19.残酷なことはできない

「冬休みさあ、どこ行く? ヒデ君は学校休みだよね」

 終業式が済んで、ホームルームを終えた教室で、怜佳が携帯電話で誰かと話していた。きっと恋人だ。嬉しそうに笑い、甘い声でささやく。こんなときだけは彼女が一人の恋する乙女に見える。わたしにした残酷な仕打ちを一瞬忘れ、微笑ましく思う。

「わたし、旅行行きたい。日帰りでも何でもいいから」

 そうか、明日から冬休みなんだ、と思う。わたしもどこかに行きたくなってきた。誰かと。そうだ、篠原と。そう考えて、それは行きすぎだな、と考え込んだ。

「うん、うん、じゃあね。また明日」

 怜佳は電話を切り、立ち上がった。それをじっと見ているのはかつての彼女の取り巻きたちだ。彼女は今、完全に孤立している。気にしないのか、気にしないようにしているのか、平気そうに見える。廊下には彼女の男友達が待っていて、彼女は「お待たせ」と手を小さく振り、教室を出ていった。

「……何あれ」

 取り巻きの一人がささやいた。七人ほどのグループの彼女たちは、顔をしかめて不快感を共有していた。わたしはそっと教室を出て、篠原がいるところに向かった。

 篠原は先生に呼び出され、職員室から戻るところだった。わたしを見ると、笑って手を上げる。

「まだ帰ってなかったんだ」

 わたしと並ぶと、彼は歩き方を緩めた。

「うん。あのね、さっき考えてて」

「何を?」

 わたしたちは教室に入った。さっきとは打って変わって人が減っていた。

「あのね、年賀状交換しようよ」

 篠原は少し驚いたように目を見開いた。「いいけど」

「やった! じゃあ、これわたしの住所ね。今から送信する」

 わたしははしゃぎ気味にメールを送った。篠原は携帯電話を確認し、自分も何かを入力した。受信したメールには、隣の区のマンション名が書いてあった。

「楽しみだな。だって毛筆で書いてくれるんでしょ?」

「え、毛筆?」

「篠原は書道部でしょ? 期待してるんだけどなー」

 彼は笑い、「いいよ」と答える。冬休みの楽しみは、これで一つできた。

「でね、この間テレビでやってたんだ。クリスマスイブに、アーケード街のイルミネーション……」

 後ろから椅子を引きずる大きな音がした。振り向くと、拓人だった。彼は鞄を持つと、大股で教室を出ていった。顔は見えなかった。わたしは高揚した気分が、風船がしぼんでいくように消えていくのを感じた。

 本当は、イルミネーションを見に、一緒に行こうと篠原を誘おうとしていたのだった。でも、よく考えたらそれは拓人にとっては残酷なことで、到底彼の目の前で約束を取りつけることなんてできない。

 篠原がわたしを見ていた。わたしは笑顔を作り直し、「何でもない」と笑った。

 教室は人気がなくなったせいでとても寒く、わたしと篠原は寒さに凍えながら支度をした。学校指定の紺のコートを着て、わたしは黄色の、篠原は青いマフラーを首に巻く。

「今年はいい年だったよ。篠原と友達になれて」

「そう、かなあ」

 わたしと篠原は昇降口に向かう。他愛のない話をしながら、篠原の顔を見上げながら。学校を出て、校門の前で別れる。これから篠原はバスに乗るのだ。

「……じゃあ、また来年」

「うん、またな」

 篠原は手を振って笑った。わたしはうなずき、何だか寂しい気分になった。

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