深夜の猫(猫短4)

NEO

深夜の猫

『本日未明、王立美術館で開催中の『リバン王朝展』のメイン展示物、『リバンの涙』の収蔵ケースが破られるという事件が発生しました。収蔵品に被害はなく、ただ鍵が開けられただけという犯行で、市内では同様の事件が今日までに連続で二十三件発生しており、当局では同一犯の犯行と見ていますが、詳細はまだ掴めていないようです』


 街頭テレビからそんな声が聞こえる。そこそこ人が歩く歩道の真ん中を、一匹の黒猫が堂々と歩いていた。そう、また猫だ。もう止まらない……。

 ……。

 猫はふと裏路地に身を逸らし、さらに建物との隙間に作ったダンボール製の小屋のようなものに入った。

 中は乱雑なようで整頓されていた。市内各所の地図や建物の見取り図のようなものが張られ、一際目を引くのは『地球滅亡まであと 2件』の看板。変な茶目っ気はあるようだ。

 ……あと二件か。この街も長くなったな。

 猫がこの街に流れ着いたのは、ちょうど二年前。次は海が見える街がいいと、貨物列車を乗り継いでやってきたのだ。しかし、その滞在もあと僅かになりそうだ。

 ……よし、今夜はここにしよう。

 猫は壁を見ながら、密かにターゲットを定めたのだった。


 例えどれだけ環境が整備され、猫が狩猟をしなくてもよくなったこの時代。飼い猫はもちろん、例え野良でもゴミ箱漁りや餌付けしてくれる奇特な人間などにより、そこそこ生きてはいけるようになったが、本能として根付いている狩猟の欲求だけは、どうしても満たさねばならぬものだった。

 それぞれの者がそれぞれの解消方法を見いだしていく中で、この猫が選んだものはかなり奇抜なものだった。


 王宮内第一宝物庫


 ……ここまでは順調だな。

 猫は、このサロン王国王宮内の宝物庫前にいだ。当然、ここまでの警戒は厳しく、警備装置は頑強であったが、致命的な欠点があった。それが、すべて「対人用」であったということ。当たり前だが、「対猫用」などという警報装置はない。

 ……さて。

 宝物庫の扉は固く閉ざされている。鍵穴に当たるものはなく、鋼鉄の一枚板という感じではあったが、ちょうど人間が立った胸の辺りの所に、何か数字が書かれたボタンが並んだ機械があった。

 猫の位置からは見えないが、機械の真上にはカード状ものを挿すスロットがあった。

 ……役に立てばいいがな。

 この宝物庫の構造は機密扱いだが、そういう情報は不思議と裏に流れてくるものだ。その情報を元に、猫はちょっとした「オモチャ」を作っていた。

 ……行くぞ!!

 軽く助走を付けて壁を駆け上がり、猫はスロットにケーブルの付いたカード上のコネクタを叩き込んだ。

 そのまま床にスタッと着地すると、先ほどのカード状のコネクタとは反対側に付いた超小型端末のキーを叩き始めた、。

 すると、ガゴンっと音が聞こえ、扉がスルスルと開いていく。中は赤いライトで照らされた宝物の山だった。

 ……まずは第一段階だな。

 猫が不正に機械を操作した事により、扉を開く事には成功した。しかし、本来なら同時にに解除される警報装置が解除されていない。

 ここの警報装置は今までとは違い、床には猫の重量でも反応する重量センサー。空間には赤外線の網が張られ、体温を検知するセンサーに、動くものに班のする動体センサーまである。このまま侵入すれば、間違いなくアラームが鳴ってしまうだろう。

 猫はひたすら携帯端末を叩き続けた。相手は人ではなく機械。騙そうと思えばいくらでも騙せる。

 五分ほど経った頃だろうか。宝物庫の明かりが赤から自然色の照明に変わった。分かりやすくて助かる。

 ……ま、こんなものか。

 「オモチャ」を回収し、猫は堂々と宝物庫に入った。目の前には。見上げるようなダイヤが散りばめられた巨塔。その名も「ユグドラシル」。国宝指定のお宝である。

 猫はそれが収められたケースの前に傅き、そして古めかしい鍵穴にピッキングツールを差し込んだ……。


 この日、二十四件目に発生した「金庫破り事件」は、王宮内での事とあって大騒ぎとなった。なお、被害総額はゼロ。またしても、「ただ入って帰る」だけであった。

 捜査当局は犯人の目的すら掴めずに困惑のドツボにハマっったが、当の本人にとってはシンプルな事だった。金庫を「狩った」のである。狩猟本能を満たすために。


 猫は決めていた。一つの街での「狩り」は二十五回までと。そうしたら、また別の街に行って同じ事を繰り返す。つまり、次の「狩り」がこの街での最後になるのだ。居心地が良かっただけに残念に思う猫だったが、これも自分が決めたことだと考えを切り替えた。

