第39話 合議

 列車内での戦闘が終了して車内は別の意味で忙しさを増していた。具体的には人間と列車双方が被った被害状況の集計作業である。


 各列車内のあちこちで鉄道公安官を含む各乗務員達の生き残りが乗客の怪我の手当てや車両の点検を行っている中、シグマ大帝国内務省警保軍独立上級正保安官であるルーク・ガーランドはそれらの合間を縫うようにして貴賓車へと向かっている最中だった。



「どうやら敵は客車から本当にいなくなったみたいだな」


「はい。

 そのようです。

 ですが残党……と言いますか、空を飛ぶことの出来る敵は依然として機関車と補助動力車を押さえたままのようです」


「早急に機関車を奪還する必要があるな」


「はい。

 それとこちらの被害ですが、一般乗客も含めて死傷者が多数出ています」


「敵の堕天使共の仕業か」


「はい」



 ガーランドは忌々しい敵の存在を思い浮かべつつ吐き捨てるように言うが、それに答える側――――ビラール独立保安官補はお手上げですと言わんばかり肩をすくめた。


 何せ相手は空を自由に飛べる鳥と同様の存在なのである。本物の鳥と違って翼が巨大なことと、胴体が人間と同じという姿なのに下手したら鳥以上の飛翔能力を持っている種族もいた。


 特に堕天使族は同じ空を飛べるだけの鳥人族とは違い、魔族に数え上げられる有力種族であるため、当たり前のように魔法が使えるので、地上で生活する人間種達にとって敵に回したくない種族のひとつだ。


 しかも、魔族の例に漏れず堕天使族にも上中下の魔族等級が存在しており、上級魔族に属する堕天使族は使用する空対空及び空対地攻撃魔法の威力も桁違いなため、人間種や獣人族国家の空軍や陸海軍の航空部隊から龍族と共に最も恐れられている。


 そんな厄介極まりない敵から無数の銃弾を浴びせられたそれぞれの客車では多数の死傷者が出ているのだが、不幸中の幸いとでも言うべきか、列車に乗車していた乗務員だけではなく乗客達の中にも医療魔法や治癒魔法を使える者達が複数居合わせていたお陰で怪我人の治療は順調に進んでいた。



「負傷者に関しては現在鉄道公安隊うちの衛生官と当列車付きの医務官が傷の手当てを行っています。

 それとは別に例のエルフィス教会の特高官と魔王軍の将軍がかなり高度な医療魔法を使えるとのことでしたので、負傷者の手当を買って出てくれた民間魔導師達と共に治療の協力をしてもらっていますね」


「あの将軍様は医療魔法まで使えるのかよ。

 ふう……分かった。

 じゃあ列車内の問題はひと段落ついたわけだ。

 俺達は一度貴賓車へ戻るぞ」


「生き残った乗客はどうしますか?」

 

「どうしますかって言われてもなぁ……

 こんな場所で降ろすわけにもいかないだろ?

 一番後ろの車両に避難させておくくらいしか出来んぞ」


「緊急時には乗客を退避させておく必要があります。

 いざという時には車両を切り離さなければいけないと思いますが?」



 いつまた堕天使共からの銃撃が行われるのかわからない状況下では無関係な乗客達を後方の車両へ避難させて編成車両の車列から切り離して退避させるという提案は一見すると至極まともな内容に思える。


 だが……



「車両を切り離すのは賛成だけどよ。

 で車両を切り離して取り残すっていうのは乗客達にとっては些か酷な話なんじゃねえか?」


「………………」



 直属の上司であるガーランドに対して乗客を救いたい一心で自分の考えを進言していたビラール独立保安官補とその考えに同調するシグマ大帝国鉄道省鉄道公安隊第一方面隊に所属するクルツ主席は彼の懸念の言葉に押し黙る。


 乗客の避難の考えだけに意識を集中させていた彼らは冷静になって列車の外を見た。


 銃撃によって窓硝子が粉々に砕け散った車窓から外が見えるが、広がっている景色は背丈の高い針葉樹林の深い森とその奥に聳える壁のような山脈の崖だ。


 今、この列車が走っている場所は再び高い山脈を左右にいただく深い渓谷の合間を縫うようにして敷設された線路の上である。


 しかも、どちらの山脈も未だに溶けずに残っている雪によって白い化粧が施されているということは、この線路の区間は夜だけではなく日中の平均気温がかなり低いことを物語っていた。


 このような場所に怪我人を含めた乗客達を客車ごと置き去りにするということは「死ね」と言っているのと同義である。



「まあ、何れにしても乗客の退避は考えておかないとな。

 念の為、そっちで公安官と警察軍兵士数名を付けておいてくれないか」


「分かりました」



 ポリポリと頭を掻きながら面倒臭そうな表情のまま主席に指示を出すが、通常であれば警保軍保安官から鉄道公安官に対する命令権も指揮系統も存在しない。


 警保軍保安官は内務省に属する軍人、鉄道公安官は鉄道省に所属する職員なので主席はガーランドの指示に従う必要がないのだが、実戦経験豊富で襲撃犯である魔族を数人葬った彼にクルツ主席は全幅の信頼を置いていた。


