第1ゲーム

『ゲーム、始めていい?』

「進めて」

 トゥアリは周囲を見ないで発した。全員の様子を探ってから言うのが筋ではないのか? 誰もとめる様子を見せなかったから、よかったんだろうけど。

『最初のゲームは冒険準備! ゲームっちゅー茨の道に進むお前らにピッタリだ!』

 『茨の道を作っているのは、お前自身だろ』とも言いたいけど。反論してもどうにもならない。

『ターン開始時に、1人1品渡す。渡された品がどれだけ冒険に必要かを主張するだけ。悪い品だったら、ウソをついてもいーよ』

「ウソ、禁止じゃなかったの?」

 リナールの問いで、さっき聞いた基本ルールが想起した。早速、ルールに矛盾が見つかったのか?

『ウソを許可しないと成立しないゲームだもん。これからもウソが平気なゲームはあるから、理解しろ』

 冒険準備ゲーム中は、ルールの例外が適用されてウソが認められる。これからもそんなゲームがある。追加されたルールを記憶に刻む。

「どうやって勝者を決めるのですか?」

 結局、弁論大会か? それならプリシスが心配だ。オレも人のことを言えないレベルではあるけど。

『主張後に、いらねーと思った品を持つ人に1人1票投票! 不要判断されたら脱落! 次のターンも同じことをくり返して、最後に残った1人が勝者!』

「1人しか勝てないのか?」

 協力協調が早くも崩れ去るぞ。ゲームが9種だったとしても、最大3人しか救われない。

『ちゃんと複数人が勝利できるゲームもあるって。焦らない焦らない』

 そう言われても、この状況を作った相手だ。こっちに不利な条件のゲームが続く可能性だってある。『全員が欠片を3個入手できる』という話が、そもそもウソの可能性も否定はできない。

「本気で、やろ」

 ぽつりと発したのは、リナールだった。表情は笑みのままだけど、瞳には強い感情がにじみ出ている。

「協力は反故かしら?」

「初回だし、誰に協力するかも決められない。だったら機嫌を損ねないためにも、全力でやればいいよ」

 どこにいるかもわからない声の主。この状況を作って、ゲームを楽しんでいる存在。

 少しでも機嫌を損ねたら、雷を落とされかねない。オレたちはそれだけ危うい環境に置かれているんだ。

 これからのゲームがどうなるかわからない以上、少しでも主催者を楽しませるほうが、のちの安全につながるかもしれない。

「オレは、それでいいと思う」

 返したら、プリシスの顔が素早く向けられた。裏切りと思われたのかもしれない。

 ただでさえ不安になっているプリシス。今の発言は不用意だったか。

「遠慮しあってゆるいゲーム内容になるより、いいだろ?」

 プリシスを見返して『安心しろ、裏切りではない』と言葉にこめる。納得はできたのか、プリシスは小さく点頭した。

「先生がそう言うなら、あたしもそうします」

 オレの選択に続いてくれたプリシス。この理解を壊さないためにも、オレは全力で動かないと。

「不本意だけど、ご機嫌とりなら仕方ないわね」

「わかりました、僕も従います」

 残りの2人も続いて、全員が納得を示してくれた。

 最初のゲームは、協力を捨てて本気で。勝てるのはたった1人。

 そのあとのゲームで協力して、ここでの勝者と敗者の差を埋めないといけない。どんなゲームが続くのか見当もつかないけど、やるしかない。

『いい?』

「どんな品を渡されるのですか?」

 このゲームでキーとなりそうなのは『渡される品』だ。それによって弁論が大きく変わりそうに思える。

 シオン先生がしてくれた質問の返答を待つ。

『秘密。同じ品はない。5品以上はない。票で落とされた品が復活することはない。途中から品が交換、追加されることもないってのは教えとく』

 早口で伝えられるルール。今は重要なのかわからないけど、言うからには必要になる情報なのか? 記憶を駆使して、脳に刻む。

『渡すよー!』

 声と同時に、脳にイメージが浮かんだ。

 それは、布だった。

 少しくすんだ、白っぽい長方形の無地の布。

 魔力っぽい力は感じないし、特別な効能があるようにはとても思えない。

 これは、不利かもな。

 いや、待て。他がどんな品だったのかによっては、布が不利とは限らない。

 様子を観察する。

 プリシスは両手を体の前で組んで、不安そうに床を眺めている。悪い品だったのか、この状況のせいの不安なのか。

 シオン先生に視線を移したけど、心情は悟れない。常に平静だから、仮に悪い品だったとしても動揺は見せないと思う。視線がちらちら動いているのも、動揺ではなくてオレみたいに探っているだけだろうし。

 リナールは納得したように笑顔で数回点頭している。いい品だったのか、そう思わせる演技なのか。

 トゥアリはオレらを観察するように、視線を、首を動かしている。強気な表情がなにを物語っているのか、一切つかめない。

 ……わからない。布が良品なのか、そうではないのか。

『主張タイム、スタート!』

 結論は出ないまま、その時間が始まってしまった。この布、どう言えばいい?

「僕は薬でした」

 先陣を切ったのは、シオン先生だった。自分の持つ品が有利かわかりかねているのは、シオン先生も同じなのに。促されるより早く、口にできるなんて。改めて尊敬だ。

 薬、か。必要そうだし、ハズレにはなりにくそうだ。だからこそシオン先生は、誰よりも早く口にしたのか? 流れを作れるように。

「『冒険の必需品』って感じですね」

 かつての担任だからか、リナールは敬語で返した。

 冒険……そうだ、このゲームは『冒険準備』だった。冒険に布、必要か?

 リアルに考えると、ケガの治療とか、体を拭くとかに使えそうだけど。薬相手だと、どうも弱い。

「うちは剣。冒険っぽいでしょ?」

 リナールの明るい笑顔は、ウソを言っているとは思えない。さっきの満足げな様子も納得できる。

 剣、薬。こうなると、布は不要でしかない。正直に言ったら、負ける道が見える。

 『本気でやる』と言った以上、正直に『布』と主張して負けるのはな。機嫌を損ねたくない思いは、オレにもある。輪を乱しかねない。素直に『布』と言ったら、プリシスやシオン先生に『自己犠牲』と思われる可能性もある。さっきみたいな不安な表情を、プリシスにさせたくはない。

 残された道は、ウソをつく。剣や薬に並ぶ、冒険に必要そうな品をでっちあげるしかない。

 ただ、気をつけないといけないのは。

「プリシスはなんだった?」

 内情を悟られないように、軽めの口調で聞いた。プリシス以外からも、怪しむような視線は感じない。

「盾、でした」

 よかった、冒険に使えそうな品だ。ウソだとしても、いい線だ。迷いや動揺もなくすぐに返答したし、ウソではなさげか?

