2-3 なんとなくだけど、神様はいるような気がするんだ。
特に何事もなく二学期は幕を閉じ、中学校最後の冬休みが始まった。
冬休みと称されてはいるものの、入試を控えた中学三年生にとっては休みなどと言っていられない。
美緑は塾などには通わず、家で受験勉強をしていた。元々勉強は嫌いではなかったが、受験というものが初めての美緑は不安だった。
優弥からメッセージが届いたのは、あと数時間で一年が終わろうとしている大みそかの日だった。
数学の問題集が区切りのいいところまで進んだため、大きく伸びをして少し休憩しようと思い、美緑はベッドに寝転んでスマホを開いた。すると、画面に表示されていたのは『明日ひま?』という一文だった。
「暇……って。そりゃ暇ではあるけども……」
受験まで二ヶ月弱。暇と即答できるほどの余裕はないけど、勉強以外は特に予定もない。
『なんで?』
少し考えて美緑は送り返すと、優弥からの返事はすぐに来た。
『初詣いかね?』
なるほど。合格祈願ってやつか。
神様とかは特に信じてないけれど、気分的に祈っておいた方が勉強もはかどるような気がして、美緑は特に迷うこともなく『いく』と送る。
年末も勉強漬けだったから、半日くらいなら休んでもいいだろう。息抜きだって大事だ。
出発の時間を決めると、お互いに『おやすみ』と送り合ってやり取りは終了となった。
口元が緩む。どうせ勉強しかすることがないと思っていた正月が、楽しみなものになった。その日の夜は、なかなか寝付けなかった。
翌日、美緑はクローゼットの奥から衣類を引っ張り出してきて、鏡と向き合っていた。色々と合わせてみたけれど、どれも子供っぽいやつで、これだ、と思う服装が決まらないのだ。
中学に上がってからは、基本的に制服かジャージ、部屋着しか着ていなかった。
服には人並みに興味はあるが、買い物に行っても迷ってしまって、結局何も買わずに帰ることが多い。美緑には昔から、そういった優柔不断なところがある。
別に優弥と初詣に行くだけだし、服装なんて適当でいいじゃんと言い聞かせてみても、割り切れないのが乙女心というやつだ。
着物を着ていくことも考えたけど、今の私に合うサイズの着物は持っていない。つまり母親に借りることになるわけで、そうすると、あらぁ誰と行くのもしかして男の子かしら~やだもう今度連れてきなさいよもぉ~なんて細かく追及してきそうだから却下。
白系のトレーナーに紺のロングスカート。上から緑のモッズコートを羽織る。
「……よし」
やっと一番マシな組み合わせを見つけたときには待ち合わせ時間の二分前だった。が、集合場所は家の前だから特に問題はない。
薄く口紅も塗り、最低限の荷物を持って部屋を出る。
「あれ、ねーちゃんどこいくのー? もしかしてデート?」
家を出ようとすると、小学三年生になった弟の
デートの定義が、男子と二人で出かけることであれば、この外出はデートと呼べるかもしれない。
「んー、違うよ」
もちろん言わないけれど。
「えー、たぶんって何? デート?」
だから違うって。もう少し人の話を聞いてほしい。
「行って来まーす」
美緑が玄関を出ると、ちょうど同じタイミングで隣の家から優弥が出てきた。
「うぃっす」
美緑を認識して近づいてくる。暖かそうな黒いダッフルコートのポケットに両手を突っ込み、ニット帽とマフラーで完全防備。
「明けましておめでと」
「あけおめ。どうよ、勉強は」
自然に歩き始めながら、優弥が聞いてくる。
「んー、ぼちぼちかな。そっちは?」
「俺もまあまあだな。英語がマジでわからねえことを除けば。アイキャントアンダースタンドイングリッシュベリーベリーマッチ」
優弥の苦手な科目は英語だ。動詞が色々と変化するのが気に入らないようで、過去分詞が特に嫌いらしい。日本語だって活用するじゃん、というツッコミを入れるような、野暮なことはしない。美緑も不規則動詞を覚えるのには苦労した。
「ちょっと、そんなんで初詣なんか行って大丈夫なの?」
「イエスイエス。アイムオールライト」
そんなバカ丸出しの会話をしながら、二人は神社までの道のりを歩く。
晴れていて風もない。冬にしては暖かかった。新年を祝うのにふさわしく、爽やかな日だと思う。
神社は大勢の人でにぎわっていた。家族連れや友達と来ている者、恋人同士。全体的に笑顔が多かった。
美緑も清々しい気分で、喧騒の中を歩いていた。
「新年を迎えるのなんて、ただ時間の流れがその瞬間を通り過ぎるだけなのに、色々と大げさだと思うんだけど。なんでいちいちめでたい空気を出すんだろうな」
隣を歩く優弥が言った。自分から誘ったくせに初詣を否定するかのような意見。ただ疑問に思ったことを口にしただけで、別に悪気があるわけではないのだろう。
「それはそうだけどさ、一年っていう時間を発見して、膨大な時の流れを区切ってるわけじゃん。自然的な現象に意味を見出してるのってすごくない? そういう生き物って、この世界で人間だけだし」
美緑も思ったことをそのまま口にする。
「まあ、そう言われればな」
納得するでもなく、不機嫌そうにするでもなく、斜め上を見ながら優弥は答えた。
「優弥は、神様っていると思う?」
それは、何気なく口をついて出た質問だった。
「いるだろ。そりゃ」
即答で美緑の予想と真逆の答えが返ってきて、彼女は驚いた。
「え? 意外だね」
美緑の印象では、優弥はどちらかというと、現実を生きるリアリストといった印象だった。幽霊やオカルトなんかも含めて科学的な根拠がないものについては、まったく信じないものと思っていた。
「悪いかよ。……なんとなくだけど、神様はいるような気がするんだ」
「へぇ。なんか真面目な口調の優弥、面白い」
「何だよ。質問してきたのはそっちだろ。で、柳葉は?」
「私はいないと思う。見たことないし」
「目に見えないだけかもしれないだろ」
「そんなこと言い出したらきりがないじゃん」
「そうなんだよな。そもそも、はっきりした答えが出てない問題に、一般的な中学三年生が答えられるわけないか」
「そだね」
気を遣うことがないので、優弥との会話はとても楽だ。
体調の悪い美緑を優弥が保健室に連れて行ったときは、まだどこかぎこちなかった二人の距離感も、約三ヶ月をかけて徐々に昔のものを取り戻しつつある。今ではすでに、小学生の頃のように肩肘を張らずに話せるようになっている。もちろん、完全に自然体というわけではないけれど。
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