 少なくとも自分がこの修羅場だった悲惨な現場を仕切るよりもガーランドが指示を下すことでスムーズに物事が進んで行っているのが実情だ。



「それと生き残った乗客達の中で冒険者が何人いるか調べおいてくれ。

 敵さんが派手にやらかしてくれたお陰で戦える人員が少なくなってる。

 出来ることなら腕の立つ冒険者を何人か戦力に加えたい」


「了解しました。

 しかし、こちらからの要請に対して冒険者達は素直に協力してくれるものでしょうか?」


「うーん、そうだなあ……」


「終点であるメンデル中央駅までの切符代の返金というのはどうでしょうか?」



 思い出したかのように新たな指示を出したガーランドに直属の部下であるビラール独立保安官補は了解しつつ少し困ったように自分の中に生じた疑問を素直に口に出す。


 それに対して思案顔だったガーランドへクルツ主席が切符代の返金という提案を示すが、元冒険者出身の独立上級正保安官は切符代の返金だけそれだけでは冒険者達は絶対に協力してくれないだろうと確信している。


 鉄道公安官や警察軍兵士のような国家機関に属する人間と違って基本的に根無し草的な存在の冒険者達は余程のことがない限り、見返り無しの状況だと自ら進んで命を賭ける戦いに身を投じるようなことは絶対にしない。


 いくら何でも目の前で危害を加えられて苦しんでいる一般人を無視するようなことはしないだろうが、自分達に直接的な火の粉が飛んでこない限り、何らかの報酬を用意しないと機関車奪還作戦には参加してくれないだろう。


 元々ガーランド自身が冒険者だったこともあり、冒険者達の損得勘定に基づく思考と行動はよく理解している。


 なので彼は冒険者らが作戦に参加してくれるように、もしくは作戦参加の要請を受け取り易いように分かりやすいをぶら下げることにした。



「単に切符代の返金だけじゃあ冒険者連中は自衛行動以外では動かねえよ。

 報奨金もだが、それ以上に価値のある報酬……そうだなぁ……鹵獲した敵の所持品で証拠品として押収される予定の物品以外の即時引き渡し、姫さんを守ったということを内務省経由でギルド本部へ伝えるってことでどうだ?

 出来ることなら姫さんかウィルティア本国からの口添えなり感謝状があれば一番いいんだがな」



 本来ならば越権行為もいいところだが、この非常事態下では誰もガーランドの方針に意を唱えられる者は少なくともこの場には居ない。


 隣国の、それも王族からの感謝状が発布されるかは疑問だったが、あのお姫様の性格からして感謝状や覚書でなくともギルドに口添えなり何らかの証明くらいはするだろうという確信があった。


 根無草同然の冒険者にとって命以外で一番大事な物は金銭の類いではなく、信用と伝手である。


 そういう意味で言えばバレット大陸最大の国家であるシグマ大帝国内務省、そして同じ大国で隣国でもあるウィルティア大公国の第一公女からの感謝状やお墨付きは金銭以上の価値がある代物だった。


 何せそれぞれの国の公式記録に今回の事件鎮圧に協力したという事実が己の名前と共に記載されて、それが未来永劫残ることに他ならない上に場合によっては国から名指しで大きな依頼が舞い込んで来る可能性もある。


 とにかく装備や武器の購入に金が要る若手の冒険者は別として、ある程度名が知れている手練れベテランの冒険者達にとってはこちらの方が魅力的に見えることだろう。



「分かりました。

 では、その内容で生き残っている冒険者らへ協力依頼の話を持ち掛けてみようと思います」


「頼んだぞ。 

 今は一人でも多く戦える奴が必要だ。

 上手くやってくれ」


「はっ!」



 そう言ってガーランドは隣国の姫君が待つ貴賓者へと引き上げて行った。











「で?

 何でお前達がここへ来てるんだ?」



 ガーランド独立上級正保安官は豪奢な貴賓車の座席に座ったままうんざりした表情を浮かべたまま、この車両へとやって来ている者達へ凄く嫌そうな感情をわざとらしく声に乗せてその目的を訊ねる。



「何でとはご挨拶ですわね。

 勿論、貴方方がこれから始めるであろう機関車の奪還作戦へ協力する為ですわ」


「そんなことは俺達だけでやるし、お前達に協力要請なんて出さねえし出したくもねえよ」


「でも、そう言う割には二等客車へ乗車している冒険者の方々には作戦に参加しないかと声を掛けていますでしょう?

 見たところ冒険者の方々の集まりは悪いみたいですけど」


「…………………………」



「面倒臭ぇ……」という態度を全力で表現することで接してくるガーランド保安官をベアトリーチェは華麗にスルーしていた。


 仕事とはいえ、宗教家でありながら傘下に存在する数多の教会施設を渡り歩いて監察任務を遂行しているベアトリーチェにとってはっきりと邪魔者扱いされたり、直接的な恫喝を受けることなど日常茶飯事なので、いくら相手が『猟犬』と『暴風』の二つ名を持っていようとも全く気にしていない。


 そしてベアトリーチェの指摘に対して下手に答えるよりも沈黙を貫いたほうが得策だと考えたガーランドは口を噤むが、彼のささやかな抵抗は美しい声の持ち主によって遮られてしまうことになった。



「ところでガーランド保安官、この者達は一体何者なのだ?