「そんなに教え子が心配? まずエオのを教えてよ」

 リナール、オレにはタメを使うのか。最初からタメだったし、今から変えるのは手間なのか? 度がすぎなければ、生徒のタメも気にならないタイプだからいいけど。

 軽口に笑い返して、思案する。

 自分の品を言うより先にプリシスの品を聞いたのには、理由がある。

 プリシスの品を食わないためだ。

 もしオレがプリシスの品を知らないで『ヨロイ』とでも主張していたら、危うくプリシスに危険を渡すところだった。

 『本気でやる』とは言ったけど、オレの本気には『プリシスのため』も含まれる。

 剣、盾、薬と続いて、冒険に使えそうな品か。

「水晶だったよ。魔法に使うやつ」

 魔力の底上げをしたり、強い魔法を使う際に媒体にしたり、水晶は魔法に関係する様々なことに使える。これなら他を食わないし、冒険らしさがある。

 しのげたのか、怪しまれるような視線はなかった。これだけで疑われていたら、オレのウソ能力を笑いたくもなる。

「その程度なのね」

 オレの安息を破ったのは、トゥアリの強い語気だった。室内に響いた芯のある言葉は、空気を一変させる。

「私は、伝説の剣よ」

 腕を組んだトゥアリは、リナールに挑発的な視線を送った。

 最後にまさかの品が届けられた。堂々としたトゥアリの姿は、本当に伝説の剣を装備しているかのようだ。

「伝説って……強そう?」

 思いもよらない品だったのか、リナールは眉をゆがませてひるんだ。

 誰もが同じ気持ちだと思う。プリシスも顔をあげてトゥアリを見たし、シオン先生も冷静を続けながらもトゥアリから視線を外せないでいる。

「当然よ」

 武器被り。しかも剣と伝説の剣だと、勝負は見えてくる。

「特色のない剣に、どんな意味があるのかしら?」

 トゥアリのターゲットは、完全にリナールに固定された。『本気でやる』の結託がある以上、心苦しいけどかばえない。

「いやっ、でも伝説の剣ってすぐに装備できる?」

 視線を泳がせて、わたわたと反論を口にするリナール。

「そうかしら?」

 慌てふためくリナールは、トゥアリの強気をちっともぐらつかせない。鋼鉄の壁を砂で壊そうとしているかのようだ。

「まずは量産された剣で鍛錬を――」

 リナールの声はどんどん小さくなって、最後には聞こえなくなった。悪くない主張だったのに、トゥアリの高姿勢を前に畏縮が勝ったらしい。

「観賞、とか。コレクション、とか」

 切れそうな声をかろうじてぷつぷつと続けるリナール。トゥアリには一切効果がなくて、りんとした態度に変化は与えられない。

 シオン先生はかすかに心痛のある瞳を元教え子に送っている。口は小さく開きはするけど、発せられる声はない。『本気でやる』の約束がよぎっているんだ。

 初対面のオレですら見ていて心苦しいから、シオン先生はもっとつらいよな。プリシスが標的にされたオレの際と近い感情がひしめいているのかもしれない。

「伝説の剣のほうが楽しめるでしょう?」

 明らかに動揺を見せるリナールに、たたみかけるようにトゥアリの強気は向上する。

「果実を切るのは? さすがに伝説の剣は使えないでしょ?」

 リナールからは笑顔は消えて、眉はすっかり垂れさがっている。困窮を示すように、じんわりと汗もにじむ。

「使えるわ。一切の迷いなく!」

 そこは迷ってほしい。伝説の剣が本当にあったら、国宝とか、博物館に展示レベルだろ。調理なんて、してほしくはない。

「ありふれた剣が伝説の剣に勝つことなど不可能!」

 響き渡った声に、リナールは空気が抜けるように萎縮した。だらりとした体は、気力をこそぎ落とされた事実を表現している。

 一方のトゥアリはふんぞり返る勢いで威圧を強めていて、討論を続けてもリナールが形勢逆転できる未来はない気がした。

「……わかった。うちに票、いれて」

 トゥアリを嫌うようにそらされた視線の先を映すのは、一点の曇りもない純白の床だけ。リナールも床に負けず劣らず、真っ白に燃えつきている。

「いいのか?」

 この流れを静観していたのに聞くのは、どうかとも思えるけど。

「『完敗』ってあるんだね」

 様子からは、完全に戦意喪失がうかがえた。『本気でやる』と言ったくせに、それでいいのかともよぎる。

「命を粗末にするのはよくありません」

「今回切り抜けられても、勝てる気がしませんよ」

 シオン先生の言葉に、リナールはしゅんとしたまま首を横に振った。

 勝てないと思ったら潔く撤退するのが、リナールにとっての『本気』なのかもな。戦意を失ったリナールを残すのは、機嫌をとるという目的にもそれる気がするし。

 1人しか勝てないゲームだ。多少の罪悪は残るけど、リナールに犠牲になってもらうしかないのか?

「他の品は必要そうだもんね。あとは頼んだぞ」

 親指をたてて力なく笑って、見事な死亡フラグを作った。完全に腹を括ったらしい。あそこまで強気に論破されたら、こうも心が折られるか。

『ではでは、投票タイムー! 誰に票をいれるか、脳にイメージ! 投票相手は暴露禁止だぞっ』

 イメージだけでいいのか。言葉をとめるのも可能な相手だ。それくらいは可能か。そうなると、思考も読まれているのか? 『決起して相手を倒す』と考えただけでも、危険になりかねないのか? 計画しても考えが筒抜けなら、失敗は確定だけど。

 思考をとめて、票に集中する。

 この流れだと、リナールだよな。本人に言われたし、完全に戦意を失っている。残らせるほうが酷に思える。

 論破されるのをとめなかった事実に罪悪感を感じつつ、リナールに票を投じた。

『有言実行だね。リナールに5票で脱落決定!』

「自分にもいれたのですか?」

「言っときながら別の人にいれるって、うちはバカですか」

 少し驚いた様子のシオン先生に、リナールは軽く笑って返した。萎縮は消えて、晴れやかささえ感じる。

『脱落しても票には参加するから、主張は見てよ。第三者として、発言に参加してもいーし』

 最後の1人になるまで終わらないゲームだった。残った人しか投票できなかったら、最終戦はどちらかが自分に投票しないと勝負がつかない。敗者も票に参加するのは自然なルールだ。

「落とされた品はなんだったの?」

『わかったら、おもしろくないでしょ』

 トゥアリの質問は、軽口のように否定された。トゥアリは眉をひそめただけで、それ以上の声を続けなかった。

 気にした理由はあるのか? 単純にルール確認をしただけ?

 リナールに反応はなかった。品が明かされたとしても、リナールに不利益はなかったのか?

 シオン先生もリナールに視線を送っていた。変わらない表情の奥には、リナールに向けた心配が隠されているんだと思う。

『2ターン目、スタート!』

 響いた声に意識をゲームに戻すと同時に、盾のイメージが浮かんだ。今度は使えそうだ。さっきのプリシスの品はこれだったんだな。

 青色に輝く盾には、3個のジェムが埋められている。魔法にも多少の耐性はありそうだ。傷もついてない良品。冒険に耐えられる能力を感じさせる。

 となると。

 誰かが、布を手にしたのか。

 不安そうな表情が抜けないプリシス。胸の前で握られた両手は、身を守るように固定している。驚いたり慌てたりの様子はないし、悪い品ではなかったのか?

