12

「おお……」


そこにはちょっとした行列ができていた。

空いている席はあったが、生憎カウンター席だけだった。

まあ、いいか。それで、ここは……

見た限り、ラーメン屋か。

だがメニューは豊富で、サイドメニューやトッピングなどもたくさんの種類があった。


「……どれがいーい?」


どれ、か。そうだな……値段を見る限り、学生にも十分手が届きそうだ。そして俺が何を食べたいのか、だが。

別に今これが食べたいという希望はない。となれば、やはり定番の……


「チャーシュー麺にでもしておくよ」

「……んっ!なら私は坦々麺にでもしよーかなー」


……坦々麺、とは。まさか女子であるセレカが辛いものを好んで食べるとは、知りもしなかった。

まあ、もともと俺は奢ってもらっている身。俺がどうこう言う筋合いはないだろう。


「すみませーん、チャーシュー麺と坦々麺ひとつー」


セレカが、奥の厨房に向かって声を張り上げる。

すると、奥から頭に真っ白なタオルを巻いた、イケメンの青年が出てきた。


「おっ、セレカちゃん、いつもありがとーね。……おっ?その子は、彼氏かい?」

「んなっ!違います、ちょっと仕事を手伝ってもらったお礼にっ」

「いやー青春っていいねー。……んで、チャーシュー麺と坦々麺ね。しばらく待っててなー」


青春はにやりと笑い、また奥の厨房へと消えていった。


「……んもー」

「はは……」


これには俺も苦笑するしかない。なぜかって、それはセレカが頰を膨らませている理由と同じだ。

とはいえ、店員がセレカをちゃん付けで呼んでいるということは、店員と親睦ができるほど行っているということなのだろう。となれば、さぞラーメンはおいしいのだろう、少し楽しみになってきた。


「……ま、でも、ありがとねーっ。結局、私のミスだったけどー……」

「いいさ、そのくらい。こうしてお前と仲良くなれたんだからな」


これは偽らざる本心だ。自分で言うのも何だが俺の性格のことだ、もし今日セレカが俺に話しかけていなければ、高校卒業まで面識がないままだったかもしれない。

それについては、まあ今日の労力と差し引いてもプラスはあるだろう。


「楽しみだねーっ、ラーメン。ここの、他のところより格別においしいんだよー」

「……へぇ、そうなのか。それは楽しみだな」

「もう、愛想ないなぁ。……なーんて、へへへっ」


……よく笑うな。

俺はそう思った。

まあでも、それに悪い印象は持たない。

この無垢な表情は、彼女の天真爛漫な性格をそっくりそのまま表しているのだ───

ふと、セレカへ目を向ける。彼女は足をプラプラ動かして、ご機嫌にラーメンを待っている。


「……」


俺は視線を前に戻し、ぼーっと厨房でラーメンがつくられるさまを眺めていた。




「あいよー、チャーシュー麺と坦々麺ねー。まいどありっ!」


先ほどの青年が、片手に丼を一つずつ持って、俺たちの前に現れる。

湯気がすさまじく、青年は辛そうに熱さを我慢している。その証拠に、彼の額には厨房の熱さによるものとは別種の汗が浮かんでいた。


「おっ、きたきた。……ふーん、チャーシュー麺ってこんな感じなんだーっ。実は私、ここのチャーシュー麺は食

べたことないんだよねー!」


セレカが笑いながら、俺に丼を手渡す。……熱っ。

しかしダシが効いているのであろう、スープからはいい香りが漂っていた。


「そうなのか。……なら、俺のチャーシュー、一枚食うか?味は混ざるが」

「……えっ、そんな、いやいや。それは刈岡くんのだし」

「でも一応、これセレカの奢りだぞ?まあ、お前がいらないのならいいけど」

「……なら、一枚もらっちゃおうかな」


セレカはそう言い、割り箸でチャーシューを一枚つかみ自分の器へ入れた。


「んじゃ、いただきまーす!」

「いたたぎます」


手を合わせ、俺たちはラーメンを食べ始める。

さあ、味のほうは……

……なんというか、普通に美味い。

麺のコシもよく、具やスープのうまみがうまく絡まっている。確かにこれなら、ラーメン好きはリピーターになることだろう。


「……ね、おいしいでしょ?このよラーメン」


俺が無言で食べているのを見て、セレカが言った。

まあ俺が無言なのは、別に話すことがないからなのだが……


「ああ、そうだな。確かにうまい」

「気に入った?……それなら、さっきのチャーシューのお礼に、野菜あげるっ」


な!?

いや待て、坦々麺の野菜をチャーシュー麺と混ぜるだと!?

そんなことしたら味がおかしくなるだろうが。


「……お前それ本気か?」

「あっ、もう入れちゃったーっ」

「……は⁉︎おいおいおい、これじゃ味が──」


……こんなことで怒るのもバカバカしいので、俺はため息をつきその野菜を口に入れた。

……なんというか、まあ、辛い。でも、少しスープに触れたせいか微妙な味になっている。


「……あ、間接キスだ」

「……もう何も言えねぇよ。別に構わないけどな……」


その後は無言でラーメンを食べた。



俺たちが店を出る頃には、もう七時を回っていた。


「ごめん、遅くなっちゃったねー。……送ってくよー」

「いや、さすがにそこまでは。……てか、道どっちだ?」


このあたりへ来るのは初めてだから、帰り道がわからなくなってしまった。……癪だが、俺は迷子だ。


「ふふっ、ならどの道送ってくしかないねーっ。ついていて!」

「……スマン」

「いいよいいよー!」


俺たちは並んで夜の町を歩きだした。

家には着くまで、俺は姉貴に何と言われるだろうか……という益体もないことを考えていた。


この件で、明日クラスメートに、特に賢人に問い詰められるのは、また別の話。

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