 貴官と気軽に話しているところを見るに、知り合いなのか?」



 歳の頃は二十歳辺りだろうか?

 美しい金髪は恐らく腰に届く程に長いのだろう。


 その金髪を三つ編みにしつつもそれを左肩口へと垂らしているのだが、彼女の持つ大きくて鮮やかな青い瞳には星が宿っているのかと思うほどにキラキラと輝いているのが特徴的で、まるで宝塚歌劇団のトップスターのような印象を受ける。


 その宝塚歌劇団のトップスター的存在の女性が藍色の詰襟型軍服の正装に身を包んでいる姿は非常に絵になる。


 今は帯剣していないが、恐らく普段からこの格好でサーベルをを佩用しているのだろう。傍らには片手持ち型のサーベルが立て掛けられていた。



「ああ、失礼いたしました殿下。

 こいつら……いえ、この者らは……」


「お初にお目に掛かりますわシレイラ第一公女殿下。

 私は親愛なる教皇猊下より監察司祭と教皇領特別高等監察官を拝命しているベアトリーチェ・ドゥ・ガルディアンと申します。

 彼女こちらは私の護衛をしてくれている上級衛士のカルロッタですわ」


「直答しますことをお許しください。

 本官はカルロッタ・メッサーシュミットと申します。

 教皇領衛士庁で上級衛士を拝命し、現在はガルディアン監察司祭の護衛を務めています。

 ウィルティア大公国の第一公女であらせられる殿下とお会いすることが出来、恐悦至極に存じます」


「なるほど。

 エルフィス教皇領の方々であったか。

 ならば知っているであろうが、妾の名はシレイラ・マクファーレン・ウィルティア。

 偉大なるウィルティア大公国太公の娘にして王位継承権を与えられし存在である」



 ガーランド保安官の紹介を遮る形でベアトリーチェとカルロッタはそれぞれが思い思いの儀礼でもって自己紹介を行い、それに答えるように自らをウィルティア大公国の姫であると名乗ったシレイラ。


 そして当然と言えば当然なのだろうが、カルロッタが敬礼をしたままの軍人然とした真面目な雰囲気のままの自己紹介だったのに対して、ベアトリーチェは優雅にシレイラは高貴な雰囲気を纏っての自己紹介だった。



「存じております。

 このような場所で殿下とお会いし直接言葉を交わせることが出来、望外の喜びでございます」


「うむ。

 妾もまさかこのような場所で教会の特高官殿と会えることになるとは夢にも思わなんだ。

 で、そちらの二人は何者か?

 見たところ……貴女は人間種ではなさそうだが」



 そう言ってベアトリーチェ達からこちらへと訝しみつつ視線を向けるシレイラ。彼女は先ず俺を見てからアゼレアへと視線を移し、そしてまた俺に目を向けてきた。



「お初にお目にかかります、殿下。

 小官はアゼレア・フォン・クローチェ。

 魔王領国防省保安本部にて魔導少将を拝命していました」


「は、初めましてシレイラ第一公女殿下。

 ギルド普通科に所属している冒険者の孝司榎本と申します」


「ほお?

 魔王領の将軍と冒険者とは。

 不思議な組み合わせだが、何か理由があるのだろうな。

 色々と興味深い話が聞けそうだが、残念ながら今は非常事態だ。

 この騒動が終わったら改めて話をしたいものであるな」


「はい。

 確かに今は非常時ゆえ、詳しくはお話し出来ませんが状況が落ち着いたら軍機に関わらない範囲でお話しさせていただくことは吝かではありません」


「なるほど。

 是非とも話を聞きたいものだ。

 ところでそちらのガーランド保安官と特高官殿の会話を聞いていた限りでは機関車の奪還へ協力を申し出てくれていたようだが、貴方方二人も同じ考えであろうか?」



 魔王軍の将軍と一介の冒険者という不思議な組み合わせにシレイラは興味を唆られたようで、俺達へ好奇心満載の目を向けてきたが、軍機と非常事態であるということを盾にアゼレアはやんわりとシレイラの注意をこちらから機関車奪還へと逸らすことに成功したらしく、逆に彼女は当然とばかり俺達へ機関車奪還作戦への参加の可否を問い掛けてきた。



