4-4 どれだけ想っても、その気持ちが伝わったとしても。


 帰宅後、いても立ってもいられなくなって、美緑は彩楓に電話をかけた。

「あ、彩楓? あのね――」


 話にまとまりを欠いたまま、テンパりながら今日あったことを報告した。誰かに話すことですら緊張する。心臓の鼓動はまだ、高まったままだ。


〈よかったじゃん!〉

 彩楓はまるで自分のことのように喜んでくれた。あまり驚いた様子がなくて、美緑は少し違和感を抱く。


「あ! もしかして、この前言ってた〝報告〟ってこのことだったの?」

 ――報告、楽しみにしてる。

 浴衣を買いに行ったとき、彩楓はそう言っていた。


〈ええっ? 美緑、今気づいたの?〉

 浴衣を買いに行ったときは、花火大会に彩楓も大地も一緒に行くと思ってすらいたのだ。自分がそうとう鈍いらしいことを改めて自覚する。


 優弥が美緑に告白しようとしていたことは、彩楓も知っていたということだろうか。だとすると、余計に恥ずかしい。


「うわっ! やられた。どこまで知ってたの?」

〈黒滝くんが美緑のことを好きってことは知ってた。ってかなんとなくそう思ってたし、この前大地から聞いた〉


 つまり、大地も知っていたということになる。おそらく、優弥が大地に話していたのだろう。知らなかったのは自分だけらしい。なんだか、世界に置き去りにされた気分だった。


「えー⁉ 何それ! なんか私がバカみたいじゃん!」

〈まあいいじゃん。改めておめでとう!〉


 それから数分の雑談を経て、彩楓との通話を終えた。

 彩楓が、大地をさりげなく名前で呼ぶようになっていたことに、美緑は気づいていた。


 優弥もいつか、自分のことを名前で呼んでくれるようになるのだろうか……。


 こうして、八月の終わりに大きな転機が訪れ、美緑の高校一年生の夏休みは幕を閉じた。




「優弥と付き合うことになったんだってね」

 二学期の始業式の朝、大地が言った。


「ああ、うん。まあ……そういうことになった」

 改めて口にされると照れくさい。隠すつもりはないけれど、周りに聞こえていないか、ついキョロキョロしてしまう。


「優弥はいいやつだから、柳葉さんのこと、きっと幸せにしてくれると思う」

 優しくて柔らかい声音だった。


「そんな。大げさだよ。あ、優弥がいいやつってのは私も知ってるけど。幸せとか、そういうのは……まだ付き合い始めたばっかりだし」


「ああ、ごめんごめん。あと、あいつ、たまに何も考えないで突っ走るときがあるけど、上手く制御してあげてほしい」


「制御って……ふふっ」

「なんで笑うの?」


「いや、平賀くん、保護者みたいだなと思って」

「あはは。その通りかもしれない」


 事務連絡以外で大地から美緑に話しかけてきたのは、これが初めてのことだったかもしれない。彼もだんだん、美緑に素を見せるようになってきたということだろうか。


「平賀くんは、彩楓とはうまくいってる?」

「……うん。俺にはもったいないくらい。すごく良い人だよね」


 なんだろう。一瞬、大地が暗い表情を見せたような気がした……。それに、彩楓に対してなんだか距離を感じる言い方だった。私が首を突っ込むべきではないけれど、少し心配だ。


「彩楓のこと、泣かせたら許さないからね」

 美緑は冗談っぽく、笑って言ってみる。


「肝に銘じておきます」

 大地も軽く返してくれてた。


 このときに感じた違和感の正体は、それから一ヶ月も経たないうちに判明する。

 昼休みの中庭。暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい気温の日。美緑と彩楓は二人で弁当を食べていた。


 そこで、彩楓から驚くべき発言が飛び出した。

「どうしたら、大地は私のこと好きになってくれるかな」


「えっ? ちょっと待って。だって、彩楓はもう平賀くんと付き合ってるじゃん」

 言っている意味がわからなかった。純粋な美緑にとって恋人とは、互いに想い合っている二人がなるものだった。


「実はね、両想いじゃないの」

「それ、どういうこと?」


「私、一回大地にフラれてるんだ」

「そうなの?」

 初耳だった。


「うん。六月くらいかな。好きだから付き合ってって言ったんだけど、断られちゃって。好きな人がいるんだって」


 彩楓が以前にも積極的なアプローチをしていることに驚いたが、それ以上に大地に好きな人がいるという事実が意外だった。


「へぇ……」

 ということは、大地は好きな人がいながら彩楓と付き合っているということになる。当の彩楓がそれを知っているわけだから、外野がとやかく言うことはないのだろうけど、なんだかモヤモヤする。


「で、ほら。夏休みに観覧車乗ったとき、あれも私の方から告白して、それでも断られて。でも諦められなくて、私のこと好きじゃなくてもいいから、とりあえず付き合ってみようよって」


「うわ。すごい……」

 思わぬ彩楓の肉食ぶりに、美緑は若干困惑する。


「そしたらやっと付き合ってくれることになって」

 彩楓はそれでいいのだろうか。いや、いいわけがない。現に、少し悲しそうな表情をしている。


 それでも、大地を振り向かせようと努力しているし、大地の方もそれにできるだけ答えようとしている……ように思えた。


「でも、平賀くんの好きな人って誰なんだろうね」

「さぁ。聞いても教えてくれないし。それに、本人曰く、絶対に手の届かない人らしいよ」


「何それ。余計気になるじゃん!」

 アイドルとか芸能人? それとも教師? 既婚者? 本人に失礼とはわかっていても、つい考えてしまう。


「私も知りたいとは思うけど、そんなことよりも大地に好きになってもらえるよう努力しなきゃね」

 そんな前向きな彩楓の台詞に胸を打たれる。


「彩楓なら大丈夫だよ」

 言葉で励ますくらいしか、美緑にできることはなかった。


 恋は難しい。もしも、一軒家くらいの大きさの心があったとしたら、自分の意志で動かすことのできるのはきっと、一室の中にある机の引き出し一つ分くらいなんじゃないかって思う。だから当然、誰かを好きになることなんて、コントロールのできないことで。


 好きになった人が自分のことも好きだった、などというのは、紛れもなく奇跡だ。


 どれだけ想っても、その気持ちが伝わったとしても、相手に好きになってもらえないことだってある。世界中には、そんな悲しいすれ違いが星の数ほどあるのだろう。


 いつか、その想いが通じればいいのに。

 彩楓の幸せを、美緑は心から願っていた。

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