと直接疑われることはなかった。強気な疑いはすべて、策略だったのか。

 かたまった意識のまま、トゥアリに票を投じた。

『お待ちかねの結果は、3票を集めたエオ! 括りまーす』

 こうなるか。

 仕方ない。3人が初めての欠片を入手できるんだ。それでよしと思おう。

 視線をプリシスに動かしたら、不安げな瞳と重なった。

 プリシスが襲撃されていて、吸血鬼側になっていて、欠片が入手できればいいな。……襲撃されていてほしいなんて、不謹慎な願いだけど。

『襲撃でーす!』

 ここで襲撃されて、吸血鬼側が過半数になって、人間側は敗北。

 もう1人の人間……プリシスになっちまうのかな? ごめんな。欠片は入手できなかったよ。

 負けを覚悟したオレの耳に届いたのは。

『討論タイム、スタート!』

「なっ……」

 トゥアリの驚きも当然だ。本来なら来るはずのない3ターン目が始まったんだから。

 プリシスも、シオン先生も、リナールも状況が理解できないと言わんばかりに視線を動かしている。

「どう……いうことだ?」

「過半数で終了、だよね?」

 吸血鬼を括るか、吸血鬼と襲撃された人が過半数を超えたら終了というルールだった。

 最初の襲撃、今の襲撃で吸血鬼側は過半数を超えたはず。なのに、どうしてゲームは続く?

「ちょっと! ルール上、問題ないの!?」

『ないよ。だからこーなってんの』

 ルールの不備でも、ミスでもない。それなのにこうなっている? どういうことだよ。

 押し寄せる混乱の中でも、シオン先生はすぐに冷静を戻した。

「このゲームに参加しているのは『5人』ですか?」

 オレはこの場にいる5人がゲームの参加者だと思っていた。だから3人が過半数で、2ターンで終わると。

 吸血鬼にのみ見える、6人目以降の参加者がいたのか? シオン先生の声に、心臓が騒ぐ。

『5人だよ』

 6人目以降を襲撃しているから、この状況におちいっているわけではないのか? だったら、他にどんな理由がある?

「1人はちゃんと『1人』としてカウントしているのか?」

 人間力に応じて、3人分の力を持つ人がいるとか。ちょっと苦しい考えだけど。

『当然だよ。仮に別人格があったとしても、1人としてカウントする』

 1人は1人として数えている。6人目以降の参加者はいない。なのに、過半数超過で終わりにならない。

 どうなっているんだ?

「実は『成人1人』って考えだったとか? 未成年はノーカン的な」

 リナールもルールの質問をした。

 それならプリシスは、1人としてカウントされない。リナールやトゥアリの実年齢を知らないから、どうなるのか知らないけど。

『ないって。老若男女関係なく、1人としてカウント』

 考えられる可能性を立て続けに否定されて、完全に路頭に迷った気分だ。

「こんなの……勝てないわよ」

 思いつめたようなトゥアリの小声に、よぎった。

 混乱してしまったけど、この状況、絶望的ではない。

 むしろ人間側からしたら、理由はわからないけどチャンスがまた来たんだ。喜ぶべきことだ。

 ……だったら、どうしてトゥアリは『勝てない』と言った?

 人間側なら、この可能性に気づいて、むしろ声高らかに吸血鬼を求めるはずだ。なのに、落胆を見せている。

 トゥアリは、吸血鬼側?

 だとしたら『勝てない』の声の意味は?

 トゥアリはさっき『ルール上、問題ないのか』と意見した。この状況とは、少しずれた発言とも思える。過半数超過で終了なのに終わらなかったら『ルールが間違っている』とか『どうなっているの』とかが真っ先に出ないか?

 ルールを疑うような、なにかがあった?

 ひっかかる点は、オレは特に感じなかった。でもトゥアリにあったとすると。オレになくて、トゥアリにあった可能性があること。

 考えられるのは、襲撃。

 トゥアリは、さっきのターンで襲撃された? その際にルールを疑うことがあったと考えれば、説明がつく。

 なにが?

 括られていたのに襲撃されて驚いた? 違う、トゥアリはまだ括られていない。

 それ以外に、襲撃されて驚く理由があるか?

 思案は、この状況に当てはまる可能性を運んだ。

「吸血鬼が、同じ人を連続で襲撃したんだ」

 発したオレに、全員の視線が集中した。

 開始された3ターン目。『ルール上、連続襲撃に問題はないのか』という意味の、トゥアリの言葉。『勝てない』のトゥアリの声。

 これなら、説明がつく。

「どうしてそんなことするのさ」

 吸血鬼が同じ人を襲撃し続ける理由。考えられるのは。

「人間側を勝たせるための時間稼ぎじゃないか?」

 5人しかいない状況。5ターンやったら、確実に吸血鬼を括れる。自身が負けるのをかえりみないでこの行動をした理由はわからないけど。

「襲撃されたのは、トゥアリかな」

 ちらりとトゥアリを見たら、オレをにらんで両の拳を握りしめていた。

『投票するよー!』

 答えは、聞けなかった。でも、伝わったよな?

 残された選択は、シオン先生かリナール。どちらかがトゥアリを連続で襲撃して、人間側を勝たせようとしている。どっちだ?