「勿論です、殿下。

 不本意ながら偶然にもこの事件に巻き込まれてしまいましたが、魔王領の軍人として友好国で起きているこの事態を見過ごすことはできません」


「私は一介の冒険者ですが、気持ちはアゼレアと同じです。

 協力させてください」


「わかった。

 そなたらの申し出嬉しく思う。

 今回の襲撃事件が引き起こされたきっかけは妾の所為とも言えるからな。

 ウィルティアを代表して礼を言わせてもらう。

 ありがとう」


「もったいなきお言葉です」



 俺とアゼレアは思い思いの儀礼でもってシレイラ公女へ頭を下げるが、その様子を見ていた彼女は思い出したように明るい調子でこちらへ向けて改めて声を掛けてきた。



「ところでこのような非常時でもあるし、ここはウィルティアではない。

 儀礼とはいえ、いつまでも畏まった態度をとっていては互いの意思疎通を図るのに何らかの障害が出ないとも限らない。

 互いにもう少し砕けた態度と口調で接しても問題ないと思うのだが、如何だろうか?」


「殿下がそれでよろしいのでしたら、私達としては構いませんが」


「うむ。 

 妾は王族ではあるが、同時に軍属でもある。

 ある程度砕けた態度で接して貰った方が妾としても気が楽なのでな」


「では早速。

 まずもって今回の列車襲撃事件についてだけれども、私なりに状況を分析した結果、敵の目的はシレイラ殿下の拉致ではなかったという結論に達したわ」


「あ、そうなの?

 てっきり、私を拐いに来たのかと思ったちゃった」


「いやいや! 二人共いきなり砕け過ぎじゃね!?」


「コホン。

 ではアゼレア殿、何故その結論に達したのだ?」


(砕けるにもほどがあるんじゃねえ?)



 お互いに全くの初対面であるにもかかわらず、まるで久し振りに再会した旧友のようなフランク過ぎる口調で突如話し始める2人へ俺は思わずツッコミを入れ、それを受けてシレイラはわざとらしく咳払いをしつつ一瞬こちらへ視線を向けた後で改めてアゼレアが導き出した見解へ疑義を挟む。



「敵の攻撃が手緩過ぎたのよ」


「あれでか?」



 ガーランドが若干目を丸くしながらアゼレアへ尋ね返す。どうやら彼の脳裏ではそのときの戦闘の様子が思い出されているらしく、彼は腕組みをしつつ眉を顰めながらアゼレアへ話の続きを促した。



「ええ。

 敵の指揮官と主力の大半が中級魔族だった場合、魔力に物を言わせた魔法戦闘のごり押しでどうでも出来た筈よ。

 予め対魔法戦闘の対策をしているベアトリーチェとカルロッタの二人は例外として対人戦しか想定していない鉄道公安官と警察軍兵士だけでは正面からまともにぶつかれば押し負けていたわ」


「だが、この列車にはそこにいる教会特高官様や俺、それにスミス達のような魔法戦を経験している手練れの冒険者や魔導師達が複数乗車していたんだ。

 いくら何でも押し負けるというのは些か大袈裟じゃないのか?」



 話を聞いていたガーランドはアゼレアが導き出した当時の戦闘状況の分析に反論する。


 仮に敵の指揮官とその側近達が中級魔族であったとしても押し負けていたとは考え難いと彼は思っていた。


 ガーランドが言ったようにこの列車には本人も含めて教会や冒険者の手練れ――――それも対魔法戦の経験豊富な者達が多数乗車しているのだからアゼレアの分析に口を挟みたくなるのも当然だろう。



「それにこの姫さんはただの名誉お飾り軍属ではなく大尉の階級章を持つ魔導士官だ。

 しかも戦闘部隊での実戦経験も充分にあるし、戦力に数え上げても不足はねえだろうが」



 これはガーランドだけではなく、ウィルティアはおろかその周辺国では周知の事実なのだが、第一公女であるシレイラは地球の某女王と同じで軍属だったりする。


 ただし、某女王あちらが所謂名誉軍属という身分で主に後方支援に徹していたのに対し、シレイラ本人は実際に前線で魔法戦を含めた命懸けの戦闘を何度も経験しているバリバリの魔導士官なので、そこら辺にいる並の兵士や冒険者よりも頼りになる存在だった。


 それが理由なのかは分からないが、本国から付き添いで来た護衛を兼ねた侍女は片手で数えられるくらいの人数しかおらず、護衛対象である筈のシレイラが魔力も腕っ節も一番強いという訳がわからない状態になっている。



「確かに一般的な見方をすれば押し負けるとまでは行かなくとも五分の戦いに持ち込めていたかもしれないわ。

 あの主犯格の女が変異種でなければね……」


「何だと?」



 『変異種』という聞き捨てならない言葉にガーランドは眉尻をクイッと上げるが、アゼレアはそれには構わずに話を続ける。



「ベアトリーチェはこれまでの経験で気付いていたみたいだけれど、今回の列車襲撃の指揮を執っていた少女のような外見をしている女魔族の保有魔力は中堅の上級魔族並みの魔力量だったわ。

 上手く魔力を秘匿していたみたいだけれど、私の目は誤魔化せない。

 そして戦闘時の動きからして非対称戦に精通したかなりの強者よ」


「まてまて、じゃあ何か?

