8
「フレイ・ドルセラー」
俺は、呼ぶ。
元、友人の名を。
現、
「お前は……なにゆえ、復讐をする?俺と手を組もうとする?」
返ってきたのは、今までの口調からは考えられないような言葉だった。
「そうか、もうそこまでわかってるんだな。なら、これ以上隠す必要もないか」
「……そういうことだ。あきらめろ、
フレイは、はっと、冷たいため息をついた。
「……なるほどな。もう俺が、非政府研究施設に潜入してる、いわゆるスパイだって分かってるのか」
「その通りだ」
そう言っておきながらも、これは虚勢だ。何せ、俺はフレイが自分のことを俺に告げるという、未来を『予見』しているだけにすぎないのだから。
だからもし、『予見』を使わなかった場合──つまり、俺が『予見』した未来の中で、フレイが口を割らなかったらそこまでだ。
「……で?どうするんだ?俺は、ある一面から見ればお前を殺そうともしてた。理由は──わかるよな?」
俺を殺す。それはつまり、値踏みのためのゴーレムが俺を殺すということだろう。
「どうするも何も……。ただ俺は、お前の行動の真意が知りたいだけさ」
「……」
フレイは、拳を握りしめ、何かを決意したかのようにぷはっと息を吐いた。
「……そうか。……殺せよ。どうせスパイなんか、バレたら殺されるだけだからな。お前がどう思っているのかは知らないが、一応出身国という面では、お前は日本側なんだろ?……もともとお前を研究しようって言い出したのも、日本なんだし」
今のフレイの言葉。
つまり俺は、日本の有数の研究施設、日本非政府研究施設──通称J-NOGREF(J-ノグリーフ)に囚われていたということだ。
そしてフレイは──これは『予見』でも何でもなくただの予想なのだが、恐らくJ-ノグリーフを恨んでいるのだろう。ゆえに、どこかの国のノグリーフにスパイとして潜りこみ、その機会があれば復讐してやろう、と考えているのではなかろうか。
フレイの言葉に、俺は不敵に口の端を吊り上げ、答えた。
「安心しな──俺も、同じだ」
「は?」
「俺も、隙あらばJ-ノグリーフに一矢報いてやろうと思っていたところさ」
俺のせいで世界が大惨事になってしまったという自覚はある。
だがそれとは別に、俺を研究するなどとぬかした
そして俺は、物心ついたときにはそのヘイトが止められなくなっており、今現在、新たな平和維持組織──国際協会の一級諜報員として活動している。
国際連盟では第二次世界大戦を止められず、国際連合では第三次世界大戦を止められなかった。そして発足したのが、この国際協会だ。
「だが俺も一つ、お前に聞きたいことがある」
「……なんだよ」
「お前は、どこの諜報員なんだ?スパイと言っていたが、それは所属している組織がなければ成り立たないものだ」
俺がフレイ、もとい別組織の諜報員と関わっていたということは、
「……そうだな。俺の組織は……F-ノグリーフだ」
F-ノグリーフ……だと⁉︎
F──つまりそれは、フランスだろう。
だが、フランスも第三次世界大戦に参加したはずだ。であれば、フレイはフランスも憎んでいていいはずだ。だが、なぜ?
「……フランスは憎まないのか?」
俺は、動揺を押し殺し、言った。
「フランス、か?もちろん憎いさ。だから、Jを潰したらA、K、N、R、そしてF……もろとも吹き飛ばすさ」
……なんて歪なのだろうか。
俺は、フレイの歪んだ笑顔を見たとき、そう思わずにはいられなかった。
フレイが言った組織は、アルファベットから察するに、順番にアメリカ、韓国、北朝鮮、ロシアなのだろう。
もちろん他にも第三次世界大戦に参加した国はある。フレイは、代表的な国を挙げたのだろう。
──だが、いくら歪だろうと、利害は一致している。
手を組まない理由はない。
「なあ、フレイ。お前
俺からしても、爆弾発言だ。
敵対していると思っていた人物から、共闘の誘い。普通のことではない。
フレイは、目を瞑り考えた。
「……なるほどな。迅火の所属組織が、国協、と」
「そうだ」
俺は短く答えた。もうここまで来ている以上、余計な言葉はいらない。
──こいつもいろいろ考えて、俺にここまで来させたのだろう。出会ってまだひと月も経っていないのに、普通に学校生活を楽しみたいのに、この行動に出た。それは、並大抵の決心ではできなかったことだろう。
「……迅火単体と組む、というのならわかる。だが、なぜ国協となんだ?そもそも、お前が俺らと組みたがる理由が分からない。……俺らと組むのなら、最低限それだけは聞かせろ」
なるほど、命令口調か。もう友達ごっこはおしまいということか。
「……絶対に、他の誰にも口外しないと約束できるか?F-ノグリーフの連中を除いて」
俺は、強く念を押す。
「ああ、約束する。もともと諜報員なんか、口が堅くなきゃできない仕事だろ」
「そうだな。……じゃあ、話すぞ」
俺は、告げた。
俺が持っている史上最悪の秘密を。
「俺が、『研究対象X』だ」
研究対象X。それは、俺、刈岡迅火が研究対象だということを隠すためにつけた仮の名前だ。安直すぎるが、それでいい。
「……」
フレイは無言だった。
「……お前としては、俺も憎むことになるだろう。だから、別に手を組まなくても構わない。選ぶのはフレイ、お前だ」
フレイは、俺の言葉を笑い飛ばした。──嘲笑で。
「俺が憎むのは、各国のノグリーフであって、お前ではない」
「……どういうことだ」
「戦争を起こしたのは、ノグリーフだ。お前が起こしたいと思っていたわけではないだろう。……ましてや赤ん坊に」
「なるほど、それがお前の持論ならいい。それで、返事を聞かせてくれ。イエスか、ノーか」
俺は、フレイに二択を迫る。これ以外の返答を認めさせない、一種の脅迫であり一種の諜報術だ。
「……ああ、いいさ。世界最大の組織が味方につくんだ、こんなに心強いことはないさ」
「そうか」
「だが当然、国協全体が復讐に加担するわけでもあるまい。建前は……そうだな、元凶の排除というところか」
「察しがいいことで」
俺は、改めてフレイに向き直った。
「じゃあ、手を組むか」
「そうだな。互いの、復讐のために」
俺たちは、今日この場所で、歪でぐにゃぐにゃに歪んだ握手を交わした。
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