 シオン先生とトゥアリも、前のターンと特に変わらない様子だった。

 思い返せば、1ターン目も反応がわかりやすかったと思えたのはリナールだけだった。表情には出にくいのか、出さないようにしているんだ。

 脱落したリナールも、票に参加する使命からかオレたちの表情をうかがっている。笑みが戻っていて、脱落が心を楽にしたみたいだ。

「オレは盾だったよ」

 発話したら、プリシスの視線がぴくりとオレに向いた。さっき自分が持っていた品がオレに回って、少し驚いたのか?

「あたしはお薬、でした」

 オレだけに返すように、オレから視線を外さないで返された。全員に聞こえる声量だっただろうから、いいけど。まだ他の人を前に発言するのは怖いのか? 少しずつでも、なれてくれればいいけど。……こんな状況になんて、なれるべきではないか。

 薬。さっきシオン先生が持っていた品だな。

 残りは、伝説の剣と、布か。

「選ばれし勇者にでもなった気分だわ。伝説の剣よ」

 トゥアリは2連続で同じ品だったのか。参加人数が少ないし、ありえなくはないか?

「……伝説の剣は、本当にあったのでしょうか」

 思考を遮ったのは、シオン先生だった。

「疑うの? そっちはなんだったのよ」

「剣、ですよ」

 強気な言葉に臆さないで、シオン先生は笑みのまま返した。予想外の返答だったのか、トゥアリの眉がぴくりと動く。

「剣は脱落しましたよね?」

 感じた疑問を、シオン先生にぶつける。

 『剣』と主張したリナールは脱落した。証明するように、リナールが数回コクリコクリと動いている。

 脱落した品は復活しないし、途中で品が変わることもないルールだった。シオン先生の発言は矛盾する。

「さっきのやりとりを忘れたの? 教え子の仇でも討ちたくなったのかしら?」

 トゥアリの言葉ももっともだ。剣を主張したリナールが今しがた、完膚なきまでにやられたばかり。それを見ていたのに、どうしてシオン先生はそんなことを言うんだ?

 勢力を戻したトゥアリの強気に、リナールは心配そうにあわあわとシオン先生を、トゥアリを見ている。シオン先生の行動の真意が読めなくて、オレもシオン先生に困惑の視線を送る。

「浮かぶのは品のイメージだけです。見ただけでは、品が『伝説』なのかは判断いたしかねます」

 そうだった。イメージしかない。今オレが持つ盾だって、名前や効果すらわからない。

 他の人は、品以外の特別な単語を使っていなかった。唯一使われたのは、トゥアリの『伝説の』剣だけ。イメージだけなのに、どうして伝説だとわかった?

「変わったオーラがあって、柄もきらびやかな装飾が施されている。そしてリナールが『ただの剣』と言ったからには、これは伝説の剣だと思うでしょう」

「そうでしたか。でしたら僕が今持つのが、その『伝説の剣』ですね」

 ひるまないシオン先生の笑みに、トゥアリがわずかに身じろいだように見えた。

 伝説の剣が2本?

 いや、それはない。前のターンでオレの手にあった『布』が消えている。『途中で品の交換とかはない』というルールがある以上、誰かが布を持っているはず。

 布になったどちらかが、残るために『伝説の剣』と主張しているのか?

「そんなわけない! シオンはウソをついている!」

 人差し指を向けられて反論されたシオン先生は、態度を変えないままリナールに視線を向けた。

「リナールが持っていた『剣』は、どのような品でしたか?」

「鉄で作られたような……ありふれた感じの剣でした」

 聞けたし、返答できたからには、言うのは禁止されていないのか。『情報提供』や『主張の一環』として許容されているんだな。

 迷いのないなめらかな口調は、でっちあげとは思えない。リナールは本当に剣を持っていたと考えていいのか?

「『伝説らしさ』はなかったのですね?」

「あったら、それをネタに反論できていますよ!」

 そりゃそうだ。店売りされていそうな見た目だったからこそ、完膚なきまでにやられたんだ。

「グレードの異なりそうな剣が2本あったのですね」

「私が持っているわよ」

「僕の手にあります」

 奇しくも2ターン目も、剣の戦いになったみたいだ。弁論が苦手そうなプリシスが標的にならないのは幸いだし、荒立てないように見守ろう。

 プリシスも不安そうに目の前の光景を見守っている。今はしのげたとしても、残りのターンではプリシスも参加せざるを得なくなるんだよな。できるだけ荒くならないように祈るしかない。怖い思いをして心が折れでもしたら、今後のゲームにも響きかねない。

「ただの剣だと負けるから、伝説の剣だと主張するのね」

 剣は脱落済みなのを理解しているのに、トゥアリは挑発的に笑って返した。反論させてシッポをつかもうとでもしているのか?

 今後のためにも、今は罪悪感を殺してやりとりを吸収する。今流れる情報が、今後のターンの反撃材料になるかもしれない。脱落しても発言は許されるみたいだから、プリシスを残すことにもつなげられるかもしれない。

「特別な外見を持っているので、そう呼ばせていただきます」

 さっきのリナールとは違って、シオン先生は笑顔のまま主張を続ける。動揺を見せないからには、伝説の剣を持つのはシオン先生なのか?

 考えても、乱れのないシオン先生と強気を崩さないトゥアリ相手だと、真実が見えない。2人のどっちが伝説の剣を持っているんだ?