 本物の上級魔族であるお前や魔法障壁をぶち抜ける銃を持つタカシが居合わせていなかったら、俺たちは全滅していたってことか?」


「相手が本気の力を出せる状況で襲い掛かってきていたのならば……ね」


「ん? そりゃあどういうことだ?」


「ここからは孝司から話をしてもらった方が早いわ」



 そう言いつつアゼレアは視線をガーランドから俺へと移しつつこちらに説明の続きを話すように促してきた。


 そして一気に車内にいる全員の視線がこちらに突き刺さる。その中でもガーランド保安官のそれはとても厳しいものがあり、怖くて玉袋が縮み上がってしまうが敢えて意識しないように俺はゆっくりと話始める。



「実は連中との戦闘中にある違和感に気づいたんですよ」


「違和感とは何だ?」


「戦闘中の一連の流れを思い返していたんですが、連中はアゼレアと対峙した当初、彼女の正体に全く気付いていなかったんです。

 お互いにそれなりの期間を列車内で共にしていたにも関わらず、アゼレアのことを『偶々乗り合わせた魔王領の何処ぞの上級魔族』として認識していたみたいなんですよね」


「だろうな。

 帝都には魔族関連の国々の大使館や領事館はひとつもないし、公私含めてわざわざ帝都を訪れようとする上級魔族なんて大使や外交官含めてまずいねえぜ」


「そうですよね。

 んで、敵の指揮官と思しき少女ですが、アゼレアが言う変異種である中級魔族の女はアゼレアが昏倒から立ち直ったときに非常に焦った様子でこう言ったんです。

 『殲滅魔将に劣る貴様』と」


「それは当然じゃねえのか?

 そこにいる魔王軍の将軍様は長いこと消息不明だったんだから、まさか連中も目の前にいるのが件の殲滅魔将だとは想像すら出来ねえだろう」


「それはそうなんですがねえ……」



 ガーランド保安官からの反論に俺は苦笑しながら頭をポリポリと掻きつつあのときのことを思い出しながら自分に言い聞かせるように更に話を続けた。



「ただ、敵は自分達が相手にしている上級魔族がアゼレアだと知っても攻撃魔法で応戦してくることはありませんでした。

 アゼレアに銃弾が一切役に立たないことが分かった後でも、ずうっと自分達が所持していた銃器で戦っていたんですよ。

 おかしいとは思いませんか?」


「言われてみればおかしいわな」



 ここでやっと内容の不可解さに気付いたのだろう。

 被っていたキャンペーンハットを脱いだガーランド保安官は少しボサボサになった髪を片手で撫で付けるように整えながら苦い表情のままこちらの話に耳を傾けていた。



「アゼレアやベアトリーチェさんから聞きましたが、軍に所属する魔法使いで魔力を秘匿しなければならないような作戦行動以外では敵に対して銃弾が殆ど効かず、尚且つ味方に強力な攻撃魔法を行使出来る者がいる場合はさっさと魔法戦闘に移行すると聞きました。

 ということは……」


「敵さんが何らかの理由で攻撃魔法を使えなかったか、敢えて使わないという選択をしていたということだな?」


「そうです」



 ガーランド保安官は元は冒険者であったため生粋の内務省警保局の保安官達と違って対魔法戦の経験があるのだろう。


 こちらが話した内容で直ぐに敵が敢えて攻撃魔法の使用に踏み切らなかったことに気付いたようだ。そして俺とガーランド保安官との会話に興味を抱いたのだろう。


 突如として凛とした美しい声がこちらの会話に割り込んで来た。



「確かにそれは興味深い話であるな」


「殿下……」


「話に割り込んでしまって悪いが、一介の魔導軍人としてそこもと……確かエノモトと名乗っていたか?

 貴殿の話した内容に些か気になる点があったのでな。

 卿らの会話に参加させて貰いたいのだ。 許せ」


「いえ。 とんでもない」


「それでエノモト殿は敵の一連の不可解な行動を見て何を考えたのだ?」


「あ、はい。

 私は魔法に関しては完全なド素人なので漠然とした考えしか浮かばないのですが、連中は最初から攻撃魔法を使えない何かしらの理由があったのだと思います」


「それは妾を拐うためか?」


「いえ、それは違うと思うんですよねえ。

 ベアトリーチェさんから聞いたことですが、反リグレシアの急先鋒として知られている殿下の存在は彼らから見たら非常に頭の痛い存在であることには変わりません」



 二十歳そこそこの女性とはいえ彼女は政治家ではなく、一国のそれも大国といって差し支えない国の指導者の娘――――それも王位継承権一位の座にある正真正銘のお姫様なのである。


