第六話 フラグは立たせるものである
6. 移動はしなけりゃ始まらない
太郎たちと別れ、六人は改めてバス停に向かうことにした。
駅から通っている生徒の大多数が利用しているそのバス停は、ゲームの世界となった状態でもコンビニと同じようにいつもと同じ場所にあったしいつもと同じ形をしていた。が、どうしたことかそこには時刻表が一つも書かれてはいなかった。
「なんでなんにも書いてないんだこれ」
「走ってないってこと?」
「バス停はあるのに?」
どういうことだと首をひねる五人。その少し後ろで潦子はしきりに小さく頷いていた。彼女的にはやはり、そんなものは走っていてほしくないのだ。せめて馬車であってほしい。そんな強く切ない願いは
パーーーーーーーーーーーーーー
軽快な音で無残にも砕け散ることとなる。
やってきたのはバスの形をしていた。行く先を表すべき場所は真っ黒のままで何も書かれてはいなかったが、それ以外はどこからどう見てもバスだった。つまりこれはバスなのだろう。それは予想通りにバス停で停まり、入口が開く。
ガックリと肩を落とす潦子を尻目に……というか気付かずに五人は中に入っていく。中も別段変わったところはなく、強いて言えばやはりと言うべきだろうか、運賃表にあたる箇所は真っ黒の状態であった。
「どちらまで行きましょうか?」
問いかける運転手の額にはやはり宝石のようなものがついている。
おかっぱの長さのネオングリーンの髪とたき火のような赤い目という組み合わせの顔は、少し目がくらくらするような色合わせだった。
「どちらまでも何も、これは駅に行くバスだろ?」
ステップを登りながら勇希が呆れたように言う。何を言ってるんだと言わんばかりの表情だ。
「駅まで向かうのですか?」
ところが運転手はどこか見当違いとも言えそうな答えを勇希に返した。答えというよりは確認の問いかけと言ったほうが近かっただろう。勇希の顔が渋くなる。
「なんでだよ、バスは行く先が決まってるもんだろう?」
「いえ、決まっていませんよ」
運転手が呆気なく、しかも笑顔で返すものだからどことなく挫かれたような気持ちになったのだろう。何も言わずに渋い顔のまま運転手を見やる。
「これはある一定の距離内で何処へでも向かうことができる乗り物になっています。なので、行き先を教えていただけないと走れないのです」
視線に物怖じする様子もなく運転手が説明を加える。
それを聞いて勇希の後ろにいた武が首を傾げた。
「一定の距離ってどっからどこまでなんです?」
「ええと……皆さんが今乗ってきたところに置いてあったものがあったでしょう? それがあるところの端から端まで───」
「「「「「それがバス!!!!!」」」」」
思わず全員で突っ込んでしまった。
まだバスの外で凹んでいた潦子を除いての全員、ではあったのだけど。
バスは本来一方方向にしか走らない。けれどこの世界でのバスはずっと走っているわけではなく、待っている人がいるところにやってきてバス停が置かれている内の望むところまで運んでくれる仕組みである。
改めて聞いたところによるとこういうことらしい。ちゃんと聞けばどうということもない話ではあった。
「どうして時刻表に何も書いてなかったんだ?」
「それは皆さんが一定時間立ち止まったことで私達に連絡が入り、そちらに向かう仕組みになっているからです」
直人の疑問にハンドルを回しながら運転手が答えを返す。他に車が走っていないせいか普段では考えられないほどスムーズに進んでいく。
バスは結局最寄り駅である富塚駅に向かっていた。そこに向かおうと思って乗ったものだから、他に特に行き先が浮かばなかったのだ。
「駅に行ったらどうするの?」
ふと、香夜が尋ねる。
「どうするも何も、電車に乗るんじゃねぇの?」
当然のように答えたのは勇希だ。その視線は男子たちの方に向けられている。元を正せば今の行動のキッカケは彼らの提案によってなされているのだ。
「……取り敢えずは行ってみて、だと思う」
「そうだな、なんか色々と変わってるかもしれないしな」
ところが彼らにとっては「行くことが目的」だったものだから、返答はどうにもあやふやなものになってしまった。ゲームのセオリーとして考えるならば「新しい場所に行ったなら何かイベントが起こる」「極端に人が多い/少ない場所ならなおさら」というのは常套だ(と思っている)という考えの下での行動なのだからしょうがないといえばしょうがないのだが、その思考回路はゲームをしない人には通じないだろうと思うと説明するのも躊躇いが生じてしまう。とはいえそれはそれで怪訝そうな顔で見られてしまう結果になってしまうのだったが。
「そうですねぇ、何かはあると思いますよ」
唐突に運転手が会話に入ってきた。前を向いたままだが、笑みを浮かべて何度も小さく頷いている。
「ってことは何かあるんじゃん! 何? 何があるの?!」
物凄い勢いで食いついてきたのは真矢だった。愉快なことがあるとは限らないのにその目の輝きようといったらすさまじいものがある。
「それは私の口からは伝えられませんので……でも、多分すぐに分かると思いますよ」
「お祭りってこと?!?」
「言えません」
それ以降は何を聞いても「言えません」しか答えてくれなくなってしまった。どうやらコンビニの店員さんとは勝手が違うらしい。
そうこうするうちに富川駅が見えてきた。行き交う人々が全体的に見慣れない姿をしているだけで、他はパッと見た感じいつもと何ら変わらないように見える。
バスはターミナルにゆっくりと入っていき、バス停の横できっちりと停まる。それだけならいつもと同じ風景だ。
「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ドアを開きながら伝えられた言葉は、確かにこの先を案じていたものだったのだろう。残念ながら六人はそれを深く受け止めたりなどはしなかったのだけど。
ラスト・ゲイムズ 渡月 星生 @hoshiu
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