8.皆、わたしのことが嫌い

「あのさ、あんたどういうつもり?」

 怜佳がやっと口を開いた。放課後、教室で待って待って、人がいなくなっても待ち続けて、もう帰ろうと思って立ち上がろうとしたら、怜佳たちが教室に戻ってきたのだった。待たせた挙句の第一声がこれだ。わたしは机の上を見つめていた。周りには怜佳だけでなく、取り巻きの五人がいた。逃げるつもりなんてないけれど、逃げると思われているみたいだった。怜佳と五人の取り巻きの後ろに、教室から飛び出した、悠里と呼ばれるクラスメイトがいた。わたしは以前、彼女とはつき合いがほとんどなかった。同じグループの仲間とは認識していたけれど。坂本さん、町田さん、としか呼び合ったことがなく、あんまり縁はなさそうな気がしていた。

「何が?」

 わたしが顔を上げて答えると、怜佳の顔が怒りで引きつったのがわかった。

 怜佳はかわいい顔をしている。下ろした長い髪を栗色に染め、わたしより少し背が高く、ほんのり化粧をしたその幼い顔は、学校で人気を勝ち得るのに充分だった。少し乱暴な物言いをしたりするけれど、皆に優しくしていたし、わたしにも優しかった。彼女は人気者だった。

 そんな彼女の怒りに満ちた表情は、恐怖をあおるのに充分だった。逃げ出したかった。でも、ここで逃げたら負けだ、という気がした。勝ちとか負けとか、そんな問題じゃない。でも、わたしのちっぽけなプライドが、彼女に立ち向かわせていた。

「何がって……。あんた、何したかわかってないわけ?」

「わからないよ。だって怜佳たちとは半月ほど関わってないもん。二学期、何が起こってるのかさえわかってなかったし、今も何で怜佳が怒ってるのかわからない」

 怜佳は少したじろいだ顔をした。まさか自分たちが無視している現状について指摘されるとは思わなかったらしい。それでもまた表情を消し、こう言った。

「悠里が篠原のこと好きなんだって。あんた何で篠原といちゃいちゃしてるわけ? あんた、そんなに男好きなの?」

 周りの女子がくすくす笑った。坂本さんは目頭に指を当てて少し泣いていた。

「関係なくない?」

「は?」

 怜佳が威圧するような声を上げた。わたしはまた机の上を見た。坂本さんは鼻をすすって、泣いているのは明らかだった。彼女がいくら泣いても、わたしは自分のために言わなければならなかった。

「関係ないよ。わたしだって、坂本さんが篠原のこと好きだって知ってて、坂本さんとまだつき合いがあったら仲良くしなかったかもしれないよ。でも、わたしを無視する人のこと、気にしてられる? ましてやそんなこと知らないんだよ。関係ないでしょ」

 周りの女子が、「うわー」とか、「最低」とか、口々に何か言った。坂本さんは手で顔を押さえて泣いていて、仲間の女子が慰めていた。

「あんた、ほんと自分勝手。皆あんたのこと嫌いだよ。だから皆無視するんじゃん」

 怜佳の言葉に、わたしは動揺した。皆がわたしのことを嫌う。そのイメージが、鋭く刺さった。怜佳は腕を組んで上履きの足をぱたぱたさせ、ため息をついた。

「わたしたちがあんたを無視する訳、教えてやろうか。あんたが空気読めないから。それだけ。わかった? あんたは空気読めない駄目人間なの!」

 唇が震えた。何か言い返してやりたかった。でも、何も言えなかった。怜佳は勝ち誇るようににやっと笑った。

「怜佳の彼氏のこともさ、謝ってもらおうよ。彼氏取ろうとするなんて最低じゃん」

 周りの女子の一人が言った。怜佳が彼女をにらみつけた。彼女は黙った。わたしはそのことに反論を用意していたので、それが怜佳に重要な扱いを受けていないことに驚いた。

「というわけでー、篠原にべたべたするのはすぐやめてよね。わかった?」

 怜佳が顔を寄せ、わたしをにらみつけた。わたしはうなずかなかった。

「……わたしの自由じゃん」

「ほら来た! ほんっと空気読めない!」

 怜佳は大袈裟に振り向いた。取り巻きたちはけらけら笑った。坂本さんだけがすすり泣いていた。

「いいから、従えよ。篠原といちゃいちゃしたーい、というのはわかるけど、あっちも迷惑だから」

 迷惑、なのだろうか。自信が揺らいでいく。ただただ、泣かないように気をつけた。泣いたら負けだ。怜佳になんか、負けたくない。

「あーあ、何も言わなくなった。つまんない。いい? 言うこと聞けよな。明日から、篠原と関わらないこと。従わなきゃ、どうなるかわかんないよ」

 怜佳はくすっと笑った。それから「行こ」と仲間を引き連れて教室を出ていった。坂本さんも。教室の後ろの自分の席に座り、わたしは石のように動かなかった。

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