 心配りのできるシオン先生なら、やりそうか? 自己犠牲はらしくないけど、今後の欠片の入手を計算した上で必要と判断しての行動かもしれない。

 リナールも空気を読む優しい性格みたいだ。どっちがやってもおかしくない。選べるだけの情報を、オレは持っていない。

 残されたのは、前のターンでシオン先生を選ばなかった理由。最初のターンでオレ以外がシオン先生に票を投じていなかった事実。

 わからないから、これを当てにするしかない。

 こんな考えに至ったことに申し訳なさを感じつつ、リナールに票を投じた。

『結果はー……3票集めたリナール!』

 括られることになったリナールは、眉を垂らして小さく笑うだけだった。

 リナールになったか。当たっても外れても、吸血鬼はまたトゥアリを襲撃して、人間側にチャンスをくれるんだよな? そう考えると、重みはない。

『襲撃でーす』

 響いた声に、またターンがくるのかとよぎった。

『……と言いたいけど。誰も襲撃されない! 人間側の勝利!』

 告げられたゲームの終了に、他の誰でもないリナールのため息が響いた。

 あっさりした終わりを前に、シオン先生もリナールを言葉なく見ている。

「心臓縮んだー」

 怪しいと思える態度はなかったけど、内心ヒヤヒヤだったのか? 表情には隠しきれない解放感がにじんでいる。

 この結末より前に、オレは気がかりな存在に近づく。

「大丈夫か?」

 オレの声に、ぴくりと肩を振るわせて顔をあげたプリシス。

 最初に括られたのもあって、以降の討論では疑われないで済んだ。でも初回のターンで結構な精神ダメージがあったよな。

 プリシスは、黙ってオレを見つめて瞳をうるおわせる。でもゲーム中みたいな強い不安は感じられなくて。涙の理由を考えあぐねる。

「先生……」

 細い指が伸びて、オレの服の袖をつまんだ。

「先生がいて、よかった、です」

 前にももらった言葉。今回は余裕がないのか、不謹慎と謝る言葉は続かなかった。

 コウモリを想起させるゲームにいた、オレの存在。いるだけしかできなかったけど、プリシスの心を少しは救えたのか?

 本当は怖がらせたくなかったのに。トラウマを思い出させたくなかったのに。こんなゲームにまきこませたくはなかったのに。

「……大丈夫だ」

 オレがもっと強かったら、プリシスに怖い思いをさせないで済んだのか?

 プリシスの前でコウモリを蹴散らして、おびえる必要のない生き物だと言って。こんなゲームからも守れて。

 よぎったけど、後悔してもどうにもならない。この状況でできる、プリシスを安心させられることは。

「オレは、プリシスを見捨てはしないから」

 安っぽいけど、嘘偽りのない言葉。根拠なんてない、姑息と言われても仕方ない言葉なのに。

 プリシスは、おだやかにほほ笑んだ。潮がひくように、双眸のうるおいがすーっと消えていく。

「なぜ、連続で襲撃をしたの?」

 なごみかけた空気を壊したのは、部屋に響いたトゥアリの声だった。プリシスの意識もそっちに移って、つままれたままだった手も離される。

 やっぱり、連続で襲撃をされていたのか。トゥアリの怒りはもっともだ。

 連続で襲撃をされたら、ルール上勝てる道がなくなる。襲撃で仲間を増やすことが、吸血鬼側の勝利の条件なんだから。

「人間側に欠片を与えたかったもん」

「リナールはどうするつもりだったのですか?」

 シオン先生の声には、心配だけでなく厳しさも感じられた。自己犠牲に思えたのかもしれない。

「他のゲームで勝てばいいです。うち、ゲーム得意なんで」

 シオン先生を配慮をよそに、リナールはけらりと笑った。その視線はトゥアリに移って。

「ごめんね。自分を襲撃しようとしたら『できない』って怒られてさ」

 本当は自身を襲撃し続けて、人間4人を勝たせようとしてたのか。それができなくて、仕方なくトゥアリを選んだ。

「2ターン目で私が括られたら勝てるとふんで憎まれ役を買って出たのに……少し責めすぎたわね」

 オレにかみついたのは、そんな理由があったからか。

 トゥアリは誰が吸血鬼かまではわからなかった。オレが吸血鬼の可能性もある以上、トゥアリ自身が括られるのが最も安全にターンを終える方法だったんだ。

 リナールがオレをかばったのも、少しでも目立って自分に票を集めたい思いがあったからか?

「命を粗末にしてはいけませんよ。リナールも欠片を3個集めないといけないのですから」

 説教するシオン先生の首輪に、突如欠片が輝いた。

「1個目、ですね」

 シオン先生の首に光った、初めての欠片。首輪を見てほほ笑んだリナールに、シオン先生は首を横に振る。

「これでは喜べませんよ」

 プリシスの首輪にも、欠片が光った。

「おめでとう」

 笑ってプリシスに言ったら、微笑するプリシスに首元を指された。

「先生も、ですね」

 オレの首輪にふれたら、2個のでっぱりを感じた。

「この調子で、次以降のゲームも励もう」

 どんなゲームが続くかわからないから、不安もある。でも表には一切出さない。プリシスを不安にさせたくない。プリシスが少しでも安心できるように、危惧を感じさせないほほ笑みで。

 まだ顔色は悪くて、正常ではない。笑えるなら、少しは不安は薄れたのか?

 このまま勝ち進んで、ここから脱出して。プリシスから完全に不安を消せるように。

 励むしかない。大切な生徒のためにオレができる、最大にして唯一のことだ。

「先生が隣にいてくれるなら……やれ、ます」

 まだ自信のない言葉だったけど、続けられた笑みに安心はできた。

「オレも全力で支える」

 オレは、あと1個か。

 今現在、他の誰よりも安全に近い存在。

 それでもシオン先生の言葉のまま、喜びも安心もない。

 プリシスもシオン先生も、欠片はまだ1個だけ。リナールやトゥアリは、1個も入手できていない。

 残りいくつあるかわからないゲーム。

 全員が欠片を3個入手できる可能性は残されている。そう、信じたい。

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