ずっと好きでした。だけど今は……

@Atusi526041

第1話 思いもよらない答え


 季節は秋の下旬。


 春には息をのむほどの満開の桜を咲かせてくれる校庭にそびえたっている大樹も、この時期ばかりは花も葉っぱも散らしてしまいその太い枝々を四方に伸ばすだけで、今や現在の気温の低さを際立たせるだけの存在になっていた。


 加えて、現在のその大樹の背景は――世界を塗りつぶす茜色。


 段々と日が短くなっているのか、放課後になってからわずかしか時が経っていない現在でも、空は幻想的なまでの美しい夕焼け――。


 それらの事象が、余計に現在の季節の印象を深めていた。


 場所は屋上。


 周りはフェンスに囲われているが当然吹きさらしであり、季節特有の冷たい風がごうごうと吹いており、相当な厚着をしないと出られないほどの気候だ。


 一般の生徒は学校が終わると自宅に帰るか部活にいそしむのが普通であり、この時期に屋上へ出ようなどという発想は出てこないだろう。


 それらのことが起因したのか――。


 現在の屋上は、――ある意味では周囲から隔離された、幻想的な光景が広がっていた。


 まるで時が止まったかのような静寂に、幻想的なまでの美しい茜色に染まった世界。 大樹の陰がちらちらと地面に重なり、一撫での風が数枚の落ち葉を舞いあげる。


 生徒はいない、――ただ二人を除いて、だが。





 落ち葉がはらはらと宙を舞い、足元にパサリと軽い音をたて、――落ちる。


 俺は、それがこれから起きることを暗示しているかのように感じ、思わず身をこわばらせながら、――目の前にいる少女をじっと見つめてしまう。


 雪のように白く透き通った肌に、美しい宝石を思わせる黒い大きな瞳。 腰まで伸びる黒髪は艶つややかで、スレンダーながらも出る所は適度に出ている彼女の体はまるで芸術品のように美しく、凛と背筋を伸ばし、堂々としている姿は一度見てしまうと目を離せなくなるくらいにまで妖艶である。


 ふっくらとした薄桃色の唇は一の字に結ばれ、顎には細くて長い指が添えられながら、デフォルトである無表情を崩さずに、少女――氷見ひみ谷や 紗雪さゆきは、先ほど俺が言った言葉を吟味するかのように沈黙を保っていた。


『――好きです、付き合って下さい』


 俺が先ほど彼女に言った言葉だ。

 ……そう、つまり俺――神谷かみや 優斗ゆうとはほんの数秒前、目の前にいるまるで氷のように可憐で美しい学園一の美少女――通称≪氷ひょう帝てい≫に告白したのだ。


 俺はこの告白が成功するなんて考えるほど己惚れてはいない。 当然この告白は、とあるしょうもない事情によって、100%パーセント振られる前提で決行されものである。


 とりあえずは、彼女の分かり切ったごめんなさ返事いを待っている間に、なぜこのような可憐な美少女が≪氷帝≫という一見、物騒である異名がついた所以でも説明でもしようか。


 ……え? そんな余計なこと考えてないで黙って待ってろだって?

 ははっ、おかしなことを言うなあ。 現実逃避でもしないと、心臓のバクバクが凄すぎて倒れそうだからだよっ!


 今年の四月。


 俺達、現在の高校一年生とともに、氷見谷 紗雪がこの学校≪雷らい下か学園≫に入学した時期である。 ……同時に、氷見谷 紗雪が『新入生代表挨拶』とやらで一躍有名となった時期でもあった。


ここ雷下学園は、一年生から三年生までを合わせて700人を超えるという、結構大きい学園であるとともに、県内屈指の進学校でもあった。(生徒が優秀であるがために校則は意外と緩い学園であり、俺は結構気に入っている)


 そんな高校であるがために、『新入生代表挨拶』を行う生徒は相当な成績優秀者であるのが必然であるので、入学式では『新入生代表挨拶』はただでさえそこそこ全生徒から注目される項目であったのだ。