 しかも見目麗しい上に聡明で腕っ節もそれなりに強いとなれば世間……それも世の女性達からの注目度と影響力は抜群と言っても良い。


 そのような女性がリグレシア皇国を糾弾する最先鋒として今も存在し続けているという事実は同国の政治主導部にとっては頭の痛いどころの話ではないだろう。



「無礼を承知で申し上げてますが、私がリグレシアの首脳陣であれば殿下には死んで貰った方が後腐れなくて済みます。

 仮に拉致したとして万が一にも御身を奪回でもされたら、殿下はリグレシアが行った非合法な秘密工作による直接的な被害者であり重要な証人になってしまいますからね。

 それならば死人に口無しということで早々に殺してしまった方が手っ取り早いです」


「確かにな。

 我が事ながら、リグレシア側から見れば妾には早々に死んでもらった方が良かろうて。

 だが、それが攻撃魔法を使わない理由にはならないのではないか?」


「ええ、そうです。

 敵にとっては無関係な一般乗客を巻き込んではならないという縛りはありませんから、最終的にこの列車がどうなろうが知った事ではない筈ですよね?」



 そう言って俺はガーランド保安官へと目を向けるが、彼は仏頂面のままにただ一言だけ「まあな」と答えた。



「殿下が列車内外で摂る食事に毒を混ぜる、列車に爆薬を仕掛ける、もっと直接的に線路や鉄橋を破壊して列車を脱線・転覆させてしまえば大抵の人間は無事ではすみません。

 それは殿下も同じであると僕は考えています」


「それは俺も考えていた。

 だが連中は列車そのものの進行を妨害するようなことは一切してこなかったし、毒や呪いなんかの類いも仕込んで来ることはなかったな」



 ガーランド保安官の言う通りである。

 何故だかは知らないが、敵は手っ取り早い列車そのものの破壊は行わずに直接公女を拐うという回りくどい手段に打って出て来た。



「ええ。

 恐らく敵は殿下が何らかの理由で倒れてしまうことによって列車の行き足を止められると非常に不味いと考えていた節がありますね」


「だろうな」


「で、実はここに来る途中、アゼレアとベアトリーチェさんにお願いしてこの列車になんらかの仕掛け――――恐らく魔法的な何らかの仕掛けられていないか各車両の内外を調べて貰ったんですよ」


「で、結果は? 当たりか?」


「ええ。

 アゼレアとベアトリーチェさん曰く、この列車目掛けて大規模攻撃魔法が命中する仕掛けが施されていたみたいです」


くそが……!」



 こちらからの回答を聞いてガーランド保安官は座っている座席の肘掛けを悔しげな表情のまま乱暴に叩く。


 それを冷静に見ていたアゼレアが一歩進み出て「交代よ」という言葉を含んだ視線を俺に向けてから全員を一瞥した後で話し始める。



「ここからは私が説明するわ。

 一等客車の三号車天井に低出力状態の隠蔽型魔法陣が発見されたわ」


「ほう?

 隠蔽型魔法陣とは、また……

 その魔法陣はどのような機能を有しているです?」



 やはり元魔導士官ということもありアゼレアが話した魔法陣にいち早く反応した冒険者であり魔導師でもあるロレンゾさんが質問の声を上げる。


 以前自己紹介されたときの記憶が確かならば彼はダルクフール法国という魔法技術が発達している国の軍隊に所属していた元魔導少佐だった筈だ。


 彼は興味津々といった様子でアゼレアが何を答えるのかを待っていたが、アゼレアがその質問に答えると方々から帰って来た反応は実に様々だった。



「この魔法陣の機能は簡単に言うと一種のまととしての役割ね。

 但し、ただの的ではないわ。

 この魔法陣目掛けて空から星が落ちて来る」


「星ぃ!?」


「何だと!?」


「戦術級攻撃魔法『星の雷』ですわね」


「流石はベアトリーチェね。

 そうよ。

 この魔法陣は星の雷用の誘導魔法陣で、それ以上でも以下でもないわ」



驚きの声を上げる鉄道公安官の責任者や若い保安官に混じってロレンゾさんに代わる形で自分なりに分析した考えを告げるベアトリーチェさんとそれが正しいことにアゼレアは喜びの表情を讃えたまま答える。



「星の雷ねえ?

 なんか聞いただけで物騒極まりないが、そいつは一体どんな攻撃魔法なんだ?」



 その様子を見ていたガーランド保安官は星の雷という魔法がどのような性質の攻撃魔法なのか何となく見当を付けつつも苦み走った表情のままアゼレアへ魔法の詳細を尋ねることにした。



「攻撃方法としては至極単純な部類の魔法ね。

 星――――要するに適当な大きさの隕石を超高空へと召喚してそれをこの星の重力で自由落下させて地表に激突させることで目標を破壊するの。

 要するに巨大な岩石を用いた物質による圧倒的な質量攻撃よ」


「やっぱりか」


「ええ。

 術者によって召喚出来る隕石の大きさに違いがあるけれど、地表に激突すればただでは済まないわよ」


「まるでこの目で見てきたような言い方をするじゃねえか」


「実際に過去の魔王軍が行った作戦行動の中で戦場で対峙していた敵軍の要塞司令部や戦線後方に位置していた敵の大規模な物質集積所攻略作戦で何回か使ったことがあるから」


「……本当にとんでもねえ将軍様だな」



 魔王領国防軍が過去に行った戦争での作戦行動中にアゼレアが星の雷を使用したことがあることを知ったガーランド保安官が呆れているが、あれが普通の反応なのだと思う。


 話を聞いていると星の雷というのはRPGなどでよく聞く『メテオ』という魔法と同じマップ兵器に相当する威力を持つ攻撃魔法と同種のものなのだと想像がつく。


 俺の脳裏にとある劇場アニメにおいて夏祭りの最中であった神社目掛けて分離した彗星の一部が雲を突き抜けて降ってくるシーンが再生されるが、恐らく似たようなものだろう。


 あのアニメでは神社へ激突後、現場周囲は境内含めて跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んで神社の跡地と周辺は巨大なクレーターとなり、その後貯まった雨水や湧水で大きな湖が形成されていた。


