3-3 その気持ちの正体を知ってしまうことが怖くて。
入学式の翌日、学級活動で行われた自己紹介がきっかけで、美緑は
自己紹介で美緑が挙げた好きなアーティストが被っていたらしく、そのあとの休み時間に彼女の方から話しかけてきた。
そのアーティストのデビュー以来ずっとファンで、CDは全部持っているし、たまにライブにも足を運んでいるらしい。かなりマイナーなグループだったので美緑も驚いたが、話が通じる相手は初めてだったので嬉しかった。
二人はすぐに意気投合し、そのまま普段の学校生活でも一緒に行動することが多くなった。
彩楓は隣の大きな市の中学校出身で、高校までは電車で通っている。趣味はギターを弾くことと甘いものを食べること。
肩にかかるくらいのストレートの黒い髪はサラサラで、切れ長の目とすらっと通った鼻筋は、同性の美緑から見ても魅力的だった。間違いなく美人の部類に入るだろう。
彩楓は、良い意味で女子高生っぽくない。自分の意見をしっかり持っていて、場に流されない強さがある。敵を作りやすそうな性格ではあるが、本人は気にしていないようで、そんな彩楓のことを美緑はすぐに好きになった。
彩楓以外にそれなりに話の合う友達もできた。
怖い上級生や教師に目を付けられたり、変な人に絡まれたり、そういったことは今のところない。
美緑の高校生活は可もなく不可もなくといった感じで、順調かつ平凡に幕を開けた。
授業は中学のときに比べて、格段に難しくなった。進行スピードも速く、ノートをとるのがやっとという状態。特に理系科目に関してはお手上げ状態だった。一年生の一学期でこれなのだから、この先、内容はより複雑に、高度になるのだろう。先が思いやられる。
いくつかの文化部を見学したが、最終的に入部には至らなかった。放課後は、美緑と同じく部活に入っていない彩楓と、ファミレスやファストフード店に寄って長時間居座ったりしている。
優弥は中学に引き続き、陸上部に入部した。
帰り際にグラウンドでトレーニング中の優弥を目撃することがある。優弥はいつも真剣な表情で、美緑はそんな彼の姿を見るのが好きだった。
大地は初日の宣言通り、部活には所属していない。放課後はすぐに帰宅してしまう。彼のことだから、本当に勉強しているのだろう。
陸上部の上級生が何度か大地をスカウトしに教室まで来たが、彼はきっぱり断っていた。中学のときには、県でも上位に入っていた実力があるらしいということを優弥から聞いた。
勉強もスポーツもできる大地を、素直にすごいと思った。きっと、それ相応の努力をしているのだろう。その上、天狗になることなく謙虚であり続けるところも尊敬に値する。
昼休みには、優弥がたまに美緑の教室に来る。決して自分のクラスに友達がいないわけではないらしい。
大地の一つ前の席は、昼休みには決まって空いている。その席の生徒が、いつも学食に食べに行くためだ。優弥はそこに我が物顔でドカッと座り、後ろを向いて大地と話しながら昼食を食べるのだ。
優弥が来ると、大地の笑顔が多くなる。本当に仲が良いんだなぁ、と普段はあまり見ることのない、大地の笑った横顔が視界の端に映るたびに、美緑は思う。
彼らの会話は、大半が取るに足りない話だ。いつも大地の隣の席で昼食を食べている美緑と彩楓も、たまに雑談に巻き込まれる。
そんな風に日々を過ごしていると、優弥は彩楓ともいつの間にか仲良くなっていた。
優弥は、すぐに人と仲良くなってしまう。相手の懐に入り込むのが上手いのだろう。昔からそうだった。小学生の頃も、彼の周りにはたくさん人がいた。
彩楓と楽しそうに話す優弥を見て、美緑の胸の奥がちくりと痛んだ。自分の友達同士が仲良くなることは、いいことのはずなのに。なんだかモヤモヤした気持ちになる。
その気持ちの正体を知ってしまうことが怖くて、美緑は歯がゆさを感じながらも、平静を装っていた。
思い描いていた楽しい高校生活は、あっという間に過ぎていく。ゴールデンウィークが終わり、中間テストが終わり、そして期末テストが終わった。
テスト返しや終業式などが残っているが、学期内に授業はもうない。実質夏休みの幕開けである。
試験後、かつ長期休暇前ということもあって、クラスには開放的な雰囲気が漂っていた。
「よっしゃー。夏休みだよ美緑ー」
美緑も例に漏れず、彩楓と夏休みの話をしていた。
「そうだね。彩楓はどこか行ったりするの?」
「何にも予定がないのよ。行きたい場所ならいっぱいあるんだけどね」
「例えば?」
「海とか山とか、あと夏祭りとか!」
目をキラキラに輝かせている彩楓の口から出てきたのは、夏ならではの場所ばかりだった。
「いいね。楽しそう」
彩楓につられて、こちらのテンションまで上がってくる。
「行こうよ。
怜と愛実は、美緑たちが普段親しくしている友人だ。
「うん。行こう行こう!」
そんな会話を繰り広げていると、意外な人物が話しかけてきた。
「柳葉さん」
大きくはないのに、不思議と聞き取りやすいクリアな声。平賀大地だった。
「はいっ」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。
「それと、たぶん砂生さんもなんだけど」
「たぶんってどういうことよ」
彩楓が文句を言う。
「優弥から伝言。夏休み、フェアリーランド行こうぜって」
「……どういうこと?」
美緑は首を傾げて聞き返す。優弥の誘いはいつも突然だ。今に始まったことではない。
フェアリーランドとは、隣の県にある人気のテーマパークである。
ジェットコースターや観覧車などのアトラクションはもちろん、パレードやショーなどのイベントも豊富だ。
パーク内にはオリジナルのキャラクターをモチーフにした装飾が施されていて、現実から切り離されたかのような空間を演出することに成功している。レストランで出てくる食事やショップに売られているグッズは、全てフェアリーランド限定のものとなっている。
年に何度も通う人や遠方から泊まりで訪れる人も多く、老若男女問わず楽しめる娯楽施設として有名だ。
そんな、若者が遊びに行く場所として定番ともいえるフェアリーランドに、優弥が美緑たちを誘っているらしい。
「いや、俺もよくわからないんだけど、柳葉さんたちを誘っておいてくれって言われて。たちってことはたぶん砂生さんもだろうなって思って……」
大地は困った様子で首をひねる。
「あ、
彩楓の声で教室の入り口を見ると、ちょうど優弥が入って来るところだった。
「ちょうど話してたみたいだな。というわけで、空いてる日程を教えてくれ」
美緑たちのいる場所へ近づいて来るなり、優弥はそう言った。
特に疑問の声も反対意見も出ることはなく、四人で出かけることは決定事項になった。
それぞれがスケジュールを確認し始める。結局、部活に入っていない三人が優弥の部活のオフに合わせることとなった。
美緑は、あまり表面には出さなかったが、密かに楽しみにしていた。
半年前に優弥と行った初詣で絵馬に描いた絵も、フェアリーランドのキャラクターだった。キーホルダーを鞄につけていたこともある。
優弥がそういったことを踏まえて誘ってくれたのだとしたら、それはとても嬉しいことだと思った。けれども、優弥のことだからたぶんそこまで考えてないだろう。それに、美緑のためにそんなことをする理由も優弥にはないはずで……。
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