「シオンが本当に持つのは、アレなのでしょう?」

 トゥアリがオレを一瞥した。オレによぎる、嫌な予感。本当は伝説の剣を持っていない人が持っているであろう品が、残されている。

「脱落していないはずの品が、消えたもの」

 やっぱり、それか。うまい具合にうやむやになるかと思ったのに。

「水晶、誰が持っているのかしら?」

 狙いは、オレに移ってしまったのか? さっきの論破を見る以上、厄介な相手には違いない。でも簡単には折れられない。

「トゥアリが水晶を持っているのに、伝説の剣を主張しているんじゃないか?」

 本当は水晶なんてないけど。こう言うのが自然な反論だろ。

「おあいにくさま。私は伝説の剣を持っているわ」

 威圧感満載の強気を前に、心がひるみそうになる。リナールが論破されたのも納得の圧だ。

「水晶なんて、なかったのでしょう? 水晶なら、少なくとも盾や薬と対等に戦えそうだもの」

 伝説の剣はともかく、水晶なら盾や薬相手なら争えそうな水晶。消えたとなると、最初からなかったと思われるのも仕方ない。真実だし。

「違い、ます」

 反論を見せたのは、プリシスだった。

「先生はウソなんてつきませんっ。お2人のどちらかが……その、水晶、です」

 両手を胸の前にきゅっとつけて、勇気を振り絞ったかのような主張。

 今までのトゥアリの強気を見ていたプリシスにとって、心中の恐怖ははかりしれない。なのに、この言葉を発してくれた。

「と、言ってるけど。どうかしらエオ先生?」

 オレのウソを確信している態度のトゥアリ。この状況なら、そう考えるのも無理はない。

 トゥアリが本当に伝説の剣を持っているなら、シオン先生が水晶を持っているのに『伝説の剣』とウソをついていると推測できる。

 でも盾や薬があるこのターンで『伝説の剣』と主張するのは、違和感が残る。

 伝説の剣は必ず残れそうだから、このターンは3品の戦いになる。シオン先生が落ちる可能性は3分の1。

 その危険すらさけてトゥアリと同じ『伝説の剣』を主張しても、ウソをついていると疑われるだけ。

 オレやプリシスには、どっちがウソをついているのかわからない。向けられる疑念で落とされる可能性は、トゥアリとの2分の1になりかねない。

 つまり、今のターンではウソをつかないで『水晶』と主張して、盾や薬と戦うほうが自然だ。

 シオン先生もわかっていただろうに、わざわざ『伝説の剣』と主張した。トゥアリが言ったみたいに『元教え子の仇』って思いでもあったのか。オレやプリシスを脱落の危機にさらしたくなかったのか。

 自分の命も大切にするシオン先生が、オレらのために自己犠牲のような行動をするか? 違和感は抜けない。

 シオン先生は本当に『伝説の剣』を持っているのか? 正直に主張しているだけで、オレが考えているような内情は一切ないのか?

 本当はトゥアリが伝説の剣ではないのか? だったら、なんのために『伝説の剣』と主張した? 考えられる可能性は。オレのウソを主張して、自分に票が向かないように図っている?

 どちらにしろ、トゥアリが身を守れる画策で進んでいる。

「先生……」

 オレを見つめるプリシスのはかない瞳が刺さる。

 『ウソをつかない』と信じてくれているのに、オレはプリシスを裏切る行動をした。ウソが許されたゲームだったとはいえ、罪悪感が身にしみる。

 盾を持っているとはいえ、オレは危険か? ウソをついた疑惑は、票を集める理由になる要素だ。

 最後に残れるのは、どうせ1人。盾が残っても、今後の主張は厳しくなりそうだ。腹を括るのもアリか。

 不安なのは、プリシスの存在。

 プリシスのためにも、少しでも有益になることを残したい。

「……ごめんな。前のターンでオレ、水晶ではなかったよ」

 信じてくれたプリシスには悪いけど、真実を伝える。かすかに瞠目したプリシスの瞳に、心が痛んだ。

 ウソをついていいゲームでウソをつくのって、こんなに精神が削れるのか。平和な状況で似たゲームがあっても、もうやりたくない。

「変哲のない、布だった」

 真実を明かしたら、オレの敗北を確信したかのようにトゥアリの口元がにたりと動いた。

 負けを認める前に、最後の反撃。

「こうなると、剣同士の2人が怪しいけど?」

 オレは盾、プリシスは薬。これが確定とすると、どちらかが布を持っているのは確実だ。

 オレが消えたら、布が残る。この情報が、どれだけプリシスの役に立てるかわからないけど。

「布、持っているんだろ?」

 両者をじっとりと見つめる。

 シオン先生を責めるのは心苦しい。けど『本気でやる』を免罪符にやるしかない。プリシスにどれだけ楽を渡せるかは未知数だけど。

「……僕がね」

 認める言葉を吐いたのは、シオン先生だった。

 プリシスを裏切って、シオン先生をおとしいれるようなことをした事実が刺さる。自己嫌悪したくもなる。

 でもシオン先生が、一切の考えもなしに布を認めるか? オレに票が集まらないように配慮してくれただけ?

「それ、冒険に必要かしら」

 軽蔑したようにくすりと笑うトゥアリ。オレが招いた結果だけど、イラつきは隠せない。

 変哲のない布なんて、伝説の剣や盾や薬にはかなわない。そう思って、オレも前のターンで『水晶』と主張したんだ。

「装備すれば使えます」

 その可能性を考えて、シオン先生は自ら布を明かしたのか? それだけだと弱すぎる。武器にも魔法にも耐えられそうな外見ではなかったのに。

「『変哲のない布』を装備なんてできるのかしら? 盾のほうが頼りになるでしょ」

 布だと明かした際のオレの言葉が、シオン先生の反論を無にした。オレ自身そう思えたから、口をはさめない。

「治療には使えると思います」

「薬があるわ」

 布と伝説の剣だと、やっぱり布が不利か。トゥアリは今は伝説の剣を振るってはいないけど。

 続けられた反論に、シオン先生はこれ以上言葉を続けなかった。小さく笑って、かすかに呼気が漏れる。

「降参。布は残れそうにないですね」

 シオン先生はやれやれと首を横に振った。

『投票時間だよー! リナールも忘れずに参加しろよ!』

 ここは……シオン先生でいい、のか? おとしいれたみたいで負い目はあるけど、布が残ったら不都合だ。もしプリシスに渡されたら、負かされてしまう危惧がある。

 迷いと心苦しさを感じつつ、シオン先生に票を投じた。

『自称布系先生、シオンが4票で脱落!』

 つまり、誰かは別の人に票を投じたのか。この流れで誰だ? シオン先生自身か、リナールか?

「残念。検討を祈ります」

 瞬間、シオン先生がトゥアリを一瞥して。シオン先生はトゥアリに票を投じたのではないかとよぎった。

「その……すいません」

 罪悪感を楽にしたくて、シオン先生に頭をさげる。

「気に病む必要はありません。次のターンも励んでください」

 優しく笑ってくれるシオン先生を前に、余計に罪悪感が強まったように感じられた。

「シオン先生なら、もっと残れると思ったのに。伝説の剣でガツガツ攻めればよかったじゃないですか」

 リナールは唇をとがらせて、小さな不満をのぞかせた。オレと同じ疑問を抱いていたのかもな。

「どうして『伝説』とつけられるのか、最初のターンから疑問だったので。解消したい思いが勝ってしまいましたね」

「もったいないですよー」

「『私を疑っていた』と言うのかしら?」

 なごみかけた空気を壊したのは、変わらない強気を維持するトゥアリの声だった。

「そこまでは言っていません。気になっただけですよ」

 眉を動かしたトゥアリに気づかずに、リナールが不満げな声を発する。

「だとしても、布って認めないで戦い続ければよかったじゃないですか」

 リナールの意見にオレも賛同だ。オレの揺さぶりに負けないで、主張を続ける道もあった。

「そうしてエオたちと戦うのと、どちらがよかったのでしょうね。僕には判断いたしかねます」

 『伝説の剣』と主張を続けたら、盾のオレや薬のプリシスを落とすのは楽そうだ。そうなる未来を嫌って、あそこまであっさり『布』だと認めたのか?

 本気でやるなら、オレたちと戦うほうが自然だ。でもそれはオレたちを脱落させて、欠片を入手できる可能性を壊すことになる。迷いからの行動だったのか?