 星の雷で降って来る岩石の大きさが果たしてどのようなサイズなのか現在のところ不明だが、ただ判っているのはと同規模かそれ以上の被害がこの地域へもたらされるであろうということである。

 しかも、この列車を中心にしてだ。



「それでアゼレア殿。

 貴女の見立てでは魔法陣の解除はできるのか?」


「私は魔王領国防軍の魔導少将だったのよ。

 誘導魔法陣の解除くらい片手間でできるわ。

 幸いにも魔法陣には何のトラップも仕掛けられていなかったし」


「そうか」



 若干不安そうな表情のまま魔法陣の解除についてアゼレアへ質問するシレイラ公女だったが、自信満々に解除出来るという答えを聞いて彼女は安堵する。


 それに対して一つの純粋な疑問が湧いたガーランドは大規模攻撃魔法の使い手であるアゼレア専門家へその疑問をぶつけた。



「ひとつ疑問に思ったんだが、敵さんは何故そんな面倒くさい方法で仕掛けてきたんだ?

 そもそも、本当に星の雷はこの列車を破壊するためだけに落ちて来ようとしてるのか?」


「いい質問ね。

 弾着目標はこの列車そのものだれど、敵がリグレシアであることを鑑みてもシレイラ殿下殺害に使用する攻撃魔法として星の雷は明らかに威力過多オーバーキルすぎるわ。

 先程、孝司が言ったように殿下を弑し奉るだけならば列車を脱線・転覆させるだけで済むわ。

 だから弾着目標本命は別にあると見るべきね」


「別にあるだと?」


「ええ。

 この列車の進行方向上にある沿線周辺にね」



 そう言われて一部を除いて殆どの者が思案顔になったり、不安そうに周囲を見渡す。


 もちろん星の雷が落ちて来るのはこの列車ではあるが、直ちにここへ落ちて来るわけではない。それを知っている俺はガーランド保安官へひとつの疑念を彼へ告げる。



「ベアトリーチェさんから教えていただきましたが、この先にはかなり大きなダムがあるとお聞きしました。

 ガーランド保安官、そのダムは警備が厳重なのですか?」



「ああ。

 詳しくは話せないが、帝国陸軍二個連隊とその他諸々が警備に就いている」


「やはり、そうですか」



 予想が当たっていたことに俺は表情には出さずに内心でガッツポーズをするが、そんなことを知る由もないガーランド保安官はそのまま話を続けていた。



「だから、敵に上級魔族に匹敵する魔力を持つ変異種魔族がいたとしてもだ、それだけの規模の部隊が警備に就いているんだ。

 もし襲撃されたとしても、付近の要塞や支城に駐屯している部隊が増援として駆け付ける。

 いくら中級魔族が複数いてもかなり骨が折れ…………あっ?」


「お気付きになりましたか?」


「糞っ! そういうことか!!」



 どうやら自分で話していて事の重大さに気付いたのだろう。最初はダムの警備内容について自信満々に話していた彼は気付いた瞬間、気の抜けた間抜けな表情を一瞬だけ露わにしたかと思うと次の瞬間には憤怒の表情で座席の肘置きを力任せに叩いたのが印象的だった。



「連中、最初からエイブラムズダムを破壊する目的で動いていたってことか!」


「恐らくは」


「ということは、敵の狙いはシェルツェン工業地帯の水没と破壊が目的です!

 一刻も早くエイブラムズダムの警備を担当している中央方面軍司令部と治安警察軍本部へ報告しませんと!」


「まあ待て。 そう慌てるな」


「しかし……!」


「今ソレを報告したところで上の連中が馬鹿正直に信じるとは思えん。

 仮に報告した内容を真面目に信じたとしてだ?

 帝都の連中はどんな判断を下すと思うよ?」


「それは……」



 敵の攻撃目標がこの国の一大工業地帯の壊滅であるということを知ったビラール独立保安官補は直属の上司であるガーランド独立上級正保安官へ食ってかかる勢いでダムが狙われているという内容を中央へ報告するべしと強く進言するが、進言を受けた当のガーランド保安官は癇癪を起こして言うことを聞かない我が子を諭すような態度で接しつつ、冷静に今後起きうる事態について滔々と話し始める。



「普通に考えば国家最重要防護施設のひとつであるエイブラムズダムが敵の大規模攻撃魔法で破壊されるというのであれば、列車へ乗車している全乗員乗客の命を天秤に乗せるまでもなく、この国の上の人間はダムの方を取るわな。

