東南アジア その①フィリピン・前編
今回からしばらくは東南アジア編に入ります。今回はフィリピンの民族衣装のうち、少数民族の服飾についてです。
フィリピン人の服装は、その歴史ゆえにスペインとアメリカの影響を受けた衣裳と(もちろんその他の国の影響も受けていますが)、伝統的な少数民族の衣裳に分かれます。そのうち、少数民族の衣服は伝統的な染織で作られています。フィリピンの少数民族にとって織物とは各々の生活文化と深いつながりを持ち、儀礼には不可欠な、重要な存在なのだそうです。
フィリピンの少数民族の織物は、バックストラップ織機という原始的でシンプルな織り機で作られます。材質や色柄、技法は民族によって異なっていて、部族や家ごとに女性たちの間で受け継がれているそうです。
では、以下で各少数民族の服飾について述べていきます。
ルソン島
ルソン島北部の中央山岳地帯と、コルディリェラ行政地域には、イゴロット族というマレー系の民族が暮らしています。イゴロット族は言語と居住地により更に、イフガオ族、カリンガ族などの幾つかの部族に分かれています。山岳地帯の末端の東側で隣接して暮らしている民族には、ガッダン族とイロンゴット族という部族が挙げられます。
イゴロット族はどの部族も上半身は同じような格好をしています。上半身は裸で、入れ墨や宝石やビーズのネックレスで身を飾るのが基本です。しかし、寒い時にはイフガオは絣織(イカット)の、他の部族は縞模様の織物製の上着(カリンガ族、ガッダン族とイロンゴット族は更に、ビーズや貝の飾りを付けます)を羽織ります。
下半身は、色や柄でどの部族に属するのか表した巻きスカートや褌を着用します。
→イフガオ族
女性の巻きスカートは濃紺(黒)に赤、白のバックストラップ織や、草木染のイカット製。男性の赤と黒のバックストラップ織の褌になります。なお、イカットとは多色に染められた糸(絣糸)が経糸か横糸のどちらか、あるいは両方に用いられた織物のことを指します。また、葬送の儀礼の際は厚手の濃紺の地に白い絣で、家や守り神であるトカゲ、木などを染め抜いたもの。はたまた赤や濃紺のストライプや柄入りの、重厚な感じの布を用いるそうです。
→カリンガ族
女性のスカートは赤、濃紺、黄色のバックストラップ織に、赤、緑、黄などの糸で刺繍を施すそうです。正装用には、真珠貝のビーズをぶら下げて飾るのだとか。
→ガッダン族
正装は朱赤、白(黄色)、濃紺の細かなバックストラップ織に、白、赤、黄のビーズをあしらった豪華なものである。また、彼らの衣服はルソン島北部で最も華やかなものなのだそうです。
ミンドロ島
ミンドロ島南部にはマンニャン(マンヤン)族という民族が暮らしています。マンニャン族はアニミズムを信奉し、焼畑農業と狩猟採集によって生計を立てている、詩と音楽を好む知的で平和的な民族なのだそうです。そんな彼らは、上はオーム(インドにおいて神聖視される呪文のこと)影響が窺える魔除けの十字柄の刺繍が施された紺か白のブラウスを着用し、下はフィリピンでは珍しい藍染のストライプ柄の巻きスカートを着用するそうです。
ミンダナオ島
ミンダナオ島の民族は、精霊信仰の民族と、キリスト教徒の民族と、イスラムの民族・モロ人(モロ人はフィリピン人口の5%を占めます)に分けられます。少数派なのは、精霊信仰の民族とモロ人ですね。
そのうち、精霊信仰の民族の衣服には他国の芸術家を驚嘆させるほど美しいものもあります。ビラアンという部族の、手製の真珠貝のスパンコールをぎっしり散りばめたブラウス、ティボリ族、マンダヤ族、バゴボ族のクロスステッチがそれです。
他の特徴としては、アバカ(バナナに似た葉や茎をした、麻の一種)の繊維で織られたイカットから服を仕立てていることが挙げられます。
アバカのイカットは民族ごとにデザインが異なっています。ティボリ族のイカット・ティラナクは植物や泥を用い、黒、赤はたまた他の自然な色に染めた糸を経糸に、黒い糸を横糸にし、動植物や自然、人が元になった連続模様を織りだします。織終わったティラナクは、艶出しのため滑らかな木の上で何回も木槌で叩かれ、更にクーリーという貝やイカの骨で擦られます。
ティラナクは耐久性と耐水性に優れているため、汚れても水洗いして陰干しし、更に木槌で叩いて貝でこすると絹のようなツヤが戻ります。それだけでなく、年月とともに肌触りが良くなっていくという、素晴らしい織物なのです。
ティラナクを織る作業は神聖な女性の仕事で、男性と子供は近づくことさえ許されなかったそうです。また、この布を切断するのは非常に不吉なことだとされているため、必要な量に応じて織られるのだとか。このようにして仕立てられた衣服に加えて、女性たちはビーズをあしらった髪飾りや首飾り、鈴が付いた真鍮の腕輪や足環を身に付けます。
女性たちはティラナクを、一人ではなく何人かで織ります。その際、織り機の端に悪霊を追い払うための真鍮の鈴が付けられるため、織るたびに美しい音色が奏でられるのだそうです。この記述が、私が参考文献を読んでいて最も美しいと感じたところです。
マンダヤ(マンサカ)族という農耕民族には、ダグマイ織というアバカの織物が伝わっています。ティボリ族のティラナクが連続柄なのに対して、ダグマイ織は中央にトカゲや蛙をモチーフとした柄があしらわれているのが特徴です。
マンダヤ族はダグマイ織の他、クロスステッチの見事さや銀細工でも知られています。マンダヤ族のブラウスはクロスステッチが施されていて、更に裾にコインが縫い付けられているという美しいものです。マンダヤ族の女性は上記の衣服の他、ビーズのついた髪飾りや首飾りで身を飾ります。
ミンダナオ島のモロ人のうち、マギンダナオ族とマラナオ族は、マロンとばれる絹や木綿で仕立てられた筒状の衣服を身に付けます。
同じくモロ人のタウスグ族は、かつては絹糸で、現在は綿糸で織られているというピスという織物を、主に男性のサッシュやスカーフとして、また儀礼の際に用います。ピスは正方形で、柄が左右対称に織り込まれた、美しく手が込んだ織物です。しかし技法の難しさゆえ作り手は減少していくばかりなのだとか。他、優れた織手として知られるモロ人にはヤカン族がいます。ヤカン族の女性は金属のボタンが付けられた黒いブラウスとズボンを着用します。更にズボンの上に、精緻に織られた丈が短い巻きスカートを着用するのだそうです。
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