どうせ死ぬなら! ~自殺願望のふたり?~

花ノ壱

どうせ死ぬなら! ~自殺願望のふたり?~

私の名前は『たちばな 由紀ゆき』28歳。


つい一週間前、9年も付き合ったら彼氏から、大事な話があると呼び出され「ついにプロポーズきたー!?」って喜んで会いに行ったら「別れて欲しい」だって・・・。付き合いたての頃は「いつか結婚しようね。」って言ってくれたのに。それを信じてずっと待ってた私って・・・。


笑っちゃうわ!!


それだけならまだいい。彼氏はまた作ればいいもの。

もっとショックだったのが、それから3日後に愛猫のみゅ~ちゃんが死んじゃったこと。ずっとそばにいてくれるのは、みゅ~ちゃんだけだと思ったのに!


もう私には何もない。何も・・・。

だから死んでやるんだ!今日!ここで!


というわけで、私は今、日本海に面した『隠れた自殺の名所』でもある、とある岬に来ている。

岬の先端に立ってみると崖の下はすぐ海。

「日本海、綺麗だな~。」なんて癒されている場合ではない。


私はここに死にに来たんだ!

一歩踏み出せばそこは地獄、いや天国?


「んんー、なかなか踏み出す勇気は出ない。」


こんなときは誰だって優柔不断にもなるはずだ。

だって人生を決める一歩、いや終わらせる一歩なんだから。


「ねえ、お姉さん。そこから飛び降りるの?」


突然、斜め後ろの方から聞こえた声にビクッとした。

私はゆっくりと振り返る。

そこには私と同い年かちょっと下くらいの男性が体育座りをしてこっちを見ていた。

イケメン・・・? いやイケメン風か・・・?


「君、・・・いつからいたの?」


「んー? 3時間くらい前?」


その男は無邪気に答えた。


「で、お姉さんはそこから飛び降りる気?」


無邪気にそして無神経に私の決意を試そうとしてくるこの男に、若干の苛立ちを覚えた。


「そうだけど・・・(怒)」


私は苛立ちを隠すことなく、ぶっきらぼうに答えてやった。

するとその男からは思わぬ言葉が返ってきた。


「僕もそこから飛び降りて死のうと思ってたところなんだけど。」


「え?ほんとに?」


「うん、ほんとに。」


クソッ!まさかこの男も私と同じ自殺志願者だったとは!

しかも私よりも先に来ていたって!


「だってあなた、3時間もそこにいるって。」


「3時間前にここに来て、3時間後に飛ぼうって決めてたから。そしたら突然、お姉さんがやって来て、飛ぶんだか飛ばないんだかモタモタしてるから。」


「モタモタって!今から死のうっていうんだからそりゃ多少の躊躇ためらいもあるでしょ!あんたなんか3時間も迷ってたんでしょ!」


「違うよ。僕は3時間後に飛ぼうって決めてたから。それまで今までの人生を振り返ってたのさ。お姉さん飛ばないだったら僕が先に飛ぶよ。」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんたと同じ場所で死んだらまるで集団自殺してるみたいじゃない。そんなの嫌よ。私は誰もいない所でひっそりと死にたいの!」


こんな所で縄張り争いなんかしている場合じゃないが、私は今日ここで死ぬと決めたんだ。


「でも僕の方が先に来てたんだから、優先順位は僕の方が上だよね?」


「あなたは先に来てたかもしれないけど、ずっとそこで座ってたんでしょ? それならここに先に立った私の方が優先順位は上よ。」


端から見ればテンションの高いアラサー女性と、覇気のない年齢もよくわからない体育座りをした男性との痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。


「ハァ・・・らちが明かないよ。それじゃあどっちがここで死ぬのに相応しいか決めようじゃないか。」


なんだ、なんだ。男の予想外の提案に私は少し驚いたけどジャンケンだったら勝つ自信がある!


「どうやって決めるのよ? ジャンケンなら負けないわよ!」


「不幸自慢で勝負しよう。自殺願望があるくらいなんだから不幸の一つや二つはたずさえてここに来たんだろう?」


な、な、な、なんだこいつー!不幸自慢とか中2かよ!