 あくまで普通に考えるのならば……だけどな。

 だが、上の連中にはそれが出来ない理由がある。

 それが何かお前には理解出来るか?」


「妾がここにいるからであろう?」


「流石は頭の回転が速い姫さんですな。

 まさにその通りですわ。

 いくら非常事態とはいえ、本当に落ちて来るかも分からない敵の大規模攻撃魔法を防ぐのに殿下のお命を天秤に載せようとする度胸のある奴はこの国には皇帝陛下以下、誰もいませんぜ」



 しかも厄介なことにシグマ大帝国とリグレシア皇国は直接戦争をしているわけではない。

 シグマ側がその強大な工業生産力と物量でもってリグレシアと戦闘状態にある国を影から支援しているという状況である。


 リグレシア皇国側から見れば敵に後ろから物資や装備を供給し続ける厄介極まりない存在で敵と同一の存在であると見なしているものの、シグマ側からすれば戦闘状態にある友好国や同盟国、属領から軍事支援を要請されているのでそれに答えているだけの状態という立場なので、直接的な攻撃を受ける覚えがないというのがこの国としての本音なのだ。


 なのでリグレシア側がシグマ大帝国の一大重工業地帯を叩こうと画策していることなど夢にも思わないだろうし、もしそのような計画があったとしてもきちんとした裏付けを行った上でガーランド達は内務省の上層部に報告をして更に慎重な判断が下された後で宰相や皇帝に報告書が上奏されることになるだろう。


 それら一連の流れの後でダムの警備を強化するのか、星の雷の迎撃命令を下すのかの判断が為される。


 だが、そのようなお役所仕事の手続きを経ていては何もかもが遅過ぎる。現に星の雷は既に敵の手によって発動している可能性が高く、帝都ベルサから迎撃の許可が届く頃にはダムの堤体は蒸発し、シェルツェン工業地帯は水没してしているだろう。


 そのようなことを百も承知なガーランド保安官は目の前にいる誰よりも魔法戦の猛者エキスパートである魔王領と教会の女傑が仮に宰相閣下なり皇帝陛下なりへ謁見して直談判したところでこの国の指導者達は歯牙にも掛けないであろうことは分かりきっていた。



「ま、仮にここにいる魔王軍の将軍様と教会特高官様が皇帝陛下か宰相閣下なりと謁見して大規模攻撃魔法の可能性を直接進言してもそれは変わらねえと思いますがね。

 我が国の上層部うえの人間達にとってみれば確実性に欠ける不確かな情報ですからな」


「そうだな。

 もしかしなくても、リグレシアはこのときのためにかなり前から準備をしていたのだろうな」


「殿下のご懸念は当たりですわ。

 以前、ハーベスト村に駐屯していた帝国軍鉄道警備隊に配備されている装甲軌道車が何者かに強奪される事件が発生しています。

 そして今回の列車襲撃の件で襲撃犯が撤退するときに、その装甲軌道車らしき車両が使用されているのを目撃いたしましたから」


「あの事件か……」


「もしリグレシアがかなり入念な下準備を行っていた場合、ウィルティア、シグマ内部に相当な数の協力者が存在していることでしょうね」



 ベアトリーチェの言う通りだ。

 装甲軌道車強奪の件といい、シレイラ公女襲撃の件といいシグマ大帝国、ウィルティア大公国双方の内部に協力者がいることは明白である。


 何しろ敵がこの列車から逃走に使用するその瞬間まで強奪された装甲軌道車の行方がわからなかったこと、秘密裏に進められていたシレイラ第一公女の旅程とその警護計画が漏れていたのだから、協力者の存在を疑わないほうがおかしい。



「それで?

 敵の狙いがダムの破壊と工業地帯の水没らしいというのは分かったが、問題はどうやって星の雷を防ぐかだ」


「私が迎撃するわ」


「やっぱりそうなるか……」



 アゼレアの当然と言えば当然過ぎる回答に驚きもしないガーランドだったが、やはりそれでもどこか不安を払拭できない彼は半ば縋るような気持ちで尋ねる。



「でも、大丈夫なのか?

 いくら上級魔族とはいえ、空の彼方から降って来る岩の塊を防ぐのは骨が折れる筈だ。

 しかも練習無しでいきなりのぶっつけ本番だぞ。

 失敗したら、お前さんもただじゃ済まないんじゃないのか?」


「そうね。

 成功するという保証は何処にも無いわ。

 こういうときは常に不測の事態というものが付き纏っているものよ。

 でも、ここで座して死を待つよりはマシではなくて?」


「だな。

 じゃあ、先ずは作戦会議だ。

 せいぜい敵さんにはびっくり仰天の間抜け面を晒して貰おうじゃねえか」



 成功する保証がないということを臆面もなく胸を張って言うアゼレアに呆れつつも例えようのない頼もしさを感じたガーランドは勢いよく座席から立ち上がり、この場に居合わせている者達を順に見回しながら右腰に下げたホルスターから使い慣れた拳銃を抜いた。

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異世界に転移したら何故か魔族最強の将軍と旅をすることになった俺は…… ポムポム軍曹 @mofumofuseigi

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