 閉口するシオン先生をよそに、脳に声が響く。

『折り返し地点の3ターン目、スタート!』

 休む間もなく続けられたゲーム。浮かんだイメージは、またしても盾だった。

 プリシスはぴくりと動いて、若干の驚きを感じられた。トゥアリはあきれるように小さく息を吐く。

 これらの様子が、渡された品と関係あるのかはわからない。続いた弁論で疲れが出ただけかもしれない。

 2連続盾か。怪しまれないか心配だ。

 だからってヘタにウソをついたら、それはそれで疑惑の目が向くのには変わりない。前のターンでの脱落を逃れたとはいえ、最初のターンでウソをついた事実は周囲の心証を悪くしている。ウソを重ねたら、オレの脱落は目に見える。

「また盾だったよ」

 2人の脱落が出て、残されたのは3人。人数が減るにつれて、連続で同じ品になる可能性が高くなるのは当然だと思う。そこまで怪しまれないよな?

「あたしも、お薬、でした」

 プリシスも前のターンと同じ薬。

 となると。

「ウソっぽくなるけど、私は伝説の剣だったわ」

 そうなるよな。奇しくも全員、前のターンと同じ品だったのか。

「3連続同じって、あるのか?」

 2連続はまだしも、3連続なんて偶然あるのか? オレの問いに、トゥアリは眉をあげた。

「真実なのだから、仕方ないでしょう?」

 そう言われたら、こっちも反論できない。

 数学学者とかなら『この状況で3連続同じ品になる確率はX%だ!』と反論できただろうに。あるいは、3連続同じ品を納得できる確率を計算できていたか。

 リナールも確率計算はできないのか、首をかしげて視線をよそに向けている。シオン先生なら計算できるかと思って視線を移したけど、無言でトゥアリを見るだけだった。

 仮に3連続同じ品になる確率が1%に満たないとしても『起こる可能性が低いことが起こっただけ』と主張されたら意味がない。起こる可能性が0%ではないなら、完全に否定できる材料にはなってくれないのだから。

「最初のターンから、ずっと同じ『伝説の剣』なのか?」

「そうよ」

 最初のターンは他に主張する人がいなかったから、トゥアリが伝説の剣だった。

 次のターンでは、伝説の剣を主張したシオン先生が布を手に脱落した。つまり、伝説の剣を持っていたトゥアリが残された。

 そして今のターンも、トゥアリが伝説の剣を持っている。

 脱落するにつれて、同じ品を渡される可能性は高くなるんだよな? オレやプリシスも、2連続で同じ品だったし。

 どれだけ考えても、主張される以上、納得するしかないのか。

「武器がないと戦えない。伝説の剣は必要よ」

 単純に考えたら、伝説の剣は冒険に欠かせない。となると、オレとプリシスの争いになるのか?

 プリシスは困惑を隠せないまま、視線がちらちらと泳いでいる。

 このターンに残ってもらって、最後にプリシスが伝説の剣を手にしてくれるのが理想だ。伝説の剣なら、強く主張するのが苦手なプリシスでも勝てるだけの材料になる。

 でも最後のターンは2分の1だ。確率で考えるなら、プリシスが伝説の剣を手にできるかは微妙か?

 どうにか、この状況を切り抜けられるものはないか?

「あら、2人そろって降参かしら?」

 勝ち誇った笑みをトゥアリに向けられる。

 このままなにも言わないでいたら、オレとプリシスのどちらかが投票で負ける。伝説の剣にかなうわけがない。

 天を運に任せて、なにもしないでターンを終えるか?

 迷った視線が、リナールでとまる。

 『本気でやろう』の言葉が思い出された。『あとは任せたぞ』とも言われたけど、そこはいい。

 今後のゲーム展開がわからない以上、主催者を楽しませるためにも本気でぶつかる。そう決起した。

 プリシス相手とはいえ、譲りあってはいけない。その態度が機嫌を損ねさせて、今後のゲームのルールを不利に変える可能性は皆無ではないんだ。

 プリシスのためにオレがわざと負けるのは、主催者を楽しませることにはならないと思う。だからって、プリシスをおとしいれたくはないけど。

「攻撃だけが戦いではない。盾での守りも必要だろ」

 オレの主張に驚いたのか、プリシスの視線が刺さる。最初のターンのウソといい、プリシスからの評価はさがったよな。

 『本気でやる』の約束があるとはいえ、この状況で自分の品を主張されたら『薬を脱落させようしているんだ』と誤解されかねない。

「薬は、なにに使える?」

 『せめてもの救いになれば』と、プリシスに問いかける。

 今までのターンでも、自らの品の主張がほとんどなかったプリシス。オレが促さなかったら、黙ったままターンを終える可能性もある。そうなったら『不要』と判断されて、このターンで脱落しかねない。この問いだけでも、プリシスの立場を変えるきっかけになるかもしれない。

「治療に、使えます」

 またしてもオレだけを見て返された。それでも、納得のいく答えを得られた。

 攻撃に使う伝説の剣、防御に使う盾、治療に使う薬。どれも冒険に欠かせない品だ。伝説の剣の有利の不動は否めないけど。

 あとは投票でどう判断されるかだ。

 盾を主張しても、伝説の剣には勝てそうもないし、薬をおとしいれかねない。逆に薬の有益を語るのも『本気でやる』とは反する。

 それぞれの品の長所をあげるのが、今できる最善だよな?

 これ以上あがいても、状況が好転するとは思えない。余計なことは言わないで、ターンを終えよう。

「そうかしら?」

 トゥアリの視線は、プリシスにまっすぐと向いた。鋭い瞳にとらえられたプリシスは、不安をにじませてかすかに身じろぐ。

「薬は、本当に治療に使えるの?」

 予想外の反論だった。でも一理ある。

 イメージしかわからない品。そのせいでトゥアリは、前のターンでシオン先生と対立したんだ。

 他の品も、イメージしかわからないのは同じ。『治療に使える薬なのか』の確信は得られない。

「毒薬でも、薬とは言えるわ」

「あ……の」

 拳を握って、反論の言葉を求めるように視線を揺らめかせるプリシス。パクパクと動く小さな口は、空気を咀嚼するだけだった。救いたい思いはあるけど、薬を見たことがない。未見の薬をかばうなんて、本気の戦いとは言いがたい。

「シオン先生も薬を渡されていましたよね? どうでしたか?」

 求めるべきは客観的意見だ。脱落しているシオン先生は、薬の外観を偽証する理由もない。

「透明なビンとコルクの栓の、ありふれたものです。快晴のような青色の液体が、8分目くらいまで入っていました」

 詳細な証言に、プリシスはコクコクと頭を動かす。

「あたしが持っているのも、それです」

「ラベルはあったの?」

 トゥアリの強気な態度は不動だ。言葉だけでプリシスがうつむいて、恐怖を高めているように感じられる。教育実習生なのに、現役生徒に思いやりがないのはどうなんだよ。この状況だから思いやる余裕がないのも仕方ないのかもしれないけど、気にかかりはする。

