cannibalism ≪裏≫



雪白の長い三つ編みが血に塗れていた。隣には小柄な姉が倒れている。


地下の隠し部屋から出てきた少年の目の前に広がっていたのは倒れた兄姉や事切れたエルフだった。


なんだ、なにがどうなっている?


――メーネ、メーネ。


兄の声だ。たまらず少年は兄の身にすがりついて泣いた。モノクルの奥の優しい目が、少年を映して揺れていた。泣いているのだ、この幼い弟をおいて逝くことを悔いて…。


少年は泣く。


――兄上、やだよ、死なないでよ。俺はどうしたらいいの?


抱き締めた兄の体は冷たい。温めようとしても、自分の手では小さすぎて…。初めて少年は自分の身がまだ子供であることを恨んだ。


そうだ、と少年は得意の魔法薬を差し出す。


――飲んで、兄上。俺のとっておきだよ。すぐ元気になる、絶対、絶対!


傾けた試験管から注がれた薬は兄の口の端からこぼれ出す。飲んで、飲んでよぉ、と少年は叫ぶ。


空になった試験管を落とす。少年は目をこすりながら泣いた。涙が止まらなかった。


兄の手が伸びてくる。


――泣くな、メーネ。泣いてはならないよ。こなたはいつでも、メーネの側にいるから…。


涙を指で拭いながら兄は笑った。そして自分のかけていたモノクルを少年に手渡し、名残惜しそうに顔を撫でる。すると、姉の手も伸びてきた。他の四人の兄姉たちの手も。


――メーネ、お願い…。









――私たち兄姉を、食べて…。










それは残酷な願い。少年―メネストレルは慟哭すると、事切れた兄姉たちの亡骸に倒れ伏して泣いた。







どれくらい泣き続けたのか、やがて彼は顔を上げる。泣き疲れても、ボロボロと溢れる涙は止まらない。幽鬼のように表情の抜け落ちた顔で、悲嘆にくれた目で、彼は兄姉だったモノたちを見た。


――兄上、姉上…。ごめんなさい…。

  愛して、おります。いつまでも…。――




言うや否や、彼は小さな口で、小さな牙で、

亡骸に、噛みついた。





そこから先は想像に難くない。

想像を絶する光景を、メネストレルはたった一人で作り上げた。




気がつけば彼の周りには、兄姉以外のエルフの亡骸をも転がっていた。すすり泣きつつも、能面のような顔に笑みを貼り付けて、彼は立ち上がる。


その時だった。


――ごきげんよう、手品師の坊や。


コツコツと靴音軽やかに現れたのは一人の少年。


――ふふ、真っ黒な気だねぇ。とてもとても心地良い。でも、ハイエルフがそんなどす黒い魔力出しちゃダメだろ?


その人は晴れた日だというのに黒い大きな傘をさしていた。すすり泣きながら顔を上げたエルフが見たのは、傘に守られ漆黒の魔力に包まれた少年。


無数のコウモリたちを従えたその少年は言った。


――なるほど、‘こっち’に来るにはあまりに無垢な気だ。だが、このままここにいるべきでもない…。ふむ、俺とくるか?


差し伸べられた手は白く細く小さい。しかし、その手に兄の面影を感じ、メネストレルは手を取った。


少年は目を細めて笑った。


――いい子だねぇ…。君は俺の友人の忘れ形見だ。このまま堕ちて俺の眷族となるか、はたまた這い上がりその名前に違わぬ《柱》となるか、せいぜい見届けさせてもらおう。





アーネストと名乗った吸血鬼の少年はその日から、メネストレルの兄となった。



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cannibalism 朱鳥 蒼樹 @Soju_Akamitori

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