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「───あたしが!?」
『そう。聞かせてもらった感じだとそれほど大変なことでもなさそうなの。後はなっちゃんの返答次第。どうする?』
「やるっ!!」
即答だった。
元気の良い夏海の返答に、電波の向こうで姉がくすくす笑っている。
『そう言うと思ったわ。今から防災航空隊の人に代わるわね。詳細はそちらから聞いてちょうだい』
しばらくマイクをやりとりする音が響き、やがて男の声が無線に出た。
『……県防災航空隊の山岸だ。ステラ11、どうぞ』
電波の具合が悪いのか、やたらに男の声が暗く沈んでいる気がする。
向こうで何かあったんだろうか?
「ど、どうも。ステラ11、パイロットの天羽夏海です」
『先ほど君のお姉さんが説明したとおり、仕事は簡単だ。上空を旋回しながら現場の状況を観察し、地上からの求めに応じてそれを報告する。万が一、道に迷ってたり進路の先が塞がれている消防車がいれば、上空から現場まで案内してやる。質問は?』
「上空監視と状況報告、それに道案内……大丈夫です、いけます」
『理解が早いのはいいことだ。ところで残燃料は?』
夏海は正面の計器盤を見た。
今回は短時間の飛行の連続だったが、できるだけ過負荷状態の機体の操縦に慣れるために、最後に玉幡を離陸した時には胴体内部の
夏海はこれまでの飛行時間と消費した燃料から時間単位の燃料消費率を割り出し、タンク内に残っている燃料の量に当てはめてみる。
「えっと……このままの飛行状態を維持できるなら、あと二時間くらいは飛ぶことが出来そうです」
『……最後の頼みの綱が切れたか……』
マイクに吹き込まれる鼻息の音。もしかして溜息だろうか。
やっぱり自分のいないところで何かあったんじゃないだろうか。気になる。
「あ、あの、何かあったんですか……?」
『……ん? ああ、君の気にするような事じゃない。心配せずに任務に集中してくれ』
そう言いながらも、山岸はぶつぶつと独り言を続けている。
切れ切れに聞こえてくる声の中に「何としても早く命令を……」とか「これは経費で落ちるのか……」とか「次のボーナスが……」とか謎の言葉が聞き取れて、夏海は気が気ではない。
しばらくして通話に戻ってきた山岸の声は、何かが吹っ切れたかのように明るい声となっていた。
『───さて。これから消防隊へ直接通信が出来る周波数を伝えるから、無線のチャンネルをひとつ割り当ててくれ』
夏海は無線機のダイヤルを回して、レシーバーから聞こえてくる数字に合わせた。
無線機にデジタル表示されている数字を口頭で読み上げ、間違いがないか確認する。
『……よし、それでいい。こちらから向こうには連絡しておいたから、無線機をその周波数に合わせれば地上の消防隊に繋がるはずだ』
声音はどこまでも平静だった
きっとこちらを混乱させないよう、殊更に落ち着いて伝えようとする心遣いが感じられた。
『基本的には一〇分おきくらいに現場の状況を伝えてくれたらいいが、もしも個別に指示を出す場合には、その消防車の屋根を見るんだ。例えば東から来る消防隊は東山梨消防本部の部隊だから、屋根に東山梨、それに二桁の数字が書いてある。呼び出す際は最初に東山梨、その後に数字を付け足せば、その車輌に乗っている隊員が出てくれる』
「基本は現場指揮官と。個別に指示するときには屋根を見て、東山梨と数字。了解!」
『よしよし、いいぞ。相手は鉄火場に向かおうって奴等だから気の荒い応対をするだろうが、気にしないでくれ』
「その辺はウチのお爺ちゃんとの会話で慣れてますから」
誰が気の短けえジジイだ誰が!
背後から冬次郎の声が微かに聞こえてくる。どうやらこちらの声はスピーカーで流れているらしい。
『防災航空隊の人間として、これまで何度も上空から消防隊を誘導してきた経験からアドバイスしておく。地上の消防隊へ針路を指示するときには、君が思っているよりも早め早めに出してやるんだ。内容は適当、簡単でいい』
「適当って……」
『つまり、二つ目の角を右とか、次を左とか、その程度でいいってことだ。そうすれば後は向こうで判断して勝手に走ってってくれる。要は、向こうの判断の参考となる程度の情報を上から与えてやればいいってことだな。それよりも重要なのは、指示の早さだ』
一拍置いて、声が継がれる。
『消防車ってのは想像以上に曲がれないし止まれない。今回のような狭い場所を走り抜けようって時に、直前に指示を出されても間に合わないって事だ。だから早めに指示を出して、向こうに行動の余裕を与えてやるのさ。判ったかい?』
「り、了解……!」
ごくり、と生唾を飲み込む。
その音が聞こえたか、電波の向こうの声が笑った。
「緊張するなとは言えんが、必要なことを一つ一つ落ち着いてやればいい。指示を多少間違えても、向こうで上手くやりくりしてくれるさ」
「落ち着いて、一つ一つ……」
『連中の手を引っ張ってってやってくれ。頼んだぞ』
そうして、無線が切れた。
立ちこめる煙で、現場上空は飛行が困難なほど視界が悪くなっている。
なるべく視界が明るい場所を飛ぶよう周辺を緩やかに旋回しながら、夏海は無線機のチャンネルを切り替えた。
「えっと、こちら上空のステラ11、パイロットの天羽夏海です。地上の消防隊、どうぞ」
どんな荒い反応が返ってくるのか、少しばかり身構えながら呼び出す。
……反応がない。
───あれ?
念のためメモ書きしておいた数字と見比べてみても、周波数が間違っている様子はない。
あらためて呼び出そうとしたとき、いきなり無線が繋がった。
しばらくガリガリと耳障りな雑音が響いた後、聞こえてきたのは予想よりも若い男の声だった。
『どもー! こちら東山梨消防本部、第二出場を仰せつかった柿沼です。二十八歳独身、趣味は仏像鑑賞とマンガ集め。好みのタイプはAV女優の佐倉ももこ。どうぞよろしくっス!』
───軽っ!
まるでナンパ師のような声音に面食らった。どこ行った緊張感。
『スンマセン、相手が女性だって判ってマイクの取り合いしてました。あの、つかぬ事をお伺いしますけど天羽さんって、あの天羽美春さんのご家族ッスか?』
「はあ、美春はお姉ちゃんですけど……」
『やっぱり! 消防の柿沼がよろしく言ってたって伝えといて下さい。もち、親衛隊にも入ってますんで!!』
ナンパ師のような男、ではなくナンパ師そのものだった。
こんな状況でそれは大丈夫なのか。消防士としてより人間としてOKなのだろうか。そもそも佐倉ももこはお姉ちゃんと似ているのか。気になる。
眼下の車列を見ると、先頭のポンプ車の窓から身を乗り出して、大きく手を振る男が見えた。
『おーっ、まるでウチの航空隊みたいな赤い飛行機っすね。山岸さんから聞いてます、ウチらもあと少しで現場に到着しますんで、上空からの監視よろしくお願いします!』
「り、了解、頑張ります!」
夏海は翼を翻して、きな臭く霞がかった低空へと降りていった。
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