「いえ、ありませんでした」

 シオン先生の証言は、このあとの流れを作るのに足る内容だった。

「つまり、どんな薬かはわからないのね?」

 この状況を楽しむかのように、トゥアリはにやりと笑う。空気が、不穏に変わる。

「……そう、ですね」

 シオン先生は最初のターンで『薬』とだけ言っていた。『傷薬』とかは言っていない。見た目で判断がつかなかっったからこそ、次のターンで伝説の剣についての言及につながったのかもしれない。

「効果のわからない薬が使えるかしら?」

 ヘビににらまれたカエルのように完全に萎縮したプリシスは、場の空気にのまれている。

 これだともう、反論はできなさそうだ。トゥアリの言葉がなかったとしても、プリシスが反論できていたかはわからないけど。

 どちらにしろ、このまま終わったらまずい。『効能のわからない薬』と判断されて、プリシスが脱落してしまう。

「毒薬とも限らないだろ?」

 思わず言い返したオレにも、トゥアリの強気は変わらない。

「治療薬と信じて自分に使って、害があったらどうするの?」

 そう言われたら、どうしようもできない。否定できる材料もないし、強く反論したら『本気でやろう』に反する。

「毒薬である確証もない以上、敵にも使えない。劇薬だったら、落として割れただけでも命の危機よ」

「薬の成分を調べればいいだろ。効能がわからないなら、鑑定すればいいだけだ」

 冒険を続けていたら、正体がわからない品を入手する機会もあるはず。鑑定の道がある。薬も調べればいいだけだ。

「鑑定できるルールがあるのかしら?」

『ないよ』

 本当の冒険なら、開けた道だったかもしれない。でもこれはゲーム。『できないルール』と言われたら、オレの主張は無意味でしかない。

 効能のわからない、鑑定すらできないルールで必要性を主張する。できる手段は残されているのか?

 思案しても、対抗しうる案が他に思いついてくれない。ここまで来て、手詰まりかよ。

 プリシスはすっかり生気を失って、このターンでの脱落を覚悟しているように見えた。このプリシスを前に、なにもできないオレがもどかしい。

「効果のわからない薬を持ち続ける理由はないわ」

『そこまでー! 投票するよ!』

 トゥアリの声を最終通告にするかのように響き渡った声。

 最悪なタイミングで迎えてしまった。この流れだと、プリシスが票を集めてしまう。

 選択肢は3つ。

 効果不明な薬を持つプリシスか、盾を持つオレか、伝説の剣を持つトゥアリか。

 伝説の剣は冒険には必要だ。消すべきは、盾か薬。

 リナールが5票を集めて脱落していた。オレが自分に投票することも可能だ。盾は不要と判断して、自分に投票するか?

 ここでプリシスが生き残れたとして、次のターンは伝説の剣と薬の戦い。今の主張がある以上、薬は圧倒的不利。

 プリシスに伝説の剣が渡ったらいいけど。2分の1の賭けに出てもいいのか?

 今はゲームをマジメに進めて、流れに身を任せるのが適切か?

 ……いや、オレは薬が治療薬だと信じている。回復手段は冒険に必要だ。

 伝説の剣があれば、身を守る必要もない。攻撃される前に相手を倒せばいいんだ。

 攻撃されなかったら、回復の必要もないけど。道中、戦闘以外の理由でケガする可能性はある。その際に薬は役立つ。

 意を決して、自身に票を投じた。

『そーなるよね。4票でプリシス、離脱ー!』

 ぴくりと震えたプリシスは、少しほうけたあとにオレを見た。

 無理、だったか。

「ごめんな」

 オレの1票は、プリシスの脱落を変えられかった。あんな主張をされたら、こうなるのは自然だったか。

「大丈夫、です。ありがとうございます」

 その謝礼は、オレの気づかいに向けたのか、集まらなかった1票がオレだったと察してだったのか。

 蒼白なままだけど、消えていた生気はかすかに感じられて、ほのかな微笑をかすめられた。脱落で心が楽になったのか?

「勝って、ください。応援するので」

 向けられた、プリシスのまっすぐな瞳。うるんだままだけど、奥からは変わらない信頼がにじみ出ている。

 最初のターンでウソをついて裏切ったオレに、こう言ってくれる。その態度がありがたくて、心の支えになる。

 ここまできたら、やるしかない。プリシスやシオン先生のためにも、生半可な結果では終われない。

 オレが欠片を手にしたら、プリシスの不安も少しは消せるかもしれない。落胆を決意で上書きして、大きく点頭した。

『ラストターン、スタート!』

 イメージが浮かびあがる。

 残された品は、盾と伝説の剣。渡される品で勝負が決まるといっても、過言ではない。

 明確になったイメージに、息をのみかけた。

 素早くトゥアリを見たら、強気を崩さない満足げな姿。

「まさか4連続で伝説の剣になるなんて」

 勝ち誇った笑みを前に、戦慄した。

 オレの脳にあるイメージ。

 それは、ただの泥だった。

 きたなくて、パックに使えるとも思えない、うっかり踏んでしまったら気分が沈むだけの物体。

 今までのトゥアリの主張がフラッシュバックした。

 きっとトゥアリは、本当に連続で同じ品を渡されていたんだ。なににも使えない、泥という物体を。

 生き残るために『伝説の剣』とウソをついた。他より明らかに優位な品を主張することで自分が矢面に立たないようにして、ウソの矛盾が漏れないようにした。

 結構な策略家だ。

 2人しかいない参戦者。さっきとは違う品。

 相手が持つ本当の品は、互いにわかりきっている。

「……おかしいな。伝説の剣なら、オレの手にあるぞ」

 重要なのは、脱落した3人をどうだませるか。

 『だます』なんて言葉が悪いけど、泥で勝つなんてできやしないから仕方ない。

 本気でやるんだ。今後のためにも。『勝って』と願ったプリシスのためにも。

 まさかの泥で感情を占められた動揺が、顔に出ていなければいいけど。バレていないかプリシスたちの様子をうかがいたいけど、周囲を気にするのも怪しまれかねない。

 ここは堂々と、トゥアリだけを見て。

「なにを言っているの? 私が伝説の剣の所持者よ」

 あくまでもトゥアリは、態度を変えようとしない。

 正直に『盾』と主張しないのは、オレが『伝説の剣』と主張する可能性を警戒したからだよな?

 『オレの本当の所持品は泥』と指摘しても、脱落した3人には真実かわからない。勝つためにトゥアリがウソをついているようにも見えてしまう。

 なにより、今までトゥアリが『伝説の剣を持っていた』という主張がウソだとバレて、心証を悪くする諸刃の剣だ。どうなるかわからない賭けに出るより、伝説の剣と主張するほうが安全だと思ったんだ。

 それでも『4連続伝説の剣』という事実になってしまうけど。この状況で気にかける人は少なそうだ。今となっては2分の1だし、驚きも少ない。

「同じ品はない。途中で品が変更されることもない。その前提だと、この状況はないですね」

 シオン先生の言葉に、表情に出ないようにつくろった。そもそも、伝説の剣は存在しないけど。

 ようやく見れた周囲からは、オレを疑うような感情はかすめとれなかった。疑念は抱かれないで済んだのか?

