こちら、人間顔のステーキでございます

ちびまるフォイ

人間の顔ばっかりで怖い

人間ドックの結果が出るとなぜか病院に呼び出された。


「先生、あの、なにかまずかったんでしょうか?

 運動もしているし、食生活にも気を付けているんですが」


「いえ、体じたいは大丈夫ですよ。あなた人間病になっています」


「に、人間病?」


「目に映るものが人間に見えてくる病気です。

 特殊な光を受けたりすると発症する珍しい病気です」


「あぁ、そういえば人間ドックの前日に

 空に変な光があったよーななかったよーな?」


「薬や手術での治療は無理なので、頑張ってください」


「頑張ると言われても……。どうすればいいんですか?」


「あなたが心から満足したり、達成感を感じれば治りますよ」


「はぁ……」


医者からふわっとした治療方法を教えられたので、

家に戻ると難しいゲームに挑戦し、苦労の末にクリアした。


「よし!! やったぞ! やっとクリアだ!!」


人間病とやらが治っているのかわからないので、

ふたたび病院に向かうと医者は首を360度回転させた。


「治ってないですね」


「ええ!? 全然症状ないのに!?」


「このままじゃ悪化しますよ」


「うそぉ!?」


半信半疑だったが、帰り道にペットショップの横を通ったとき

ショーケースに入っているすべてが人面犬になっていて腰を抜かした。


「お客様!? どうしたんですか!? 放射線ですか!?」


「なんだその新しい心配の仕方!?」


人面犬に見えるのも人間病の悪化のせいだろう。

これ以上の進行は日常生活に悪影響が出そうだ。


昔から一度は行ってみたかった観光名所に出かけたり、

フルマラソンを完走したり、会社で出世したりした。


それでも人間病が良くなっていないことは俺にもわかった。


「ひぃ!!」


自分のスマホも人の顔に見えてきた。

町ではみんな人間の生首を持ちながら歩いている。


「お待たせしました、ステーキでございます」


「わぁぁ!? に、人間の顔!?」


症状が進行すると食べ物も飲み物も人間の顔に見えてくる。

とても食べられたものじゃない。


日に日にやつれてきて日常生活が困難になっていった。


いまや家電も動物も、はては空に浮かぶ雲まで人間の顔。

トイレも人間の顔だから便秘まっしぐら。


「まずい……このままじゃ本当に死んでしまう……」


治療するにも達成感や充実感を手に入れることなどもう思いつかない。

追い詰められた末に、アイマスクで目隠しすることにした。


「これなら人間の顔に見えて気持ち悪くならないぞ!!」


人間の顔に見えているのは俺だけであって、

実際のものや動物は人間の顔をしていない。幻覚だ。


目隠し生活はどこから車来るかわからなくて不安だし、

場所を確かめながら歩くのでとても時間がかかる。

それでも、見えて不自由な生活を送るよりはずっとマシだった。


杖で場所を確かめながら歩いていると、何か燃える匂いがした。

目をつむっているぶん、音と匂いには敏感になっていた。


「誰か! 誰か助けてーー!!!」


耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

思わず目隠しをとると、マンション全体が顔に包まれていた。

いや、そう見えるだけで、匂いからして実際は火事だろう。


周りの人たちはスマホで写真を撮っている。

取り残された人は窓から身を乗り出して助けを求めていた。


「くそ! 行くしかない!!」


水をかぶるとマンションの中に飛び込んだ。

一面が火ではなく、顔に見える。気持ち悪い。


「ごうごうごうごうごう!!!」


人の顔は叫びながらその勢いを増している。

気になったのは声の大きさ。目隠ししていたので音も繊細に感じ取れる。


「ごうごうごう……」


「こっちの声はずいぶん静かだな」


人間の顔をしたドアをぶち破って先へ進む。

壁も人間の顔に見えてくるほど症状は悪化するがかえって好都合。


「こわれるー! こわれるーー!!」


人間の顔壁は壊れやすい場所を声で知らせてくれる。

危険な場所を避けるようにして取り残された人のもとへと向かった。


「大丈夫ですか!?」


ついにたどり着くと、持ってきたロープを垂らしてマンションから脱出させた。

俺の目には人の顔をつたい降りてゆくように見える。


「もう壊れるーー!!」

「ごうごうごうごうごうごう!!!!」


火の顔が叫び、壁の顔も苦しそうな声をあげた。

慌てて人の顔をつたって自分も脱出したところで、顔が崩れた。


「危なかった……ギリギリだった……」


安心していると、周りの人たちから奇妙な音の拍手が巻き起こった。

救助した人からは何度も頭を下げられた。


「ありがとうございます!! 本当にありがとうございます!!」


「救急隊員も急に崩れたり火の勢いが急に強くなったりで

 なかなかマンションの中で救助進められなかったんですよ。

 あの迷路のような中をどうやって潜り抜けたんです?」


救急隊員も目を丸くしている。


「人の顔が……人の顔が導いてくれたんです!」


人間病も悪くないかもしれない。

そう思えたら、心から誇らしい気持ちになって満足した。




最高の達成感を得たそのとき、人間病が治ると

自分を取り囲んでいた人間たちの顔は宇宙人へと切り替わった。


「我々の宇宙人を火事から救ってくれるなんて、

 侵略した惑星の生物も悪い奴ではないようダナ」


宇宙人たちは顔を360度回しながら感謝していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら、人間顔のステーキでございます ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