ドン引いてる顔がもろに出たんだろう。男の表情も一気に曇った。せっかくの提案なのになんか悪いことしちゃったかな。


「まあ・・・いいわよ。私から話してやろうじゃないか。そのヘビーさにきっと君は死ぬのを辞めたくなるね!」


私はこの一週間に起こった出来事を事細かく話した。不幸対決で負けるのが悔しかったので、彼氏と付き合っていた年数を10年と盛り、ついでに一か月前にスマホを落として画面がバキバキになったことも、つい先日のこととして話した。


「どうだ!私の不幸には敵うまい。」


私はドヤ顔で目の前の男に言い放った。


「ハァ~。・・・バッカみたい。」


目の前で体育座りをするその男は、私に向かって大きなため息をついた。

ムカー!「じゃああなたはどうなのよ!」私は怒り心頭だ。


「どこから話せばいいかな。んーそうだな、僕が働いていた会社がね、倒産しちゃったんだ。社長が会社の金を持ち逃げしちゃって。」


「ふん、よくある話ね。」


「その時、付き合っていた彼女と僕の昔からの親友が、そばでずっと励ましてくれてたんだけど」


「いい彼女さんと親友くんね。むしろ幸せなことじゃない。」


「気付いたらその二人がデキてたんだ。僕は一晩で親友と彼女の両方を失った。」


「こ、こ、恋人に捨てられたっていう点では私と同じね。」


「それから今日というかつい今朝方の出来事なんだけど、僕の住んでるアパートが全焼しちゃって。原因は隣部屋のタバコの消し忘れだったんだけど、僕は何も持たずに逃げたから無一文になっちゃって。」


そう言えば、よく見ると着ている服がところどころ焦げてるわね。


「そ、それは結構悲惨ね。まあそれだけ失えば実家にでも帰って1から」


「あ、僕、小さい頃に親を事故で亡くしててずっと施設で育ったから実家とかはなくて」


「もぉーいい!もうたくさんだ!私の負けよ、あんたには敵わない。」


私は思わず膝から崩れ落ちると地面をバンバンッと叩いた。


「え!? もういいの? まだたくさんあるけど・・・原付のキーだけはポケットに入ってたからここまで乗ってきたんだけど、途中でヤクザのベンツにカマ掘っちゃってボコボロにされたりとか。」


気付かないようにしてたけど、顔に殴られた跡があるのはそのせいかー!!


「もぉ~いいとぉ~言ってるぅ~だろぉ~がぁ~!!そんなの聞かされたら、私がバカみたいじゃんかー。」


「うん。だからさっき言ったよ、『バッカみたい』って。」


「うん。さっき言ってたね、『バッカみたい』って。」


クソッ!完全に負けだ。不幸自慢は完敗だった。


「ところであんた名前はなんて言うの? 私は橘 由紀、26歳よ。(悔しいから少しサバを読んだ)」


「僕はやなぎ 功太こうた。24歳。」


「あら、思ったより若い。苦労が滲み出てて少し老けて見えたのね。かわいそうに。」


不幸自慢に負けたのが悔しかったから少しだけ意地悪を言ってやったわ。ふふふっ。


「橘さんこそ、てっきりアラサーのおばさんかと。」


こ、こいつ!


「柳功太くん。この場所はあなたに譲るわ。あなたの話聞いてたらなんだか私、死ぬ気が失せちゃったみたい。」


「奇遇だね。僕も自分の不幸をさらけ出したら、なんだかもう一度、頑張ってみようと思えるようになったんだ。」


「まあ!お互い思いとどまれて良かったってことね。」


「そうだね。僕はこれからが大変そうだけど。」


生意気な奴だけど、ここで会ったのも何かの縁か。結果的に私の自殺を止めてくれたわけだし。

私は自分の財布を取り出すと中に入っていたお金を全部渡した。


「これあげるわ。無一文なんでしょ。」


「え!いいんですか!ありがとうございます。」


急に敬語になるあたり違和感を覚えたが、まあよしとするか。現金な奴め。


「仕事はどうするのよ? 今、無職なんでしょ?」


「え? 仕事ですか、してますよ、。」


「は? 何の仕事? これから行くの?」


「いえいえ、僕の仕事は『』です。そうすると自殺しようとしてる人が思いとどまってくれるんです。あとたまに財布の中身を全部くれる人もいたりして。あはは。」


「ちょっと、それどーゆーこと?」


「まあだいたいの人は最後怒るんですけどね。」


柳と名乗った男は、話終える間もなくその場からそそくさと走り去っていた。


「待ちなさいよ!金返せー!」


私も目一杯追いかけたが、あいつはあっという間にどこかへ行ってしまった。

私は一生懸命走っている最中、笑いが止まらなかった。


「あははははははっ!」


バカバカしいやら情けないやら。あいつの話がどこまでホントでどこまでウソだったのか。まあ今となってはそんなことどうでもいいか。


人の悩みの大きさはその人にしかわからない。他人から見たらどんなに些細な悩みでも本人にとっては死にたくなるほどのモノだってある。ただ人に話すことでその悩みが小さくなることもあるし、解決することだってあるかもしれない。

時にはウソの不幸自慢が人を救えるかもしれない。


「どうせ死ぬなら ―――――――― もう一度生きてみるか!」



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