 プリシスの不安な表情は、この状況のせいなのか、オレがまたウソをついたのではという心なのか。後者だったら申し訳ない。でも、勝つために必要なんだ。

「伝説の剣同士で、どうやって落とす人を決めればいいの?」

 混乱した様子で、リナールはオレとトゥアリを見比べている。最初のターンで食らったダメージは癒えたのか、表情にかげりはない。

「簡単よ。より伝説の剣を使いこなせるほうを残せばいい」

 トゥアリは腰に手を伸ばして、剣を抜くような動作をした。オレに伸ばされた手に剣があるようにさえ見える、見事な所作。身じろぎすらしそうになった。

「私、武術の教員免許を持っているの」

 死の宣告に近い声が室内に響く。むしろ、死の宣告でしかない。動揺が表情に出ないようにはしたけど、心は騒ぐ。

 プリシスとシオン先生も不利を悟ったのか、表情が暗くなった。

 オレは武術の教員免許なんて持っていない。運動神経も自慢できるほどではない。『剣を使いこなせるか』と聞かれたら『無理』と返さないと虚偽になる。

 この状況。

 武術の教員免許を持つトゥアリ。

 人並みに動けるレベルのオレ。

 伝説の剣を託すなら、どっち?

 考えるまでもない。オレだって、迷いなくトゥアリに投ずる。

 脱落。

 脳を、その単語が占める。

 このまま負けを認めるか。『眠っていた剣の才が目覚めるかも』と痛い主張をするか。

 無理だ。勝てそうには思えない。

 少し前のターンで落とされてもよかったオレだ。ここまでよく残れたよ。健闘をたたえて、撤退するのが賢明か。

 諦めかけたオレによぎったのは、プリシスの『勝って』の言葉。

 ここまで不利な状況におとしいれられたからって、簡単に観念していいのか?

 オレのウソも許してくれたプリシスが託してくれた思い。簡単に投げていいわけがない。

 大切な生徒の前であっさり諦める姿を見せるなんて、教職者失格だ。どんなに不利でも、負けが近くても、最後まで本気で戦おう。

 でも明らかにオレに不利な状況。どうしたら動かせる?

 伝説の剣を使いこなせそうにないオレ。最初のターンでウソをついたオレ。

 不利な材料しかない。

 ……不利な材料?

 待て、ウソをついていたのはトゥアリだって同じだ。最初のターンからずっと『伝説の剣を渡された』と主張していたんだから。

 残された道は、これだ。

「最初のターンからトゥアリが3連続で同じ品だったのは、間違えないみたいだな」

 不安しかないけど、トゥアリに負けない強気で発する。気持ちで負けたら、リナールみたいにこてんぱんにやられる。

「そうだと言っているでしょう?」

 『3連続』という単語は見すごしたのか、トゥアリは勝ち気に返した。シオン先生は気づいたのか、オレを見て小さい反応を示したけど。

「今持っている品は、違うだろ?」

 トゥアリの眉がぴくりと動いた。表情全体は変わらなくて、全員が気づいたかは微妙だけど。

「トゥアリがずっと持っていた『泥』は、今オレの手中にあるからな」

 対抗するように強気で言い放った。起死回生を狙う言葉がこれだから、我ながら情けない。

「泥……って?」

 リナールが当然の疑問を口にした。プリシスやシオン先生も、小さな驚きを隠せないままオレを見ている。

「最初から『伝説の剣』なんて、なかったんだよ。トゥアリが持っているのは、盾だ」

 盾と泥。不利なのには変わりない。トゥアリが貫き続けたウソがどうにか影響を与えてくれるのを願うだけだ。

「前回のターンを見るに、どちらかが盾を渡されているはずですね」

 シオン先生の言葉に、トゥアリはゆっくりと腕をおろした。強気な表情は変わらなくて、焦りは感じさせない。

「正直に言うわ。私が持つのは盾よ」

 間を置かないで、トゥアリは変わらない態度のまま真実を口にした。ようやくトゥアリが、本当に持っている品を口にした。このゲームで初めて、真実を発した。

「どうして……」

 リナールの小声に、トゥアリは笑う。

「この流れだと『伝説の剣』と主張されるでしょう? 対抗するには、私もそう主張するしかなかったのよ」

「今までもずっと泥だったの!?」

 リナールの驚きも理解できる。泥を手にしながら、あそこまで堂々と『伝説の剣』と言い続けていたんだ。泥相手に論破されたなんて、リナールの心情はどうなっているのか。

「そんなゲームでしょう? 『本気』でやっただけよ」

 自分で言った単語をひっぱられて、リナールはまたしても反論の気力を失った。最初のターンせいで、苦手意識を抱いたのか?

「盾と泥だと、本気の勝負になれないでしょうけど」

 勝利を確信したかのようなトゥアリの笑い。

 ウソをつき続けたトゥアリを残すのを嫌う人がいたら、可能性は残されているかもしれない。人格投票みたいにはなるけど。

「私情に流されないで『本気』で投票するわよね?」

 まるでオレの計画を見透かしたかのような主張。

 そうだ、本気で戦うと決起した。

 ここで泥のオレが残ったら、本気とは言えない。今までの本気がすべて無意味になる。

 泥が票を集めるに値する理由を作れないか?

 脳にあるイメージはただの泥。有益な使い道があるとは思えない。

 逆に考えよう。盾にデメリットはないか?

 今までの品が脱落した理由はなんだった? そこを研究したら、活路を見出せるかもしれない。

 このゲームで渡された品は剣、布、薬、盾、泥。剣と薬はオレは確認できていないから、真実かはわからないけど。

 少なくとも、薬はあるよな。プリシスとシオン先生が手にしていたし。薬の外観を証言するシオン先生には迷いがなかった。シオン先生の証言にプリシスに賛同していた。

 リナールの剣も、リナールの様子にウソがあるように感じなかったし、信じていいんだよな?

 剣は、伝説の剣があるから脱落した。本当は伝説の剣はなかったけど。

 布は、変哲がなくて利用価値に乏しいから脱落した。

 薬は。

「……あの薬、毒薬だったのか?」

 突然のオレの声に、トゥアリのいぶかしげな視線が刺さった。

「関係ないでしょ?」

 一見、オレの発言は無意味な主張だろう。でも今の状況にも適用できるんじゃないか?

「盾、無害か?」

 イメージしかわからない品。効果がわからないのは、どの品も同じだ。

「呪われた装備だったりして」

 軽口のように放ったら、トゥアリの表情が動いた。

「知っているのでしょう? 魔法の耐性もありそうな、使えそうな盾よ」

 オレも見たから、主張はわかる。傷もない品で、呪われそうには見えなかった。

「『無害』だって証明できる?」

 盾の優位を崩せる、残された道。泥を手に戦うのは悲しいけど。

「ありふれた見た目の盾に、呪いを疑うつもり!?」

「可能性の話だよ」

 優勢を握られないように、バクバク動く心臓を隠して余裕の笑みを構える。

「薬だって『ありふれた見た目』なのに、可能性だけで排除した」

 シオン先生が語った薬の外観は、悪い特徴は感じられなかった。毒薬らしさがないのに、可能性だけで排除したんだ。

 なのに盾は、それをしないのか?