 そんな項目に、――今年の四月は、アイドルでさえ霞むほどの妖艶な容姿を持った女子生徒――氷見谷 紗雪が出てきたのだ。 彼女が一躍、学園の有名人になったのは当然のことだろう。


 容姿端麗、学力優秀、そんな彼女が同級生、上級生に拘わらず、告白を受けに受けまっくったことも不思議なことではなかった。(もちろんこの学園では今時多い『男女交際禁止』という校則もなく、逆に推奨されているくらいである)


 学園一のイケメン(今ではとある奴にその称号を奪われてしまったが)のサッカー部の主将に、全国大会にまで出場した学園屈指のエース(今ではとある奴に(ry )の陸上部のイケメンなどなど……。 様々な告白を受けてきたそうだ。 まあ、誰一人として告白に成功した生徒はいなかったそうなのだが……。


 ……話を戻すと、常に無表情で凛と背筋を伸ばし、学園を闊歩している姿が最高にクールであるとか、鉄壁のごとくガードが堅い事も≪氷帝≫という異名の由来の一つではあるのだが、もうひとつ、別の大きな要因があるのだ。


 先ほど言った≪氷帝≫に告白していった男子高校生達(のべ80人を超える)は、告白した次の日、ほとんどの例外なくして学校を休んでいた。


 その理由がもう一つの要因である。


 ――彼女の告白の断り方が、凄まじく辛辣なのだ。


 まるで感情のこもっていない氷のように冷たい瞳で告白した相手を見据え、まったく感情の籠っていない絶対零度の声色で以下の言葉を叩きつけるのである。


 曰く、頭が弱いと『身の程』という言葉の意味も分かりませんか?

 曰く、鏡で自分の顔を見た事ありますか?

 曰く、生理的に無理です。


 ……別に彼女は、告白がうっとうしいからわざと辛辣な言葉セリフを放っているわけではない。 完全に本心からくる言葉を言い放っているだけなのである。

 ……まあ、その事が余計に告白していった男子生徒達の心を完膚なきまでに粉砕していったのだが……。


 ――さて、これでお分かりいただけただろうか。


氷見谷 紗雪の異名――≪氷帝≫の由来は容赦なし、慈悲皆無の『ごめんなさい』故だということを……。


……ところで思い出してほしい、俺は今、何ゆえにそんな彼女の前に突っ立ているのかを――。


そう、そんな彼女に俺は、『告白』というものをしてしまったのである。


心臓が早鐘のように鳴り響き、身体がかすかに震えてくる。


 学園一のイケメンとか運動神経抜群の奴などが、彼女に告白して玉砕しているのだ。 インテリではあるが、インテリではあるのだが(大事なことなので二回言った)ごくごく一般的な生徒である俺なんかが告白に成功なんてするわけがない。 分かり切っていることだ。


……ああ、俺の精神ライフは≪氷帝≫の『ごめんなさい』に耐えることが出来るのだろうか……。


 俺は、これから叩きつけられるであろう辛辣な『ごめんなさい』と、絶対零度の瞳から少しでも耐えるべく、身体を少しこわばらせ軽く俯きながら彼女の言葉を待っていた。



 ――先ほどの『告白』を言い終えて、数秒、あるいは数分の、永遠にも思えた時間が経過した。



 彼女が何かを発しようと軽く息をするのを感じた。


 俺はさらに身体をこわばらせ、思わずこぶしをぎゅっと握る。



 ……成功なんてするわけがない。 もしかして、なんて思うのもばかばかしいことだ。


 ……そう思っていた。 そうなることが当然のことだと思っていた。




 …………のだが。




 彼女が紡いだ言葉セリフは――





「―――はい、付き合いましょう」





 彼女の言葉とともに、地面にあった落ち葉がブワッと巻き上げられた。


 ――幻想的な光景が、俺の目の前で広がった。





 ―――この物語は、そんな彼女の一言から始まる。






 ……さて、とりあえずは神谷 優斗が氷見谷 紗雪――≪氷帝≫に告白するにいたったしょうもない事情とやらを、少し時間をさかのぼって説明することとしようか……―――






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