死体の話②

 前回は死後七日までに生じる死体の変化をまとめましたが、一つ重要なことを抜かしておりました。蛆虫です。

 ハエの嗅覚は凄まじく、死後十分もすれば死体に集まります。そして主に、目や鼻、口や耳などの開口部や傷口に卵を産み付けるのです(ハエは液体を餌にしているため)。ハエの卵は12~18時間もすれば孵化します。蛆は死体を食べて成長し、一週間ほどで蛹となります。そうしてそれから四、五日後には成虫になるのです。

 こういったハエの習性や生態は、死体が絶命してから何日経ったのかや、死亡時の状況を割り出すのにも利用できます。


 長く放置されていると死体は乾燥しはじめます。通常、乾燥は指先など露出している部分から進みます。けれども皮膚を蛆に食され内臓が露出したため、内部の乾燥も進むこともあるそうです。なおこの頃になると、死体の色は全身青黒く変色していますし、カビが生えることもあります。

 蛆虫は適度な水分を含む肉を好むため、乾燥した肉はあまり食べません。けれども水分が多い顔だけは先に食いつくされ、骨が露出することも多いそうです。

 ちなみに、死体を食べるのは蛆だけではありません。犬などの肉食動物やカラスはもちろん、蟻などの昆虫やムカデなどの節足動物も死体を食べます。人間も場合によっては食べますが。

 動物にはそれぞれ好みがあり、犬は骨が露出した部分、猫は肉、ネズミは関節、カラスは眼球などの柔らかい部分が好きなのだそうです。ただ、犬などの中型の肉食獣が死体に手を付けるのは概ね死後約一か月後からなのだとか。でも状況によっては、もっと早く死体が食されることも多々あるでしょうね。

 ちなみに、人肉を食べると伝達性海綿状脳症(プリオン病のこと。異常プリオン蛋白によって引き起こされる中枢神経疾患のことを指す)になるから……と言われることがありますが、異常プリオンが発生する確率は、十億の宝くじに当たるよりも低いです。なので集団で極限状態に陥った際は、「その手」も十分に生き残るための手段の一つになり得るのではないでしょうか。


 なにはともあれ、こうして死体から肉が無くなり、骨だけになります。ただこの段階でも、靭帯は残っている(靭帯には血管がほとんどないので、肉ほど腐敗が進まない)ので、骨と骨は繋がっています。靭帯や軟骨はネズミが好む部位なので、骨はいずれバラバラになるのですが。また、犬など噛むことを好む動物によって持ち去られた結果、骨がバラバラになることもあります。

 骨は硬く腐敗しづらいですが、それでも骨髄(血管が通っている)から腐敗していけば、やがて土に還ります。また、酸性の土に埋もれた場合も、比較的早く土に還ります。と、言っても死後百年程度ではまだまだ時間が足りないそうなのですが。


 もっとも上記の変化は、死体が地上に置かれていると仮定した上での話です。地上と比較して、水中では二倍、地中では八倍、腐敗のスピードは遅くなります(これを「キャスパーの法則」と言います)。なのでもし仮にあなたが誰かを殺したとして、その隠蔽のために死体を地中に埋めると、却って「証拠」を長く保管してしまうことにもなります。

 死体が埋められた場所というのは、他と比較すると植物の生え方がまばらになっています。被せた土の密度も、自然な状態のものとはおのずから異なります。また、ハエの蛹の殻が他の場所より多く見つかることがあるそうです(死体が埋められる前に産みつけられていたハエが孵ったため)。このように、たとえ死体を埋めたとして、その痕跡を見つけるのはプロには容易いことなのです。

 なお、水中に沈められたままの死体には、特有の変化が生じます。まず、水中で一か月を過ごすと、膨張し始めます。すると体の表面は白くなめらかになるのですが、ふやけた皮膚と筋肉の間には隙間ができます。こういった状態の死体の手などを掴んでしまうと、まるで手袋のように皮がずれます。更に、水中生活約40日後から、黒褐色に変色しだします。同時に、局所的に脂肪が屍蝋になります。約百日も経てば全身が屍蝋となり、一年も経つと骨が出ます。屍蝋になる前に魚などの餌になることももちろんあるでしょうが。

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