 意外な反撃だったのか、目を丸くするリナールが見える。プリシスも小さく口を開けて、オレに視線を注いでいる。

 勝手にプレッシャーを感じたオレの心を休めたのは、おだやかに笑うシオン先生の姿だった。冷静になれ。まだ反撃できる。

「少しでも危険の可能性が捨てきれないなら、盾は切り捨てるべきじゃないか?」

 前のターンでプリシスが脱落させられたのは理不尽ささえ感じたけど、今ここで役に立っている。プリシスの脱落を無意味にしないで済んだ。

 歯を食いしばって震えを見せたトゥアリは、空気を払うようにまなじりを決した。

「……そうだったとして!」

 前のターンの自らの発言に足をとられると思っていなかったのか、トゥアリの声は少し裏返った。強気を崩さなかったトゥアリが見せた、初めての隙。

「泥なんて残して、どんな意味があるの!? 呪い覚悟でも、盾を残すべきよ!」

 簡単に観念しないのは、トゥアリも同じだったか。瞳はかすかに揺らいでいるけど、諦めはうかがえない。

 いい線まで行けたけど、こう返されるとは。

 呪い覚悟で盾を選ぶか、呪いを懸念して無能な泥を選ぶか。

 ……冒険に出るのに、泥だけを持つヤツがいるか?

 正直、あの盾に呪いらしさを感じられなかった。プリシスも最初のターンでただの盾と主張していたし、同じ思いを抱えているか?

 さすがにここまで、か?

 泥を手に、よく戦ったほうだよな。オレは、本気でやった。

 これから泥を目にするたびに、この激闘が想起するかもな。

 沼地の汚泥を前に、お前に可能性を見出せればと涙して。

 雨でぬかるんだ地面に、いつもは気にとめもしない土のクセにと悪態をついて。

 ……地面。

 無意識に、視線が地に落ちる。そこにあるのは、真っ白な床だけど。

 ただの泥。でも、使い道はある。

「泥でも、使えるよ」

 泥についてここまで考えることが、今までの人生であったか。もしかしたら、研究者の次に考えているかもな。

「まだ、なにか?」

 言葉をやめたオレに勝利を確信したのか、トゥアリの強気は戻っていた。あるいは、強がりだったのか。

「投げれば、目くらましになる」

 発したら、トゥアリに鼻で笑られた。

「それだけ?」

「泥だと、回復効果やダメージ効果があるとは考えにくい。だからこそ安心して、敵に目つぶしとして使える」

 盾に勝つ反論としては弱いかもしれない。でも今までの流れがあったからこそできた答え。

「……仮に使ったとして、泥ですべって戦いにくくなるわ」

 高姿勢は消えたけど、まだ続く反論。『簡単に諦めない』と解釈すれば、尊敬に足る長所だ。

「泥程度で戦えなくなるなら、雨の際はどうするんだ?」

 オレだって諦めたくはない。明らかに不利な戦いだけど、プリシスの思いを無にしたくない。

 オレの言葉は効いたのか、ついにトゥアリから反論の声が消えた。

 それもそうだ。トゥアリは雨の戦いも熟知しているはず。地面がどんなにぬかるんでいても戦える手段を身につけているはず。

「その程度の知識はあるよな? 武術の教員免許を持っているんだから」

 オレはぬかるみの中でも正常に戦えるか、正直自信はないけど。晴れていたとしても、戦えるかわからないけど。

 今は言うべきではない。幸いにも、初対面のトゥアリにはオレの能力はバレていない。少しは悪い気分もあるけど、仕方ない。

『終了! 投票だよー』

 終わりか。

 オレの言葉はどう伝わったのか。あえて反応を見ないで、ゆっくりとまぶたを閉じた。泥が作った激論のアドレナリンがすーっと薄まっていく。強気に主張なんてなれないことをしたせいか、心臓の鼓動は荒かった。

 長く息を吐いて、目の前の投票に意識を戻す。

 票を投じる相手は、トゥアリ。脱落した3人がどうするかが、勝負を決める。

『さてさて、脱落するのは~』

 ゆっくり、まぶたを開ける。プリシスが、シオン先生が、リナールが、オレを見ていた。

『4票を集めたトゥアリ!』

「なっ」

 声を漏らしたトゥアリは、すぐさまオレに鋭い視線を飛ばした。勝利の喜びも薄いオレは、瞬時にわいた罪悪感で目をそらす。ゲーム内容的に仕方ないけど、おとしいれるようなことをしてしまった。教職者として正しい道だったのか。

「やりましたね、先生!」

 プリシスの顔に笑顔が宿る。この場所に来てから初めての、明るい笑顔。それが見られただけで、この勝利に意味はあったと思えた。

 本当は、プリシス本人が勝つほうがよかった。次のゲームからは、プリシスが勝てるように励まないと。

「ハッタリがうまくいっただけだよ」

 泥が勝利するなんて、とんだ大番狂わせだったよな。トゥアリがウソをつき続けていたのが加味されての結果だろうけど。顔見知りが2人いたオレと1人もいなかったトゥアリも、票に影響を与えたのか? 『本気でやる』の約束はあれど、多少の手心は消せなかったのかもしれない。

「それでも、よく切り返せましたね」

 シオン先生もおだやかに笑ってくれている。オレの勝利を喜んでくれているみたいだ。

 自分でも本当によくできたと思う。考えすぎていたせいか、どんなことを言ったか記憶に薄い。

 勝ちはしたけど、泥だけ持って冒険って、本当にアリなのか? 想像したら妙な光景になる。旅路が不安にもなる。考えないでおこう。

「本気で怒らせたら、怖かったりするの?」

 リナールのおちゃらけた言葉に、笑みがこぼれた。ゲームの終了と実感できた勝利は、オレに安息を作っていた。

「その評価は、困るな」

 思い返したら、本気で怒った記憶がない。自分でも、本気の怒りはどうなるのか未知数だ。

「あっ」

 プリシスがオレを指した。

『欠片1個贈呈~』

「首」

 声を出したシオン先生は、自身の首輪のくぼみ部分を示した。オレの首輪の同じ箇所をさわったら、でっぱっている感触がした。

 これが欠片?

「まずは1個目だね。おめでと」

「よかった……」

 笑って祝福してくれるリナールと、心ゆるびを見せたプリシス。

 オレの首輪に、欠片がある。勝利のアカシ。

 3個集めないといけない。ゲームのせいで薄れかけていた記憶がちらついた。

 他の4人の首輪には欠片はない。そこにあるのは、くぼみだけ。オレが勝利してしまったから、そうさせた。

 全員が欠片を3個入手できる道はある。その言葉を信じて。続けられるゲームを励むしかない。プリシスのためにも、シオン先生のためにも、リナールやトゥアリのためにも。

 気がかりなのは、さっきからオレをにらみ続けるトゥアリの存在だけど。

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