第30話 キングの言葉
さて、今のこの状況どうしようか?
俺だってキングの言葉を忘れているわけではない、くれぐれもアカリに惚れないようにとキングには言われていたという事もあり正直俺の心臓はバクバクだ。
「こ、これは普通のお出かけと言いますか……」
「うん、つまるところデートってやつだよね?」
眉一つ動かさずにキングは俺の目を見つめる、まるで心まで見透かされているようで気味が悪い、少しだけキングに暗殺されるターゲットに同情してしまう。
蛇に睨まれたカエルとは正しくこのことをいうのだろう、その言葉の通り今の俺はキングに見つめられたまま身動き一つできずにいた。
「アレ、なんか勘違いしてない? 別に僕はアカリと風音君がデートしてても気にしては無いんだけど、むしろ兄として少し安心している程なんだけど」
そういってキングはパスタを綺麗に食べ始める、正直キングとの付き合いはそれなりに長いのだが今だにキングの考えていることを真に理解できたことはない。
まぁ知ったところで理解できる気がしないのだが。
「怒んないんですか? 仮にも約束を破っている男ですよ、俺は」
「アカリに惚れているのかい?」
今度は目線はパスタに落としたまま、やさしげな声でそういうキング。
「多分、と言うか惚れていると思う」
「そっか、じゃあそんな思春期真っ盛りの風音君にいいこと教えてあげよう」
ぺろりとパスタを平らげたキングはナプキンで口元を拭う
そして俺を見つめる、今度は先ほどまでとは全く違う、明らかな殺意を感じるまなざしで。
ただ何となく馬鹿にされて俺も少し腹が立つ
「別にあんたに言われることなんて何もないですよ……」
「まぁまぁ聞きなよ、僕はね暗殺実行をする前に必ずすることがある、それは何だと思う?」
「対象の情報収集、それに限る」
「確かにね、それは基本中の基本、だけどね僕の場合は対象を殺す前に必ずその対象を心の底から好きになってから殺すことにしている」
意味が分からない、やはりキングの思考を完璧に理解できる人間なんてこの世に存在しないのだと今改めて実感した。
やはり変態は何処まで行っても変態なのだ。
「風音君。正直君は僕に似ていると思っている、昔の仕事ぶりを見ていたけど君の対象に対して抱く異常なまでの執着は僕のそれと何か似ていると思っている」
「それは昔の話でしょう。それにそれはあんたが俺に教えたことで少なくともその部分に関しては俺はあんたと同じ考えだった。ただそれだけの話ですよ」
少しつきなすような言い方で言ったつもりだがキングは気にせずに話を続ける。
「風音君、僕は暗殺者としてかなりの場数を踏んできたけど凄腕の暗殺者程共通しているものがある」
そういうとキングは立ち上がり会計の紙をもって俺に背を向ける
ふと振り返りさっきの言葉の続きを告げた。
「獲物に対する歪んだ感情、もう一度考えた方がいい、君の過去を、本当の自分ってやつをね」
そんな言葉を残しキングは去っていった。
別に本気で聞いていたわけじゃない、それでも今の言葉は何故だか俺の頭から離れなかった。
*********
「遅い、お腹でも痛いの?」
かれこれ数十分ほど待たせてしまったアカリは予想通りご立腹である
まぁ逆の立場でもそれはおこってしまうのも仕方がないことだと思うのでここは冷静に謝るのが正解だろう。
「ごめん、そこの席で知り合いとあって少し話してたんだ」
「あっそ、それってデート中の女の子ほっぽり出してまで話さなきゃいけない人な訳?」
そんなことない、アカリとのデートの方が大事だ、そういいたかったのだが先ほどのキングの言葉もあり少し言葉に詰まってしまう。
「……風音、大丈夫? なんか顔色悪く無い?」
「いや、なんでもない」
我ながら苦しい言い訳だ、妙に勘の鋭いアカリがその変化に気が付かないはずがない
「……話したくないなら言わなくてもいい、ただもしも話せるのなら相談くらいには乗るわよ、たぶんっていうかどうせ前職の関係でしょ?」
「……アカリには隠し事できないな」
「まぁ、人の表情の変化とかには敏感なタイプだから、そうじゃないとクラスのマドンナなんてやってらんないでしょ」
いや自分でマドンナっていうのかよ、とかは実際事実なだけあって突っ込まないことにする。
「なぁ、アカリにとって人を好きになるってどういうことだと思う?」
「へ? いきなり何よ」
「いや、何となく気になっただけ、と言いますか」
ふと感じた疑問だが言い終わった後に後悔する、なんだか痛い奴の発言でこれじゃほんとに思春期真っ盛り丸出し過ぎて自分で恥ずかしくなってきた。
「……気が付いたらその人の事を考えてたり、今何してるのかなとか思ったり、着ていく服も普段よりも選ぶのに時間がかかったりとか、普段なら気にならないことが急に気になってしまう事……」
途中で言葉に詰まったのか急に下を向いてしまって黙り込んでしまう。
「アカリ?」
「ちょ、ちょっとお手洗い!」
そういうとアカリは下を向いたままトイレへと駆け込んでいく、俺はまた何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
少し待っていると店員がパスタを二つ持ってきてテーブルに丁寧に置いていく。
頼んだ記憶はないが恐らくはアカリが気を利かせて頼んでいたのだろう。
当店一押しの魚介のペスカトーレ、メニュー表に大きく書かれたっかんな盤メニューと言うこともありかなり美味しそうだ。
ふと鼻をくすぐる酸味が忘れかけていた空腹を思いださせてくれた。
「今度あいつも連れてきてやろうかな」
何となくだがクイーンも好きな気がする。
そんなことをふと思いながらなかなか戻ってこないアカリの帰りを待っていた。
1LDKの暗殺者 田城潤 @ainex
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