ネイティブアメリカン その⑦アラスカ

 今回はアラスカのイヌイットの民族衣装についてです。もちろんアラスカの先住民もイヌイットなのですが、前回述べた北極とそうではないところでは、多少違うところもあるのです。

 事実、カリフォルニア州北部~カナダのブリティッシュコロンビア州にかけての太平洋沿岸部のイヌイットはほぼ、樹皮から衣服を仕立てているそうです。用いられていたのはベイスギやアラスカヒノキ、 シダーウッドなど。これらの樹の皮を剥ぎ、叩き、裂き、柔らかな糸に撚って織るという工程を経て、樹皮製の布ができます。

 アラスカヒノキの樹皮はベイスギの樹皮よはわらに似ているけれど、前者の方が後者よりも色が明るいのだとか。 シダーウッドの樹皮製の生地は、ほぼ布と変わらないきめ細かさなのだそうです。ブリティッシュコロンビア州では、男女ともシダーウッドの樹皮製の膝丈の大きな外衣を、肩にかけるか体に巻き付けるかして着用し、樹皮製の円錐形の編み帽子を被っていました。シダーウッドの樹皮からは女性のスカートや外着の下に着るケープも作られました。


 樹皮を用いた布には、アカスギの繊維を芯にした羊毛から作られたマント、なんてものもあるのだとか。もっともこれはある部族の儀礼用のマントであり、熟練した作り手でも制作に一年以上の時を要するという、貴重なものなのですが。なお、マントは首長の格を表す最も重要なものであり、儀礼の時にだけ羽織っていたそうです。ちなみに儀礼の際は頭飾りもつけます。他に、祈祷服というものもあるのですが、この服にはネイティブアメリカンの神話で重要な役割を果たすワタリガラスが描かれ、脇と裾には房飾りが付けられていました。

 なお、アラスカにはワタリガラスをトーテムとする部族も存在します。また、カリフォルニア州北部~カナダのブリティッシュコロンビア州にかけての太平洋沿岸部の神話でのワタリガラスは、トリックスターでもあります。


 ……と、長々と述べてきたのですが、上記はあくまで一部地域や、特別な衣服の話です。ごく一般的なアラスカのイヌイットの民族衣装はというと、男性の内着は袖なしの毛皮のシャツになります。もっとも、より寒い地域のイヌイットとは異なり、気候によってはズボンを着用せず、シャツの端を脚の間に押し込んで褌の代わりとしていたそうですが。また袖が付いたベルトで締めるシャツもあるのですが、このシャツは前部と後部が尖っていて、房飾りがあしらわれることもありました。他に、ウサギの毛皮製のシャツもあり、獣皮製の衣服の下に着用されていたそうです。

 冬になるともちろん毛を内側に向けた毛皮製のズボンを、紐で固定して着用しました。このズボンの膝や足首の周りには、大きな羽根やビーズ細工が装飾として付けられていました。


 外着のタイプは時代や地域によって、三つに分けられます。もっとも主な素材はいずれもバッファローやヘラジカ、カリブーの皮です。フードの顔の周りや袖口や裾に狐の毛皮があしらわれることもあるのですが。

 一つ目は、亜北極圏のヘラジカもしくは鹿の皮製で、18世紀のヨーロッパで流行した裾付のコートと同じ形をしています。丈は膝までかもしくはそれ以上あり、古い時代はヘラジカの毛で、入手できるようになった後は絹糸で美しい刺繍が施されていました。

 二つ目は直線的な仕立ての、前開きの布製の、尖ったフードが付いたコートです。このコートは、フランスの旅行者の衣服である長外套に似ていて、ブランケット用の布で仕立てられていました。更にこのコートはきめ細やかな刺繍が施され、織物製のサッシュを数周ウエストに巻いていたといいますから、おしゃれですよね。

 三つ目は、北部のフード付きのパーカーです。丈は膝まであり、一般的には首元に開いた小さな開きから頭を出して着用していました。

 履物やは時の流れとともにヘラジカの毛皮製のモカシンから、カリブーの毛皮製でビーバーの毛皮で縁取りがされた長靴へと変化しました。


 アラスカのイヌイットの女性も、他の地域のイヌイットの女性と同様、男性と同じような衣服を着用していました。もっともアラスカの場合はレギンスは一般に男性のものよりも短い膝丈だったそうですが。反対にシャツは(特に冬用のものは)男性のものよりも長く、ふくらはぎの半ばまで達する丈のものもあったそうです。また、やはり後ろが前よりも長いシャツもあったのだとか。

 主に女性や子供が着用していた衣服には、ウサギの毛皮製のローブがあります。南部ではウサギの毛皮を毛糸のように編んで衣服にしていたそうです。また、ある地域では妊娠中の女性は腹部を支えるため、柔らかくなめされたカリブーかヘラジカの皮紐を用いていたそうです。やがて生まれた子は柔らかな毛を内側にして作られたバッグに入れられたり、「赤ん坊用のベルト」という物によって母親に負ぶわれたそうです。これもまた、女性だけのアイテムと言えるでしょう。

 女性でも、一時期しか用いられないアイテムも存在します。思春期の少女が着用する、月経期用のフードがそれです。このフードは他者が少女の顔を見ることを防止するためのもので、ビーズや羽根、房飾りで飾られていました。また、夫に先立たれた女性は哀悼の意を表すため、髪を切り煤を表面に刷り込んで、未亡人のための特別な飾りを首の周りに付けたそうです。

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