17

「お……お邪魔しまーす……」


弱々しい声を上げ、セレカが俺の家に入って来る。

靴をしっかりとそろえ、持参したスリッパで廊下を歩く。……なるほど、礼儀はしっかりしているようだ。


「いらっしゃい。……何か飲むか?」

「あ……それじゃあ、ちょっと麦茶を一杯……」

「かしこまり」


俺はどこかで聞いたことがありそうな問答が終わると、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。


「ねー、迅火くん……SDカードって、どこにあるのーっ?」

「ああ、それなら俺が持ってる。ポケットの中だから、少し待っててくれ」

「はーいっ」


するとセレカはどこから取り出したのか、うちのテレビのリモコンを手に取り、お笑い番組を見始めた。

……こいつ、何しに来たんだ……?


「おーい、セレカ。お茶だぞ」

「あっ、どーもー」


セレカは俺の手からコップを取り、ぐびっと飲み干した。


「それにしても……意外に迅火くんちって片付いてるんだねー」

「……意外に、ってどういうことだ」

「てへへ」

「まあ……大体は姉貴だが」

「へえー!迅火くんて、お姉ちゃんいるんだねー」

「ああ、まあ、な。……いらないが」


あんな不良品、あって嬉しいやつがどこにいるのだろうか。ここでもし、いいなーなんて言われようものなら……


「いいなー!わたし一人っ子だから、なんか兄弟での生活とか、少し羨ましくて」


……はい。予想はしてましたとも。

さて、無駄話はこれくらいにしておいて。


「……そうなのか。じゃあ、見るか。テレビを消してくれ」

「あ、はーいっ」


俺はポケットからSDカードを取り出し、姉貴から借りたデジタルカメラに差し込んだ。


「えーっと……?」


やはりこのSDカードは容量が多く、たくさん写真や動画が入っている。

その中にはいらないものもあり、賢人のペットの写真や家族旅行での写真、あとは……


「ねえ……これってー……賢人くんの、自撮りだよね?」

「……」


こんなものまで撮ってあったとは。今頃賢人は、これに気づいて大慌てだろうな。


「で、お目当てのやつは……」


これか。確か、倉庫の少し先にアリの巣があったから、この動画で間違いない。


「これだねーっ!どんなの映ってるかな?」


それはまあ、見てからのお楽しみということで。

『お楽しみ』ではないかもしれないが。

俺はボタンを押し、動画を再生する。

ピ、という音がして、動画が始まる。


『……それじゃ、帰るか。日も落ちてきたことだし』


俺の声だ。このあたりから撮られ始めたのだろう。

動画は俺たちが帰ったところへ。


「……」


俺たちは、黙って画面を見つめる。

静寂の中に変化が現れるのを、今か今かと待っている。

そして、時間が経ち夜へ。どうやら早送りしているのか、飛ばしているのか、一気に空の色が変わった。

さすが機材の扱いに慣れていそうな賢人だ。編集もお手の物ということだろう。


『……ここね』


ふいに、声がする。少し低めの、女性の声だ。

と、声の主が近づく。そのせいで、画面がその女の服で塞がれ、真っ白に染まる。


「……見えないなぁ……」


セレカが愚痴をこぼす。まあ、仕方ない。女が何かをしているのはわかるが、その肝心な内容は一切見えないのだから。


「お?」


女が、何歩か引いた。そのお陰で女の姿がはっきりと見えた。


「……巫女装束?」


この洋服が普及して普及して普及しまくっている時代に、巫女装束か。なんとも不思議な……。

というか、そもそも神社関係者なのか?でなければ、コスプレグッズという可能性を除いて手に入れる方法が……

そう、俺があれこれ考えを巡らせていると。


「……え……?」


セレカが言葉を失っている。おっといけない、考えすぎて見るのが疎かになってしまった。

セレカが言葉を失うようなことか……一体何が映っている?

俺は画面に目を向けた。


「……は?」


「え」


「そんなバカな」


「ありえない」


「まさかこれは」


「いやだって」


俺は無意識のうちに、そんな言葉を零していた。

だって。

そこに映っているのは。

俺の記憶が正しければ。


黄泉津大神、伊邪那美イザナミ


そしてもう一人。

影で見守るように立っている男は。


J-ノグリーフ研究総長、沖田おきた遼平りょうへい

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