 最後の場所に選んだ所。それは、この国一警戒が厳しいとされる「王立公文書館別棟特別保管室」……ではなく、どこにでもある普通の商店の金庫だった。

 これが、この猫の常套手段なのである。二十四回目に大きな場所を狙い、警備の注意を重要施設に向けておいて、どこにでもある普通の場所を狙うのだ。

 こうすれば、警備は警戒のしようがない。そして、猫にしてみれば大きかろうが小さかろうが獲物は獲物なのである。


 商店街のどこにでもある小さな商店。店主は近くの自宅にいる深夜。壊れて閉まらない窓から難なく侵入した猫は、素早く二階にある小さな金庫に向かった。

 典型的なダイヤルと鍵を併用した金庫。その鍵穴にピッキングツールを差し込もうとした瞬間、いきなり部屋の明かりがついた。

 ‥‥なに?

「やぁ、やっと会えたね。『金庫破り』さん」

 そこに立って居たのは、小型のノートパソコンを片手にした赤毛にそばかす顔の少女と、驚きまくって口をパクパクさせている店主の姿だった。

 ‥‥ちっ!!

 なぜバレたとか、悠長に考えている場合ではない。猫は身を翻して窓から外に飛び出た。

「ああ、ちょっと!?」

 少女の声が聞こええたが、構っている猫ではない。素早く建物の隙間を抜けていった。 ‥‥まあ、たまには狩りも失敗する。だから、面白い。

 大通りに出た瞬間、猫は急ブレーキで停止した。

「もう、話しくらい聞いて欲しいなぁ」

 あの赤毛の少女が、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのだ。

 ‥‥なんだと!?

 初めて、猫は狼狽した。本能が告げる、コイツはヤバい!!

 猫は再び逃げ出した。

「だから‥‥」

 ……

「なにもしないって!!」

 ……

「こら!!」


 結局、追いかけっこは夜明けまで続き、港の貨物ターミナルで猫は仰向けにひっくり返った。

「なんなのだ、お前は。俺の負けだ。好きにするがいい……」

 猫は初めて声を発した。なかなかシブい声であった。

「あー、疲れた。君のことはね、もうずいぶん前からマークしていたんだよ。人間じゃないってことはすぐ分かったけど、猫だったとは思わなかったな」

 猫の隣に腰を下ろし、赤毛の少女が勝ち気な笑みを浮かべた。

 同時に、しきりにノートパソコンに、データを叩き込んでいた。

「ほぅ。それで、お前は何者なのだ、ただのガキンチョとは思えんが……」

「ガキンチョというな猫坊主。私はプライベート・ディディクティブ。私立探偵よ」

 赤毛の少女はパソコンの画面をパタンと閉じた、

「なるほどな。いい腕をしている。猫を追い詰める人間なんて聞いた事がないぞ」

 猫はそっと起き上がり、体中の毛繕いを始めた。これは、緊張を解く行動だ。

「へへへ、ちょっとのデータと推理、少しだけ計算かな」

 少女は自慢げに猫に言った。猫はこっそりため息を吐いた。

 なにか言ってやりたい猫だったが、負けたのだから何も言えない。

「それで、俺をどうするつもりだ。警察にでも突き出すのか?」

「まさか、取り合ってくれないよ。猫が犯人でした~なんてさ」

 少女は大笑いした。

「今さ、一人で仕事しているんだけど、頭がキレる助手が欲しいのよ。さっき、『好きにしろ』っていったよね?」

 少女の目が怪しく輝く。どうやら、猫に拒否権はないようだった。

「一応言っておくが、俺は猫だぞ。バカにされても知らんからな……」

「いいじゃん、なんか格好良くて。ああ、あたしはニーナ。よろしく」

 ……格好いいか? まあ、いいが。

「ああ、俺は名などない。野良だからな」

「じゃあ、猫坊主で!!」

「……好きにしろ」


 こうして、ニーナ&猫坊主のコンビが結成された。

 今後、数々の難事件を解決していき、王国中にその名を轟かせる事になるのだが、それはまた別のお話……。


(完)

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